▼ 2
夏休み
「林間合宿当日です!!!」
「なぁなんであいつあんなにハイテンション?」
「珍しいよね名前さんがあんな感じなの」
額に暑さからではない汗を滲ませながら、どこかに向かって宣言する名前の後ろでバスに荷物を運び込む瀬呂、緑谷が首を傾げる。その疑問に答えるのは耳郎だった。
「日光強すぎて命の危機感じるからってさ」
雲一つない空。地面な照りつける太陽の光。骨ごと溶かされてしまいそうな気温。微風の一つもない外気。夜兎にとってはもはや灼熱地獄。そう、日本の夏は日光が燦々すぎるのです。プライベート兼コスチューム用でもある番傘は身長程もあるが、ゆらゆらと揺れる蜃気楼を見ていると、それだけでは心許ない。
「あっつい……」
半袖の制服ばかりの中、1人長袖にタイツという格好に季節感は無く、登ったばかりの日に暑さはまだ本調子では無いはずなのにすでに頭がクラクラとしている。上だけでも、と腕捲りをするが、あまり変わらない。立っているだけで灰になりそう。それに名前にはもう一つ大きな心配事があった。
「はは、弱点無くすために日の下に出ろとか言われたらどうしよう。確実に死ぬネ」
「大丈夫か?」
アハハ、と笑えない笑いを溢せば、どこか心配そうな顔をした轟が近寄って来る。迎え入れるよう、手を伸ばせば同じように手を伸ばした轟は下から支えるように腕を取った。そして、パキパキという音と共に轟の手に薄い氷が張られ、途端、傘の中の温度が下がる。名前は無意識にほっと息を吐いた。
「トドロキィ、私が死んだら灰は日光の当たるとこに撒いてね」
「当たるとこで良いのか」
「イイヨ」と答えるよりも前に後ろから頭部をコツンと叩かれる。その人物を見た轟は「お」と声を出すとゆっくりと手を離した。
離れちゃった、と首だけで後ろを向く。そこには相澤が呆れた顔で立っていた。
「先生」
「暑そうだな」
「先生……」
まさか本気でやるつもりではあるまいな。じとっとした視線が相澤に向けられる。
「流石にそんな事はしない。お前のそれは体質だろ」
正面へと回り込むように移動した先生が轟の隣に並ぶ。
「アレルギーとかか?」
不思議そうにそう尋ねる轟。人間からすれば太陽が苦手というのは珍しい事かもしれないが、こちらとしてはむしろ逆。どうして太陽の下で傘も指さずに活動して平気なのか。一体人間はどんな皮膚をしているのか。
「アレルギーじゃないけど。んー、そういう家系?みたいな。太陽に嫌われてるの」
そう言えば、2人は一度、互いに顔を見合わせた。
「嫌ってはないと思うぞ?今日晴れてるし、お前晴れ女なんじゃねぇかな」
轟がそう言った。まるで本気でそう思っているような顔で。
「はは、何それ」
少し上にある日の光を受けてキラキラと光る彼の頭に手を伸ばしてみる。ほんの少しなら。そう思ったが、指先が影を出た瞬間に、そこがジュッと音を立てた。刺すような痛みに指先が跳ねる。
「おまえっ」
目の当たりにするのは初めてなのか、「大丈夫か」と焦ったように言う先生と同じような顔をする轟。それに平気と返し、手を傘の中へと戻す。ひりつく指先は火傷のように赤くなっていた。太陽に愛されるものならきっとこうはならない。
私はそういうものなのだ。久しく当たっていなかった太陽にそれを再認識する。すると、轟は少し屈んで、私が届くように傘に頭を入れた。きっと私が手を伸ばしたからだろう。その優しさに甘え、彼の髪に指を差し、さらりと撫でた。
「なんだ」
「慰めてくれたお礼」
「そうか」
「ンギギギギギギ」
「大変だ!!!峰田くんが羨ましさで凄い形相に!!!」
緑谷の声とともに足に飛びついてきた峰田を軽く蹴り飛ばす。すると、別のバスの側にいたB組の男子生徒と目が合った。じっとこちらを見つめるその金髪に見覚えがあるような、ないような。
そんな事を考えていると、その男子生徒は大股にこちらへと歩いてきた。そのまま止まることなく真っ直ぐに進んで、目の前まで来たところで片手が取られる。何?と思っていると突然、ブンブンと上下に振られた。
「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるって事!?ええ??おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれれれえ!?」
金髪くんは緑谷達の方を見て挑発するも私の手は離さない。それどころかテンションに比例して、振られるスピードが増す。すると、突然ぱっと手が離れた。そして流れるような手際で指先に絆創膏が貼られ、その上に包帯が巻かれる。手当?と首を傾げているとどこから取り出したのか冷たい水の入ったペットボトルと塩飴が手に置かれ、金髪くんは「ふー」と一仕事終えたように元のB組のところへ戻っていった。
「何だったんだ今の!?」
「A組のバスはこっちだ。席順に並びたまえ!」
飯田の指示で並び出す生徒達。名前はその中で一連の行動に首を傾げていた。
「あれ、誰?」
「(物間くん、名前さんのファンだったんだ)」
名前も知らない男子生徒のその行動を不思議に思っていると、今度はB組の女子が片手を上げ、駆け寄ってきた。
「ごめんなあいつ君のファンなんだ」
「(言っちゃうんだ)」
ふぁん?と隣にいた緑谷を見る。
「緑谷みたいなこと?」
「えっ!ま、まぁそうだね。誰かに憧れを持ってる人、かな?」
憧れ?話したことなどあっただろうか?自分で言うのも何だが、愛想はそれほど良くないし、ニコニコ笑うようなタイプでも、優しい性格もしていない。憧れられるようなことをした覚えは一つもないが、だがまぁ悪い気はしなかった。むしろ、
「ちょっと嬉しいかも」
ふふっと笑うとさっきの彼からの射殺されそうなほどの熱い視線が突き刺さる。こう言う時はどうしたら良いのだろうか。するとふとオールマイトの顔が頭に浮かび上がった。
「HAHAHAHA!ファンは大事にしたまえ!名前少女!」
脳内のオールマイトがバチーンとウィンクをする。大事にする、が具体的に何をすればいいのかはよく分からないが、確かに礼は大事だ。手当てと冷たい水の礼の代わりに小さく手を振り、名前はバスへと乗り込んだ。
「グハッ」
「も、物間ァァァァ―――――――――!!!」
ーーーーーーーーーーー
クラスの人数は21人。必然的に2人掛けの席では1人溢れる。そのあぶれた名前順、つまり席順最後尾の人、それは私だった。バスに乗り込んだものの、後ろの方に空いてる場所はない。うーんと一度周りを見渡す。すると、一つ隣の居ない席があった。相澤先生の隣だ。
「仕方ないか」
「こっちのセリフだそれは」
窓側はもちろん先生に。決して、暑いからとかエアコンの風が鬱陶しいとかでは無い。
「エアコンの風先生の方に向けとくね」
「それ善意か?というかお前、他の奴らと座らなくていいのか」
「センセーがいいなって」
そう言えば、先生から「嘘つくなよ」とすぐに否定の言葉が飛んでくる。
「教師を揶揄うもんじゃない」
呆れたようにため息をつく先生。すると、バスのエンジンが掛かり、車がゆっくりと走り出した。
「ねー、先生。外どう?綺麗?何がある?」
「森」
「雑か」
「変わるか?」
「ううん。カーテン閉めてて」
聞いておいて何だが、そこまで興味があったわけでも無いので、シャット閉まるカーテンの音に合わせて深く腰を下ろす。すると替わるように先生が立ち上がった。
「一時間後に一回止まる。その後はしばらく…」
「音楽流そうぜ!夏っぽいの!チューブだチューブ!」
「バッカ夏といやキャロルの夏の終わりだぜ!」
「終わるのかよ」
切島、上鳴、瀬呂。
「ポッキーちょうだい」
「席は立つべからず!べからずなんだ皆!!」
耳郎に八百万、飯田。
「しりとりのり!りそな銀行!う!」
「ウン十万円!次名前ちゃん!」
芦戸に葉隠。
「ンジャメナ」
そして名前。
「くっ、手強い」
ガヤガヤと騒ぐ生徒達の浮き足立つその様子に相澤は言うことを諦め、「まぁ、いいか」と腰を下ろした。
「しばらく?」
「もういい…」
続きを促すも、相澤はもう応える気はない。絶対なんかあんなぁ。師匠の無茶振りに経験のある名前は一時間後に備えて休んでおこうと捕縛布を引っ張り、頭から覆った。そして先生の肩に頭を倒す。すると、相澤先生の骨からゴンッと音がした。
「うおっ、お前なぁ…」
―――1時間後―――
プシュー…
バスの動きが止まるのを感じ、目を開ける。
「ほら。降りるぞ」
相澤に急かされ、バスを降りるとそこはパーキングエリアではなく、道路脇にできた待避所だった。目の前に広がるのは青々と茂る木と一台の車だけ。太陽はまだ真上には来ていないが、雲は数えるほどしかなく、遮るものが無い日光が朝よりも強く降り注いでいる。
「つか何ここパーキングじゃなくね?」
「ねぇアレ?B組は?」
「お…おしっこ…」
疑問を溢す生徒達。
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
すると車の扉が開き、「よーーーうイレイザーー!!」と誰かが相澤を呼んだ。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
猫を模したコスチュームの女ヒーロ2人が戦隊のようにポーズを決め、登場する。その隣には棘の飾りの付いた1人の男の子が無愛想な顔で立っていた。
「今回お世話になるプロヒーロー「プッシーキャッツ」の皆さんだ」
知らないなぁ。名前がそう思っていると、すかさず緑谷の補足説明が入る。
「連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう12年になる」
キャリアを口にした途端、グラりとプッシーキャッツの姿勢が崩れた。
「心は18!!」
「…へぶ!」
年齢に直結する話は禁句らしい。メンバーの1人から猫パンチを喰らう緑谷。モチーフ通りのその技は愛らしいが、凶悪だ。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」
「遠っ!!」
なんとなく言いたいことがわかってきた。それは生徒達も同じで、「え…?じゃあなんでこんな半端なとこに……」「バス…戻ろうか……な?早く…」と嫌な予感を感じ、バスに戻ろうとする。
とはいえ、もう遅いだろう。相澤の顔を見るが、止める気配は無い。ならとっとと終わらせる方がいい。
名前は傘を斜めにし、さらに強まりそうな日差しを見た。この太陽の下に長時間は居られない。
「お先」
「名前!?」
軽い口調と同じくらい軽い足取で駆けた名前が我先にとガードレールを飛び越える。そして森まで続く崖を立ったままズザザザザ、という音と共に滑り降りた。
「お??」
その次の瞬間、ゴゴゴゴという音と共に背後に何かが迫る。後ろを振り向けば、そこには土石流があった。その中には押し出されるように生徒達が見える。
「あら?来たんだみんな」
「あら、じゃねー!!!」
叫ぶ切島は元気そうで、やる気十分。そんなことを考えていれば、クラスメイトよりも一足先に平坦な地面にたどり着く。どこに向かえばよかったかな、と辺りを見渡せば、少し先に四足獣のような何かがいるのが見えた。
牙もある、手足もある。が、生き物特有の生気は感じられない。じ、と目を凝らせば、すぐにそれに納得した。動きは生き物だが、爪は石、牙は木、体は土で出来ていたからだ。まるで魔獣のようなその姿に何となく既視感が起きる。
「あ」
轟と買い物に行ったその前日、発売だったゲームの敵キャラだ。なかなか手こずったことを思い出し、俄然やる気が出始める。それはその動物も同じだったようで、名前が走り出した途端、それも走り出した。
「マジュウ狩りじゃァァ!」
傘を突き出す。ドゴォンと音がして、魔獣の体が足だけを残して崩れた。
「あっけないネ」
だが破片はカタカタと揺れ、ゆっくりと元の形へと戻ろうとする。とはいえ、ツチクレを相手にしていては時間がどれだけあっても足りなくなってしまう。昼ならまだ良いが、夕方になるのは困る。斜めから入る太陽の光は走りながらでは防ぐのが面倒なのだ。
「(かくなる上は……)」
放っていこ。再度、駆け出した名前の後ろでもう一度、魔獣の壊れる音と、「ウラァァァ」と叫ぶ声がした。目を後ろに向ければ、轟と飯田、緑谷が追って来るのが見える。そして何故か最前でキレている爆豪も。
「クソ怪力女ァァァァ!!テメェ抜け駆けしてんじゃねーぞ!!!」
BoomBoomと両手を爆破させ、爆速で追ってくる爆豪が隣に並ぶ。
「一緒に行きたいの?」
「誰がテメェなんざと行くか!!俺が先に着くんだよ!!!」
「私、日が強くなる前に着きたいんだけど」
「俺が先に着くって言ってんだろボケェ!!」
地面が盛り上がり、新しく生まれた魔獣に向け、傘を振り、宣言通りにペースを上げる。ゴミ溜めの街で生まれて以来、あらゆる場所、あらゆる生き物を蹂躙して来た私にとって森なんてものは今更なんて事はない。昔、師匠に猛獣のいる森へ放り込まれた経験があるから尚更である。
「だぁっ!!待てやボケ!!」
「待っていいの?」
「待つな!!!」
森は木の根や岩が多く、地面が慣らされていないために足場が取りにくい。それに日の光が通り辛いために地面はぬかるんでいる。だから、足全体ではなく、つま先で地面を蹴り、足場を確認しなければならない。爆豪も轟達もそれで手間取っているのだろう。
が、そもそも面倒なら地面を使わなければいいのである。ぬかるみでは無く木の根に足を乗せ、枝へと飛ぶ。そしてそれを蹴り、ツチクレマジュウを傘で殴り壊しながら前へと進んだ。マジュウ達は大した攻撃力も知性も無く、足場にもなって丁度いい。きっと、操作している本人が近くにいないからだろう。
「あれ爆豪疲れてきちゃった?」
「ああ!!?疲れてねぇ!!」
すると、隣を走っていた爆豪との距離が空いた。個性の上限があって、かつサポートアイテムのない爆豪と制限のない自分とじゃ仕方がないとは思うが、彼はそうは思わないらしい。そういう意味で考えるなら緑谷が上がってきそうではあるが、彼は長時間、連続して個性使用ができるんだろうか。飯田は直線なら速いが、入り組んだ森では良さが活かしきれなさそうだし…。そう思いながら枝の間を抜けた瞬間、差した傘の前がふわりと上がった。
「…っぶな」
その気の緩みで日の光がほんの一瞬、差し込む。肌には当たらなかったものの、途端、自然と体が警告を発した。思っていたよりも日の光が強い。高度も関係するんだろうか。考えたことも無かったが。さらに強く足場にしていた木を蹴る。その倒れる音を背にさらに前へと進んだ。
「こっちに飛ばすんじゃねェ!!!」
気付けば後ろの音は消え、林が晴れる。太陽の傾き的に昼を少し過ぎた頃だろう。すると、少し先に宿舎のような施設があった。道中、道に迷うというアクシデントはあったものの、無事にたどり着けたらしい。扉の横にはまたたび荘と書かれた看板があった。
「到着―」
土くれ魔獣から飛んだ土を払い、額の汗を拭う。するとどこからか 「ワオ!」という声が上がり、扉から5人の猫をモチーフとしたコスチュームを着たヒーローが出てきた。
「煌めく眼でロックオン!」
ショートボブのマンダレイ。
「猫の手、手助けやってくる!」
栗毛のラグドール。
「どこからともなくやってくる!」
虎毛の尻尾の虎。
「キュートにキャットにスティンガー!」
金髪のピクシーボブ。
「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」」」
4人それぞれがポーズを取り、最後に揃ってチーム名を言う。互いが別々のポーズであるにも関わらず統一感があり、戦隊モノ登場シーンのようだ。感心した名前はパチパチと拍手をした。
「わー、フルバージョン」
「おめでとう!!ご飯出来てるよ!!」
「私、ラグドール!オツカレー!」と肩をバンバンと叩かれ、「へー」と返事をする。昼ごはんはカツカレーだろうか。すると、それに倣い、他の3人も自己紹介を始めた。
「そして我輩が虎である」
最後に1人、違う意味で毛色の違う男。筋骨隆々の虎が両腕を組み、正面に立つ。毛色というか1匹種が違ってないか。そんなその人を上から下まで眺める。コスチュームは他の3人と全く同じ、スカートタイプ。だが、よく似合っている。種族柄なのか名前は筋肉のある人物に惹かれる。分かりやすく強く見えるから。そして、大きいものも好きである。それに猫も。
まじまじと見つめているとぱちりと虎と目が合う。それを逸らさずにいると、虎は照れたような凶悪?な笑みを浮かべた。
「見過ぎだ」
「……か、かわいい」
ついぽろりと漏れる。
「よせやい」
「え?」
「仲良くやれそうね!」
不思議そうなマンダレイとピクシーボブに背中を押され、席へと座らせられる。プッシーキャッツは、宣言通り、食事を用意してくれていた。
「あともうちょっと待つ予定だったけど…」
「来なさそうですね」
森を見るマンダレイに相澤が返す。21人分の食事も一応、含めているのか机のほぼ全てを食べ物が埋め尽くしていた。朝から何も食べておらず、走り通しだった名前の食欲にびびびと電気が走る。
「食べてもいい?」
ぐううううと名前の腹が大きく鳴り、我慢できないとばかりに舌が唇を舐める。5人は顔を見合わせた。彼らは全員、気の良い、そして気の優しいヒーローだ。お腹を鳴らして待つ子供を見て、「待て」とは言えなかった。
「いっぱい食べな!」
「ヤッタァ!」
prev / next