壊れてそして | ナノ
■ 黒尾鉄朗は、A

「なぁー」
「んー」
「俺のせい?」
「…何が?」
「家出て行くの」
「そんなわけないじゃん。ただ早い内から一人暮らし始めようとは思ってたんだよーん」
「………ふーん。」

ハルの引越し作業を手伝ってる時に、それとなく理由を尋ねた。態度には出さないようにしていたがもしかしたら俺の好意が気付かれて、告げられる前に出て行ってしまおうとなったのではーー。だとしたら脈無し過ぎるだろと落ち込みそうになるが、そういうわけでもなさそうだった。けれど近頃の彼女の様子が妙におかしいのは気のせいではない気がした。楽しそうにやっていた空手を突然辞め、中学に上がって始めの内は励んでいた勉学も最近では全く手につけてる様子もない。ボーっとしている事も随分多くなった気がする。声をかければいつもの軽口を叩きはするのだが。
引っ越し先のアパートは俺の家からすぐ近くにあって、日当たりのいい綺麗な部屋だった。俺ここ入り浸ろ、そう言うと、乙女の部屋にー?とケラケラ笑っていた。



1年の俺は、まぁ意気揚々とバレー部に入ったはいいがいきなり試合に出させてもらえるはずもなかった。指導者に恵まれず、更には意味もなく怒鳴り散らす行為に精を出す所謂下級生イビリが好きな3年が多かったのである。走り込みや筋トレを永遠にやらされ、コートにも入れずボールすら触らせてもらえない日々。言っちゃあなんだが俺は適当にかわせる性格だったのでイビリ自体はあまり気にしていなかったのだが、勿論耐えられない奴等もいたわけで。それが理由で辞めていく部員も多く、同級生の退部が続いた時は流石に悩んだ。
「どーしたもんかねぇ…」
「どーしましょうかねぇ」
「ねぇー………ってビックリした。ハルさんか。」
「やほほーい」
バス停でため息混じりにぼんやり呟いているといつの間にか隣にいた着崩された制服と肩にかかるかかからないかくらいの金髪。以前とは大分見た目の変わったハルがいた。初めてその染髪を見た時はなんちゅー色だと思わず爆笑してしまったのだが俺のその反応を見てホッとしていた彼女に気付いてもいて、似合うと撫でたら照れた様に笑っていた。
「なんかあったのけー話聞くべーていていっ」
ボスボスと俺の腕を叩いてくるハルに痛いわコノヤロウと額にデコピンをお見舞いする。頭蓋骨が粉砕したなどと騒ぎ始めたのでへいへいすいませんねと返した。彼女には関係のない部活動の事ではあったが愚痴を吐露したいのも事実だったので、じゃあ少しだけ聞いて欲しいデスと言えば勿論ですともと笑った。

事のあらましを全て話し終えると、ハルは呆れたとばかりに顔をしかめていた。
「すんげぇーね。」
「な、すんげぇーよな。」
「その人達中学3年じゃなくて小学3年の間違いでなのでは?」
「進級早過ぎたのかしら的な」
「まだバブバブしてる赤ちゃんだった的な」
「最早小3ですらなくなるバブね」
「バブバブ、バブバブバー?」
「んちゃー、たー」
「あばばー…んふっふふ…やめよう二人して真顔で幼児化やめよう」
いかんなー黒尾パイセンと話してるとついついふざけてしまうなーと笑う彼女に全力で同意する。しかしこのゆるい会話に救われていてりするのだ、いつも。
「お前と話すとちょっと気持ち楽になんのよね」
「いやー毎回おふざけが過ぎるなと思うよ。めんごめんごー」
「許すンゴー」
時間予定表時刻きっかりにバスが来た。よっこらせとおばあちゃんのように腰をトントン叩きながら乗り込むハルを見て、先程の幼児化から一変して老人になる女子中学生という情報の渋滞ぶりに思わず吹き出した。
混む時間帯を避けていたのもあり、バスの中には人はあまりいなかった。そういえばハルは何故今帰っているのだろう、部活動もしていないのに随分と遅い下校時間だ。ーーー最近よく、職員室に呼び出されるのと関係あるのだろうか。
窓の淵に肘をつき、何かを考えるように外を見ている隣の彼女を横目で盗み見る。最近、教師に怒鳴られ逃げるように廊下を走るハルを度々見かけるし、他校の生徒と喧嘩をする等良くない噂もよく耳にする。正直聞きたい事は山程あった。けれど俺と話す時だけは何も変わらない今までのハルだったし、俺だけ≠ニいう事実に僅かな優越感を抱いていたのも確かで。何より彼女自身が、どうしたのかとあれこれ詮索してこない俺に安心しているのを感じていた。
バスを降りると日は暮れかけていて、街灯やアパートの灯りがポツポツと点いてくる。こういう明かりが点いた瞬間見れた時って少しラッキーって思わない?わかる、などとくだらないことを駄弁りながら帰路を辿った。

「くろぴはきっと、良い先輩になるね」

何の前置きもなく、急にハルがそう口にした。何の事だと少し思案したのち、先程の部活の話に戻ったのかと気がつく。
「なして」
「いっぱい悩んでもっとこうしたいああしたいっていちねんせーの時から沢山考えたクロはさ、先輩になったら、絶対後輩のこと気にかけるよね。下の子の気持ちが分かる先輩とか最高過ぎると思う」
「……」
「その3年達が引退したらさ、黒ぴ達は練習が堂々と出来るわけでそれまでずっと走り込みとか筋トレしてきたんだからそういうのサボり続けてた人達より体力も根性もついてて、先輩が引退した後の方が部活の成績上がったりなんかしたらマジでその人達ダッサイよね、あんたらがいない方がバレー部は優秀でしたベロベロベープップーってできる!私その光景見たい!」
「待て待て真面目に聞いてたけどベロベロベープップーに全部持ってかれた」
擬音語すぐ出すのお前の悪い癖だからな!と言うと手を叩いて爆笑される。
「……まぁ時間が何とかしてくれるっていうのが極論だなって俺も思うんですよネ」
「そーよね〜。てか私もクロも中学生の癖に達観し過ぎよね」
「すんげー思う。もっと子どもらしく行こうぜ」
「手始めにおしゃぶりしてみる?」
「幼児化まだ引きずってんのかテメー」
彼女が真剣に話し始めたかと思えば後半にふざけてくるのはよくあることで、これは照れを誤魔化すためなのかはたまた素なのか。後者な気がしてやまない。
というかーー、
「……バスに乗ってる間ハルさんはずっと考えててくれてたんデスか?」
「ん?」
「俺の部活のこと。」
「うん」
そりゃそうだろうと不思議そうに目を丸くする彼女に、俺は思わず言葉が詰まる。
「ご立派なアドバイスを言う資格もないし気の利いた言葉だって返せないけど、クロがいっぱい悩んでたら一緒にいっぱい悩むよ」
「…」
「アホみたいな事言いまくってるけどさ、最初に言った私の言葉はマジで確実にそうなるっていう自信しかないからね。ていうことでもっか叫んでいい?」
「ん。」
俺の家の前。向かいにはハルのアパート。このまま俺の家に入ればいいのに。何でお前、出てったわけ。
「黒尾鉄朗はきっと、頼りがいがあって慕われて超絶かっこいい、良い先輩になる!」


3年生が引退した後バレー部はみるみる力をつけていき、学年上がって2年になった時には少ない人数の中ではあったが試合成績が昨年よりも大きく伸びた。ベロベロベープップー、というやつだった。




彼女は、小さな事でも助けを求められたらそれに応えようとする。でも自分自身になると違った。

事が起こったのは、2年の冬。

[ prev / next ]
←戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -