壊れてそして | ナノ
■ 諦めてを諦めろ

「………………で、クロのことビンタして逃げてきたの」
「………………」
「………………」
「………………」
その沈黙はつまり肯定ということだろうと隠しもせず面倒臭そうな表情をする彼の反応に、春瀬は苦笑しながらストローを口に咥えた。

突然の黒尾の行動に頭で考えるよりも身体が先に動いた春瀬は肩に置かれた大きな手を振り払い逃げるように学校を後にした。脳内パニック状態のままとにかくあの場から離れようとした彼女は帰路の途中で正気に戻り、顔を真っ赤にした後真っ青になって道のど真ん中で立ち尽くしていた。同じく帰る途中の研磨が偶然通りかかり、どうしたのかと指でつつかれーーー、

現在、某ファーストフード店にて先程起こった出来事を話したという状況だ。
今日1日色々あったがそれにしても最後の最後でとんでもない事が起こった、何も思考が追いついていないがとりあえず水分補給だと言わんばかりに春瀬はひたすらストローを吸い続ける。氷がガシャガシャとまわり、もう中身は空ですという音が聞こえた。
「………………」
大分混乱しているなと思いながらも研磨は密かにようやく告白したのかとこの場にいない黒尾に心で小さく拍手を送る、が、もうちょっとやり方があっただろうにとすぐ拍手を止める。

(……でもタイミングは良かったのかも。)

文化祭が無事終わった刻に、何故か妙に騒ついている周囲。特に興味も示さず帰る準備をしていたが、よくよく野次馬の話を聞いてみればその渦中の人物に春瀬が含まれていてるではないか。人だかりが出来ていた場所へ自然と足を運ぶと横を走って通り過ぎていく黒尾と夜久の姿。いよいよ何かあったんだとなるべく目立たない場所で事の全貌を聞けば黒尾同様直ぐ様ハルが盗むなんて有り得ない≠ニ眉を顰めた。犯人は別の人の間違いだと。
「………ていうかハル、いじめられてたの」
「うーん……もうその話題はいいかにゃ」
「……………うん。」
そうだろうなと研磨は大人しく頷いた。正直何故黙ってたのかと非難したい気持ちはあったが、代わりに黒尾が自分以上に怒ってくれたのだろうと思った。ならば掘り返してしまうのはお門違いだと何も言わないことにする。

それに今はその話題どころじゃないだろう。

「……………」
「…………………好きだって。」

ポソリと、春瀬が言う。

「……………」
「クロ、私のこと」
「……………」
「友達じゃなくて恋愛として好きだって」
「…そう」
「知ってた?」
「………うん。」
そっかぁと、小さく呟く。
「…………」
「…………」
「なんで…」
「……ハル?」
「何でこうなったんだろ」
「え…」
続く言葉の意味がよく分からなくて、それまで俯きがちに聞いていた研磨は思わず顔を上げる。そしてハッと小さく息を呑んだ。向かい側に座る彼女が、今まで見た事のない表情をしていたからだ。その顔を見られたくないのか今度は春瀬が下を向いた。
「どうしよう、」
「……」
「逃げたい、どうしよう」
「ハル」
「私……何を……何て言えばいい」
「………………」
「何が理由かもう…色々あって分からないけどとっても、………………なんか…苦しいな」
「………………………」



(……初めてだ。こんなの。)



先程まで緊張や不安で早かった己の鼓動が急に、落ち着いたのを感じる。不思議だと研磨は自分の胸をギュッとおさえた。

こんな弱音を吐く春瀬を見た事がなかった。
更に言えばこんなに辛そうに表情を歪ませる事も今まで一度もなかった。隠していたわけでないのだろう、恐らく無意識に、感情を今まで表に出してこなかっただけだ。それが今、
ーーーーー今であれば、

「………ハル、」
「ん…」
「ごめん、俺今から空気読めない事言うけど」
「うん…………うん?」
「ようやく人間っぽくなったね」
「…………は」
「俺今のハル好きだよ」

そう伝えた途端感じる戸惑いの視線に、少しだけ研磨は笑う。

きっと今日≠ニいう日が彼女には必要だったのだ、そしてその起爆源はこの世に1人しかいない、この場にいないもう1人の彼だ。その事実に少しだけ嫉妬する、それと同時に自ら孤独に人生を歩こうと決めた春瀬をここまで崩してくれた事に、感謝する。
「俺ハルのこと好きだよ」
「……」
「でもクロと俺の好きは違う。俺はハルに幸せになってほしいとは言えるけどさ、クロはハルを幸せにするって言えるんだよ、昔からずっと。」
珍しく饒舌に回る口に驚いたがそれよりも春瀬に黒尾の事をここまで踏み込んで言える事が嬉しくて、嬉しくて、

「だから幸せなることを自分だけで諦めないでよ、ハル。」

研磨の双瞳が、真っ直ぐに春瀬捉えた。

「…………」

何か言おうと口を薄く開いた。だがどう返せばいいのか分からなかったのかそれが言葉になることはなく、彼女はそのままグッと下唇を噛んだ。膝に置いた手がグシャリとスカートを握り締める。

(何を言ってるの。私は幸せだ。)

諦めてなんかいない、そもそも自分は幸福に時を過ごせている、そう何度も何度も心に言い聞かせた。
だから目の前の幼馴染にもそう言い返せばいい、そう思っても春瀬はそれを言葉に出さなかった。当たり前だった。何も言わないのは、何も言えないのは、図星だったからだ。

(私は、)

「…私は幸せになる事を諦めている、」

研磨の言葉を繰り返すようにポツリと呟いて、握り締めていた手を緩めた。スカートのプリーツが、グシャグシャに崩れていた。






季節の変わり目を感じる程度に、夜になると気温は少しだけ低くなる。カーディガンの袖を少しだけ伸ばし、手を覆うようにして春瀬は歩く。

結局あの後研磨とは何も話さずに店を出て別れ、そのまま何とも言えない心持ちで帰路を辿っていた。

「…………わけわかんないな」

己の胸にそっと手を当ててみると、トクトクとゆっくり脈打っている。それに何となく笑ってしまって


「なんで生きてんのかな」


側から見れば独り言が多い不審な人物に見えるだろうなぁとぼんやり思いながらも、春瀬は笑った。
「あーやばい、なんだこれ。草草ぁ草生える」
何故か止まらない笑いがもっと可笑しくなって、口をおさえる。人間訳が分からなくなったら笑うのかと思いながらいよいよこの姿を見られたら怪しまれるなと小走りでアパートへと向かう。

(嫌い嫌い嫌い嫌い。大っ嫌い。)

(死ねばいいのに。死ねばいいのに!!)

研磨との会話の中で自分が幸せになる事を諦めた人間だと認めてしまった瞬間、みるみる内に嫌悪感が春瀬の身体中を蝕んでいった。ずっと感じていながらも必死に押し殺し無視していた自身への罵詈雑言も、止まらなくなった。

(何様のつもり。今まで支えてくれた人達の想いを踏みにじって。ご飯も食べれた。遊んだ。学校も行けた。友達も出来た。ここまで生きれた。生かしてくれた、お母さんが!お母さんがそう望んだから!!!)

アパートの階段を駆け上がる。辛くて辛くて、でも涙が出なくて、母が死んだあの時から泣き方も分からなくなってしまって。

(バカじゃないの、母さんのせいじゃない)

(誰のせいってあるの、私のせいじゃないの)

(どうせ死なないくせになんで死にたいなんて思うわけ。馬鹿馬鹿しい逃げようとしてるだけだ。逃げるって何から)


「つかれた」

今日はもう早く寝よう、風呂にも入らずそのままベッドに、ソファでもいい、すぐ横になって目を瞑って、明日を迎えれば元通りの自分に戻れる


そう思いながら、春瀬は自分の部屋がある階まで辿り着く



けど、そこにはいつか見た光景があった。



思い出すのは、寂しくて死にたくて生きたくてどうしようもなかった、中学の冬。
ポケットに手を突っ込んで、ドアに背を凭れて座り込んでいる人。それが直ぐに誰か分かって、春瀬は大きく目を見開いた。


「………」
「………」
「………」
「、」
「おせぇ!」
「く」
「黒尾です!」
「な、」
「何で居るの?!謝りにきたからです!」
「は」
「勝手にチューしてごめんな!?後悔してねぇけど!!」

すいませんねぇ!とキレ気味に答えられ謝られ、その勢いについていけてない春瀬は目を瞬かせ、思わず少し後退りする。その様を見た黒尾は距離を広げるものかと立ち上がり、引いてる幼馴染へとズンズン近付いていった。そのあまりの迫力にヒェッと小さな悲鳴を上げたがそれも束の間で、直ぐに身長の高いその人に目の前で見下ろされる形になった。

「こ、こんばんは…?」
「はいこんばんは。」
「ええっと……ええ……えぇ…?おかしくない…?」
「何が」
「いや、普通気まずい感もっと出ない…?何でそんな、堂々としてるの」
「吹っ切れた。もう俺は隠さない。ありのままの姿見せるのよ。何も怖くない。少しも寒くないわ。」
「追いつかないよ待って」
「好きだ。」
「ぇ」
「バカタレ」

スパーンっと子気味のいい音が春瀬の頭上で鳴る。叩かれたと理解していや何故叩かれたと訝しげな顔で見上げれば、そのまま彼女の身体が包まれる。強い力で固く抱き締められ、苦しいと身動きするもその腕が緩まない
「好きだ」
「……………」
「……好きだ。」
「………………」
「聞こえてますか」
「……はい」
大きな鼓動音が春瀬の耳にはっきりと伝わってくる。自分のものかと思ったが、違った。
「別に付き合おうとか言ってるわけじゃない。どうせお前断るだろうし。断るだろ」
「…うん」
「だよな。分かってる。」
腕の力が緩まり、再度黒尾が見下ろす。金色の横髪が数本、春瀬の口にかかってるのを見てそれを指で優しくはらった。何かされると思ったのか春瀬はその行為にビクッと肩を震わせて、そして気まずそうに視線を泳がす。黒尾が一瞬眉を八の字に曲げて、そしてからかい気味に「なんだよ」と笑った。
「キスでもされると思ったか」
「思ってませんですけども」
「ほーん。したいけど」
「駄目だすだどけどぼ…おぼ…ろろら」
「噛み過ぎだろゲロでも吐くんか」
「吐かない」
「吐かないデスカ」

そーですかと笑いながらまた春瀬を抱き締める。今度は緩く、優しく。

「ハルさんには悪いけど、俺一生あなたのこと諦めねぇよ」
「諦めようよ」
「無理よ」
「………昔から私の事色々見てくれてたから、麻痺だと思うよ。」
「麻痺って?」
「世話しなきゃっていう責任感と優しさが私への好意だと勘違いしてるんだと思います」
「ふっふっこのバカめが。俺の好きという気持ちをお前が否定して決めつけるんじゃないよ全く」

好意を疑われた事に対して激昂するわけでもなく、黒尾は春瀬の言葉をやんわり受け止めて静かに答える。
何を言われても折れる気がしねぇなと無敵たる気持ちで、彼は完全に覚悟を決めていた。

「ハルが俺の事ちゃんと好きって思ってくれるまで、待つよ。」
「私東京から出るんだってば」
「会いに行くに決まってるだろ。お前が行く所どんなとこへでも会いに行くぞ俺は。アメリカアフリカブラジル行かれてもパスポート取って行ったるわ。」
「……………む、…向こうで……彼氏作る」
「いーーーーーーーーや俺としか付き合えないね。てかぶっちゃけお前俺の事好きですよね?答えは聞きませんけど。ハルから言ってもらわないと意味ないし」
「、」
「諦めろ。もう俺から逃げられない。」

ーー恐らく漫画であれば、今の彼のコマにはドーン!≠ニいうフォントがデカデカと載っているであろう。

次々と出てくる黒尾の言葉の圧に、春瀬は言葉も出ないというように口をパクパクさせて、満面の笑みを浮かべる彼を見つめた。完全に吹っ切れたようで最早何も怖くないという余裕の顔である。
「やば…」
「今の俺の発言達を冷静に要約すると死ぬまでハルさんのストーカーしますってことだから確かにヤバい」
「おばかさんじゃ……いや違うなんかこう………おばかさんじゃん……」
「変わってないな?」
動揺するとポンコツになるよなハルさんはと笑いながら、サラサラと指通りの良い金色の髪を撫でる。
何度も何度も、宝物に触れるかのように。

(……………安心する)

大きな手の平から伝わる温かな温度に、これまで何度救われてきただろう。何故こんなにも、

(優しいの。この人は。)

離れようと決意した心が揺らいでしまうのが嫌で、けれどこの心地良い時間がなくなるのも嫌で。どうして今日ここに来たのと責めたくて堪らなかったし、ありがとうと抱きしめたかった。



「……………………おばか」

軽く握った拳を、黒尾の腹に優しく立てる。

「ばか」
「………お互い様だぜ」
「うるさい、ばか」
「ソーデスネーばかですよ僕は」
「ばか。ハゲ」
「ハゲてねぇ」
「くろおてつろうんこ」
「やめて?!それただの悪口!!」
「んふふ」
「お、」

やっと笑ったな

そう言って嬉しそうに、愛おしそうに、黒尾は春瀬にキスをした。



そして、ビンタされた。







(大好きなの、私の方がいっぱいいっぱい、大好きなの)

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