壊れてそして | ナノ
■ 成る程理解しました

うへぇ?
そんな素っ頓狂な声が3-6に響く。何名かの生徒達がその声の方向を見て、あぁ春瀬かと納得した。
先日まで風邪を引いていた彼女は熱も下がって月のものも終了し無事復活、登校していた。ここで完全&怺でない理由は咳のみ未だ続いてるからだという事を付け足しておこう(その為マスクは着用している)
さて、彼女が何故冒頭の声を上げたのかという事に話を戻す。担任である久保と教卓の前で何やら話をしており、春瀬は再度うへぇと奇天烈な声を発した。
「何だお前は。馬鹿の一つ覚えみたいにそんな声出して」
「馬鹿の一つ覚えって酷いよヤーさんでも出したくもなるよヤーさん」
「あぁ?」
「いやいや。何で休んでる内に私が文化祭実行委員になってるのさ」
ペシペシと机に置かれた書類の一枚を春瀬は叩く。その紙には2人の名が記されており、文化祭実行委員:上原香織、副実行委員:貴田春瀬≠ニある。どういう事だと枯れた喉故通常よりも若干低めの声で春瀬は久保に詰め寄った。
「上原はほら、学級委員長もやってて、大人しいし、真面目だろ。」
「お、おお」
「んで、3-6うっせぇ奴等多いだろお前含めて」
「おおん??」
「だから文化祭実行委員にはこのクラスの問題児共に口出しされても動じない奴が1人欲しいなーって思ったわけ」
「……」
「お察し。お前。」
「どんだけぇ〜〜〜」
「また古いネタできたな」
しかし納得いってしまった自分がいるのも事実だと春瀬は溜息をついた。確かにこのクラスの学級委員長、上原香織は大人しい。仲は良いし優しい子なのだが、そう言われてみれば不良達と喋れるようなタイプではない。
「まぁここの連中、心根は悪い奴等ではないからな。上原に何か危害を加えるとかは思わねぇけどお前がいたら心強いだろうなと思ってよ。」
「上原さんに気遣い出来て私に出来ない理由を答えろヤーたん」
「風邪大丈夫か?」
「うっせー!そこじゃねー!」
もういーやぃと地団駄を踏みながら春瀬は自分の席へと戻る。なんだやってくれるのかと久保が愉快そうに尋ねてきた。
「もう決定なんでしょ。頑張りますー」
マスク越しに口を尖らせながら、春瀬は友人達の輪へと入っていく。こういう所がこいつの良い所なんだよなぁと久保はその後ろ姿を見ながらクスリと笑った。


「はぁ?ハルが実行委員?普段脳みそもあんまり実行してない奴が?」
「黒尾鉄朗絶対許さないマンに変身していい?」
「すんまそん」
廊下壁に凭れ掛かりジュゥと紙パックのレモンティーを飲んで不貞腐れた表情を見せる春瀬に、黒尾は肩を震わす。何笑ってんじゃあゴルァと言われれば更に笑いが込み上げくる
「お前が委員長ねぇ〜ぶぶぶ」
「なにさ」
「もうそれだけで面白い。貴田春瀬実行委員長。何たるパワーワード。」
「許さへん、許さへんでぇ」
そう言いながら軽い肩パンをお見舞いすると演技がかった痛がり方を見せる黒尾にコノヤロウと更に腹を立てる。
「まぁそんだけ私を馬鹿にする力が復活してるんならメンタルはリセット出来たようで」
「んあ?……あぁ。リセットというか…まぁ。」
「?」
「…………上を向いて歩こう的な」
「えっ…涙が…?」
「零れないように……?やかましいわ」
「いやいや」
いつも通りコントが出来てるくらいだ、とりあえず立ち直ったのだろうと春瀬はまたストローに口を付ける。一方黒尾の方はというと、立ち直ったというのは少し違うかもしれないがとりあえず彼女を避ける事を止めれたようだ。
「今日早速放課後に文化祭の話し合いあんのよね。黒ぴんとこ実行委員長だれ?」
「お前多分同じクラスになったことない奴だから知らねぇと思うぜ。松平と、……坂木さん」
そういえば坂木さんだと黒尾は一瞬間を空けてそう言った。春瀬とは友人関係でもないだろうし坂木本人もう吹っ切れたと言っていたのだからそこまで気にする必要もないと思うが
(………他クラスの実行委員長と関わりなんてそんなにないか)
なんとなく、本当になんとなくなのだが、春瀬と彼女は合わない気がする。黒尾は坂木の事を嫌いな訳じゃないが、単に春瀬と≠ニ考えたらそう思ったのだ。基本的に貴田春瀬という人間は誰とでも分け隔てなく接する事が出来る奴なのだが、それでも性格の不一致は少なからずあるだろう。そして黒尾は坂木がまさにその少なからず≠ノ含まれる気がしたのである。
「全く分からんなぁ。他クラスで知り合いいるかしら」
「ま、今日の集まりで分かるだろ。ちなみにお前のクラス第一希望何よ」
「お化け屋敷」
「多いなお化け屋敷」
「まじ」
「まじまじ。2組も3組も第一希望だったと思うぜ。それプラス下の学年も絶対いるだろ。まぁ3年優先にしてくれるかもしんねーけど」
「皆人間の怯える顔を無意識下で見たがっているということだね…」
「サイコパスか」
「黒ぴクラスは?」
「三大B級グルメ露店。お好み焼き、たこ焼き、焼き鳥」
「三大B級グルメに何でもんじゃ焼きはないんだーラーメンはどうしたーって批判が起こるかもよガハハ」
「なお三大B級グルメの認識には個人差がありますので御了承下さいってビラ貼っとく」
「個人差がありますて言葉程便利な物ないよねぇ〜」
「ほんとよねぇ〜」
ケタケタ笑いながら、のんびりと2人で会話を交わす。文化祭一緒にまわろーぜ、その黒尾の誘いにウェェ〜と言葉を濁せば頭を叩かれて、また笑った。



「春瀬ちゃん、宜しくね」
「こちらこそ、一緒にがんばろーね。でもこーゆー役目任された事ないからクソ使えなかったらまじすまん」
「何言ってるの春瀬ちゃんがいるの超心強いよ私…!」
「まじか」
そりゃえがったえがったと笑いながら少し後ろ側の席に座る。ゾロゾロ集まってくる人達の中には何名か友人もいて、何でお前がここにいるのかと爆笑された。それなりの人数が集まってきた頃、後ろにいる男子達が小さな声で坂木さんだと色めき立つ声が聞こえる。黒尾と話した時に出てきた名だ、要するに4組の委員長かとその男子達の目線の方向を見てみる。あぁ、と思わず呟いた。サラサラとした黒い髪に色白の肌、キチンとした身なりにパッチリとした瞳。清楚系の可愛い子だ。確か成績も優秀だった気がする。1年生の時から何度か見かけてはいたが、今日漸く名前を知った。その坂木はというと新たに入ってきた教師と何やら話をしており、小さく会釈をして教壇の前に席を移動した。春瀬はその教師の顔を見た瞬間ゲッと苦虫を噛み潰したような表情に変わる。教師の方も彼女がいることに気付くと不愉快を露わにした顔で近付いてきた。
「…………こんにちは」
「まさかとは思うがお前が実行委員なのか?」
「そーです」
「………久保先生も何を考えてるのやら」
鼻で笑われると、それ以上何も言われることもなく顔を逸らされて春瀬から離れていく。隣にいる上原が大丈夫?と気にかけてくれる声が聞こえて、笑ってお礼を述べた。
中学の頃教師が大嫌いだった春瀬は、音駒高校に入学してからは先生というものも捨てたもんじゃないと思えるようになった。それは担任である久保を始め生徒指導の山平や保健医等の存在があったからだ。しかしだからといって教師全員がそういう大人なわけでもなく、今しがた話した樋口という教師は特に春瀬の事を毛嫌いしていた。というより春瀬を含む社会秩序を乱す(と判断されているらしい)生徒にとことん風当たりが強いのだ。だが悲しきかな、教師とのそういう問題に慣れてしまった自分が居る事に苦笑する。
(しっかし樋口が文化祭実行委員の担当教員なんかーやり辛ぇー)
まさか他の担当教員も苦手な奴だったり、と危惧していたが入ってきた面々を見ればそうでもなかったので安堵する。
委員会は時間通り始まった。教卓の前に立っていたのは先程の話題の人物だった
「こんにちは。3-4の坂木と言います。今回、文化祭実行総委員長に任命されました。本番まで頑張って行きましょう。宜しくお願いします!」
パチパチと拍手が起こる。成る程、実行委員長達をまとめる委員長かと春瀬も手を叩く。
(ぶんかさいじっこうそういいんちょーって強そー)
なんてくだらない事を脳内で考えながら。
「ではまず、これからの流れを説明させて頂きます」
配られたプリントを捲る音が教室に響く。ハキハキと説明していく彼女の快活な声はとても聞きやすい。こういう人達が表立って頑張ってくれたおかげで毎年文化祭は成功出来るんだなぁと実感すれば、その役に今度は自分がまわってきた事にやはり違和感を覚えて笑いそうになる。
(まぁ最後だし。頑張ろ。)

「提出して頂いた各クラスの希望出し物を見る限り、お化け屋敷が10クラスありました」
坂木のその言葉に軽くざわめき立つ。音駒は1〜3年にかけて全部で7クラスずつ、要するに21クラスある。その中で10個もお化け屋敷があるんだったら逆に面白くていいんじゃないかと春瀬は思ったがまぁ却下されるだろうから黙っておく。
「10個は多過ぎるので3個に絞ります。ジャンケンでお願いします。高学年は優先にしたいので3年生には少なからず一つ当たるように設定しますので御了承下さい」
こんな大勢の人がいる前で淡々と説明をする彼女に感心する。何と場慣れしていることか。すると隣にいた上原が意気込んで立ち上がった
「春瀬ちゃん!私行ってくる!」
「お、まじかぁ。ふぁいっ」
「うん!……ま、負けたらごめん」
「そん時はしゃーなし」
ガッツポーズをする上原に、手の平を差し出せば笑顔でハイタッチ。教壇前で集まるお化け屋敷希望者代表達の輪の中に入っていった。
「がんばれ上原ちゃーん」



「……………で、私達のクラスは喫茶店という事になりました…」
翌日の、HR。上原が非常に申し訳無さそうな表情でそう述べる。まぁ結果的に言えばジャンケンに負けて、繰上げで第二志望な喫茶店になったのだ。喫茶店希望も中々に多かった為またジャンケンになったのだが、それには意地で勝ったのだから大したものである。春瀬は黒板に決めるべき事を書き連ねていった。
「えーお化け屋敷じゃねーのー」
「うん。皆ごめんね、ジャンケンに負けちゃって…」
落ち込んだ様子の上原にクラスメイト達が「大丈夫だよー」「気にすんな」「まぁしょうがないよね」「喫茶店何出す?」等、早々に切り替えている声が聞こえた。
「俺お化け屋敷じゃないんなら休もっかなー」
しかし全員が全員、そうではなかったらしい。声の主を見れば脱色された髪に、だらしなく制服を着ている男子達だった。はぁと久保が溜息をつく。
「文句言ってんじゃねぇぞ」
「えぇだってよ。やりたい事出来ないんなら参加する意味ねーじゃん」
「喫茶店とか何するわけ」
「ほんっとあんた等ガキ」
「あ?今なんつった三井」
「クソガキって言ったんじゃなぁーい」
文句を言い出す男達に、唯川と三井が頬杖をついて呆れたように対抗する。決まったんならそれに従いなよと続ければ、だからお前達でやればいいじゃん俺はやりたくねぇよと返してくる。まるでジャンケンに負けた上原が悪いかのような言い方である。俯く上原を見て、久保がオイと怒号をあげようとする、が
「うぉいそこの雄うんこ共ぉプップー」
その発言にこのゆるふわ頭はと思わず久保はガクッと肩を下げた
「あぁ?喧嘩売ってんのか春瀬」
「金にならんもんは売らんぞ私は。」
「冷静かよ!」
「そんなにお化け屋敷がいいって言うくらいなら理由でもあんの?」
「あ?……………ある」
「あるんか?!意識高いな!」
「うるせぇな!」
「ゾンビメイクしたーい俺達ゾンビメイクしーたーいー」
「しーたーいー」
「しーたーーいーー」
男子達が口を尖らせてブーブーそう言うと、春瀬はあぁと理解した。
「驚かせたい訳じゃなくてあんたらあれか。単にゾンビになりたいんか」
「!………そう!!そういうことだな!」
「元々ゾンビみたいなツラしてんのに」
「殺すぞ」
これには笑いが起こらざる得ない。三井と唯川なんて膝を叩いて爆笑していた。
「じゃあ仮装喫茶にでもすればいいんじゃない」
「…………仮装、」
「うん。皆がどうか知らんけど、各自なりたいものになって、あんたらはゾンビになればいーじゃん。別に仮装なんてしたくないわ〜って人は広報に回ればいいし……って、感じでどうかなって上原ちゃんがさっき言ってた」
「えっ」
「賛成賛成!!仮装喫茶賛成!!」
上原頭イイなー!なんて頭悪そうな感想を述べる先程の男子達。他のクラスメイトも楽しそうだとざわつき始める。
「あ、えっ、えっとじゃあ私達のクラスは仮装喫茶…で大丈夫ですか?絶対反対の人とかいませんか?」
嫌そうな顔をする人は1人もおらず、最早話を聞かずに何になるかと隣の人と話し出す者まで現れる。これは決まりで良さそうだ。
「じゃあ仮装喫茶店に決定します!」
パラパラと起こる拍手に、上原は心底ホッとする。正直、ジャンケンに負けた時点で何らかの批判が起こりそうな予感がしていたのだ。
「春瀬ぢゃんんん〜〜〜」
「あいつら基本考え方0か100の単細胞だから気にしないでいいと思うでよ〜おーよしよし」
「ありがとねぇぇ〜〜〜うわ〜ん」
「わははは」
そんな光景を見て久保はやはり春瀬をこのポジションにして正解だったと己の判断の正しさを再認識する。
「なー春瀬ー!!ゾンビメイクしてさー!お客さんが入ってきた瞬間襲い掛かるのはありー!?!?」
「客逃げるわ」



放課後。クラスでまとめた事を紙に書き出して、春瀬はそれを提出する為に4組へと足を運んだ。上原は上原でやる事が沢山ありそうだったので、自分が持って行くとその任を担った。提出先は文化祭実行総委員長、坂木の所だ。
4組にはもう殆ど生徒は残っておらず、書類をホチキスで留めている音が響く。端の席に座って作業をしている人物が坂木だという事に直ぐ気付いた。
「こんにちはー6組の貴田です」
「…………あぁ、貴田さん」
声を掛ければ一瞬、坂木は固まった。話した事のない人だと少し緊張もするだろうとは思ったが、それにしては変に顔が強張っている気がする。
(人の顔観察する癖は研磨ぴっぴと一緒やな)
お疲れ様ですーと提出物を彼女に渡すと、ありがとうと微笑まれる。見れば机には沢山の書類があった
「………坂木さん、1人?」
「ううん、今副総委員長の子がお手洗いに行ってるのよ」
「2人か。…私も何か手伝おっか?」
「ふふ、大丈夫だよ」
気にしないでと綺麗な笑みを浮かべられる。無理に出しゃ張るのもアレかと思い、何か手伝う事あったら声掛けてねと言って教室を後にしようとする



「貴田さん、毎朝大変ね」



一歩外に足を踏み出した時、背後から弾んだ声で坂木がそう言った。
毎朝
その単語で思い出す事と言えば、靴箱だ。押しピンから始まり、毎日のように汚されている自分の靴箱。いつの日か人目に付かないようにと早くに登校してからそれを片付け、教室へと足を運ぶのが習慣になっている朝。そして最近、机の中まで荒らされ始めていたりもする
(……………えぇ〜…坂木さん?)
マジかと思ったが、最初に押しピンを靴の中に入れられた日をぼんやり思い出す。肩にぶつかってきた女子は今になって思い返せばこの人の後ろ姿だった気もする。
クスクスと背後で楽しそうに笑うその人に、春瀬は口元を緩ませて振り返った。


「私どうでもいい事ってあまり気にしないのよ。」


じゃあねと手をプラプラ振って、その場を後にする。坂木の表情から笑みが消えていた事に春瀬は気付かなかった。



(と、ゆーことは。バイト帰りに襲ってきた男2人を差し向けたのも坂木さんか)
何も関わりがない人間から恨まれるというのも可笑しな話だが、まぁ世の中そういうものかと春瀬は鼻で笑った。犯人本人が言ってきたという事は、自分がやったとバレる心配をあまりしていないのだろうか。確かに彼女は自分よりも教師受けはいいだろうし信頼されているだろう。春瀬がもし坂木が犯人だと言ったとしても自分の方が優勢になるに決まってる、なんて坂木は思っているのかもしれない。
ふと、春瀬、先生に言いなよ≠ニ心配そうに言ってくれた三井や唯川の言葉を思い出す。
(……どうせ害があるのなんて自分だけだしなぁ)
どうでもいいのだ。残り数ヶ月の学校生活、受験シーズンの学年の空気を乱してまで自分の事を表立たす必要はあるのか?そもそも傷付いても恐れてもいない。ただ、掃除するの面倒くさいなぁなんて思うくらいで。
「……………ていうかまず何で、私?」
教室で荷物を纏めながら己と坂木の関連性を考える。何度も言っているのだがそもそも友人でも何でもなく、今回始めて関わりを持ったのだ。
「…………あ?」
待てよ、と春瀬は口を押さえる。
同じクラスになったことない奴だから知らねぇと思うぜ
そう言ったのは誰だったか。

「…………あぁー」

黒ぴか、と春瀬は苦笑した。
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