夜の兎 | ナノ


▼ 3


「はーーー、まんぞく」


「はは…ほぼ1人で全部食べちゃった」


 残った食べ物を捨てるのは勿体無い、と思っていたプッシーキャッツだったが、その心配はいらなかった。まさかまさか、15人分の食事を信じられないことに1人の細身の女の子がぺろりと平らげてしまったのだ。その勢いは見ている側の方が圧倒されるほどで、合理的な相澤は「お前見てると腹が膨れる」と言って、いつもと同じゼリーで腹を膨らませようとしたが、その少女はプッシーキャッツの思った以上に我も強かった。

「それじゃあ足りないだろ。もっと食べろ」と親切心か笑顔でブラドキング、そして相澤の口に無理矢理突っ込んでいった少女のおかげもあり、食事は残ることは無く、綺麗さっぱり無くなったのである。


「うっぷ、俺、吐く」


「この子が噂の名前さん!いっぱい食べるねぇ!ご飯はどうだった?美味しかった?」


「うん、すごく。ご飯ありがとう」


 マンダレイは少し驚いた顔をすると「体育祭で見たよりもとっつき易いのね」と肉球の付いたグローブで挟み込むように名前の頬にぽんぽんと当てた。

 これはなかなか…。気持ちが良いかも。そう思っていればにやにやと笑うラグドールが同じく肉球の付いた両手をわきわきと動かし、飛びついてくるような形で頭をがしがしと撫で回した。大きなその手に髪がくしゃくしゃになるが、痛くも不快でもないためにそのまま受ける。


「期末テストの事も聞いたよ!凄いわね!」


「どうもー」


「でもでも猫可愛がりはノンノン!明日に備えて今日は休むのだ!」


 びし!と宿舎を指すラグドール。


「部屋に案内するよ!イレイザー良いよね?」


「ええ。みんなが来るまでは勝手にしとけ」


「はぁい」

 
 マンダレイの案内の元、部屋に荷物を運び、備え付けの1人分の浴室でシャワーを浴びる。そうしてお気に入りのチャイナドレスへと着替えると、こういうところに来た時に1番にすること。施設内の探索をするために部屋を後にした。

 マタタビ荘と猫にあやかった名前の付けられたここはプッシーキャッツの事務所でもあるらしいが、林間に使われる施設なだけあって広さも十分。趣のある民宿という感じだ。泥が跳ね、汚れた制服を道中見つけたコインランドリーの洗濯機に放り込み、さらにふらふらと歩く。すると、テレビと自販機、そしていくつかソファーが置かれた共有スペースに差し掛かった。一旦、そこに腰を下ろし、今から何をするかを考える。

 先生達にちょっかいをかけに行くでもいいし……、散歩に行くでもいい…。そう思っているとテレビ台の中に少し型の古いテレビゲーム機が入っているのが見えた。コンセントは刺さっていて、すぐに起動できる状態。その上。


「カセットも入ってると……」


『ファイナルラァップ!!』


 エンジン音とドリフトで地面の擦れる音が交互に聞こえ、軽快な音楽が最後のラップを急かす。目の前に現れた爆弾を叩けば、ドォォンと迫力のある音がして、画面の中にあるアイテム欄がぐるぐると火花を散らして回った。勢いのあるそれが最終的に止まった場所は松茸マーク。


「やった。ダッシュマツタケ」


 ギュインギュインとエンジンが火を吹く。Gがかかり、画面に写る自車の先端が伸びた。少し古い型とは言え、このリアルさが未だにこのゲームを人気にしているのだ。付属の操作機を回し、コーナーのギリギリを攻める。下手すれば横転するところだが、それぐらいしなければこのゲームで一位は取れない。

 自分のキャラであるキンヨウビノOLの順位は2位。1位はゲツヨウビノカチョウだ。その差はそう広くない。花金の女が憂鬱な月曜の課長に負けるわけがないのである。差せる。最後のコーナーでドリフトをかけた時、テレビ画面の隣に、朝見た帽子の男の子が立った。
 

「それ俺のなんだけど」


「んー?あー、そう」


 不機嫌そうな子供の声を気にも留めず、ハンドルを切る。そんな名前の様子に少年はむっと眉を寄せた。


「普通やんなって言ってんのぐらい察するだろ。なんでまだやってんだよ」


「やりたいから」


「自分勝手な奴だな」


 話しても無駄だと思った少年は無言でテレビまで近付くと、電源ボタンを躊躇無く押した。なんとも子供っぽくない子供である。そんなことを考えながら何事も無く、それを押し直す名前。むっともう一度、押す少年。もう一度、押す名前。また押す少年。また押す名前。


 ガシッ


「しつこい」


「お前もだろ!」


 少年の後ろ襟を掴み、体を持ち上げる。ぶらーんとまるで子猫のように持ち上げられた少年だったが、諦めることなく、蹴りを入れようとバタバタと暴れ始めた。


「離せよ!離せって!」


 痛くもないパンチと足蹴りが体にげしげしと当たる。名前は少しうーんと考えると、面倒だ、と少年を自分の隣に下ろし、上から押さえつけるように頭をわし掴んだ。


「そこでじっとして見てな。私のドライブテクを」


「(なんだこいつ)」


 次のレースを選び、車種を選ぶ。ここで素直に離れるのは悔しいのか、少年は「フンッ」と鼻息荒く足を組んだ。見ているだけなのもつまらないだろう。2台目のコントローラーを手渡す。少年は「いらねぇ」とそれを押し返したが、力で人間の子供に負けるわけがない。


「これ」


 押し付ける手は押し返そうとも微動だにせず、少年はフンッ顔を背けた。


「お前みたいな奴とはつるまねぇ」


「つるむ?私君とつるんでる気無いけど」


 つるむって、爆豪みたいなことを言う子供だなぁ。そう思いながらもコースを決定する。


『3……2……1、START!!』


「この華麗なスタートダッシュ、どうよ」


「……」


 コントローラの曲がる方向に体が傾くのは万人に共通することなのではないだろうか。隣に座る少年の方に体を倒すと、「来んなよ!」と殴って押し返される。君が退けばいいのに、と思うが彼もプライドがあるのだろう。なんだか面白くなって体に少しだけ力を込めると、少年は重そうに手をぷるぷると震わせ、押し返そうと抵抗し始めた。


「キミ、名前は?」


「お前なんかに教えねぇよ」


「”なんか“?」


「ヒーローになりたい奴なんかに名前は教えねぇって言ってんだよ!」


 少年は追い払うように手を動かした。体を起こしたから全く当たってはいないが、悔しそうにこちらを睨みつける。


「なんで?」


「個性ばっか馬鹿みたいに見せびらかしてる奴は嫌いだ」


 少年はそっぽを向き、そう言った。


「個性?私のはなんだろう。無個性になるのかな?」


「は?」


 「私宇宙人だからねー」名前がけらけらとそう言えば、馬鹿にされていると思った少年が目を吊り上げる。その顔はやっぱり少し爆豪に似ていて、名前の中の嗜虐心がむずむずと疼く。

 すると少年は「馬鹿にすんなよ」と勢いよく立ち上がった。それに合わせて名前も立ち上がり、「おっと」と口先だけの慌てた声と共に帽子ごと頭を掴む。


「離せ!」


 少年はそれから逃れるように腹部に向けて握り拳と足を伸ばした。だが、腕を前に伸ばされてしまえば、少年の蹴りも殴りも届かない。


「ほら早く。名前教えて」


「お前何なんだよ!!鬱陶しいな!!」


「ああ、私の名前言ってなかったね。名前だよ」


「聞いてねぇよ!!!離せ!!!」


「えーどうしようかなぁ」


 こいつなんなんだよ!!少年は名前の顔を見上げた。にやにやと笑い、自分の攻撃を歯牙にもかけていない、むしろ面白がっている節さえある。きっと、名前を言うまでこの状態だろう。そんな雰囲気を察し、少年は名前を睨み付けながら「洸汰っ!!!!」と叫んだ。


「頑固だねぇオマエ」


 よしよしと笑った名前がパッと手を離す。するとバランスを崩した洸汰が「わっ」と驚いた声を上げ、名前の腹部に倒れ込んだ。それを抱き込むように受け止める名前。すぐに自分がどのような状態にあるのかに気付いた洸汰は「離せ!」と名前のお腹を殴った。その瞬間、ごっと鈍い音がして、何故か殴った方の自分の拳がじんじんと痛む。


「かっ、」


 硬いと言えば、なんだか負けたような気がして、洸汰はぐっと口をつぐんだ。


「いいパンチだねー」


 腹部に置かれた、まだ柔らかな手が取られる。そう言って名前がにこにこと笑った。


「もう少し鍛えれば良い感じ」


 その時、外へと続く扉が開いた。入ってきたのはマンダレイだった。


「あら」

 
 その声に気付いた洸汰がまるで猫のようにそこから飛び退く。そして、「フンッ」と鼻を鳴らし、すぐに彼女と変わるように部屋を後にした。


「次は一緒にしようね」


 返事の代わりのようにバンッ!と勢いよく扉が閉められる。マンダレイは申し訳なさそうな顔をすると、少年を自分の甥っ子だと話した。


「ごめんね。あの子は洸汰」


「聞いたよ」


「えっあの子から!?」

 
 そうだと返事をし、テレビ画面に目を戻す。少し目を離した隙に、名前の選んだキャラクターは周回遅れの最下位になってしまっていた。こうなってしまえば当然、優勝は絶望的だろう。だが、名前は再度、腰を下ろすと操作機を握り直し、リスタートでは無く、アクセルボタンを押した。


「やっぱこういうゲームは誰かとやんなきゃネ」


 
 

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