夜の兎 | ナノ


▼ 3

―――演習試験当日―――


 全ての座学テストを終え、試験は実践的な演習試験を残すのみとなった。


「……は?」


 今年の演習試験は合理的な理由により変更。それは分かった。2人1組で先生と戦うこともわかった。が、これは一体どういうことなのか。名前は首を傾けた。




「それじゃあ演習試験を始めていく」


 バスで移動し、会場となる演習場へ向かう。そこでは雄英ヒーロー科の教師陣がA組担任である相澤を中心に生徒達を待ち構えていた。


「この試験でももちろん赤点はある。林間合宿に行きたけりゃみっともねぇヘマはするなよ」


「先生多いな……?」


 ロボット相手の戦闘だとするならば少し不自然だ。何人かの生徒たちは疑問符を浮かべた。


「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々分かってるとは思うが…」


「入試みてぇかロボ無双だろ!!」


「花火!カレー!肝試しーーーーー!!」


 人相手の調整の難しい上鳴、芦戸がすでに合格の気で嬉しそうな声を上げた。その瞬間、ひょこ、と相澤の捕縛布の隙間から根津校長が顔を出す。


「残念!!諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」


「変更って…」


「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ!というわけで…諸君らにはこれから2人1組でここにいる教師1人と戦闘を行なってもらう!」


「先…先方と……!?」


 勝てるわけがない。そんな驚きの表情を浮かべる麗日。


「尚ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ。まず轟と八百万がチームで」


「俺とだ」


 相澤がニヤリと笑う。そして続々とチームと対戦相手を発表した。


「そして緑谷と爆豪がチーム」


「デ……!?」


「かっ……!?」


 互いに驚いているようだが、親密度が考慮されているならそう驚くことでもない。そしてこの相性最悪な2人の相手は。


「私がする!」


 オールマイトが拳を握る。そして、「協力して勝ちに来いよお二人さん!!」と爽やかに笑った。


「飯田と尾白、お前達の相手はパワーローダー。……と、これでチームと対戦相手が分かったな」


 発表と共にチームメイトと集まる生徒たち。2人ずつのチームの視線は対戦相手である教師に注がれる。


「あれ?でもうちのクラスって21人だったよね」


 耳郎の指摘と共にクラスメイト達の視線がまだどこにも属していない1人の元へと移動した。


「名前は?」


「ああ。夜野か」


 パワー系は既に切島、砂藤とチーム分けが済んでいる。そこに入れられる?それとも後で?そう思い、日傘の中で首を傾げると相澤はニィとどこか悪い笑みを浮かべた。


「喜べよ。お前は他のみんなの試験が終わってから個別だ」


「特別待遇だな」と悪い顔で笑う先生。何かを察したらしい緑谷と轟が慰めるようにぽんと肩に手を置いた。


「おっと?」

 


  ーーーーーーーーーーーーーーーーー





「何すねてんだい。良かったじゃないか特別待遇」


「ペッツお食べェ!!」


 治与ちゃんことリカバリーガールの手から渡されたペッツを口に放り込めば、なんとも言えないミントの味とおばあちゃん家の棚の匂いがした。祖母なんてものはいなかったから想像でしかないが。

 名前はいくつも並んだモニターの前に座るリカバリーガールの後ろに備え付けられた簡易なベットに腰をかけ、「拗ねてない」と足を組んだ。

 カメラの向こうでクラスメイトそれぞれが位置につく。自分の相手は未だ発表されていない。名前は詳しくは知らない教師陣の個性を把握するため、画面に目をやった。きっとそれは教師陣の意図することでもあるのだろう。そのためにここ、言うなれば試験監督であるリカバリーガールのいるこの出張保健室で待機させられているのだ。


「不安かい?」


「いや、楽しみだけど……でも良くはないネ。補習受けたくないしさ。ね、おばーちゃんこれ音ないの?」


「(観察し始めたね。察しがいい)音は無いよ。それと私はまだまだぴちぴちさ」


「そうね。そうだった」


 個性の弱点の無い名前に相性による不利はそう無い。シンプルが故に遠距離個性にも中距離にも短距離にも応戦できるのだ。だからこそ教師陣の予測は難しい。強いて言うならば範囲的な攻撃は苦手だが、それも攻撃次第。手詰まりということはない。唯一の心配は同じ系統のオールマイトだが、彼相手にサシは無いだろう。


『皆位置についたね。それじゃあ今から雄英高一年期末テストを始めるよ!レディィィィィーー…ゴォ!!!』


 小さなリカバリーガールから出た大きなスタートの合図で画面の向こうが動く。まず初めに大きく個性を現したのは常闇、蛙吹の相手であるエクトプラズムだった。彼の個性は吐き出したエクトプラズムによって自身の分身を作ること。地面からモヤのようなものが立ち上がり、生まれた4人のエクトプラズムが2人との距離を詰めていく。


「分身か……戦闘力はあんまり高くなさそうだけど」


 蛙吹の舌で跳ね除けられる分身に本体ほどの耐久力は無いが問題は数だ。すぐに補充され、再生したエクトプラズムが2人を追っていく。ここは時間がかかりそう。次のモニターに目を移せば、そこにはオールマイトと緑谷、爆豪の姿があった。


「相変わらず良い体」


 オールマイト、彼の1番の特徴といえばやはりパワーだろう。巨体に見合わない身軽さも精神面も無視してしまえば、それが彼をNo. 1たるものとしている。名前は画面の向こうに映る姿に夜の王を思い出した。

 だがきっと全盛期とは程遠い。それでも見ているだけで名前の喉が鳴る。それは乾きだ。カメラ越しでも分かる圧が本能を誘う。だが、名前とて、学校に居残りすることは嫌だった。座学なんて真っ平だ。彼とやり合うのは別の機会がいい。名前はまた別のモニターに目を向けた。捕まっている轟とどこか不安そうにその後を走る八百万の表情が映る。


「マキビシ…」


 相澤の鍛錬の成果から生まれた捕縛操作は細かな動きができ、その名の通り身動きを封じることも攻撃することもできる。それに思いの外、捕縛布の範囲は広い。それにあの個性だ。強個性で機動力の高くない2人には厳しいだろう。既に捕まっている轟からもそれが見てとれる。

 あと小道具がいやらしい。地面にマキビシを敷いた相澤に名前は忍者のことを思い出した。彼らは戦闘のプロだが、戦闘だけが仕事じゃ無い。だからこそ、正面戦闘を避けて逃げに徹したり、罠を張ったりと真っ向からの戦闘はよほどのことがない限りは避けることが多い。ねちっこかったな、と何度か戦った時の記憶を思い出す。だが、相澤は忍者ではなくヒーローで、これは1対2の戦闘だ。


「…なんだかんだ甘い男だよ」


 捕縛布に似たもので体を覆われた相澤が目を閉じる姿が映る。「そこが良いんじゃない」と言えば、リカバリーガールは笑ってマイクに口元を寄せた。


『報告だよ。条件達成最初のチームは轟・八百万チーム』


 開始約10分。次の合格者もすぐだろう。他のモニターでも戦闘が本格化し始め、比例するよう見ている名前も高揚し始める。特に損壊の激しいのは対オールマイトチームで、街はすでに半壊状態。そして緑谷と爆豪はオールマイトにより捕獲されていた。だが、次の瞬間、カメラが煙で覆われ、3人の姿が消えた。


「高火力だけでオールマイトは倒れやしないよ」


 抜け出した爆豪が緑谷を放り投げ、さらに高威力の爆破を放つ。爆豪にしては直情的な行動だった。テクニカルな動きの通じる相手じゃないからだろう。だが、それもオールマイトには効かず、ゴールに走る緑谷は再度止められる。意地と焦りが2人の瞳から見てとれた。だが、爆豪は止まらない。爆破を繰り返し、緑谷をゴールへ向かわせるためにオールマイトへとの間へと入り、そのまま地面に叩きつけられる。


「はは、ガッツあるネ。爆豪って」


 名前の目が細まり、ぎらりと光る。リカバリーガールは横目に名前を見るとやれやれと首を振った。


「あんた体育祭の時のこと忘れたのかい」


 画面から目を離さず名前が「忘れてないよ」と返す。その瞬間、緑谷の拳がオールマイトの頬を捉えた。






「ありがとうございますリカバリーガール…」


「ボロ雑巾みたい」


「ハウッ」


「そこに寝かせな!」


 居た堪れなさそうなオールマイトに抱えられ、ゴールを通った途端にそのまま立ち上がれなくなった緑谷と気絶した爆豪が部屋へと運ばれる。治与ちゃんは注射器型の杖でオールマイトを指すと唇を窄めたまま小言を飛ばした。


「あんた本当加減を知らないね!もう少し強く打ってたら取り返しのつかんことになってたよ!特に緑谷の腰!コレ、ギリギリだったよ!爆豪の方はしばらく目覚めないだろう。とりあえず2人とも校舎内のベットで寝かしておきな。轟たちもそっちで休んでもらってる」


「あの…リカバリーガール僕…ここで見てちゃダメですか?」


「フラフラだろうしっかり寝とかんと」


「あ、いや…!でもっ、その大丈夫です!こんなじっくりプロや皆との戦い見れる機会あんまりないので……」


「んーーー…まァ、ダメとは言わんが無茶なさんな。ていうか機会はわりとあるだろ」


「ありがとうございます!もうアレです。半分趣味で…」


「変な趣味」


 名前がそう言うと、緑谷は「ぐっ、」と潰れたカエルのような声を漏らした。


「そ、そうだった。名前さんはまだだったよね」


「そーー。見てるだけってのもツラいネ」


「た、たしかに」


 何が確かにだったのか。不思議に思いながらも名前は椅子に座ったままくるくると座席を回した。すると後ろから「チューーーーー」とキスの音が聞こえ、治療が終わったのだろう隣の椅子に元通り座ったリカバリーガールがまたペッツを一つ取り出した。
 

「攻略法は思いついたかい?」


「いや?相手も分かんないしネ。でもなんとかするよ」


 時間はあと10分もない。伸びた爪を一度眺め、名前はモニターへと視線を移した。


「あの…今回テストと言いつつも意図的に各々の課題をぶつけてるんですよね?」


「そうさね」


「何となくわかる組もあるんですが…中には「何が課題なんだろう」って組も……例えばその…常闇くんと蛙吹さんとか…エクトプラズム先生の個性が二人に天敵だとも思えないし…」


「いや……天敵さ。常闇踏影にはね。彼の強みは間合いに入らせない射程範囲と素早い攻撃ね。けれど裏を返せば間合いにさえ入れば脆い…」


「なるほど。それで数と神出鬼没のエクトプラズムか…ほとんど無敵だと思ってた……」


「一方で蛙吹梅雨。課題らしい課題のない優等生さね。故にあんたが今言ったように強力な仲間のわずかな弱点をもサポート出来るか否か。あの子の冷静さは人々の精神的支柱となりうる器さね」


「精神的支柱…!」


 モニターに巨大なエクトプラズムが映る。そして次の瞬間にはその体に蛙吹、常闇が吸収された。だが、それに左右されない黒影はエクトプラズムへの攻撃を続け、蛙吹の機転により、試験に合格した。


「カフスを掛けることさえ出来ればクリアだ!黒影と蛙双方の個性をうまく使い合った!」


『蛙吹・常闇チーム条件達成!』


 そうして続々と条件を達成するチームが現れ、とうとうリカバリーガールがタイムアップを告げた。


『タイムアップ!!』


「あんたの番だよさぁ行っといで」


「名前さん…頑張れ!!!!」


「大丈夫。任せといて」

 

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