壊れてそして | ナノ
■ 和解なんて

随分と立派な家だと、悟られない程度に春瀬は内観を見回した。キチンと整理整頓されている棚、観葉植物、高そうなオーナメント、何より広い、とにかく広い。噂には聞いていたが本当に裕福な家庭で育ってきたんだなと再認識する。

「わざわざお見舞いに来てくれたのね、ありがとう。あの子朝から寝てて、もしかしたら今起きてるかも、あ、でも声かけない方がいいかしら…」

出迎えてくれたのは坂木の母親で、上品な立ち振る舞いをした綺麗な女性だった。たかが風邪、されど風邪だが、たかが風邪だ。まるで己の娘が大病を患ったかのように心配そうにオロオロするその姿を見て、春瀬は素直に可愛らしい母親だと思った。実は今貴方の目の前にいる女は娘さんの友人ではなくてむしろ憎んでる相手なんですよと正直に伝えたらどうなるだろうと想像して、苦笑する。
2階に案内される。母親が控えめにノックした後扉を開き、お友達が、と中にいるであろう人物に声をかけた。どうぞ入って、と嬉しそうに手招きされる。中を覗くと布団にくるまった坂木の姿があって、来たのが春瀬だと気付いた瞬間驚愕というように大きく目を開け、口をハクハクとさせた。
「私は少し買い物に行ってくるから、ちょっとだけお留守番して待っててね。貴田さん、少しの間お願いできるからしら?」
「はい」
ありがとう、ごめんなさいねと微笑んで、坂木の母親は春瀬を残して階段を下りていく。
パタンと後ろ手でドアを閉めて、部屋には2人きりとなった。




「……………………何のつもり。あんたと私がいつ友達になったのよ」

春瀬は思わず肩をすくめた。

「噛み付く元気あるジャマイカ。やっぱ風邪なんか引いてないでしょ坂木さん」
「うるさい、気安く呼ばないで。何しにきたの」
「何しにきたと言われたらあなたの事タコ殴りにしにきたんだけど、やっぱいいや。」
「はぁ?」
「怯えきった顔の人、殴れる程悪趣味じゃないのだよ私は」
「…は?」
刺繍が綺麗に施された座布団の上に、どっこいしょーいち、と随分昔に流行った言葉を発しながら座る。
誰の許可を得てそこに腰を下ろしているのだと坂木は顔を思い切り顰める。一番顔を見たくない相手。こんな状況になってしまった原因が自分の部屋にいる事が心底吐き気がするというような顔だ。

「単刀直入に聞くけど、文化祭の時のこと含めて私に今まで色々手出してたの、坂木さんでしょ。」
「…………そうよ。で?それを聞いて何がしたいわけ。さっさと皆にバラせばいいじゃない。坂木にいじめられて、自分は悲劇の主人公で、可哀想なんだって。注目されればいいじゃない」
「1聞いて何で100で返すかね」
「うるさい!!!!!!!!」

春瀬に向かってクッションを投げつける。ひらりと余裕でかわすその様に更に腹が立って、坂木は周りに飾られてあったぬいぐるみも手当たり次第投げつけた。一つ、顔面に熊が直撃。地味に痛いのだがと春瀬は顔をさすりながら顔を上げ、ーーー目を見開いた。

一筋どころではない。坂木の目からボロボロと、次から次へ涙がこぼれ落ちていた。

「あんたに何がわかる!!!!!!」

唇をわなわなと震わせながら、激昂の声が部屋中をこだます。

「……分からんよ。私は坂木さんじゃないもの」
「そうやっていつも余裕そうに人のこと馬鹿にして!!!何も辛いことはないって顔で!!!ムカつくのよ!!!!!」
「………」
「私がどれだけ今まで頑張ってきたか、どれだけいい子だったか知らないでしょ?!」
「……………」
「誰にも嫌われたくなくて頼りにされたくてだって、だってそうじゃないと誰も私の周りにこないじゃない!!!あんたの所には人が集まるのに、なんで、なんで私は頑張らなきゃいけないのよ!!!頑張っても友達が出来ないのよ!!!全部私を利用しようとする人ばっかりが近寄ってくる、なんで!?!?」
「…………………」
「それだけならよかった!!耐えられた!!!なのに黒尾君まで、ふざけんな!!!!あんたはもう十分じゃない!!!!皆に好かれてるんだから、黒尾君はいいでしょ?!好きなの、!!黒尾君のことが!!私の方が、好きなのにっ……ぃっ」

そう言った途端耐えられなくなった坂木は、わあぁぁぁと大声をあげ泣き喚く。春瀬は何も言わなかった。黙ってその様を見つめているだけだった。悔しい、こんなやつの前でみっともなく泣いてしまうなんてーーー、そう思いながらも、坂木の胸にこみ上げてきた感情はまた別のものだった


ー妬ましい
ー羨ましい
ーあんたになりたい
ーあんたになりたかった


死んでも口には出さない、と。涙を流しながらドロドロと心臓を支配する黒い感情。結局のところ、最初から勝てる所なんて何もなかったのだと。たとえ立場が入れ替わったとしても、春瀬のように振る舞える事なんて出来るはずがない。でも彼女が楽しそうに友人達と、黒尾といる姿を見て、とてつもなく憧れた、どうして自分とは違うんだろうと、いつも坂木という女生徒は人知れず、思っていたのだ。

涙はもう止まらなかった。顔を両手で覆って、悲鳴に近い声を上げながら泣き崩れる。虚しくなる。春瀬だってきっとこんな自分の姿を見て、ダサい奴、恥ずかしい女と思っているに違いないとーーー


「…………………私は、」


きっと、私のことを無様だと、


「………私は、坂木さんが羨ましい」


ーーーーーーーは、


聞き間違いだろうか。
そう思ってしまうには十分な一言が、春瀬の口から飛び出てきた。思わず顔を上げ、真っ赤に腫らした目を彼女に向ける。
ーーーなんで、あんだがそんな顔を、

こんなこと言ったらもっと貴方を怒らせてしまうんだろうね、とポソリと春瀬は呟いた。

「自分の思ってる事をそうやって言葉に出来るのが、私には堪らなく羨ましいよ」
「……なに言ってるのよ…ッ…あぁもう……嫌になる…ッヒ」
「嗚咽止まってないじゃん。水飲めば」
「ッ…うるさい」
「…………坂木さん、それが素ならそれでいいと思うよ。私はそっちの方が好き」
「…………………馬鹿にしてんの?」
「してないって。私が何言っても多分もう受け入れられないと思うけど」

苦笑しながら、春瀬はおもむろに鞄の中を漁り始める。何をしているのだと訝しげに見ていると、綺麗な花柄の封筒を取り出した。

「…………………なに、なんなの」
「学校で私の疑いが晴れて、正直もう別にどうでも良い。だから犯人が誰だとか言ってないし、むしろ仲直りに坂木さんとこにお見舞い行ってくるってクラスの人達に言いふらしたよ。」
「はぁ?」
「言っとくけど坂木さんの為とかじゃない。脅してんの。この意味分かる?分かれ」
「…………………」
「私は一生今回の事誰にも言わない。貴方の吐露を聞いたところで同情も何も感じないし、私が悪いとも思えなかった。だから誰にも言わない代わりに、金輪際もう私と関わらないで欲しいです。迷惑」
「…………………………」
「…………それから、自分には誰も寄ってこない、自分を利用する奴しか近付いてこないなんて言ってるけど、そう思ってしまったからもうその人達しか見えなくなっちゃったんじゃない」
「っ何を知ったような」
「坂木さんとこのクラスの子何名かが、私がお見舞いに行くって聞いてこれ渡して欲しいって預かってきたよ。」

はいこれと封筒を坂木に渡す。
ふと、その時の彼女達の会話を思い出す。


むしろLINEよりも元気出るんじゃんこういうの
古典的(笑)
気恥ずかしさは若干あるわ
でも珍しいもんね休むの。心配。


中身を知らずとも、それが何かすぐ分かった。


「なに、これ」
「……………何だろうね。私もう帰るよ。言うべきことは言ったから」


お邪魔しましたと言いながら腰を上げ、シワシワになったスカートを伸ばすように手ではたく。可愛い花模様がついた手紙を手に呆然とする坂木に、春瀬は思わず笑ってしまった。
ドアノブに手をかけ、それじゃあ失礼しますよと小さくお辞儀をして、後ろ手で閉めた。


震える手で、坂木が手紙の封を切る。

(友達なんていない、いないはずなの)







「…………………………いいなぁ」

坂木宅を後にして、帰り道を歩きながら春瀬はぽつりとそれを言葉にした。 



私は、坂木さんが羨ましい



好きな人を好きと言える貴方が、羨ましかった。
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