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入学式が終わり、体育祭が終わり、職場体験が終わり。楽しいイベントを超え、高校一年の前半の終わりにくるものといえば、期末試験である。
「全く勉強してねーーーー!!」
「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねーーー!!!(21/21位)」
「たしかに(15/21位)」
叫ぶ中間成績21位の上鳴に同意する中間成績15位の常闇。その頬には心からの同意を示すよう、冷や汗が一つ垂れている。
「中間はまー入学したてで範囲狭いしし特に苦労してなかったんだけどなーー…行事が重なったのもあるけどやっぱ期末は中間と違って……(13/21位)」
「演習試験もあるのが辛えとこだよな(9/21)」
不安そうな中間13位の砂藤に演習とは打って変わり、どこか自信ありげな中間9位の峰田がそう返す。砂藤は「意外だな…」と小さく呟いた。
「アシドさん上鳴くん!が…頑張ろうよ!やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!(4/21)」
「うむ!(2/21)」
「普通に授業受けてりゃ赤点は出ねぇだろ(5/21)」
中間4位緑谷、2位飯田、5位轟という上位陣の言葉は成績に不安の残る下位陣にとってはもはや嫌味である。上鳴の片眉がぴくりと動く。
「赤点回避目指して頑張ろーネ(11/21)」
轟の椅子に我が物顔で肘をついて座り、足を組みながらクッキーを頬張る中間11位名前の言葉をトドメに上鳴はカッ!!!と声を上げた。
「言葉には気をつけろ!!むしろお前は何でその順位なわけ!!?手抜きそうじゃん!!」
「英語32点、国語100点ヨ」
「何だそれ!!訛ってんのにっ!!!」
「頭の違いネ」
名前はその必死な形相を「ははっ」と笑うと、クッキーを隣にいた轟に差し出した。それを受け取り、慣れた様子で口へと運ぶ轟。この二人、こんなんだったか?いつしか、仲を深めていた二人の様子に上鳴は「んんん?」と首を傾げた。
「美味いな」
初めのうちは「美味いならお前が食った方がいい」と断っていた轟。だが、職場体験を経て、彼女に問答は意味をなさないことを知った。問答無用で口に突っ込まれるより前に素直に貰っておく方がいい。不思議なことに、名前は本当にいらない時は言ってこないので、一度も険悪になることはない。
「餌付け…?」
「轟かわいいからあげたくなるんだよね」
「可愛いか…?」
美しいものは好きだ。造形が良いものも。名前の満足気な表情に心底分からないと上鳴は「ソウデスカ…」と呟いた。
「お二人とも座学なら私、お力添えできるかもしれません(1/21)」」
そんな中、赤点候補の彼らに差し伸べられる一つの手があった。それは頬に手を当て、どこか不安そうな中間堂々一位、八百万のものだった。
「ヤオモモーーー!」
「演習のほうはからっきしでしょうけど…」
上鳴と芦戸が高らかに喜びの声を上げた途端、八百万が暗い顔で俯く。隣席、そして後ろの席に座る轟と名前はその変化に一度不思議そうに顔を見合わせた。
「お二人じゃないけど…ウチもいいかな?二次関数ちょっと応用つまずいちゃってて…(7/21)」
「わりィ俺も!八百万古文分かる?(17/21)」
「おれも(8/21)」
「良いデストモ!!」
落ち込んでいた顔を一変、頼られたことで嬉しそうに八百万が立ち上がる。そして拳を握り締め、ぷりぷりと予定を立て始めた。
「この人徳の差よ」
嘲笑する切島の言葉に歯を食いしばるのは中間3位爆豪。
「俺もあるわ!!テメェ教え殺したろか」
「おう!!頼む!!」
「名前はヤオモモのとこ行く?」
耳郎の問いに名前はゆるく首を振った。
「補習にならない程度に点取れればいい」
「振り切ってんねぇ……」
ーーーーーーーーーーーーーー
「ワーーイ!!!今日はスペシャルランチだ!」
Lunch Rushのメシ処にて今日のメニュー、週に一度のスペシャルランチ三つを前に名前が両手を上げる。ハンバーグ、エビフライ、焼きそば、オムライス等々の王道メニューがプレートに所狭しと置かれた数食限定の爆食ランチは美味い上に量もあり、名前にとっても満足度の高いメニューである。テストの話なんかよりよっぽど心が盛り上がる。
「イタダキマス」
一本のフォークを手に、いつしか身についた地球の挨拶を言う。そして目の前にある巨大ハンバーグに突き刺せば、感心したような二つの視線がこちらを見た。
「まーた今日も食ってんね」
耳郎は「見てるだけでお腹いっぱい……」と口元を押さえた。
「名前さんは演習どんなものだと思います?」
くるくるとフォークにスパゲティを巻き付け、口に運ぶ。甘酸っぱいトマトソースは硬すぎも柔らかすぎもしない、程よい硬さのパスタによく絡んでいる。次にエビフライ。サクサクの衣にプリプリの甘いエビ。名前は尻尾の先まで一口に口に含むとその美味しさに頬を抑えた。
「美味そうに食べるなぁ。で、どう思うわけ?」
「んぇ?さぁー」
「一学期でやったことの総合的内容。戦闘訓練、救助訓練、筋トレ、全部なんてできないよね?」
それと敵の襲来。だが名前はそれを言わなかった。理由はない。ただ言うほどでもない、そう思ったからだ。
「全部、ねぇ」
ーーーーーーーーーーーー
「轟―、かーえろ」
そうして学校が終わり、放課後となる。職場体験、いや、体育祭以降、轟を気に入った名前は気が向けば彼に話しかけるようになっていた。
「ああ」
互いの趣味も知らないし、話題も正直、あまり無い。だが、なんだかんだ話はよく膨らむ。話が通じている時もあれば、天然轟の回答に名前が適当な返事を返すだけというとんちきな会話もあるが、学生の話なんて大抵、そんなものだろう。名前に不満はない。
「お腹空いた。たい焼き食べたいな。大きいやつ」
「塩釜か?」
「どっちかというと今は甘いものの気分かな」
「(名前ちゃんと轟くんまた意味わからん会話しとる…)」
不思議そうな顔で2人を見る麗日にバイバイと手を振り、名前は裸のままのペンを鞄へと突っ込んだ。
「名前お前、期末の演習内容のこと聞いたか?」
「知らない」
同じ話題が今日はやけによく出るな。そう思いつつ、首を横に振る。
「B組のヤツがロボットって。お前どう思う」
「うーん、あれだけplus ultraって言っておいてロボットは無いでしょ」
対処法の分かっているロボットでどう試験するというのか。座席に掛けていた上着を羽織り、立て掛けていた傘を手に名前は轟に答えた。その時、教室の前方で静かな怒号が飛んだ。
「人でもロボでもぶっとばすのは同じだろ。何がラクチンだアホが」
見れば普段よりも鋭い雰囲気の爆豪が荒々しく言葉を投げている。
「アホとはなんだアホとは!!」
「うるせぇな調整なんか勝手に出来るもんだろアホだろ!な!?デク!個性の使い方…ちょっと分かってきたか知らねぇけどよ。てめぇはつくづく俺の神経逆撫でするな」
その言い方に直ぐにクラスメイト達は思い出した。ヒーロー基礎学のレースでの緑谷の動きは爆豪の動きを取り入れたものだった。それは当然、緑谷を認める気のない爆豪の感に触る。
「あれか…!前のデクくん爆豪くんみたいな動きになってた」
「あーー確かに…!」
「体育祭みてぇなハンパな結果はいらねぇ……!次の期末なら個人成績でいやが応にも優劣がつく…!完膚なきまでに差ァつけててめぇぶち殺してやる!轟ィ…夜野…!テメェらもなぁ!!」
そう言い残し、爆豪は教室を後にした。勢いよく閉められた扉が大きく音を立てる。
「…久々にガチなバクゴーだ」
「焦燥…あるいは憎悪か…」
「荒れてるねー」
「オマエも言われてんだぞ」
まるで他人事な様子の名前に瀬呂は苦笑いをした。
「光栄ネ」
何をそれほど焦っているのか。他者からの評価だとしても差を付けたがる爆豪を名前は不思議に思いながら立ち止まる轟の手を引き、「行こ」と続けて教室を後にした。
「ん?」
廊下に出た名前の目に小さく覗くファイルの角が見える。
「ロボットなら簡単なんだけどね」
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