夜の兎 | ナノ


▼ 5

 ピロン


「んー、んん、?」


 ピロン


「ふぁ、」


 朝特有の微睡みのような部屋の中で電子音が早く起きろと呼びかける。しばらくしてもぞもぞと白い布が動き、同じくらい白い手がシーツの海に出た。そして、いつもより早起きな端末を探し始める。


「んん…」


 不機嫌な声と共に掴まれた端末にはイレイザーの文字が表示されている。


『コスチュームは要らん』


『とっとと降りてこい』


 文面から察するに、彼はもうすでに下で待っているらしい。早いなぁ、とぼやきながら完全に夜型な名前はだらりとシーツに髪を落とし、気だるげにベットに手をついた。


「さて……と。めんどくさいけど、着替えるか」


 二度寝を貪ってもいいが、待たせればまた小言が飛んでくる。それだけならいいが、今部屋に乗り込まれては堪らない。絶対に夜食のラーメンのゴミについて言及されるはずだ。髪を掻き上げ、つま先を地面に着けた名前は気怠げな様子で椅子にかけて置いたワイシャツを手に取った。




「先生、おはよう」


 学校の入り口まで行けば、コスチューム姿の相澤が立っていた。


「おはよう”ございます”だ、夜野。おはよう。それと遅いぞ」


「朝だもん」


 朝の挨拶を手っ取り早く済ませ、「着いて来い」と言った彼の後を着いて歩く。向かった先は駅だった。それから2人で来た電車の1番後ろの車両に乗り込む。時間が微妙だからか、人はまばらで近くには誰もいない。名前はねむ、と瞼を閉じた。


「……お前の前の読み、案外当たってたかも知れん」


 相澤がポツリとつぶやいた。ゆっくりと目を開け、視線を向ける。人のいない車内ではそれでも十分に聞こえた。


「ふーん」


「今日の話次第ではお前のインターンは中止になる」


「何で?」


「危険すぎると判断したらな」


「今更だと思うけど。まぁ分かった。いいよ」


「お前、今日はやけに素直だな」


「まぁ先生一応、上司だしね」


「一応は余計だ」


 それになんとなく、そうはならない気がする。そう思いながら名前は後ろに流れていく景色に目をやった。


 そうして電車に揺られる事、数十分。そして駅から歩いて数十分。辿り着いた場所はナイトアイ事務所という看板が掲げられた一棟のビルだった。


「大人しくしとけよ」


「私は子供か」


「子供だろ」


 名前は相澤の小言をさっさと無視すると一足先に自動で開く扉の先へと足を踏み入れた。そこには何人ものヒーローの姿があり、いつか保須で見た小さな老人も見えた。


 確かあれは…。


「お爺ちゃんって緑谷の職業体験先の人だよね?緑谷も来るの?」


 歩み寄った名前が声を掛けると老人・グラントリノは思い出したかのように笑顔を浮かべた。


「おおー!お前さんは!…誰だったかな?」


「ふふ、じゃあ初めましてでいいや。私は名前」


 冗談かはさておき、忘れていたことにも気を悪くすることなく、笑顔を浮かべた名前に老人はやはり冗談だったのか「Hahaha!美人さんだなァ、それに気持ちがいい」と笑う。その顔は少しオールマイトと似ていて、名前は豪快で気の良さそうなグラントリノににっこりと笑顔を見せた。


「お前、大先輩だぞ。敬語使え」


「いいっていいって。緑谷ぁ?あのガキか?来るんじゃねぇか?よく知らねぇなァ」


「あなたのとこでインターンしてるんじゃないんだね」


「まぁな」


 ふーん、と返事をする名前に相澤は再度「おい」と声を掛けたが、こちらを気にする素振りを少しも見せない彼女にまぁ、グラントリノがいいならいいか、と諦め、挨拶回りに来たナイトアイ事務所所属のヒーローへと顔を向けた。


「……なかなか」


「御三方、こんにちは。朝早くからどうもありがとうございます。今日はお願いしますね」

 
「私はサイドキックのセンチピーダー。こちらがバブルガールです」と名乗るムカデの頭を持った男。その見た目はなかなか強烈なものだったが、しっかりとスーツを着こなし、紳士的に挨拶をする姿に嫌悪は無い。虫嫌いの名前だが、その反応は好ましいと彼に倣い、相澤とグラントリノに続き、自己紹介をした。


「話は手短に。もうすぐ会議が始まりますから、簡単に説明させてもらいます。先日あった強盗事件、そしてルミリオン、デクが出会った少女のことですが…」




「なるほどねぇ…、資金繰りに、怪しい薬。順調に力つけてってるわけだ。野心家だねェ」


 一通り説明を聞けば、治崎と呼ばれる男が何かしらの野望を掲げていること、そして名前は今になってやっと数日前の緑谷の話の全貌を掴んだ。


「お前はどう思う」


 相澤が名前に目線をやる。グラントリのは何故この子に聞くのか、と不思議に思ったが思い返せば保須で脳無に攫われかけた緑谷を助けにいち早く動いたのは彼女だったことを思い出し、同じように視線を向けた。

 その功績はステインに塗り替えられてしまったが、あの状況下で誰よりも素早く判断を下した力があるのならば聞く価値はある。
 

「まだ何とも言えないけど。”ここ”は個性社会なんでしょ?個性、好き勝手にできるなんてさぁ。社会、牛耳ったもんだよね」


 敵の活性化というのは何も敵連合の活躍に鼓舞された奴ばかりじゃない。自分が次の悪に、次の支配者になるという思想の敵が出てきてもなんらおかしくない。ヤクザってのはジンギを重んじるというのが己の持つ唯一の知識だが、こっちはどうなんだろうか。名前は黙り込む2人の前でそんなことを考えていた。


「グラントリノ!!?それに…相澤先生と名前さん!?」


 名前を呼ばれ、振り返る。入り口にいたのはビック3と蛙吹、麗日、切島、緑谷の4人のクラスメイトだった。


「こんなに大勢…すごいぞ…!一体何を…」


「リューキュウ!!ねぇねぇこれ何、何するの!?会議って言ってたけどー、知ってるけど!!何の!?」


「すぐわかるよ。ナイトアイさんそろそろ始めましょう」


 波動ねじれを手慣れた様子で宥め、話を促すリューキュウ。そして、それを受けたナイトアイは「はい」と頷いた。


「あなた方に提供していただいた情報のおかげで調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか知り得た情報の共有と共に協議を行わせて頂きます。順を追って話します」


 麗日と梅雨が相澤、名前の元へと駆け寄る。


「先生!名前ちゃん!」


「2人は何故ここに?」


「急に声を掛けられてな。協力を頼まれたから来たんだ。あとこいつが関係しててな。ザックリとだが話も聞いてる…言わなきゃならんこともあるしな」


 相澤は「リューキュウ…リュウかなぁ、」と事件よりもプロヒーローに興味が向いている名前の頭に手を乗せた。




―――会議室にてーーー


「えー、それでは初めて参ります。我々ナイトアイ事務所は約2週間程前から死穢八斎會という指定敵が団体について…独自調査を進めて…います!!」


「キッカケは?」


「レボアドッグスと名乗る強盗団の事故からです。警察は事故として片付けてしまいましたが腑に落ちない点が多く追跡を始めました」


「私、サイドキックのセンチピーダーがナイトアイの指示の下、追跡調査を進めておりました。調べたところここ一年以内の間に全国の組外の人間や同じく裏家業団体との接触が急増しており組織の拡大・金集めを目的に動いてるものと見ています。そして調査開始からすぐに…敵連合の1人、分倍河原仁敵名トゥワイスとの接触、尾行を警戒され追跡は叶いませんでしたが警察に調査を協力して頂き組織間でなんらかの争いがあったことを確認」


「連合が関わる話なら…ということで俺や塚内にも声がかかったんだ」


 グラントリノが言う。


「小僧、まさかこうなるとは思わなんだ…面倒なことに引き入れちまったな」


「面倒なんて思っていないです!」


「知り合いなんだ!?」


「職場体験で…」


 緑谷とグラントリノが知り合いであることに驚いたミリオが尋ねたことで逸れ始める話を「続けて」とナイトアイが戻す。


「えー、このような過程があり!H Nで皆さんに協力を求めたわけで」


「H N?」


 疑問符を浮かべる麗日に波動が答える。


「ヒーローネットワークだよ。プロ免許を持った人だけが使えるネットサービス。全国のヒーローの活動報告が見れたり便利な個性のヒーローに協力を申請したりできるんだって!」


 本格的なヒーローのチームアップという現場に疑問の止まらない学生達。だが、そんな反応を快く思わない人物もいた。


「雄英生とは言えガキがこの場にいるのはどうなんだ?話が進まねぇや。本題の”企み”に辿り着く頃にゃ日が暮れてるぜ」


「ぬかせこの2人はスーパー重要参考人やぞ!」


 不躾な物言いをしたプロヒーロー・ロックロックに対抗するように、切島、天喰の隣にいた丸いフォルムのヒーローが立ち上がる。


「とりあえず初対面の方も多い思いますんで!ファットガムですよろしくね!」


「「「丸くてカワイイ」」」


「お!アメやろーな!」


 麗日、蛙吹、名前の言葉に慣れているかのように愛想よく返すファットガム。市民に愛されるアイコン的なヒーローである彼をセンチピーダーがなぜこの場に呼んだのか、説明を加えた。


「八斎會は以前認可されていない薬物の捌きをシノギの一つにしていた疑いがあります。そこでその道に詳しいヒーローの協力を要請しました」


「昔はゴリゴリにそういうんブッ潰しとりました!そんで先日の烈怒頼雄斗のデビュー戦!!今までに見たことのない種類のモンが環にうちこまれうちこまれた!”個性”を壊す”クスリ”」


 心当たりのあるその単語に名前はちらりと相澤に目を向ける。相澤も同じように名前を見た。だから自分が。そして”個性“で”個性“を消す先生が呼ばれたわけだ。名前と相澤に動揺は無かったが、数名のプロヒーローにざわつきが生まれる。


「え…!?環大丈夫なんだろ!?」


「ああ…寝たら回復していたよ。見てくれるこの立派な牛の蹄」


「朝食は牛丼かな!?」


 先程、不躾な物言いをしたプロヒーロー、ロックロックはその様子にまたも不敵に「回復すんなら安心だな。致命傷にはならねぇ」と言った。


「短絡的だなぁ」


 そんなロックロックの耳に呆れたような声色の呟きが飛び込む。言葉は違うが、馬鹿にしているようなその言い方にロックロックは片眉を上げ、一介の学生が何だという顔で声の主を睨みつけた。


「何だよお前」


 学生の立場で意見する気か?そんな視線が名前に向かう。だが、インターン生だから、子供だから、などという理由で遠慮するような性格でも、穏やかな気性でも無い名前はロックロックをむしろ鼻であしらうように足を組み、ハァ?と顎を上げ、不快そうな顔を返す。


「(名前さんんん!!!?あれ、でも先生止めようとしてない…)」


 緑谷の疑問はもっともだ。だが、相澤は態度はどうあれ少なからず、次に言うだろう言葉に同意していた。


「試作段階のをばら撒いてるだけって可能性考えないかなぁ。顧客を得るための試供品。もし、仮に彼らが薬の大元だとしたら、資金繰りに今注目の的の敵連合とわざわざ危険を犯して接触する理由は?この事務所みたいに勘のいい奴が気付いてもおかしくないのに動きが大胆すぎる。つまり、完成しててもおかしくないってことだよ」


「ああ?このガキ何だ」


 ロックロックも他のプロヒーローもその言葉に少なからず納得し、不遜な態度にも関わらず反論の声を上げない。いや、上げられない。個性を無効化する薬が完成しているかもしれない危険性に気付いたからだ。


「彼女も薬の提供者です。ではイレイザーヘッド。お願いします」


「はい。俺の”抹消”とはちょっと違うみたいですね。俺は”個性”を攻撃しているわけじゃないので。基本となる人体に特別な仕組みに+αされたものが個性。その+αが一括りに個性因子と呼ばれています。俺はあくまでその個性因子を一時停止させるだけでダメージを与える事はできない」


「環が撃たれた直後、病院で診てもらったんやがその個性因子が傷ついとったんや。幸い今は自然治癒で元通りやけど」


 相澤の言葉にファットガムが補足する。


「その撃ち込まれたモノの解析は?」


「それが環の体は他に異常なし!ただただ個性だけが攻撃された!撃った連中もダンマリ!銃はバラバラ!!弾も撃ったっキリしか所持していなかった!ただ…切島くんが身を挺して弾いたおかげで中身の入った弾が手に入ったっちゅーわけや!!そしてその中身を調べた結果、ムッチャ気色悪いモンが出てきた…人の血ぃや細胞が入とった」


 予想外ではない。ただ体を削り出しているとは。血や唾液が元なら量産できるだろうけど、体を削って作ってたらそれは非効率なんじゃないだろうか。顔を青くする生徒たちの中で1人、名前は薬の生成法について考えていた。


「……」


 相澤の視線に顔を上げる。ん?と首を傾げる名前に相澤はなんでもない、と首を振った。


「ですが…」


 個性を消す薬を誰かが開発中であることは分かったが、だがそれだけでは八斎會とは繋がらない。何人かのプロヒーローが疑問を呈す。


「若頭、治崎の個性はオーバーホール。対象の分解・修復が可能という力です。分解…一度「壊し」「治す」個性、そして個性を「破壊」する弾。治崎には娘がいる…出生届もなく詳細は不明ですが、この2人が遭遇したときは手足に夥しく包帯が巻かれていた」


「まさか…そんな悍ましいこと」


「やろうと思えば誰もが何だってできちまう」


「何?何の話ッスか……!?」


「やっぱガキはいらねーんじゃねーの?わかれよな…つまり、娘の体を銃弾にして捌いてんじゃねって事だ」


 ロックロックが言葉にした瞬間、緑谷とミリオの顔に絶望感が滲んだ。


「なるほどネ」


 「壊し」「治す」個性。それがあれば半永久的に大量の薬を作ることができる。しかも彼だけが持つ独自ルートでの生産。市場を独占して、社会も独占できる。野望はあるが弱小の組を統括する男の下に偶然生まれた破壊する個性。治崎からすれば偶然が重なった、運のいい話だが、その子供にとっては災難な話だ。

 たしかに、可哀想な境遇であることは名前も理解できるし、保護に異論は無い。だが、同情するつもりはない。同情するのが悪いことだとは言わないが、同情は哀れみと同じことだ、と名前は思う。


「(私は哀れまれたくないから他人を哀れもうとは思わない。でも…)」


「こいつらが子供保護してりゃ一発解決だったんじゃねーの!?」


「全て私の責任だ。2人を責めないで頂きたい。知らなかった事とはいえ…2人ともその娘を救けようと行動したのです。今この場で一番悔しいのは…この2人です」


 ミリオと緑谷が立ち上がり、名前の視線が2人に向けられる。


「今度こそ必ずエリちゃんを…!!」


「「保護する!!」


 同情を糧に助けようと奮起できるのがヒーローの良いところだと思う。名前は二人の姿をじっと見つめていた。


「それが私たちの目的になります」

 

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