夜の兎 | ナノ


▼ 5

常闇side


「早すぎる男」ことホークスの事務所に職業体験に来てはや2日目。やっと生まれた束の間の休息に自然とほっと息を吐く。そして、すぐに慌ただしさに揉まれ、伝えることが出来ていなかったクラスメイトからの伝言を伝えるべく、俺はソファに座る彼に話しかけた。


「師、クラスメイトから伝言を預かっているのですが」


 ホークスは心当たりが無いのか「ん?」と首を傾げた。


「”許す”とただ一言。」


 誰からの伝言か、すぐさま察知したのだろうホークスは一瞬、雄黄の瞳を小さくし、瞼を見開いた。だが、それもほんの刹那の動きで、ホークスはすぐにほろっと目元を緩め、口元を隠すように手を当てたまままるで我慢が効かないような顔で笑った。


「来てくれたらよかったのに」


 あの時、聞いた言葉を返す。


「”私、意地悪だから”と言っていた」


「そっかそっか、残念だなー」


 ホークスはそう言うがその顔色は全く残念そうでは無い。それどころか、嬉々として見えた。つまり、機嫌が良さそうだった。ファンに対する笑顔とも、普段見せている顔とも違う。こんな顔は初めてで、彼女とホークスの関係性にふと、興味が湧いた。


「失礼ながら師は彼女、夜野とどういう関係で?」


「んー友達、かな?」


 クラスの実力者を聞かれたとき、必ず名前が挙がるのが轟、爆豪、夜野だ。俺は特に夜野、いや名前に一目を置いている。体育祭で戦ったあの時から、同じ事務所からの指名が来た時から。出来る事ならもう一度、相対したいと思っている。ホークスが彼女と旧知の中だと言うのなら、対策を聞いておきたい。


「さ、まずはパトロールにでも行こうか」


「(…聞くのはまた後日でいいか)」


 それから何日間か、話す機会を伺いながらホークスのそばにいて気付いた事なのだが。ホークスと名前の関係性は友達とは違うもののような気がした。少なくともホークスが彼女に向けているものは。


――職業体験3日目―――


「師、帰りました」


 サイドキックとの見回りを終え、事務所に戻る。そこでは、いつも忙しなく動いているホークスが珍しく何もせずに、食い入るようにテレビを眺めていた。師がこれほど真剣な顔をするなんて。もしや、何らかの重大事件でも。と、サイドキックと目を合わせ、そこに近付く。薄く、大きな画面には少し前に己も出場した、雄英体育祭の様子が映し出されていた。


「あー所長、当日はちょっとしか見れなかったもんなぁ」


 高画質で録画されている画面には事細かく当時の様子が映し出されており、それと同時に俯瞰的な視線で見る新鮮味が生まれる。今は第一種目だろう。スタート位置で並ぶ生徒達にそう判断した。だが、意外だ。忙しいホークスはてっきり、最終だけを見るものだと思っていた。


『さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め…第一関門ロボ・インフェルノ!!』


 スタートと同時に地面を覆う轟の氷結、個性の応酬、そうして今度は片手で巨大ロボットを軽々と持ち上げ、それを投げた名前がプレゼントマイクに手を振っている場面が画面いっぱいに映し出される。すると突然、ホークスが画面を止めた。何か気になることでもあったのか、と顔を覗けば、「ぐっ」と声を上げ、何かに撃たれたかのように膝に手をついて項垂れる。


「あ”―――名前ちゃんほんと愛らしか、」


 ホークスは画面を少し巻き戻して、もう一度再生ボタンを押した。当然、もう一度、手を振る名前が流れる。自分に向けられてる訳じゃ無いにも関わらずホークスはそれに手を振り返した。


「録画……の筈だが」


「しっー」


 そして流石、早すぎる男と言うべきか、名前が消えればすぐに早送りし、またカメラに彼女が入れば再生を繰り返す。気づけばものの数分で最後のトーナメントまで場面が進んだ。第二種目はあまり映ってなかったのだから当然だが。

 それに、名前の試合は最後の爆豪戦以外速攻で、最低限の動きしかない。その爆豪戦ですら彼女自身の動きは少なかった。彼女は相手の動きに即座に対処、または相手の動きを顧みずに行動を起こす。つまり、無駄な動きというものが無い。

 攻略のための参考にしたいが、情報が少なすぎる。それに、彼女と対峙した時のプレッシャーも凄いものだった。あれは一種の武器だ。動くな、動くと終わる。そんな自分の声が頭を埋め尽くして、体の動きが止まった。

 精神的な揺さぶり、予想のつかない動き、判断力、それらを攻略するにはどうすればいい。俺が彼女の動きを注意深く見ている横で、ホークスは体を乗り出して彼女を見ていた。その表情は普段と何ら変わらない。だが、雰囲気だけはどこか嬉しそうだ。


「ホークスは、彼女の師なのですか」


「違うよ」


 ならばなぜ。てっきり教え子の成長に喜んでいるのかと思ったのだが。疑問に思えば、ホークスがちらりとこちらに目を向け、鷹の目を細めた。


「あの子はさ、俺と会う前から強かったから」


――職業体験4日目――


 ヒーロー殺しのニュースが世間を揺るがす中、級友である名前、飯田、緑谷、轟がその渦中で巻き込まれているという話が耳に入った。だが、無事ではあるようで連絡を入れれば返事が来る。ただ一人、名前以外は。


「連絡不精……噂は本当か」


「フアン?」


 黒影に尋ねられ、首を横に振る。きっと無事だ。確固たる確証は無いが、対峙したことのある今、それは揺らがない。そんな時だ。ホークスとパトロールしていると稀に彼が足を止める事があることに気付いたのは。

 始めは気にしていなかったが、職場体験が始まって数日も経てば、それが妙に目につき始める。そんな時は必ず片手に携帯があり、画面に鏡のように写したものが写っていた。写真を撮っているのだろう。その後は決まって携帯をほんの数秒だけ操作し、ポケットに戻してしまう。頻度はさほど多くは無い。

 不思議に思って、あれはなにかと尋ねれば、サイドキックは何日かに一回ある事だと言った。


「たまにしか無いんだけど最近は連絡してなかったみたいだからなぁ。許してもらえて嬉しいんだと思うよ。多分、反動かな」


 “許してもらえて”、そう言われ、名前の伝言を思い出した。大方、送り主は彼女のことだろう。それに、ホークスが送るところは見たことがあっても、それが鳴ったところを見たことがない。彼女ならばあり得る話だ。それにしても、このタイミングとは。彼は名前の状況を知らないはずだが。”速すぎる男”とはこれほどか。


「師は……凄いな」


「どういう意味ですそれ」


――職業体験5日目――


 最終日を迎え、なんとも言えない達成感と寂しさが生まれる。この1週間、俺が出来たことはただ師の後をついていくことだけだったが。

 午前の仕事を何とか終え、残り半日の気合を入れるよりも前に束の間の休息に体を休めていれば、机に置かれていたホークスの携帯が軽快に鳴った。画面には”名前ちゃん“と書かれ、一つのメッセージがあることを告知する。すると、別室にいたホークスの送り出した羽がふわふわと飛んできた。

 その後を追うように歩いてくる本人の元へ今度は携帯を乗せた羽が戻っていく。ホークスは少しだけ嬉しそうな顔をしてさっと中身を見ると、短く何かを打ち込み、それをソファに放った。返信の音はない。やりとりとも言えない程に短い電子上の会話だが、ホークスの機嫌は良さそうだった。


「…師は夜野のことを好いているのか」


「んーどうかなぁ」


 返答は濁されたが、その誤魔化し方はなんとなく彼女と似ているような気がした。

 

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