壊れてそして | ナノ
■ 進むことを選ぶこと

「ま、そりゃ無理だよねー」

昼休み。ジャージを身体の下に敷き、大の字になって寝転がる。
タイマンしますと高らかに宣言した春瀬だが、久保に爆笑された後お前らし過ぎてつい笑ってしまったが冷静に馬鹿かと怒られた。普段から突拍子のない発言をする春瀬に慣れている彼と山平は呆れ笑っていたが、慣れていない残りの2人は「目の前にいる女生徒はこの真剣な話の最中一体何を言い出したんだ…?」と戸惑いを隠せない様子だった。なんやかんやでとりあえずこの件は保留、そのまま久保と2人教室に戻り、戻ったら戻ったで拍手・クラッカー・タンバリンとパーティーのようなクラスの歓迎が待っていた。春瀬勝訴!!≠ニ汚い筆字で書かれた紙を持ってる男子不良達には流石に耐えきれず笑ってしまったが

「登校してくれないとタイマン宣言も出来ないしなー。どうしよ」

その実、全く諦めていなかった。

どうしたものかなと転がっていると、ドアの開く音と共に驚く声。お?と視線をその方向に向けるとペットボトルを2つ手に持った黒尾が立っていた。
「どうしたハルさん。青春の代名詞みたいな寝転がり方をして。ていうか前もこんな事あったな」
「華のJKだからねハルさんは」
「JK?ジョン・コナーの略?」
「貴様さては最近ターミネーターを見たな?」
「そぉでぇす」
「コナーはConnorですぅスペルKじゃないですぅ」
「そぉですかぁじゃあJCつまり女子中学生がジョン・コナーですかぁ」
「そぉでぇす。その飲みもんひとつ私の?」
「ミルクティーで良かったか」
「ありがてぃー」
寝転がる春瀬の横に黒尾は腰掛ける。ポカポカとしてはいるが適度に風も吹いていて、寒過ぎず暑過ぎずと過ごしやすい気温だ。
「そんで。何だったんだ結局」
「んー?」
「朝のお呼ばれよ」
「ねー。何だったかなー」
「おい」
「嘘嘘。大まかな話は皆から聞いた?他校の子が私に扮してたって話」
「聞いた」
「写真見たら、ちゅーがくの時に私によるワタシパンチをお見舞いした子だったのよ」
「まじ?!え何じゃあ私怨でお前ん事陥れようとしたの………いやだったらわざわざ自首なんかしねーですヨネ」
「おっと鋭いとこに気付きますな黒尾選手。」
「…………まてまて、何だよ。怖ぇ」

さてどうしようかと春瀬は考える。

嘘はつける。ここでいくらでも誤魔化す事も出来る。頭をフル稼働させて作り話を、話をでっち上げる事なんて楽勝だ。


けれど


「クロ、」
「…ん?」
「真剣に聞いてね」
「……おう」
「私、これからは自分の為にちょっとだけ自分の事頑張ってみます」
「…ああ」
「何かあったら言います。自分にとって何が辛いかとか何が不都合かなんて、……私自身ではあんまり判断が出来ないから、その時は話すから、教えてほしいですぞ」
「うん」
「……………自分の為なんて現代文並みの苦手教科だけど」
「登場人物の気持ちを理解できないハルさんですからね。要は同じじゃん。」
「その心は」
「自分の気持ちを理解するのも、苦手!」
「うまいっ!山田くん座布団持ってきて!」
「すぐ話脱線するボク達。でもそういうとこも好きなんですよ」
「山田くん!座布団燃やして!」
「お焚き上げしないで」
真剣に話し始めた筈なのに何故こうなるのかと笑いながら、春瀬は上体を起こしてペットボトルに手を伸ばす。パキ、と新品のキャップを開ける音がする。

「………………俺としては、すんごーく嬉しいお言葉達だったな、今のは。」

春瀬の髪にサラサラと指を通して、小さく、安堵のため息をついた。他人の事しか気にかけない彼女の口から自分の為に動く≠ニいう言葉が飛び出たのは、大袈裟かもしれないが涙もので。実際聞きながら少し目頭が熱くなっていた事は恥ずかしいから言わないでおこうと黒尾は微笑う。

「…幸せになる事を諦めるなって、研磨ぴっぴに言われたよ」
「研磨が?」
「そう。その言葉がなんだかずっと頭の中グルグルまわってさー…別に不幸だなんて思ってないけどなぁって思って」
「考え込んじゃったのねハルさんは」
「うん。くろぴとお話ししたじゃん。その日の夜も、休みの日もずっと考えてた。……自分が今幸せなのかなんてじっくり考えた事もなかったし」

事実だった。
そもそも、自分は今幸せか?そう問いかける権利なんてないと思っていたのだ。

幸せだと思うべきである≠サう考えなければいけないと春瀬はずっと義務のように感じていた。母親が命を削って自分を生かしたのだから不幸ぶるのは最低な行為だ、そういう気持ちがあった。
(……いや、過去形ではないな)
今でもずっとそう感じている自分がいると目を伏せる。それは強迫観念に近いもので、恐らく一生消えることはない。けれど向き合うことで、前に進めるのではないか、大きな声で幸せだと、いつか言える日がくるんじゃないか。
ほんの少しだけ前向きに物事を考えてみるきっかけが、研磨と、ーー黒尾と話したあの日だった。

「偉いなぁお前は」
「……偉くないよ」
「偉いよ。」
「…………でもやっぱり平気なフリしちゃう時はあると思う。癖なんだ多分もう」
「うん。知ってる。」
「……知ってるか」
「当たり前だろ。ハルのこと一番近くで見てきたつもりだ。」
「………アリガトゴザイマス」
「ドイタマシテシテ」

チラリと隣にいる黒尾を見ると、ん?と微笑みながら首を傾げ、春瀬が何か言うのを待ってくれる。
一番近くで見てくれてたと同時に、彼はいつも待ってくれていた。そして、まだまだ長い間、待たせてしまうんだろうと、目線を下に落とした。


(好きだよ)


よんもじ。たかが4文字だ。
臆病な自分が嫌いだ、大嫌いだが、考え続ける事だけはやめないでおこうと決めていた。

ふと、ポソリと言葉にする。

「………………ずっと寂しかった、寂しかったようである。私は」
「………」
「でもクロが側にいたから。ずっと春瀬っていう人間を見てくれてたから、寂しかったんだって自覚するだけじゃなく言葉にする事ができた」
「…ハル」
「…………なんか今自分の心がおかしな感じよ。今までこんな気持ちになった事ないから。私変なこと言ってない?」
「結婚してって言ってた」
「言ってませんけど」

ふざけるのやめてくんないですかぁぁ!と怒ればふざけてないんですけど?!と怒り返される。

「可愛いんだよーお前さーもうほんと昔から可愛くて可愛いくて」
「やめてよ何だよ突然」
「突然じゃねぇですよいっつも思ってんの。ほんと、まじで可愛い。好き。らぶ。」
「…………」
「茹でダコになってますね」
「汝煩わしき者故我沈黙欲する也」
「新しい返し」

変わらない軽口の叩き合いと、少しだけ変わった関係。悪い方に進んだ後良い方向に進んでいる今、ひとつずつ決着をつける為に次は行動しなければいけなかった。

自分は今幸せか?

そう問いかける事が出来た。

寂しかった?

そう思う事が出来た。

ーーーーーーー?

それは、まだ。

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