夜の兎 | ナノ


▼ 4

 怪我は完治、処分も無し。だというのになぜ、まだここにいるのか。


「あーーーー暇―――」


 ベッドに座り、足をバタバタと動かしてみる。この世界に来てからずっと感じているズレは未だ消えていないものの、ヒーロー殺しにつけられた傷による引き攣りも、痛みもない。それでも退院の許可が出ないのは、種族ゆえの理由からだった。

 簡単に言えば、「こんなに早く傷が塞がるはずがない」と言う半信半疑な医者により、退院許可が出ないのである。しかも、ここは保須の病院。知り合いはおろか、来たことすら無く、自分の情報は伝わっていない。リカバリーガールがいたなら話は変わってくるだろうが、体質だと言っても学生の無茶で片付けられてしまう。抜け出したいが、後々を考えると面倒で、乗り気にはならない。名前はつまらん、と背中をぐぐっと伸ばした。


「なぁ名前。お前ってどこで体術鍛えたんだ?誰かに教わってんのか?」


 飯田、緑谷は居らず、室内には名前を含め、二人しかいない。隣のベットの上に座る轟がこちらに顔を向け、そう言った。


「別に大して鍛えてはないけど。あーー、昔、教わってたこともあったよ」


 名前の頭にいつかの男、まだ髪の毛のある時代の師匠の顔が浮かぶ。げっ、最悪。イラつきと自然と出そうになる舌打ちをなんとか抑え込みながら、それをぱっぱと払い除ける。


「じゃあ才能か」


「んー、経験値じゃないかな」


 ないとは言わないけど。ふふっと笑う彼女は冗談か本気か分からない言い方だったが、轟は素直にそれを言葉通りに受け取った。


「やっぱり個性かなんかで年齢詐称してんのか」


 入学したてにも同じような事を聞かれたことを聞かれたことを思い出す。まぁ、あながち間違いではない…が、本当のこと言うのもなぁ。名前はそれを「私、宇宙人だからさ」で片付けることにした。


「それもそうだな」


 宇宙人のいないこの地球で何故、それが受け入れられたのかはわからないが、轟は疑問に思わなかったようで、そこでその話は終わる。そして話は次の話題に移動した。


「今日のお昼ご飯はなんだろうネ」


「蕎麦が良いな」


 良いか?名前が首を傾げた時、横開きの扉が音を立てた。そして診察で席を外していた飯田が戻る。すー、ともごろごろとも言い難い開閉音は、彼の暗い面持ちと合わせて良くない知らせがあることを思わせた。


「どうだった?」


 尋ねた轟に少し間を開けて飯田は口を開いた。


「……左は後遺症が残ると」


「そうか……」


 二人、沈む空気の中、今度は外で電話をしていた緑谷が戻ってくる。


「あ、飯田くん。今、麗日さんがね…」


「緑谷、飯田今診察終わったとこなんだが」


「……?」


 飯田はじっと己の左手を見た。


「左手、後遺症が残るそうだ。両腕ボロボロにされたが…特に左のダメージが大きかったらしくてな。湾神経叢という箇所をやられたようだ。とは言っても手指の動かし辛さと多少の痺れくらいなものらしく手術で神経移植すれば治る可能性もあるらしい。ヒーロー殺しを見つけた時何も考えられなくなった。マニュアルさんにまず伝えるべきだった。奴は憎いが…奴の言葉は事実だった」


「だから俺が本当のヒーローになれるまでこの左手は残そうと思う」


 飯田の顔は後遺症が残るにしてはどこかすっきりした様子だった。


「あ……飯田くん。僕も…同じだ。一緒に強く…なろうね」


 飯田が顔を上げ、緑谷と二人、目を合わせる。そして少しの沈黙が生まれた。後悔と、決意と、共感。様々な気持ちが二人の中に生まれて、その先の言葉が続かない。すると、名前がぴょんっとベットの端から立ち上がった。


「ねぇ飯田。学級委員決める時あんたに1票入ってたでしょ」


 腰をゆるく曲げ、顔を前に出した名前が飯田、緑谷の間で指を一本立たせる。


「まさか、君が…?」


「さぁ。でもさ、多分その人はあんたならって気持ちで入れたんじゃないかな。だからがんばれ」


 名前は質問には答えず、いたずらっ子のように笑った。それを見た瞬間、飯田の中でさまざまなものが湧き上がる。彼女はこんな自分に期待してくれていた。信頼してくれた。だが、それよりもまず言わなければならないことがある。飯田は歯を食いしばると、深く頭を下げ、震える声で「ありがとう、!」と言った。その表情はメガネの光に隠れて名前からは見えないが、隣に立つ緑谷の柔らかな笑顔で、悪いものじゃないことが分かった。


「なんか…わりぃ…」


 次に深刻そうに謝る轟に3人は首を傾げる。


「何が?」


「俺が関わると…手がダメになるみてぇな…感じに…なってる…呪いか?」


「ブハッ、!」


 轟は両手を見つめ、心底、そう思っているように呟いた。その瞬間に名前が吹き出す。天然だとは思っていたけど……だめだ。可愛い。面白すぎる。名前は口元を隠すと肩を震わせて笑った。


「まって、ふふっ、かわいい」


「可愛くはねぇ」


 体育祭のギラギラとした轟も良いが、こういうのも悪くはない。だが、そのギャップも相まってなんだか笑いが止まらない。空気を漏らしながら「ははっ、ふふふ」と笑う名前を見た飯田、緑谷もそれにつられるように大きく笑った。


「轟くんってばー」


「君は悪く…、はははっ」


「いや、俺は本気で…」


 そう言ってグーパーと両手を広げる轟。名前は目尻を指で拭いながらそれを止めるように手のひらの上に手を乗せると、「明日には退院できるといいネ」と言った。


 そして翌日。


「退院していいですよ」


「いいんだ」


 あっさりと退院の許可が出され、4人の中でいち早く職場体験に復帰した名前。また何か起こるかな。そんな期待を持ってエンデヴァーの元へと戻ったのだが、残りの数日は特に大きな事件も事故も起こることなく、拍子抜けするほどに平和に過ぎていった。だが、一つ変化はあった。


「夜野!!細過ぎる!!もっと食わんか!!!」


 目の前にどんと置かれた定食。ファーストコンタクトはあまり良くなかったエンデヴァーだったが、ヒーロー殺しの件があったからか、はたまた訓練で組み手をやったのが良かったのか。当初とは違って、大分と打ち解けることができた。彼の目は依然として大半は轟しか見てなかったが。

 それでも時折、「良いぞォォ!!」と叫んでいたから、進展したとは言えるはず。最終日、最後の食事を口に運びつつ、きっとこれも自分のだろう、とエンデヴァーさんの前に置かれていた別の定食にも手をつける。


「それは君のじゃない」


「足りない。もっと」


「食べ過ぎだ!!!」


 

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