夜の兎 | ナノ


▼ 2

ーーーー次の日ーーーー


 ひと足さきに教室へと戻った緑谷を歓迎する教室。その中でお腹すいた、と名前は朝食をしっかり済ませたにも関わらず、すでにお昼ご飯に思いを馳せていた。


「じゃ、緑谷も戻ったところで本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで。職場体験とどういう違いがあるのか直に経験している人間から話してもらう。多忙な中都合を合わせてくれたんだ心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名――――…通称ビック3の皆」


 相澤の紹介と交代するように3人の男女が入室し、教室内がざわつく。名前もそれに倣うよう、彼らに目をやった。生憎と体育祭は一度も見たことないから誰も知らないが。ガタイが良く、にこやかな男子生徒とどこか自信のなさそうな細身の男子生徒が2人、そして青い髪に笑顔を携えた女の子が1人。


「じゃ手短に自己紹介よろしいか?天喰から」


 天喰と呼ばれた黒髪の男子生徒がキッとA組の生徒達を睨みつける。辺りに緊張感が走った。だが、しばらくしてすぐにカタカタと震え始める。見ればその膝は情けないほどに揺れていた。


「駄目だミリオ…波動さん…ジャガイモだと思って臨んでも…頭部以外が人間のままで依然人間にしか見えない。どうしたらいい、言葉が……出て来ない!頭が真っ白だ…辛いっ…!帰りたい……!」


 緊張だったらしい。ナーバスな性格なのか、彼はくるりと回って黒板を向いてしまった。話す側も話される側も正面を見ている様子は少し滑稽である。


「……ちょっとかわいい」


 小さな呟きが最後尾から聞こえ、周囲の生徒がバッと振り向いた。


「なに」


 不愉快だと言わんばかりに形のいい眉が歪む。必死でかわいいじゃないか。名前の可愛いの範囲は結構、広めなのである。だが、それに揶揄いはおろか意見できるものはいない。


「「「「イエ、何も」」」」


「あ、聞いて天喰くん!そういうのノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!彼はノミの「天喰環」それで私が「波動ねじれ」。今日は”インターン”について皆にお話してほしいと頼まれて来ました。けどしかし、ねぇねぇところで君は何でマスクを?風邪?オシャレ?」


「これは昔に…」


 ナチュラルな罵倒に皆が唖然とする中、その名の通り癖のある薄水色の髪を揺らした波動ねじれが話途中で最前席に座る障子に話しかけた。だが、その質問はすぐに次の人物へ。


「あらあとあなた轟くんだよね!?ね!?何でそんなところを火傷したの!?」


「………!?それはーーー」


 彼女はかなりマイペースな性格らしい。触れてはいけなさそうなことにもまるで純粋な疑問のように次々移動しながらクラス中へとぶつけていく。

 言われてみると確かに気になるようなことばかりだったが、答えを聞く前に彼女は次にいってしまうものだから、ただただ疑問だけが残る。峰田は散髪をどうしているか、と言う疑問は名前も盲点を突かれたような気分になった。


「合理性に欠くね?」


 このままではインターンについては聞けそうもない。なかなか本題に入らないことに痺れを切らした相澤の圧に、最後の一人が慌てながら自分を勢いよく指差した。


「イレイザーヘッド安心してください!!大トリは俺なんだよね!前途―――――!?」


 耳に手を当ててズイっと体を前に出す。まるで何かのショーのようだが、突然のことに誰も何も言わない。


「多難――!!っつてね!よォしツカミは大失敗だ」


「ふっ、」


 テンションとそのへこたれなさについ吹き出す名前。通形ミリオは唯一の好意的な反応ににっと笑った。


「1人は掴めたっぽいね!まァ何が何やらって顔してるよね。必修ってわけでもないインターンの説明に突如現れた3年生だ。そりゃわけもないよね。1年から仮免取得…だよね、フム。今年の1年ってすごく…元気があるよね…そうだねェ…何やらスベリ倒してしなったようだし…君たちまとめて俺と闘ってみようよ!!」


 何かを企むように深まる笑顔。生徒達はその提案に大きく声を上げた。


「え……ええーーーーー!?」


―――――体育館γ―――――


「あの……マジすか」


「マジだよね!」


 柔軟しているミリオに話しかける瀬呂。やる気まんまんな彼の様子に皆と視線を合わせないようにと策を講じた挙句、頭を壁につけることになった天喰が声をかけた。


「ミリオ…やめた方がいい。形式的に”こういう具合でとても有意義です”と語るだけで充分だ。皆が皆上昇志向に満ちてるわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない」


「あ、聞いて、知ってる。昔挫折してヒーロー諦めちゃって問題起こしちゃった子がいたんだよ知ってた!?大変だよねぇ通形。ちゃんと考えないと辛いよ。これは辛いよー」


 挫折、立ち直れなくなる子が出る。その言葉は自分達との実力差があることを隠しもせずに伝えていた。そんな3人の様子に常闇と切島が反論する。


「待って下さい…我々はハンデありとはいえプロとも戦っている」


「そして敵との戦いも経験しています!そんな心配される程俺らザコに見えますか……?」


 その質問は二人から少し離れた場所でしれっと視線を外した名前が間髪入れず応えた。


「見える」


「名前、お前っどっちの味方だーー!!」


「どっちでもないヨ」


 上鳴がぐわんぐわんと細い肩を揺らす。その顔は「面倒なこと言っちゃった」と言わんばかりの表情だった。だが、言葉に嘘偽りはない。彼らが思っているよりも強さには経験が必要であるし、その差が戦闘において大きいことを知っているのだ。それに客観的に見ても彼らに圧倒的な差があることはすぐに見てとれる。


「キリシマってば爆豪にでも感化されたの?たかが数戦の経験で偉そうなこと言っちゃダメだヨ」


「ぐっ、それは確かに」


 生徒達は未だ訝しげだが、クラス1の実力者であり、戦闘においては信頼確かな名前の言葉に気を引き締める。ミリオはたった1人の女の子の言葉にクラスの雰囲気が多少なり変わったことで、「おお」と驚きつつもニッと笑った。


「いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ!?」


「おれ「僕……行きます!」意外な緑谷!!」


「問題児!!いいね君やっぱり元気があるなぁ!」


 切島に被せ気味で手を上げた緑谷。続けて皆も構える。名前も前の方にはいるが、立った場所から移動するつもりも、いち早く飛び出すつもりもない。


「近接隊は一斉に囲んだろぜ!!よっしゃ先輩、そいじゃあご指導ぉーーよろしくお願いしまーーっす!!」





 緑谷が足に力を入れて跳んだ瞬間、通形ミリオの服がずるりと脱げた。驚きながらも全裸の彼の顔面を蹴った緑谷の足は止まることなく彼をすり抜け、続けて一斉に放たれた遠距離系の個性も個性的なその顔を通り抜けた。口を真一文字に結んだミリオが地面に沈んでいく。まるで水の中にいるような表情にただ眺めていた名前は個性に関係あるのかな、と考えた。


「いないぞ!!」


「まずは近距離持ちだよね!!」


「ワープした!!すり抜けるだけじゃねぇのか!?どんな強個性だよ!」


 中、遠距離組の後ろから飛び出すミリオ。こんなあからさまな布陣で気付かれないわけはないが、近接系より先に倒しにかかる判断は経験からだろう。彼の想定通り、中、長距離組は対人が甘く、ものの5秒で全員が地面にノされてしまった。

 
「おまえらいい機会だしっかりもんでもらえ。その人…通形ミリオは俺の知る限り最もNo.1に近い男だぞ。プロも含めてな」


 その呟きが聞こえた全員の中にさらに緊張が走る。


「何したのかさっぱりわかんねぇ!!すり抜けるだけでも強ェのに…ワープとか…!それってもう……無敵じゃないですか!」


「よせやい!」


 全裸で照れるミリオ。焦る切島と正反対のミリオの余裕に名前は「ふふ、」と笑みを溢し、自身の唇に手を添えた。

 切島がワープというミリオの個性。確かにその通りだ。だが、どうしても少し引っかかる。本当にそうならなぜわざわざ頻繁に地中に入るのだろうか。黒霧のようにその場で姿を消せばいいのに。それに緑谷が通り抜けたこともそうだ。姿が霞むことも揺れることもなく、そのまますり抜けた。

 何らかの応用で地中を高速で移動し、実体として地上に上がる。その一連の流れをワープに見せている。そう考えるのが最も自然に思えた。

 再度、地面に沈んだミリオが緑谷の背後に現れる。カウンターを狙った緑谷がすぐさま蹴りを入れるが、ミリオはその足をもすり抜け、目を潰すフェイントをしてからつい目を閉じた緑谷をにっと笑って鳩尾に腹パンを打ち込んだ。


「だが必殺!!!ブラインドタッチ目潰し!!ほとんどがそうやってカウンターを画策するよね。ならば当然そいつを狩る訓練!するさ!!」


 今、殴る瞬間に口、開けてたな。水中と同じように頭をすり抜けるときだけは息を止める必要があるんだろうか。触れることが出来ないのは空気も同じか。その間にもミリオの勢いは止まることなく、続々と近接組が腹パンされ、残るは名前。ただ1人だけとなった。


「残ってるのは君だけだね」


「そーだね」


 興味がないからと言え、見逃すつもりは無いらしい。名前はその場に傘を突き刺した。


「やる?」


「いーよ」


 こちらの攻撃がすり抜けられるとはいえ、攻撃の瞬間は本人も個性を消す必要がある。だから大抵の相手がカウンターを画策する。自分もやることは同じだ。

 ミリオの姿が地面に沈む。相手が実体化する瞬間に合わせるために動きは最小限に。経験則と気配で相手がどこに攻撃するかは分かるため、合わせること自体はそれほど難しくない。ただし、向こうもカウンターを待っている。つまり、互いの狙いは同じ。

 背後から飛び出たミリオの頭をノールックで蹴り、すり抜けたと同時にジャンプで体を捻りながらカウンターを狩にきた拳を避け、回転に合わせてもう一度蹴りを入れる。脚は驚いた様子のミリオを超え、風を切った。地面に大きく入る亀裂にミリオの頬にわざとらしい汗が滲む。


「ふぃぅー、容赦ないね」


 地面に足が着いたのと同時に深脚の体勢で足を取りに回転するが、それを察してかミリオが地面に沈む。


「どうせすり抜けるから」


 容赦なんていらないデショ。今度は逆に脚の真下、死角から現れた腕が逆に足を取ろうと伸びてきた。体を地面と並行になるよう、捻りながらジャンプし、自分を追って出てきた体に肩肘を落とす。エルボードロップである。


「お!」


 危機を察知したのか、また沈んでいく腕。そのまま地面に落ち、亀裂から現れたミリオの腹に伸びる手を止める。一瞬触れるが、またすぐにすり抜けられた。判断が早い。やはり戦闘慣れしている。


「「お?」」


 互いにそう思ったらしい。自分の体と前に進むミリオの体が重なり、そしてすり抜けて行った。その間も一切、目を離さずに後ろを振り向き、彼の頭に手を差す。すり抜けは多分、部分部分で可能なはず。意外と繊細な個性だ。

 体を地面に残したまま、手が触れたのがその証拠。つまり、腕だけを実体化して攻撃することもできるということ。腹に向かって突き出される拳を片手で払い、息の限界を誘う。時間稼ぎを察したのか、ミリオはにっと笑うとそのまま地面に落ちていった。

 だが、息もそう長くは続かない。じっと動かず待っていれば、自分の真下から気配がする。ここで地面割っても多分、意味ないよねぇ。岩も衝撃もすり抜けるだけで何ともならないはずだ。

 気配が動く。彼の頭が飛び出たところで首に手を突き出し、腹に向かうミリオの手を弾いた。だが、懲りずにもう片方の手がまた腹を狙ってくる。それをお腹に太ももをつけるように折り畳んだ足で受け止め、その手を逃すことなく片手で掴み、もう片方の拳を横から突き立てた。


「おお、」


 私に弾かれた彼のもう片方の拳は軌道を変えて、横腹の上で止まっていた。逸らしきれていないのは想定外。予測されることを見越したような動きにはやりにくさを感じるが、それ以上に楽しくてたまらない。つい笑ってしまう。


「……」


 彼は何も言わずに笑顔のままその拳を解いた。あのまま行けば私は彼の片手を潰してたし、彼は私の横腹を殴ってた筈だ。だが、ただの遊びでそこまではしない。


「君強いね!本当に一年生?」


「まぁ」


 実戦だったら不利だったのは間違いなく自分だった。向こうに合わせるしか攻撃する瞬間が無く、地面からモグラ叩きみたいに出てくるのをただ待つしかないから。今回は執拗に彼が腹パン狙ってたから予測もしやすかったが、実戦だったらどうだっただろう。致命傷を与えれば動きも悪くなるだろうが、互いがヒーロー志望のうちはそんな機会来そうもない。


「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど!!すみませんね女性陣!!とまァーーこんな感じなんだよね!」


「わけも分からずほぼ全員腹パンされただけなんですが……」


「ゲロッキーじゃん」


 クラスメイト達が下を向いてゲロを我慢している。それをケラケラ笑って見ている名前を上鳴が指差した。


「笑ってんじゃねぇ!!!!


「まー、専売特許で負けるわけにはいかないからさ」


 近接戦闘。そう言えば「そりゃそうだ!」とミリオが笑う。


「俺の個性強かった?」


「強すぎっス!」


「すり抜けるしワープだし!轟みたいなハイブリッドですか!?」


 ガヤガヤと生徒達が質問を投げかける。


「いや1つ!!「透過」なんだよね!君たちがワープと言うあの移動は推察された通りその応用さ!」


「どう言う原理でワープを…!!?」


 興味津々な緑谷が尋ねる。


「全身個性発動すると俺の体はあらゆるものをすり抜ける!あらゆる!すなわち地面もさ!」


「あっ…じゃああれ…落っこちてたってこと…!?」


 驚いたように麗日が言った。


「そう!地中に落ちる!!そして落下中に個性を解除すると不思議なことが起きる。質量のあるモノが重なり合うことは出来ないらしく…弾かれてしまうんだよね。つまり俺は瞬時に地上へ弾き出されてるのさ!これがワープの原理。体の向きや角度を調整して弾かれ先を狙うことができる!」


「……?ゲームのバグみたい」


「イーエテミョー!!」


「攻撃は全てスカさせて自由に瞬時に動けるのね…やっぱりとっても強い個性」


 感心したような蛙吹にミリオは「いやいや」と否定した。


「強い個性にしたんだよね。移動中は肺が酸素を取り込めない。吸っても透過しているからね。同様に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。それは何も感じることができず、ただただ質量を持ったまま。落下の感覚だけがある。ということなんだ」


 まるでそれは。


「……宇宙みたい」


「お、おお、久しぶりに聞いたな。名前の宇宙人っぽい話」


 瀬呂は冗談か本気か測りかねながら首を傾ける名前を見た。


「君は気づいてたよね!!」


 その声に気付いたミリオがビシッと名前を指差す。


「最初の攻撃の時、口閉じてたから。試しに」


「それであの手!なかなかしつこく突いてきたね。息の限界で動揺するのを誘ってたんだ!やるなぁ!」


「どうもー」


「ま、そんなんだから壁一つ抜けるにしても片足以外発動、もう片方の足を解除して接地、そして残った足を発動させすり抜け、簡単な動きにもいくつか工程がいるんだよね」


「急いでる時ほどミスるな俺だったら」


「おまけに何も感じなくなってるんじゃ動けねー…」


 上鳴、峰田。


「そう案の定俺は遅れた!!ビリッケツまであっという間に落っこちた。服も落ちた。この個性で上を行くには遅れだけはとっちゃダメだった!!予測!!周囲よりも早く!!時に欺く!!何より予測が必要だった!そしてその予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!」


「長くなったけどコレが手合わせの理由!言葉よりも経験で伝えたかった!インターンにおいて我々はお客ではなく1人のサイドキック!同列として扱われるんだよね!それはとても恐ろしいよ。時には人の死にも立ち会う…!けれど怖い思いも辛い思いも学校じゃ手に入らない。一線級の経験。俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!怖くてもやるべきだと思うよ一年生!!」


 ミリオは一話かけてインターンがどのようなものかを教えてくれた。簡単に言うと有意義で身になるよって事だ。


 

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