壊れてそして | ナノ
■ どうしてそんな事言うの

どういうこと?
やっぱり貴田先輩が…
でもそんな事する人じゃ
本性なのか
そういえば昔荒れてたって…

騒めく生徒達の声が次々と春瀬の耳に入ってくる。今まさに犯人と確定してしまう証拠が目の前に出てきたにも関わらず彼女の心は不思議なことに妙に落ち着いていて、どうして自分の鞄に坂木の財布が入っているのか考えていた。アリス姿の自分が坂木のロッカーを探っていた、というのが目撃されたということはつまり誰か別の人が春瀬に成りすまして彼女を犯人にしたてあげたのでろう。仮装喫茶が終わった後、どこにその衣装を返したか思い出す。
(………そうだ)
クラス分の衣装をまとめて提出した先は実行副総委員長の所だった。坂木に会うのが面倒だと思った為、副総委員長に手渡しのである。しかしその業務は副だけではない。総委員長である坂木も担っているのだから、春瀬が着ていたアリスの服が坂木の手に渡るなんて容易い事だろう。金色の髪はウィッグでも着けたのか。兎にも角にも、春瀬≠ノなった坂木は自分のロッカーから自分の財布を取り出して、それを誰かに目撃させた後にタイミングを伺って春瀬の鞄に入れた。そういうところだろうか。坂木と春瀬の顔立ちは全く違う。しかし姿形だけでも他人にしてみれば「春瀬だ」という認識を持つはずだ。アリスという印象に残るであろう今回の自分の姿がここにきて裏目に出るなんてと心の中で苦笑する。
「これはどういうことだ?貴田」
春瀬が犯人だと確信したらしい樋口はこれでもかというくらい軽蔑した表情で見つめてきた。春瀬は黙る。
「坂木、これお前のか?」
「えっ……あの…はい………。でも貴田さんが……なんて…まさか……」
おみゃー女優かよ!と声を上げなかった自分をどうか褒めて欲しいと先程同様春瀬は心の中で笑う。ショック、そんな人だったんだと聞こえてくる周りの声がいやにはっきりと耳に入ってきた。しかしやってないものはやってないのだ。それを主張する権利はあるだろう、例え信じてもらえないにしても。
「盗んでないですよ」
「なんだと?」
「盗る理由がないです。」
「こんな確実性が高い証拠を目の前に突きつけられているのによくそんな事が言えるな」
確かに鞄に入ってたのは致命的だ。樋口が春瀬の腕を引っ張った。おばけ屋敷の時といい屋上の時といい、今日はよく腕を引かれる。
「職員室に行くぞ。それなりの処罰は覚悟しろ」
「本当にやってないんですけど」
「まだそんなこと言ってるのか?やった奴は皆そう言うんだよ」
「やってない奴もそう言いますよやってないんだから」
「っこのっ」
掴まれた腕がギチギチと音を立て、その痛みに思わず顔をしかめる。今の時代教師が生徒にこんな事をしてしまえば、訴えられる痛さだ。
(それとも私には親がいないから訴えられる心配もないってか)
久しぶりに感じる、この不快感。中学の時にずっと感じていたコンプレックスが思い出したかのように顔を出して彼女の心をジワジワ蝕んでいく。気持ち悪い、結局自分が最終的に行き着く先はこうなのだ。三井と唯川に言われた言葉がふと頭を過ぎった。自分への卑下、自分への興味。
(なんかもう面倒臭い。いちいち疲れる。)
(父さんと母さんがいなくなってしまった理由が私にあったそんな自分を卑下しない理由はどこにもない)
(クロと仲良くしてるからこんな事されるわけ。言われなくても離れるつもりだからもういいでしょ)
(父さんと母さんが私に興味を示さなくなっただから消えたそんな私が私に興味を示す必要性なんて感じない)
(一人で生きていくよ。誰にも迷惑かけないように生きていくからもういいでしょ。これでいいでしょ)
(嘘。二人とも何か色々考えて何も分かんなくなって消えたんだ違う。私のせいじゃない。それも違う。)
(我慢すれば時間がただ過ぎるんでしょ)
(私が我慢すれば、)

「腕、痛そうじゃないですか。離しましょうよ」

思考の波に襲われて沈んで、何かのタガが外れかけそうになった時、声が聞こえた。視界に入った坂木の顔に驚愕の色が写っている。見れば樋口に掴まれていた自分の腕に、大きな手が添えられていて。頭上から聞こえたその声に、春瀬はゆっくり顔を上げた。
「………何のつもりだ黒尾」
「腕、痛そうじゃないですか」
走ってきたのか、息切れをしながらも真っ直ぐ樋口の顔を見て黒尾はそう言った。その後ろには夜久もいて、彼もやはり走ってきたようだった。その迫力に気圧されたのが、樋口は言われた通り春瀬の腕を離す、そして気の毒そうな表情で黒尾を見た
「お前も小さい頃から貴田に振り回されて苦労しただろう。大変だったな。」
「苦労した事なんて記憶を辿る限り一度もないし大変なんて思った事もないっす」
「………今回こいつは人の物を盗んだ。それも財布だ。金を盗るような女生徒で」
「盗んでない」
「は?」
「春瀬が盗むわけないです」
通る声でキッパリとそう宣言した黒尾の言葉は少なくともその辺りにいる生徒達の耳にはっきり入った。
「坂木の財布は貴田の鞄から出てきた」
「そうっすか。なんでですかね」
「お前、それでも信じるのか?」
「俺が春瀬のこと信じないで誰が信じるっていうんですか」


(なんで、)


言いたい事が沢山あった。
それでも言葉に出来ないこの思いを一体何と呼べばいいのだろう。

樋口が何を言っても黒尾は春瀬が犯人なわけがないという絶対的な、それでいて根拠のない、それでも自信に溢れた声色で意見を変えなかった。
「じゃあ鞄の中に入っていた理由を説明出来るのか?」
「そのことなんですけどぉ」
今まで黙ってやり取りを見ていた三井と唯川が春瀬の前へと庇うように出てくる。樋口が何だお前らはと顔を顰めた
「春瀬が最近イジメにあってんのに関係してるんじゃないですかぁ?」
騒めきが、一層強くなる。
そして同時に強い視線を春瀬は感じた。チラリと横目で見てみれば何の事だというように目を見開き見つめてくる彼女の幼馴染、ハハと乾いた笑いを思わず溢す。
「一体何があったんですか」
騒ぎを聞きつけようやく樋口以外の教師が現れた。生徒指導の山平と久保だ。その輪の中心に春瀬がいるのを確認して、久保が樋口に事情の説明を求める。やっと話の分かる奴がと意気揚々に事件の全てを話す樋口、直ぐにでも職員室に連れていくべきだと春瀬が犯人だという語気を強めながら言う。負けじと三井がまた繰り返した。
「だから、春瀬が最近ずっっと靴箱とかに虫とか入れられたり机の中荒らされたりしてんの、関係あるんじゃないのってば!!」
「は?何だ三井それは」
「ヤーさん聞いてよ!!ウチらずっと話したかったんだから!」
初めて靴の中に押しピンが入れられた時から今日までに合った春瀬への被害の事を、三井と唯川は勢いを留める事なく説明した。その話を聞いていた周りの生徒は山平に教室に戻れと指示されても一向に動く様子もなく二人の話に聞き入っていた。それ程までに周りは、春瀬が本当に事件の犯人かどうか、知りたがっているようだった。三井等が説明をしている間にも、ずっと春瀬は視線を感じていたが、気付かないフリをして、黙って友人2名の話を聞く。

全てを聞き終えた時、久保が春瀬に言う
「今の話は本当か」
言葉は発さず春瀬は静かに首を縦に振った。はぁと深い溜息を吐いて何故言わなかったのかと責めるような口調で尋ねられれば笑って誤魔化す。とにかく、と久保は腕を組む。
「もしかしたらその人物が春瀬を嵌めたという可能性も出てきました。あとは坂木、春瀬、春瀬を見たという生徒、私達教師陣だけでちゃんと話しましょう。それでいいですね樋口先生」
「……………」
元々この教員が春瀬の事を毛嫌いしている事を久保は知っている。だからこそ担任である自分と生徒指導で何度も彼女と対峙してきた山平が同席した上で話し合いをしなければと判断する。各自教室に戻りなさいと今度は先程よりも強制的に言えば、渋々と生徒達は散っていく。
「………………」
「……黒尾、お前もだ」
無言でその場に立つ彼に、久保は静かにそう諭した。ずっと春瀬を見つめていた事に気付いていた。聞きたい事、言いたい事が恐らく我々よりもあるはずだと思った上で、それでも先生の立場として久保は黒尾にそう指示する。
「行くぞ」
ポンポンと夜久に背中を叩かれ、一度会釈をした後春瀬を一瞥して、黒尾はようやく教室へと戻っていった。
「それでは職員室へ。」
明らかに納得はしていない、それでも三井達の話を聞いて複雑そうなと半々の思いが顔にありありと写っている樋口は静かに頷いた。



話し合いの結果、春瀬が坂木のロッカーを探っていたという姿を目撃した時間帯と、その時間帯に春瀬が別の場所にいたという証拠がちゃんと出てきた事から、アリバイが成立した。話はじゃあ誰が坂木の財布を盗んだのか、誰が春瀬を虐めているのかという話題に移行し、無事彼女が盗人ではないという疑いは晴れたようだった。それでも樋口が謝らなかった事が若干春瀬の癪に障ったが、まぁいいやと思う事にする。久保からはこれから何かあったら自分にちゃんと言えと再三口酸っぱく言われ、しつこいと笑えば頭を叩かれた。
「失礼しました」
一通り話し終えた後先生達から解放される。教室を出る際軽く会釈をして、春瀬は出て行く。坂木も続いて出てきた。
春瀬が前を、坂木が後ろを歩く。
「…………………」
「…………………」
何も言わない。まぁ坂木が犯人だっていう証拠もないからなぁと一瞬思ったが、彼女の今日の1日の行動時間をキチンと調べてしまえば結構あっさりバレてしまうのではないかと思い直す。案外安易な考え方の持ち主なのだろうか、中々詰めが甘いというか
(そもそも人の事こんなに嫌った事がない子なのかもなぁ)
誰かに意地悪し慣れてない人物なのかもしれない。まぁそんな事に慣れられても困るのだが。しかしもし本当にそうだとしたら、恋とは恐ろしいものだと実感する。好き過ぎて、その人に近い存在の女子にこうも嫌悪感を持つなんて、ーーまぁあくまで春瀬の予想にしか過ぎないのだが。そんな事を考えながら歩いているといつの間にか歩くスピードが遅くなっていたらしく、気付けば坂木に抜かれていた。可愛い子なんだけどなぁとぼんやりその姿を見つめれば、冷たい視線がこちらを向く。
「 …………………何?」
「んにゃ別に。何でも。」
「…………」
不愉快だと言わんばかりに歪められたその顔を見て、だからその表情を私に見せる辺り甘いんだってばと苦笑する。
「………何?言っとくけど私、まだ貴田さんの事疑ってるから。」
「………そりゃ悲しいことですな」
「……………………ほんと貴田さんって」
目障り、坂木はそう吐き捨てて早足でその場を離れる。
(こうもダイレクトにdisられるとは)
春瀬は溜息を吐く。ーーー何だかこの二日間、色んな事があり過ぎた。
生徒はもう殆ど帰っており、自分も今日はさっさと家帰って寝ようと鞄を取る。そして長らく放置していたスマホのボタンを押すと
「………………」
色んな事があり過ぎた日の最後の最後には一体何が起こるのか。もう一度深い溜息をついて、春瀬は教室を出た。

屋上で待ってる。帰んなよ



夕方、沈みかけた太陽が1日の最後の足掻きとでもいうように空を赤く照らしている。日が暮れるにつれ気温も更に低くなっていき、昼のようにカーディガンだけで過ごすわけにもいかず、ブレザーを羽織った。何と声をかけていいかも分からず、春瀬は黒尾の隣に座った。
「…………………クロ、部活は?」
「今日はない」
「………そ。」
いつもより低い声。やっぱり機嫌は悪いままなのかと春瀬は膝に顔を埋める。
「……………………どうなった」
「ん」
「話し合い。疑い晴れたか」
「うん、まぁ。私を見たっていう時間、丁度友達の様子見に保健室いたから。」
「……………よかったな」
「え、あ、うん」
いつもと違う雰囲気に調子が狂ってしまう。
春瀬は声を明るくして話題を切り替える
「黒ぴ」
「なに」
「信じてくれてあんがとーね」
「……………」
「嬉しかったよ」
嬉しかった。ひたすらに春瀬が犯人だと言われていたあの状況の中、こいつがそんな事をするわけがないと断言してくれた黒尾の言葉が。もう一度、ありがとうと礼を言う。
「…………………当たり前だろ」
「へへ、うん」
「春瀬に何かあったら困る」
黒尾がハルではなく春瀬と呼ぶのは、大抵真面目な話をする時や悲しい時、そして
「なのに何だよ、三井と唯川の話」
怒っている時だ。春瀬はあぁ…と言葉を濁す。
「しかも随分前からって……祭りの時辺りか?」
「いや」
「……………いつだ」
「…………………合宿よりも前」
「はぁ?」
途端眉間に皺を寄せて黒尾が春瀬に噛み付いた。
「そんな前なら俺に言うタイミング沢山あっただろ?!何で言わなかった!!」
「べ、別に………そんな気にしてなかったし」
「気にしてないとかの問題じゃっ…………俺の顔を見ろ春瀬!」
一向にこちらを見ようともしない彼女に激昂する。その語気の荒さに肩を震わせ、春瀬はゆっくりと顔を上げた。
「他には」
「…………」
「靴箱ずっと汚されて机の中も荒らされて、他にされたことは」
「ない」
「……これで後から出てきたら本当に怒るぞ、本当に何もされなかったか?」
もう怒ってるじゃん、そんな事言えるはずもなく春瀬は口を噤む。他にされた事がないといえば、嘘になる。何も言わなかったのが仇となったのか黒尾は教えてくれるまで帰さないと春瀬の前に来てしゃがみ込み、彼女の顔を覗いた。
「…………」
観念したように、春瀬はその日何度目かの溜息を吐く。ずっと前に、そう呟くと黒尾の眉がピクリと動いた
「帰り道、男の人二人に襲われた」
「は」
「あーーいやいやいいってばほんとそんな大したことないの。その時も普通に何ていうかそのー春瀬ちゃんの中学時代に培ってきた超喧嘩パワーが爆裂して?ふつーに返り討ちにしたから!はっはっはっ!」
「………」
「………だから本当に、何もないようなもんなんだってば。ほんとに、気にしてないし。靴箱の件も掃除めんどくせーなってくらいで」
「…………」
「机の中めちゃめちゃにされたのもまぁやっぱり掃除めんどっちーくらい。でもさ、そーゆーの言ったら騒ぎに……今日みたいになるじゃん。皆の時間割いてまで私のこんなの取り上げらるの嫌だしさ」
「………」
「だから大袈裟にする必要なんかないし寧ろ静かに我慢しとけばよかったんだよ、高校生ももう終わりなんだし…………なんで何も言わないわけ」
急に春瀬の語調が強くなる。
「…………もう良い疲れた」
「春瀬」
「ごめん、何か昨日からちょいちょい色々ありすぎてちょっと帰りたいのもう。ごめんね、庇ってくれてありがとう」
「春瀬!」
「だからいいってば!!!!」
どうにか抑えていた心のモヤが今に来て、爆発する。ずっと、昨日からずっと
「自分を卑下するな?興味を持て?どうやって?だってそんな事教えられたことなかったずっとそんな生き方しかした事ない!!」
「、」
「クロに相談しないで進路決めたのも私の事じゃん、それだけでしょ、元々離れるつもりだった。ずっとずっとクロが小さい頃から私の事気にかけてくれるのが申し訳なくて、それでも近くにいたら甘えるから高校卒業したら離れようと思ってた。ずっと思ってた、考えて考えて選んだ自分の進路だからクロに相談しないでも考えは固まってた」
「……」
「だから残りの高校生活精一杯楽しんでそれでさよならしようって決めた。全部もう決めてたから辛くないし悲しくないし、後は違う場所で生きていけばそれでって、なのになんで、なんで怒るの。わかんない」
わかんない、そう言って黒尾の胸を春瀬は押す。離れて、そう言うように。

春瀬の指が黒尾の指に絡め取られる。

なに、と顔を上げれば直ぐ目の前に爛々と光る目をした黒尾の顔があり、気付いた時には


唇を塞がれていた。


「っ、…!」
首を動かしてそらせば直ぐに顎を掴まれ前を向かされる。もう片方の黒尾の手が春瀬の背中に回り身体を密着させるように強く抱き締めそしてまた、口付け。暴れても力で勝てるわけもなくガッチリと動けない身体、それでも春瀬は抵抗した。ベロリと唇が舐められる、頑なに彼女は口を開こうとはしない。顎を掴んでいた黒尾の手が春瀬の耳に移動し優しくなぞる。ピクンと跳ねた彼女の身体と共に洩らした吐息を見逃す事はせず熱い舌がぬるりと春瀬の口内に入ってくる。
「っん、ふ」
黒尾が再度春瀬の指を絡み取り、そのまま壁に縫い付ける。唾液が絡む音が妙にハッキリと聞こえてしまいその恥ずかしさに春瀬は自分の体温がこれ以上ない程まで上がっている気がして身を捩った。それでも状況は変わらない。何度も何度も、時折唇を離したと思えばまた重ねられ、ゾクゾクと身体中を駆け上ってくるなにかに今まで経験した事のない熱を感じた。

ようやく解放されれば、名残惜しさを残す様に透明の糸が互いの唇を繋ぎ、途切れる。肩で息をしながら春瀬は目を見開いて目の前にいる自分の幼馴染≠見た。


「ほんとにわかんねぇの?」


お前が、と苦しげに顔を歪める黒尾。その逞しい両腕が、春瀬の身体を引き寄せ、力強く抱き締めた





「お前が、好きだからだよ」
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