夜の兎 | ナノ


▼ 4


ーーーTOARUHIーーー


 会議室ではヒーロー科教師陣が期末試験の実技試験に向け、その組み合わせについて話し合っていた。


「緑谷と爆豪ですが……オールマイトさん頼みます。この二人に関しては能力や成績で組んでいません…。偏に仲の悪さ!!緑谷のことがお気に入りなんでしょう。うまく誘導しといてくださいね」


 緑谷、爆豪の写真付きの資料を机に置いた相澤が次に手に取ったのは無表情でこちらを見つめる名前の資料だった。


「最後になるのが出席番号21番、夜野です。ある意味ではこいつも厄介ですね」


 相澤は成績に目を通した。入試はともかく授業の成績に関して、特に戦闘においては文句のつけようがない数字が並んでいる。

 コミュニケーションに関して我の強さが少し目立つが、欠点と言えるほどでもない。爆豪や轟とも似ているようで、そうでもない。体の使い方がうまく、個性を活かすこともでき、シンプルな個性ゆえにどの個性に対しても協力、対応が可能で場面を選ばず、オールマイティに活躍できる。だが、だからこそワンマン。手段は荒っぽく、独断的な面が目立つが、判断力は同世代と群は抜いている。


「攻撃型に見えて攻守に優れる万能型。シンプルながら強い個性だ。まるでオールマイトだね」


「回復力もあり、体力もある。人間って生き物の強化型みたいなやつだな。派手さはねぇけどよ」


「パワーならセメントスの砂藤くん切島くんのチームがいいと思うけど、持久戦に弱いわけでもないし…人数がね」


「公平性を保つためにチームの人数は極力変えたくありませんね」


 教師たちが順に主観を述べていく。決定打を投げたのは相澤だった。


「俺が思うに、奴の課題は……」





 戦闘時において、名前は今までの経験から大事にしていることが三つあった。集中すること、恐怖を持たないこと、判断することである。


「ふーーーー」


 息を深く吐けば、ぴんと貼った糸のように感覚が研ぎ澄まされる。戦闘で重要なのは集中。それが判断を最大限有効に活かし、タイムラグを消す。

 そして痛みへの恐怖を捨てる。たとえ、他の生き物より薄くとも、生き物であるからには確かに存在するそれはいざという時、その判断を鈍らせる。骨が砕けようが肉が裂けようが本能の赴くままに動く。そうすれば自ずと勝利が手に入る。渇いた喉を潤せる。それが己である。

 首のチョーカーに指が伸び、顔に包帯が巻き付く。そして名前は傘の持ち手に滑り止めの包帯を巻き、溢れる興奮のまま笑った。


 期待させてくれる。


「じゃーね」

 
 既に試験を終えた生徒達が手を振り、見送る。新しい試験場には既に教師達が雁首揃え、並んでいた。


「……」


 そして、辺りを見回す。森と少しの平野にコンクリート製の施設のあるこの場所に名前は苦笑いを浮かべた。


「ここは…ズルくない?」


 コンクリートに身を隠せる木、そして広範囲攻撃の出来る平野。自分だけではない。どう見ても彼らにとっても得意な地形だ。


「さてと。準備はできてるか」


 ニヤニヤと笑みを浮かべた相澤が問いかける。


「センセー、敵みたいだよ」


「まぁな。今のお前にとっては敵だろ」


「じゃー、遠慮なくできるね」


 相澤はやる気のある名前の言葉を皮切りに概要を話し始めた。


「お前の課題だが、攻略のヒントとして先に言っておく。じゃなきゃキツイだろうからな。お前は攻撃を受けることに対する躊躇がなさすぎる。死なねぇと思ってるのかは知らないが、ヒーローには逃げる事が大切な時もある」


「そこでだ、この試験では逃げ切ることに重点を置いた。そのためにお前には複数の教師を相手にしてもらう。で、お前を二人組にしなかった理由だが…単純に人数の問題だな」


「厳しいネ」


「脳無事件はそのぐらいの評価だったってことさ」


 そして相澤は一つの機械を取り出した。


「で、お前にはこれをつけてもらう」


 それは腕輪のような物だった。


「これはお前の攻撃を受けた回数を計算するカウンターだ。上限は言わないでおくが、達するとこれが鳴る。で、お前の相手だが……薄々気づいてたろ。ここにいる全員だよ。その他のルール自体は他の生徒と同じ。カフスはめるか、逃げるかだ。ま、逃げ一択だろうけどな」


 難易度おかしくないか。そう思うも、名前の正直な心は高揚していた。その気持ちが現れるかのように名前の傘がくるくると回る。


「5分毎に増える。まぁ配慮としてオールマイトとマイクは最後の方だ。制限時間はない。まぁ存分に楽しんでいけ」


 プレゼントマイクなんて話すだけで攻撃されたことになる。なんて無理ゲー。だが、名前に負ける気なぞは無かった。


「りょーかい」


緑谷side


「えええええええ!!!名前さんの試験難しすぎませんか!!?」


 休憩時間を空けて、何人かのクラスメイトが最後の名前さんの応援に出張保健室へと集まる。画面の中、軽く顎を上げた名前さんの前には先生達が並んでいて、みんなのなぜ?という疑問に答えたリカバリーガールからの説明を聞いて驚く。


「聞けばUSJ事件、あの子が敵を食い止めたそうじゃないか。あの子はね戦闘力とセンスだけで言えばプロ並みだよ。それに誰かと組ませようにも人数が合わないし、あの子は誰と合わせても一緒だろう。合理性を求めるならこれが1番いい。あの子は1人で十分やれるさね」

「Puls ultraが校則のうちとしちゃあの子にも追い込まれて貰わなきゃねぇ。ただし、それじゃあキツイだろうからハンデの重りはさっきよりも少し重くしてあるよ。多少だけどね」


「それにしてもやりすぎじゃねぇか」


 轟君がそう言った。僕も正直そう思う。5分毎にプロが増えていって、しかも攻撃受けすぎるとアウト。見たところフィールドも先生に有利になっている。重りがあるとはいえ、厳しすぎな気がする。


「見てみな。本人はやる気みたいだよ。あの子の最大の強みはね。困難を楽しめることさ」


 「担任のお墨付きさ」そう言うリカバリーガールの後ろで、名前さんは笑ってた。


「厳しすぎて笑ってるんじゃ…」


 位置についた名前さん。1人目の先生の姿はどこにも見えない。きっとどこかに隠れているんだろう。


『じゃあ行くよ。期末試験、レディィィィィゴォ!!!!』


 開始の瞬間、名前さんが飛んだ。


「早い!」


 低い姿勢のまま、正面では無く、横に飛んだ名前さんの体が宙に浮く。でも突然、空中で気絶してしまったかのようにその体からがくんと力が抜けた。俯く彼女とは別のモニターに相澤先生が映る。ああ、そうか。1人目は相澤先生だ。

 個性を消す個性。彼女にはきっとよく効く。その強力さに合わせて捕縛布という技も持ち合わせている相澤先生は十分強敵で…。まだ増えていくんだ。厳しすぎる…と試験の設定を再認識した。

 勢いよく飛ばされた捕縛布が彼女の脚に絡まり、その体がぐんっと引かれる。あの捕縛布と個性の攻撃はかっちゃんでも逃げられなかった。やばい、そう思った瞬間、名前さんが顔を上げた。


「笑ってる…」

 
 歯を見せて、勝ち気に笑った名前さんが画面に映る。すると、彼女は徐に脚に伸びる捕縛布を持って、半円を描くようにその腕を振った。踏ん張っていた相澤先生の体が逆にいとも簡単に浮かび上がる。

 投げるつもりなんだ!

 すぐにそれに気付いた先生が布をナイフで切って離脱する。そして、先生が地面に着地した瞬間、彼女が目の前に現れた。


「速ぇっ!!」


 瞬きの間のような移動。それはまるでさっき自分と対峙したオールマイトのようだった。


「蹴りか」


 一瞬のうちに相澤先生の前に現れた名前さんが蹴りの素振りを見せ、先生が両腕で防御の姿勢を取る。でも、名前さんの脚は予想外なことに攻撃として先生には向けられなかった。空中で蹴り上げられると同時に縦に回った足がクロスにした両腕の下側に足先を引っ掛けて持ち上げ、先生の防御の姿勢を崩す。

 あの蹴りは最初からフェイントだったんだ。


「強引に防御を解いた」


「あの状況じゃ普通は攻撃を予想するもんな。最初っから崩す気だったのかも」


 それから今度は十字を切るようにもう片方の足を横に振る。その足先は丁度、避けようと頭を下げた先生の目元のゴーグルに当たった。壊れたゴーグルから目を守るために目を閉じたままそこを離脱した先生が木に飛び移る。千載一遇のチャンス。でも彼女は追撃はせず、近くの木に腕を回して引っこ抜くとそれを先生に槍投げの要領で投げつけた。


「引いた」


 だけど皆んながそれ以上に気になっているのは個性のことだった。爆発的な脚力も怪力も消えていない。だけど、タイミングを見計らって発動している、という風にも見えない。


「あいつ相澤先生の個性効かねぇのか」  


「個性がかかったフリをしたんだ」

 
 大木を目眩しに名前さんが一瞬で間合いを詰める。でも先生もそれが目眩しだってことに気づいてるはず。どうするんだろ。


「引く、のではないでしょうか。そろそろ時間が…」


 皆んなが八百万さんの言葉に頷いたその時、名前さんは傘で木の真ん中を突き刺して割ると木屑と共にその間から飛び出し、相澤先生の真正面で拳を引いた。

 さっきのは木と木の破片を利用した二重の目眩しで、ブラフでもあったんだ。僕以外にも木の死角から攻撃すると思っていた人は多くて、「おお、」と声が上がる。


「目眩しやブラフで本命を悟らせない。名前さんらしいですわ」


 跳ねる木屑に目が個性の先生はガードするしかなく、名前さんはクロスにされた腕の上、ギリギリで突き出した拳を止めた。怪力で生まれた圧に先生は飛んでいくけど、捕縛布を木に飛ばしていたから距離は離せない。彼女は今度こそ追撃する。そう思ったけど、名前さんはその隙を攻めることなく、木の上に着地するとそこから一度の跳躍で画面から消えていった。残った太い枝は折れていて、きっとすぐ近くにはもういない。


「パワーもスピードも凄い…」


 自分のパワーを上手くスピードに変えている。それに彼女は今気付いたけど、テクニカルな動きが多い。攻撃の合間に一瞬、体を捻ったり、届くところで一度、地面に手をついたり、タイミングをずらしているから気付かないうちにこちらの調子が変えられて、攻撃の予測がし難いんだ。


「そのまま逃げろ名前!!」


「スピード勝負なら相澤先生にも負けません!」


 八百万さんの言う通り、脚の勝負なら名前さんの勝ちだ。みんなが彼女に期待する。入口へはもうすぐだ。その時、名前さんの頭に何かが当たった。 


「5分だよ」


 リカバリーガールがそう言った。

 スナイプ先生が画面に映って、手持ちのライフルから弾が発射される。もう一発、もう一発と当たる度、名前さんの体が揺れた。

 その表情は髪で見えない。


「倒れちゃダメだ!!名前さん!!!」


 カメラの向こうに声は聞こえていないはずなのに、彼女は応えるようにダンッと力強く地面を踏みつけた。俯いていた顔が上がる。彼女はニンマリという顔で笑っていた。そしてゆっくりと口と顔の横に持ち上げられた両手にはスナイプ先生の銃弾が摘まれている。 


「悪い顔だ!!!」


「どうやったら口で弾丸受け止めれんだ。いや、指もだが」


「コミックじゃん…」


「やっぱ宇宙人だな」

 
「だな」


Side


 この試験はきっと、制限時間が無いことはそれ程、重要じゃない。なぜなら時間がかかればかかるほど詰むからだ。
 
 速攻でゴールまで逃げ切る方が得策。ただし、向こうもそれを分かっているわけで。この教師の数で攻撃を受けてもいい回数が1桁台なんてことはないだろうが、会敵は悪手だ。だが、こちらの嫌がることは向こうには筒抜けなわけで…。


「スナイプ」


 名は体を表すが如く、きっと、スナイプの個性は多分、命中率に関係してくるようなやつだ。なら避けるより止める方が安全。とはいえ、流石に教師複数相手に片手が塞がるのはまずい。傘をホルスターに直し、銃弾を捨てる。すると後ろから感じ慣れた気配が近付いて来るのが分かった。


「相澤先生、復活早いね」


「まだここにいたのかお前」


 ジョーダンが上手いなァ、分かってたくせに。そう言って笑えば捕縛布が飛んでくる。体を捻りながらジャンプでそれを避け、次いでナイフ片手に飛び込んでくる相澤先生の切先を頭を下げて避ける。それから足でナイフの頭を蹴り上げ、弾き飛ばした。それと同時に撃ち込まれるスナイプの弾を後ろ手に掴む。意識は相澤先生だけに向けてはいない。

 先生は少し驚いた顔をしたが、すぐに体勢を立て直し、蹴りを入れた。それを避ければ今度は避けた先の挙動に合わせた弾と死角からの二発目。プロの連携が間近で見れて嬉しいが。


 小賢しい。


「お前に俺の個性が効かないとは思わなかったよ」


「演技力、良かったでっしょ!」


 先生の腕を掴み、スナイプが攻撃できないよう、後ろに一度回転しながら地面に放り投げる。受け身を取った先生が地面に着くより前に距離を詰め、頭を狙って足を振り下ろした。


「っ、」


 木に布を飛ばしてそれを避ける相澤先生。それは想定通り。そのまま反撃されないよう地面に着けた足に力を込めて地面を割った。クレーターのように地面が凹み、盛り上がった周りの地面が壁となってスナイプさんの銃弾を防ぐ。簡易で瞬間的な城壁だが、思った以上の効果はあった。だが、周囲とを断絶するこれは必然的に自分の視界も遮る。一瞬、周りの景色が見えなくなり、相澤先生の姿が消えた。


「上だよ」


 だけど相手は生きている人間だ。顔をあげる時間を削り、気配を頼りに先生の蹴りを避ける。だが、つま先が少し頬を掠った。カシャとカウンターの刻まれる音がする。 


「は?このぐらいでもダメなの?」


「攻撃、入ったな」


 鬱陶しいなぁ。当てる気のない足払いで先生を離し、足元で重なった岩を踏む。シーソーのように上に飛び上がった大きめな岩を落ちてくる途中で先生に向けて蹴り飛ばした。飛ばしたそれを足場に上に飛んだ先生にもう一度、落ちてきた岩を傘で撃ち返す。さっきとは違い、岩は猛スピードで回転しているから足場にはできない。その隙に地面を蹴ってその場を離れた。


「じゃーね」


 もうそろそろ10分経つ。とりあえず出口に向かわないと。歩き出した私の背後から小さな気配が迫る。スナイプさんの弾丸だ。振り返り、正面を受け止め、少し左寄りだったもう一発は避ける。

 ガクン、瞬間、滑るように何かに脚を取られた。地面を見れば白い地面に白い布、相澤先生の捕縛布が敷かれている。スナイプの二発目は私が避けを選択する軌道にわざわざ打ち込んできたのだ。それを察した瞬間、バランスを崩した私の顔面に盛り上がった白いコンクリートがモロに入る。


「ぶっ」


 ここに来てセメントスさん。


「お前、時間に気取られすぎてマップ忘れてたろ」


 もう一発顔面に喰らう。口の中が切れた。カウントは3。


Side緑谷

 セメントス先生の攻撃をまともに食らった名前さんの体が止まった。でも一切膝はつかない。もう一度攻撃が入る。それでも倒れも、よろけたりもしなかった。そのまま少し脚を前に動かした彼女にスナイプ先生の銃弾が更に二発入る。途端、彼女の動きが止まった。体はブルブルと震え、俯いたまま身動きを取らない。地面にぽたぽたと血が垂れる。なのに膝をつく様子はなかった。


「脳震盪かねぇ」


「止めさせなくて良いのか!!なぁ!!」


「大丈夫…!名前さんなら、きっと!!」


 捕縛布をしっかりとー握り直した相澤先生が名前さんにゆっくりと近づく。荒い息で震える彼女の腕に布が巻かれた瞬間、名前さんは震えを止め、顔を上げた。そして捕縛しようとする先生に向かって口から勢いよく何かを吹きかけた。先生に赤い液体が降りかかる。名前さんは目を弓形に、そして赤い口でにっこりと笑っていた。


「血…?!」


 土壇場でそんなこと…!そう思ったけど、彼女の体の震えがない事でさっきまでのが全て演技だと言うことが分かる。最初に先生のゴーグルを割ったのは偶然じゃなく、これを狙ってのことだったんだ。


「流石だよ名前さん!!!」


 それにはもちろん先生たちもすぐに気付いて、スナイプ先生の銃弾とセメントス先生のコンクリートの柱が彼女を狙う。名前さんは上に跳んでくるくると回ってそれを避けると、彼女と繋がったままの捕縛布も同じ動きで回り、スナイプ先生から撃ち込まれる弾丸を包んだ。

 弾丸は布を貫いたけど、彼女の動きで捻られて、弾丸の軌道は本来のものとは違ったものに変わる。その先にはセメントス先生がいて、弾丸はその肩を貫いた。それに気を取られた瞬間、名前さんの姿が消える。地面はさっきよりも大きく抉れていた。


『夜野名前クリアだよ』



Side


「お前、時間に気取られすぎてマップ忘れてたろ」


 ガンッ


 コンクリートの塊が仕上げとばかりに頭を打つ。とはいえ、それほど痛くはなくて、私はコレを待っていた、と小さくほくそ笑んだ。体を震わせ、まるで脳震盪でも起こしたかのように見せると、ゆっくりと相澤先生が向かって来る。そのまま手に捕縛布が巻かれ、相澤先生がほんの一瞬、気を緩めたその瞬間、私は口に溜めておいた血を吹きかけた。


「!!?」


 頭を狙われることは初めから予想がついていた。時間に焦る様子を見せたのもそれを誘うため。焦りで隙を見せない私から隙を生ませるにせよ、人間よりも耐久力のある私を倒すためにせよ、どちらにしろ合理的な先生たちならきっと頭を狙ってくると思っていた。そのためにわざわざ相澤先生のゴーグルを壊しておいたのだ。私に近づくその瞬間、例え効かずとも唯一個性の詳細知っている彼を潰すために。


「はは」


 これはもしこの手が効かず、時間が伸びた時のための情報錯乱の為でもある。血が出たのは良い誤算だ。攻撃じゃきっと彼の目を潰していた。私の血液に視界を塞がれた相澤さんが後ろへと下がる。そしてそれと同時に彼を援護するようにスナイプの弾とセメントが飛んでくる。それを体を捻りながらジャンプで避け、腕に繋がる捕縛布をリボンのように回せば、布は砲弾を包んだ。それをセメントネスの方に向くようにくるりと回す。布の動きはどう作用するのか分かりづらく、きっとセメントスは警戒をしていない筈だ。


「な、」


 布を突き抜けた弾丸がセメントスの肩に当たる。スナイプはきっと追ってはこない。追ってこようとも捕まえられない。私は足に力を込め、ゴールへと駆けた。


「ふぅー、終わったー」


 カシャとキャッチーな入口の上に付いていた看板が回転し、「よくできた!」と文字が表れる。それを見て、ドサッとその場に足を伸ばして座った。


「なんか楽しかった」


 やっぱりプロと名のつくだけあって、動きが違う。ハンデも無く、本気の本気でやり合いたい、言葉通り「敵と思え」をしたくなるほどに。


「(でも今じゃない)」


 それにしても自分の動きはいかがなものか。相も変わらずいつまでもズレのある体を嘆き、あー、と傘の下で空を仰ぐ。すると、目薬を入念に差しながら歩く相澤先生が近づいてきた。


「お前、カウント見せてみろ」


「ん」


 文字盤には4の文字。


「お前、5発当たってたろ。機械の故障か?」


 顔面にセメントスの攻撃を喰らったその後のことだろう。不思議そうにカウンターを見つめる先生に向け、手を差し出した。


「なんだ」


 手を開けば先生の手にころんと薄いコインのような金属が落ちる。これはスナイプに打ち込まれた銃弾だ。


「カウント上限が5発って気づいてたのか?」


「一桁台はないだろうなって思ったからこそね。そのつもりで戦ったの。先生、血かけちゃってごめんね」


 そう言えば、先生は「ああ、いいよ」となぜか少し満足気に笑った。


「お前もしかして教員も気づいてたのか?」


 しゃがんだ先生が首を傾げる。


「相澤先生はなんとなくいるだろうなと思ったけど後はバランスでかな。追い詰めたいだろうし、攻撃当てる気で来るなら連携してくるでしょ。それに初めの方は近、中、長距離に対応できる人のが良い。一人目でオールマイトが来ることはないって初めに言ってたしネ」  


「合格だ」


 相澤先生はそう言うと私の頭に手を伸ばした。雑に頭が撫でられる。下手くそな撫で方だったけど、不快には感じなかった。


「先生たちが優しかったから」


 次はハンデも優しさも、遠慮も無しで。そう言えば先生は「調子に乗るなよ」と頭を小突いた。



 

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