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「ゴミあるなら持ってこいやァァァアァァア」
「爆豪―、私のも」
物凄い剣幕でゴミ回収をする爆豪を呑気な声で呼び止めた名前。その手には袋いっぱいに詰められたインスタント麺のゴミが1つ。
「あ、こっちも」
2つ。
「溜めすぎだろうがボケェ!!虫湧くぞ!!」
「昨日はお腹空いてたの」
「食い過ぎだろうが!!デブって動けねぇなんてことになったら俺がすぐに殺してやんよ!」
「太ってほしくないってこと?」
「ちっげぇぇぇわ!!ポジティブかテメェ!!病気になってくたばったら俺がぶちのめせねぇだろうが!!!」
「病気まで気にしてくれるんだ」
「ダァァァア!!!うぜぇ!!!!シネ!!」
「外出てないから元気有り余ってんね」
コイツと話してても埒があかねぇ、イラつくだけだ、と笑う名前の腕からゴミ袋を奪い取り、袋に放り込む爆豪。その後ろでは女性陣がインターンについて話していた。
「どうなんだろーねインターン。一年はまだ様子見って言ってたけど」
「通形先輩のビリッケツからトップってのはロマンがあるよねぇ」
「とりあえず相澤先生のGOサイン待ちですわね」
―――――翌日――――
「一年生の校外活動ですが昨日、協議した結果校長をはじめ多くの先生が「やめとけ」という意見でした」
「ざまァ!!」
心底愉快、とでもいうように合いの手を入れる爆豪。爆豪は仮免許試験に落ちた為参加できないのである。前の席に座る葉隠は「自分が行けないからって…」と呆れたように言った。
「が、今の保護下方針では強いヒーローは育たないという意見もあり、方針としてインターン受け入れの実績が多い事務所に限り一年生の実施を許可する、という結論に至りました」
「クソが!!」
「卵クンは参加できないもんね」
「うっせぇ!!」
名前の言葉に卵?と首を傾げる轟。名前はふふっと笑って「ほら、先生が言ってたでしょ。卵からヒヨッコにって」と言った。
「ああ、仮免のことか」
「そ」
「お前は行くのか、インターン」
「行きたいけどねー、許可してくれるかなァ」
その言い方はまるで初めてのところのようで、轟はエンデヴァーのところじゃねぇのか?とまた疑問符を浮かべた。
―――次の日の放課後、職員室ー―――
天井の真ん中に浮かぶノズル。そこから垂れる雫が乾き切った目に落ち、つい「あ”――」と声が漏れかける。刺激少なめの目薬に瞳の潤いを取り戻した相澤は顎を下げ、机に片肘をつきながらこちらを見る名前に顔を向けた。
「……で、何しに来た」
「特に何も?」
にこり、寸分違わず。そう思ってしまうほど美しい笑みを浮かべる名前。
絶対なんかあんだろ…。
だからこそ怪しい。相澤は今日まで彼女という人物と接する中で、どこか食えないヤツ、という印象を持っていた。
観察力が鋭く、大抵のことをこちらが気付かない間にさらりとこなしてしまう彼女は確かに有望だ。だが、そこに子供特有の素直さや無茶のようなものは感じない。ミリオとの手合わせを1人戯れ合いのように楽しんでいた様子から分かるように、常にどこか余裕があることも理由の一つだろう。正直、何を考えているのかは分からない。
「先生、ご飯はちゃんと食べた方がいいよ」
机の上に置いてあったゼリーを指で突く名前。つるりとしたピンクから伸びる白い爪は整えられているものの鋭い。それが蓋にあたり、カリッと音を立てた。
「いいんだよ。これが1番合理的だからな。あと敬語使え」
「これあげる」
「話聞け」
まるで暖簾に腕押しだ。無駄だと思いつつも注意をする。怖がられることの多い相澤だが、名前はそれを気にも留めずにポケットから包み紙に包まれた何かを一つ取り出すと机にことりと置いた。それはチョコレートらしかった。
「いらん」
「あげる」
「……」
そして強引。問答は無駄か。そう思った相澤は一つため息をつくと、「ありがとう」と言った。
――――TUGINOHI――――
「……何の用だ」
「だから何も」
「暇なら訓練でもしておけ」
「先生またゼリー?コレあげる」
「話聞け」
相澤の空になったゼリーのゴミを勝手に投げ捨てた名前が机の上に野菜スティックを置いた。自炊する気は全くないが、ゼリーばかりの彼よりは健康的だ、と名前は自分の10分の1も食べていない相澤にむしろ感心したように「よくお腹保つね」と言った。
「要らん」
「あげる」
「………分かった」
―――TUGINOTUGINOHI―――――
「先生」
「なんだ」
「今日はちゃんと食べてんだね」
相澤の席のすぐ隣の床に置かれている簡易なゴミ箱に視線が向く。そこには外で買ったのだろうお弁当の残骸が捨てられていた。
「またなんか言われて食べ物押し付けられるから仕方なくってとこ?」
少し前、自分がまともな食事をしていることに驚いたマイクに理由を尋ねられ、今とほとんど同じ言葉を返した相澤はなんで分かんだよ、と思いつつも特に否定することでもなかったために素直に「そうだ」と同意した。
「でも残念。はい。頭使う時は甘いものが良いよ」
ポケットから取り出したのは市販の飴の袋。その小さなスカートのポケットのどこに入っていたのかそこそこの大きさのあるそれをいくつか取り出すと名前は机の上に置いた。そしてプレゼントマイクやセメントス、ミッドナイトやオールマイトといったヒーロー科教師陣へとついでだからと配り始める。意外と太っ腹。
「………ありがとう」
「どういたしまして」
―――TUGINOTUGINOTUGINOHI――――
「こんにちはー、遊びに来たよ」と名前が現れる。半ば見慣れてきた光景に「こんにちは名前さん、これどうぞ」とスペースヒーロー13号は紳士的に椅子を手渡した。
ここ数日、職員室を訪ねては教師陣と少しの間、雑談を交わす彼女にいい年をした大人たちは近所の子供…いや、近所の猫のように感じはじめていた。ニコニコするわけでも、媚びるわけでもないのに世話を焼かれることへの疑問の無さ、いや気高さが近所の猫たる所以である。
敬語はないが、相澤を尊敬していることは分かるし、何より思っていたより愛想がいい。本人としてはキミたちを気に入っているから、というのが理由であるが、そんなこと知らない教師陣は意外なギャップを感じていた。
「13号…甘やかすなよ」
「ありがとう13号さん」
名前の視線が机の上に向き、そして黒い飴で止まった。サルミアッキである。ゴミ箱には昨日と同じようにお弁当のゴミが捨ててあった。
「残念、今日は飲み物だよ」
相澤の事前対策も虚しく、机の上に一本の缶コーヒーが置かれた。
「間違えて買ったからあげる。あとサルミアッキはセンス悪いヨ」
うまいだろ、サルミアッキ。だが口に出しては揶揄われそうだ。相澤は缶コーヒーを手に、仕方なさそうに「…………ありがとう」と言った。するとそれに満足したように名前がにこっと笑顔を浮かべる。そして、すぐに顔を反対に向け、13号と救助の話をし始めた。
「(甘いやつか…?)」
相澤はふと手に取ったコーヒーのラベルを見てあることに気が付いた。
「…なんで俺の飲んでるヤツ知ってんだ」
――――TUGINOTUGINOTUGiNOTUGiNOHI――――――
キャスター付きの椅子の背もたれに腕を組んで座った名前がスーーッと滑って現れ、相澤の隣で止まる。相澤は一つ、呆れたようにため息をついた。
「職員室で遊ぶな」
「今日はこれ」
「だから話聞けって」
小さな小物入れを机に置かれ、散らばっているサルミアッキと飴玉がそこに集められる。
簡素だった机が少しずつ個性を増し出している。相澤はまぁ、いつか飽きるだろう、とため息を吐きながらボールペンの背中を押した。気にする方が時間の無駄に思えた。
今日の日直は…芦戸か。日誌の1日の感想の欄には『先生って恋人とかいるんですか!?』と彼女らしいピンクのペンで大きく書いてある。相澤はそれを見るだけ見て、いつも通り読んだという証に教師の点検欄に丸を付けた。
「名前さん最近、毎日きてるわね。今更だけどどうして?」
ミッドナイトこと、香山が尋ねる。名前はふふっと笑って「私、相澤先生のこと好きなの」と言った。
「おっと?」
芦戸の感想も手伝ってタイムリーな話題にギョッとする相澤。爽やかに真っ直ぐ放たれた言葉は近くにいたマイクとオールマイトの耳にも当然入り、興味津々といった様子で名前のそばに集まって来る。ミッドナイトは聞く体勢万全とばかりにいそいそとその場で席に座ると体を前に乗り出し、自身の頬に両手を添え、「きゃー」と嬉しそうに歓声を上げた。
「生徒と先生は推奨できないけど、これも青春よね!」
「良かったなイレイザー!!」
「はわわわわ」
「ふふ、ごめんね恋じゃないよ」
「なーんだ」と肩を落とす3人。口元に手を当て笑う名前はきっと分かってそう言ったのだろう。悪戯好きな彼女の事だ。相澤はくだらん、とまた書類に向き合った。
「どこが好きなの?」
思っていた話とは違うものの、相澤の事が好きだと公言する生徒が珍しいことには変わりない。厳しくも分かりにくい愛はある相澤を尊敬する生徒は多いが、その反面苦手と思う生徒もいる。そして、何より本人が低燃費。
同じく一年担当で生徒人気の高いブラドキングとは違い、その一歩引いた態度は教師というより上官に近く、一クラス丸々除籍にしたという事実もあってそれを越えてまで距離を詰めようとする生徒はいない。そんな同僚に怖気付くことも無く、ぐいぐいと迫る名前は教師陣にとっても貴重で、嬉しい存在なのである。
「相澤先生ちょっと私の師匠に似てるんだよねー」
3人は再度、興味津々といった顔をした。
「名前少女のお師匠は気になるね」
「どんな人?ヒーローだったの?」
「ヒーローじゃないけど」と続けた名前に相澤も作業の手は止めずに聞き耳を立てる。この他人の言う事を聞こうともせず、癖も難もある少女の師匠とはどんな人だったのか。自分と似ているのならソイツは苦労したに違いない、と相澤は思った。
「私の師匠は…うーん、ハゲてて…」
ハゲてて。
「掃除屋さんなの」
掃除屋さん。3人は「相澤と…似てる?」と首を傾げた。
「掃除屋さんかい?どうしてそんな人が?」
ヒーローの相澤とは似ても似つかない。普通の掃除屋さんだと思うオールマイトに気付いた名前は「あー、」と納得したような声を出した。
「戦う掃除屋さんなの」
「賞金稼ぎというか…ハンター?」と言う名前にさらに疑問符を浮かべるマイク、ミッドナイト、オールマイト。あまり聞いたことのない職種だ。ヒーローが台頭する今、賞金稼ぎなどすれば逆に敵として捕まってしまう。普通の子ではないと思っていたが……と顔を見合わせる3人。そして「どこで出会ったんだい?」とオールマイトが続けた。
「行き倒れてる私の目の前でボンレスハム食べてたから、ムカついて追いかけ回したのが出会い」
意味が分からないとまたも?を浮かべる3人。賞金稼ぎ…?行き倒れ…?何が何やらわからない。
「何で行き倒れてたんだい?」
「そりゃあ、食べ物が無かったからダヨ」
「そうか…君はご両親が…。後継人は?」
「その時は居なかったの」
なんと悲惨な家庭環境だ。虐待じゃないか…!何してたんだ後継人…!と各々が心を痛め、憤る3人。他人に奉仕するヒーローという職に就く彼らは人が良い。前世の話だと言うのを忘れていた為に何の関係もない後継人が責められているとは思いもしていない当の本人は「昔の話だから気にしないでいいよ」と言った。いや、気にするだろと思う相澤。
「まー、この師匠が腹立つぐらい強くて、滅茶苦茶なヤツだったのよ。後から知ったんだけど、当時は宇宙最強って呼ばれてた人でね。んで、そんなこと知らない私はハムの恨みで殺してやろうと思って死にかけのまま追いかけて追いかけて追いかけるうちにいつの間にか弟子になってたの」
「宇宙船に張り付いた時は流石に死ぬかと思った」と続けた名前だが、その言葉は相澤、ミッドナイト、マイクの3人には聞こえていない。
「なんつー、ハングリー精神」
「え?宇宙…?ん!!?殺…、え!?」
たしかに凄い執念だが、いや、そこじゃないってマイク!とあわあわと手を振るオールマイト。さらに興味を持ったミッドナイトが好奇心で「どんな修行したの?」と尋ねる。入学当初から戦闘ビギナーでないことは分かっていたが、一体どんなことをしてきたのか。
「猛獣の巣に投げ込まれたり、木にくくりつけられてボンレスハム投げつけられたり、風船にくくりつけて飛ばされたり、ボンレスハムだけ持って無人島で過ごせって言われたり、ボンレスハムと一緒に海賊の船に置いてかれたり…他にも色々」
「それ厄介払いされてないか?つかボンレスハムどんだけ好きなんだ」
話すうちに昔を思い出して沸々と怒りが湧いて来たのか、名前の手の中にあった空き缶がメキョ、と小さくなる。3人はあまりのスパルタ訓練、いや実戦に口元をひくつかせた。
「殴られて蹴られて、私も殴って蹴って。奇襲も不意打ちも当たり前で常に殺す気でいたんだけど、師匠、全然死なないの。それどころか普通に半殺しにしてくるもんだから悔しくて悔しくて。話は聞かない、手加減もしない、のに男関係にはうるさいし、おっさん臭い。それに何より強くて、ちっさい私じゃ逆立ちしたって勝てない。ま、仕返しに毎夜毎夜髪の毛抜いてたら禿げちゃったんだけど」
い、陰湿!!!オールマイトは「はうわっ」と頭を押さえた。
「そ、その人のどこが相澤くんと似てるの?」
「頭の撫で方が下手で不器用なところかなぁ。それに子供好きなところも。あと強いところも。先生は師匠には負けるけどね」
悪戯に名前が笑う。口ぶりはまるで嫌っているようなものだったが、そこにはたしかに尊敬があって、親子の情に近いものがある。自身にも覚えのあったオールマイトはふっと微笑んだ。
「親代わりだったんだね」
「さぁ。でも師匠には家族いたからなァ。私は師匠が家族で過ごしてるのを家の外から眺めてたの」
ポツリと、当たり前のように言った名前に沈黙が生まれる。
本当のところ、その師匠が彼女をどう思っていたのかは分からない。だが、きっと彼女のことも己の子供と同じくらいには大事に思っていたはずだ。確かめる術はないが、でなければこの天涯孤独の少女の感じた寂しさはどうなるんだろう。相澤は名前の頭に手を乗せるとわしゃわしゃと撫でた。ミッドナイトとオールマイトが続けてハグをし、プレゼントマイクが崩れた髪を撫で付ける。
「え、何、どうしたの」
「俺はお前の親代わりにはなれないが……お前の担任としてできる限り向き合うつもりだ」
「じゃあ先生の所でインターンしてもいい?」
「は?」
思ってもいなかった返事に固まる相澤。
「何言ってんだ。エンデヴァーのとこは」
「轟が仮免落ちて、なんでかエンデヴァーさんも落ち込んでるからダメだって。他のとこでもいいけど、力加減間違える可能性もあるしね」
治っているくせにいけしゃあしゃあと、と思う相澤だったが、確かにそれは理由になり得る。だが、本来一年生の校外活動はあまりないことだ。首を横に振る。
「そんなの認められん。方針があったろ」
「って言うと思ってもう校長に聞いておいたよ」
親指を後ろに向ける。その向こうで校長が「hahaha!!オッケーしたよ!」と手を上げた。残るは本人の了承のみというところまで準備していたらしい。
「……だからここ最近来てたのか」
「いいじゃない相澤くん!こんなに慕われてるんだから!」
「そうだぜイレイザー!!!」
「スクールインターンって事で良いんじゃないかな!!」
先程の話を聞いた3人が援護射撃とばかりにフォローを入れる。外堀は知らず知らずのうちに埋められていたらしい。
だからコイツは油断ならん。
こんな手回しをする生徒は彼女1人だろう。問題行動の毛色が違う。喧嘩の方がまだマシだ。なんせバレないように動くし、手段も選ばない。有能ではあるが、その分目が離せない。もしかするとそう思わせることがそもそもの狙いだったのかもしれない。
「お前、狙ってたな」
「でもほんとに思ってるよ相澤センセ。私は師匠の強さを尊敬してて、相澤先生のヒーローとしての強さを尊敬してるの」
「ハァ……分かった。今回だけだぞ。次はエンデヴァーさんと交渉しろ」
「はーい」
その翌日、受け取る方が合理的だというのがどこまで通用するのか気になった名前が、世界一甘いお菓子を差し入れしたところ、受け取った相澤が隣の席のマイクの水筒の中にそのままぶち込んだのを見て膝から崩れ落ちるほど笑っていたことで「心配…いらんかもな」と相澤は少し安心した。
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