壊れてそして | ナノ
■ ある女子高生Aは

「坂木さんって何でも出来るよね」

そう言われ始めたのはいつだっただろう。もう覚えてない。誰かが言ったその言葉に皆同調して、いつしか私は何でもこなせる坂木さん≠ノなっていた。
実際、私は大抵のことは出来た。勉強はすればする程良い成績を残せたし、運動も全て卒なくこなせるし、委員長になれば皆をまとめることが出来た。自負している、私は優秀な人間だ。
家庭も裕福だった。父は大手企業の役員をしているし、母は国家公務員で、そして子どもは私1人。好きなものは何でも買ってもらえたし、花よ花よと愛でられ育てられ、その分求められる期待にも答えてきた。何不自由ない、完璧な人生。


「坂木さん?仲良いよー。それに一緒にいたら何かと助けられるし。宿題写させてもらったり、掃除当番とかよく代わってもらってるー」

「坂木さんね、あの人何か頼んだら嫌な顔せず引き受けてくれるからさーついつい甘えちゃうんだよね。クラスで誰もやりたがらない委員長とか、空気読んで自分から立候補してくれるしさ」

「家がめっちゃ金持ちだから一緒遊んでたらけっこー色々奢ってくれるのよね。この前お祭りに行った時もさ、」

「良い子だよ。めっちゃ仲良いってわけではないけど」


私が居ないと思って、私の話をしている子達の会話。本人の耳に入ってないと思っているから何の気無しに吐き出るその言葉達に、何も感じないわけじゃない。
そうだ、宿題写させてと頼まれた時も笑顔でいいよとノートを貸す。何も予定がないから、掃除当番も快く代わってあげる。委員長も、別にその役目自体は嫌いではないから空気を読んで手を上げる。あれ食べたいけどお金ないんだぁと悲しそうな顔するから、私も買うからついでに奢ってあげるよって言ってあげる。


「坂木、美人だよな。何でも出来るし」
「でも彼女にしたいタイプではない」
「それな!分かる!!あんなに何でも出来たら彼氏の立場ないよな。ザ・優等生感があって話しても面白くなさそうだし。」
「案外ああいうタイプが性格悪かったりして」
「それな。逆に俺は同学年だったら貴田とかが良い」
「あいつ良いよな。おもれーし可愛いし」


貴田。貴田春瀬。
だらしない身なりでだらしない友人とつるんでいる、何故か人気がある女生徒。優しい、面白い、緩く穏やかと評される子。母親も父親もいない可哀想な¥浴B噂でしか聴いたことないけど中学の頃は荒れていて教師も随分手を焼いたとか。周りの人に迷惑をかけておいて今更良い人物像として評価されてるのが私はどうも理解できなかった。あんなのただの道化だ。なのに何故、

何故あの子の周りにはいつも人が沢山いるのだろう。


「黒尾は?」
「ん?何が」
「聞いてなかったんかーい」
「俺は今土曜にある練習試合の事で頭がいっぱいなんですぅ。で、何の話」
「坂木よ。ああいうタイプの女子、付き合える?って話」
「は?」
「いや、顔は良いだろあいつ。けど人として出来すぎて実際付き合ったら面白くなさそうだよなーって。」
「それと比べたら貴田の方がいいよなって。黒尾だってそうだろ、てか、貴田と仲良いしお前こそそうだよな」
「…究極にどうでもいい話してたのねお前ら。別に改めて聞き直さないでも良かったわ。」
「な、なに怒ってんだよ」
「別に怒ってねぇ」
「いや顔怖ぇよ!目ぇ細ぇし!!」
「元々だよ!!」
「なんだよぉ別にただの男子トークじゃねーか」
「ただのじゃないだろ。割とだいぶ最悪なトークだわ」
「は?」
「お前らどれだけ出来た人間なんですかー頑張ってる人を上から評価出来るほど偉いんか」
「なんだよその言い方。別に上からとかじゃ、」
「悪気がないのがなおタチ悪いわ。マッタクマッタク。俺はいそがしーの。そんなくだんねー事話してるくらい暇だったら忙しい俺への応援歌でも歌え」
「意味わからん」


自分の胸が凄くドキドキして、その場を離れてトイレでひっそりと、私は泣いた。あの時の感覚を私は一生忘れないだろう。頑張ってる≠サう思ってくれる人がこの学校に、私の周りにいたんだ。
違うクラスの男の子、よく女子の注目の的になっているから名前だけは知っていた。バレー部の主将、黒尾鉄朗君。

その日から私は気付けば彼を目で追っていた。

部活をしている時の真剣な表情と、友人達とふざけて笑っている時のギャップが素敵だった。
それまで感じていた周りからの評価が自分でもビックリするくらい、気にならなくなった。私は黒尾君のことが好きになっていて、彼のことを考える時間の方が大事だったから。

3年生、クラスが一緒になった!
嬉しくて嬉しくて、自分の部屋でクッションに顔を埋めて思わずゴロゴロ転がった。これで話す機会が出来た、隣の席になったりしちゃうかも、仲良くなれるかな、私をちゃんと私として見てくれる男の子、付き合いたい、

彼女になりたい!

なのに


「よっ黒ぴ」
「よ、ハル」
「よーよー黒尾ーよーちぇけらっちょ」
「へいよーわっつあっぷハルさんはんずあっぷ」
「ちぇけあーちぇけあーしぇけしぇけあー…ぶーん」
「何これ」
「分からぬ」


お昼休みになると毎回教室に来る女、黒尾君と仲良さそうにケタケタ笑い合ってる、幼馴染という立場を利用して彼の側に立つずる賢い奴、貴田春瀬。

大っ嫌いだった。ほんとにこいつだけは、大っ嫌いだった。

なんで、何でいつもこの女だけが良い思いをしているの。頑張ってるのは私の方なのに、私の方が黒尾君の事愛してるのに。先に出会ったのがたまたまあんただっただけ、もし私が先だったら、彼の横にいるのは私だった。
告白をして断られた時も、すぐ思った。あいつさえいなければ、って。そう、貴田春瀬さえいなければーーー!


そう思って、実行した。


パパとママから貰っていたお小遣いは自分の手に余るくらいあったから、LINEやTwitterでDMを送って少しお金をチラつかせれば馬鹿な高校生達はすぐ捕まった。見知らぬ男子高校生に襲われた、なんて経験をしたら怖くてもう外に出られないはず。頼れる家族もいないんだから。

なのに、なぜ、なんで。
急に走り出し、路地裏のような場所に移動したと思えば途端聞こえる激しい音。コッソリと覗き見ると、彼女の元へ送り出した男2人が殴られ、蹴り飛ばされている。茫然としている2人に、貴田春瀬は淡々とふざけた口調で状況を分析していた。

悲鳴もあげない、動揺もしない。こんなことは慣れていると言わんばかりの対応に余計に腹が立って、他の方法を考えなければならないと思った。でも襲わせるのはダメ、この女には効かない。もっと周りから、精神的にやられるような何かを。


背丈姿ソックリな別人を使ってカツラを被せて同じ格好をさせて、私の財布を盗ませた。どこからどう見ても可哀想なのは私、最低なのは貴田春瀬。先生や生徒が集まってヒソヒソとあいつの事を訝しんる瞬間、私の心の中にじんわり広がる高揚感。馬鹿な奴。そういう事≠仕出かす女

「俺が春瀬のこと信じないで誰が信じるって言うんですか」

ーーーえ?

なんでよ、どうして。おかしいよ。どこからどう見ても可哀想なのは被害者なのは私だったはずでしょ、貴田春瀬に失望する場面でしょ。所詮そんな女なんだって、突き放すところじゃない。なんで、どうして。

数日後。あいつのフリをするよう頼んだ他校の奴が、声を震わせて電話をかけてきた。聞いてない、相手があの貴田春瀬だったなんんて知ってたらこんな頼み引き受けなかった。お金は要らない、正直に話す。そう言って返答する暇もなく電話を切られた。

もうお終いだった。

きっと今頃学校に自首しに行って、学校中に噂が広がっているんだろう。犯人は春瀬じゃなかった、それどころか被害者だと思っていた坂木が犯人だった。失望されるのは私だ、後ろ指を刺されて最低な女なんて言われるんだ。周りから何を言われようがどうでもいい、けど黒尾君は、黒尾君にそう思われるのだけは辛かった、嫌だった。死にたくなった。

ママには熱があると嘘をついて、学校を休んだ。そういえば初めて自分からそんな事を言ったかもしれない。凄く心配されて、念をとって3日くらいお休みしなさいと優しくされた。少し胸が傷んだけど有り難かった。

これからどうしよう
どうやって生きていけばいいのかな
黒尾君に嫌われたら私にもう居場所なんてないのに
友達なんていないのに




そう思って布団で丸まって涙を流していたら、控えめなノック音がドアの向こうから聞こえた。


「起きてる?お友達がお見舞いに来てるんだけど…」


友達?そう思って上体を起こして、驚愕した。

そこには私の大っ嫌いな、全てを狂わせた女、
ーーーー貴田春瀬が立っていたから。
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