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――――翌日―――
職場体験を終え、学校へと戻った生徒達。たった1週間と言えど、互いに変化と成長を感じた生徒達は朝から「どうだった!?」と職場体験の話で盛り上がっていた。
「アッハッハッハマジか!!マジか爆豪!!」
「笑うな!クセついちまって洗っても直んねぇんだ。おい笑うなブッ殺すぞ」
「やってみろよ8:2坊や!!アッハハハハハハハ」
8:2で固まった爆豪の髪。涙を流して笑う瀬呂の背後、自席で座っていた名前もそれを見てくすくすと笑った。
「テメェも笑ってんじゃねー!!!」
「俺は割とチヤホヤされて楽しかったけどなー。ま、一番変化というか大変だったのは…お前ら4人だな!」
上鳴の視線が轟、飯田、緑谷、そして名前に向く。
「そうそうヒーロー殺し!!」
「命あって何よりだぜマジでさ。エンデヴァーが助けてくれたんだってな!さすがNo.2だぜ!」
爆豪に締められながら切島、瀬呂がそう言った。
「……そうだな助けられた」
ヒーロー殺しの功績は手はず通りに全てエンデヴァーのものとなった。本来ならば自分達の功績となるはずだったものだが、これでいい。人が助かったのだから。それは三人の総意だ。轟は体育祭以前では出なかっただろう言葉で返した。そんな彼の心境の変化を感じ取りながら、勝ち気に笑った名前がその肩に肘を乗せる。
「そうそう、助かったの」
「俺ニュースとか見たけどさ、ヒーロー殺し敵連合ともつながってたんだろ?もしあんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ」
尾白が頬に汗を滲ませながら、そう言った。
「でもさぁ、確かに怖ぇけどさ、尾白動画見た?アレ見ると一本気っつーか執念っつーかかっこよくね?とか思っちゃわね?」
問題はそれだ。敵連合とヒーロー殺しの繋がりは未確定ではあるが、世論は敵連合をヒーロー殺しと同じ思想の集まりだとしている。これが誰かの狙い通りかは不明だが、思想の一つも無いただのチンピラ集団だった奴らに立派な思想があるように世間に思わせたことになる。光があれば虫が集まるように、思想、目的が同じであれば、集まる者は多い。そんなことは簡単に予想ができる。デカくなりそう、予感が少しずつ真実味を帯びているような気がした。
「上鳴くん…!」
「え?あっ…飯…ワリ!」
緑谷が気付かせるように名前を呼べば、上鳴は不謹慎だったと慌てて言葉を止めた。なんせ、ヒーロー殺しは飯田の肉親を襲ったのだ。
「いや…いいや。確かに信念の男ではあった……クールだと思う人がいるのも分かる。ただ奴は信念の果てに粛清という手段を選んだ。どんな考えを持とうともそこだけは間違いなんだ。俺のような者をもうこれ以上出さぬ為にも改めてヒーローへの道を歩む!!!」
決意を固め、道を指すようにビシィィィ、と腕を伸ばす飯田に緑谷が感心したように「おおっ」と声を上げる。
「飯田くん…!」
「さァそろそろ始業だ。席につきたまえ!!」
「五月蝿い…」
常闇が呟く。
「なんか…すいませんでした」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハイ私が来た。てな感じでやっていくわけだけどもね、ハイ。ヒーロー基礎学ね!久しぶりだ少年少女!元気か!?」
「ヌルッと入ったな」
「久々なのにな」
「パターンが尽きたのかしら」
するどい生徒達の指摘に図星なオールマイトはぎくりと肩を揺らした。だが、すぐに何事もなかったかのように今日の授業の流れを説明し始める。
「職場体験直後ってことで今回は遊びの要素を含めた救助訓練レースだ!!」
「救助訓練ならUSJでやるべきではないのですか!?」
飯田がビシッと手を上げる。
「あそこは災害時の訓練になるからな。私はなんて言ったかな?そうレース!!ここは運動場γ!複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯!5人3組、6人1組に分かれて1組ずつ訓練を行う!私がどこかで救難信号を出したら街外から一斉スタート!誰が一番に私を助けに来てくれるのかの競争だ!!もちろん建物の被害は最小限にな!」
「指差すなよ」
第一回目の授業で建物を大破させた前科のある爆豪が指を指される。それを見て、壁をぶち破って一直線に最短を進むつもりだった名前は「だめか」と呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「次―!」
「最後は名前、蛙吹、常闇、青山、砂藤か」
尾白が顎に片手を当て、並ぶ5人に目を向けた。
「蛙吸か常闇か…やっぱり名前じゃねーか?」
この中で機動力があるのは常闇、蛙吹だ。だが、名前は体育祭でも実績を上げている。その安定感は侮れない。切島の言葉に既にレースを終えていた面々はうーんと首を傾げる。
「やっぱ蛙吸だろー」
誰かがそう言い、5人が位置に着く。
『START!!!!』
合図と同時にゴッと足場の崩れる音がした。そして、足元のビルのコンクリが崩れるほどの蹴りで飛び出した名前が空を駆ける。
空中を走るように動いた脚はパイプへの着地と同時にまたそれを蹴り、上ではなく前へと進む。足元を見て、慎重に進んでいるようには見えない。だが、それもその筈。弾丸でも見切れる動体視力を持つ名前にとっては着地する場所を見極めるのなんて簡単なこと。工場地帯とは言えど普通に走るのと大して変わらない。だからこそレースの緊張感なんてあるはずもない。服を靡かせる風が気持ちよくてただ先頭をかけていく。
「あははっ、楽しい!」
「あそこまで他人が目に入らねぇのも珍しいよな」
背後にいる競争相手に視線も意識もくれず、ただ前へ進む名前を見て、すげー、と呟く切島。
「気になんねぇのかな?」
ありゃ、爆豪だったらキレてるな。そう口々に言う生徒達。その中で、耳郎はうーん、と首を傾げた。
「単純にさ、強いからじゃない?」
「建物壊しすぎ!」
ゴール後、ピシッとオールマイトに指さされ、んん?と唸る名前。
「あれもダメなの?ちょっとなのに……」
「こいつも締まらねー1位だな」
ーーー女子更衣室にてーーー
「疲れたねー」
「ヤオヨロズー、水持ってる?」
「どうぞ名前さん」
胸元のフックを外し、スルスルとチャイナドレスを脱げば、包帯と下着だけという間抜けな格好になる。着替えるのめんどくさ。名前は髪に軽く指を通した。
本当なら普段から着慣れたチャイナ服で過ごしたいのだが、学校には制服があり、この社会ではチャイナドレスはコスチュームと間違えられるらしく、難しい。とはいえ、沢山持っているものを全て部屋着として燻らせるのも勿体無い。
私物のをコスチュームとして使うのもありか。八百万から貰った水を飲みながらその使い道に思いを馳せていると隣の更衣室から話し声が聞こえた。
「峰田くんやめたまえ!!ノゾキは立派なバンザイ行為だ!」
壁一枚を隔てただけの更衣室。もちろん、声は丸聞こえ。だが、あちらはまだ声が聞こえていることには気付いていない様子だ。女性陣は心配そうに顔を見合わせた。
どこからノゾキなんて…。辺りを見回すと、先人から受け継がれたのだろう、壁に小さな穴が空いているのが分かった。そろりそろりと耳郎が近付き、それにうんうんと頷く女子組。
「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!八百万のヤオヨロッパイ!!芦戸の腰つき!!葉隠の浮かぶ下着!!名前の凶悪スレンダーボディに麗日のうららかボディ!!蛙吹の意外おっぱァァァア」
耳郎のイヤホンが眼球に突き刺さり、「あああ!!」と峰田の断末魔が響く。
「ありがと響香ちゃん」
姿は見えないが、怒った様子の葉隠が礼を言った。
「なんて卑劣…!!すぐにふさいでしまいましょう!!」
「(ウチだけ何も言われてなかった)」
言われたら言われたでムカつくが言われないのもまたムカつく。耳郎のイヤホンジャックが猛威を振るう隣で恥など無いのかと問いたくなるほど堂々と腰に手を当て、下着姿の名前が立った。
「ジローもスタイル良いのにね。私は好きだよ」
黒いシンプルな下着の肩紐を直しながらそう言う名前の体は陶器のように白く、ほっそりとしていながらも引き締まっている。そこには彼女の自信の理由が表れているようで、耳郎はそんな名前に褒められたことで恥ずかしくはあったが、嬉しくなった。
「名前……!つかなんでアンタあんなに食ってて太んないの」
「体質」
「くっ、羨ましい…!」
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