壊れてそして | ナノ
■ 不器用なのは誰だろう

「紹介する!こいつが噂のハル!」
「うわさて」
「…………」
あれは確か、俺が小学3年生くらいの頃だったと思う。当時殆ど一人で過ごしていた自分に唯一ちゃんとした友≠ニ呼べる人物、黒尾鉄朗もといクロが突然ハルを俺の家に連れてきた。あまり女の子と話すのが得意ではなかった自分はハルの顔をしっかり見ることが出来ずに俯いてしまって。自分の前髪の隙間から覗き見れば、彼女の優しい目元とパチリと合ってまた慌てて下を向いた。これからは三人で遊ぶぞー!と拳を振り上げていたクロの勢いに少し苦笑しながらよろしくねと声をかけてくれて、咄嗟に何も言えずに己の手を弄りながら恐る恐る顔を上げてみる。
「てことでバレーしに行くぞ研磨!」
「えっ………やだ」
「何で」
「外暑いもん……ゲームしたい」
「ケンコーフリョーになるぞ!俺バレーボール取ってくる!ハルここで待ってて!」
「うん」
ダーッと走って行くクロの姿を見てクスクス笑いながら、ねね、と俺は声をかけられた。
「クロって前からあんな感じ?」
「え………………えと、あんなって……」
「なんか、面倒見がいいっていうか、ちとごーいんというか」
「あ、……あっ……うん。…………そんな感じ。」
「そっかそっか。優しいんだねぇ」
クロの事を優しいと意識したことがなかったせいか顔を顰めて首を傾げてしまえば声を上げて笑われた。私も下の名前で呼んでいい?その言葉におずおずと首を縦に振ると、嬉しそうに名前を呼ばれた。一個しか年が変わらないのに随分と大人びているなというのが、ハルに対しての第一印象だった。



公園でよく、バレーをした。と言ってもクロと二人で何のルールもないやつ。全日本の試合がテレビで放映された翌日、必ずクロは俺とハルを連れて技の真似をしたがった
「俺も早くでっかくなんねーかなー!なぁ日本人って2mいけると思う?俺2m欲しいんだけど!」
「無理でしょ………」
「厚底30pのシューズ履けば?」
「ないでしょ………」
「夢がないな研磨。でもハルの案はないな」
「ないか」
一人時間差ーっ!そう言ってクロが突然ボールを叩いてくる。俺はその時ボーッとしてて、それが近距離にくる頃にやばいという意識がようやく動いて
「ぎゃー!!!」
顔面直撃。ついでにその勢いで転んだ。
「……………」
「わ、悪い!ごめん研磨!ってぎゃー!!」
「クロうるさい……あ、」
「血ぃ出てる!」
転んだ拍子に膝を擦りむいたらしく、見れば砂だらけの自分の膝からジワリと血が滲んできていた。痛い、と呟けばクロが更に慌てた。
「ハル!友のピンチだ!どーする!」
「黒ぴうっせー!ちょっとこのハンカチ水につけてもってこい!」
「う、うぇ〜い」
言われるままにいそいそと水道の所へ走って行くクロを尻目に、ハルは小さなカバンからポーチを出した。
「ばんそーこー持ってて良かったー」
「……いいよ、ほっとけば治るもん。」
「でもばんそーこー貼ったら、なんか痛み引かない?自己暗示ってやつかな」
「………………わかる気がする」
「でしょ?それに私いつもばんそーこーに可愛い絵描いてるんだよー研磨も気にいるはず!」
ジャーン!と目の前に差し出してきてそれを見せてくれた。普通の絆創膏に何やら黒いマジックで絵が描かれている
「……………………タコ?」
「ちがうー」
「…………………タコでしょ」
「犬!!!」
どこからどう見ても犬!と熱弁されたがどこからどう見てもタコだった。クロが水に濡れたハンカチを持って戻ってきて、ハルが膝に着いた砂と血を優しく拭ってくれる。ハンカチ汚れちゃうよ、いいのと聞けば、研磨の膝が大事と返された。仕上げにペタリと犬≠フ絆創膏が貼られると、クロが首を傾げて「なにそれイカ?」と聞いていた。



「孤爪ってさーなんでそんな暗いの」
俺が5年生くらいの頃だっただろうか。授業が終わったある日の放課後、靴箱の所でクロとハルを待っていると、同じクラスメイトであるリーダー的存在の男子が突然そう尋ねてきた。ビックリし過ぎて固まっていると、相手は好奇心を含んだ瞳でズイと顔を近付けてくる。
「今日だってさ、お昼ドッチ誘ったのに断ったじゃん。なんで?なんかすることあったの?」
「え………あ……ううん俺……」
「もっと大きい声で話せよー」
「……………」
苦手だと感じる。元々お喋りは好きな方ではないし、楽しい話題も持ってない。しかしそういうのが得意な人物は、それがさぞ普通に出来る前提で対応してくる。
(自分基準で物を話されても困るんだけど…)
そしてまた、そうハッキリと言えない自分の事も苦手だった。
「………つまんねぇやつ」
もういーよと苛つきが含まれる声色。その通りだ。自分はつまらない。靴を取り出して目の前を通り過ぎる黒いランドセルが外へ走り出して行く。明日から話しかけられないんだろうなと、研磨はその場で座り込んだ。
「けーんま」
名を呼ばれて見上げれば、ランドセルを背負ったハルが手を振りながら近付いて来た。
「ごめんね待たせて」
「ううん…」
「黒ぴのクラスももちょいで終わりそうだったから、一緒に待と」
「うん」
そう言って俺の隣に座ってきて、ハルは今日あった出来事を話し始めた。版画版を彫る彫刻刀を忘れて先生に怒られたこと(3回目らしい)、給食のプリン争奪戦に勝ったこと、体育の時間にリレーをしたこと。ハルは日常的な些細な事でも面白おかしく話すのが上手で、俺はうん、とか、そうなんだ、とかしか言えなかったけど、彼女の話す1日の出来事を聞くのが好きだった。けれどきっとハルは逆で、面白味のない返事を返す自分をさぞ退屈に感じているだろうなって思ってた。
「…………………ねぇハル」
「ん?」
「………俺といるの、つまんなくない?」
先程の言葉を気にしているかしてないかで言えば、している。少なくともその時は自覚していた事を改めて言われて気持ちが少し沈んでいたのは確かだった。自分で問い掛けておいて肯定の返事が返ってきたら暫く立ち直れない気がすると怖くなり、やっぱ今のなしと言おうとしたけど
「???全く」
目を点にして何を言ってるんだこいつと言いたげな表情。え、あ、と俺もしどろもどろになった。だって、俺って何もない、そうポソリと呟くとハルは笑った。
「あるよー」
「……………」
「研磨ぴっぴにお話聞いてもらうの、わたし大好き」
「………何も言わないのに」
「話の腰を折らないでいっつも真剣に聞いてくれる。そゆのね、案外出来ない人もいるんだよー」
「…………俺、」
「ん?」
「………………周りの目、凄い気になる。」
「ほぉ」
「だからあんまり人と話するの好きじゃない。………そーやって誰かと距離作る自分が、…………」
きらい。
何でこうなんだろう、嫌な気持ちが心を包んでいく。図解にすれば黒いモヤモヤが心臓を囲んでいる様だ。口を尖らせて下を向いてれば、ハルが俺の背中を軽く叩いた。
「私も自分の嫌なとこいっぱいあるよ」
「……………ハルに?」
「ある。いっぱい。」
「………………ハルに嫌な所なんてないよ」
「なんでそー思う?私チョーやな奴だよ」
「違うよ。ハルは………イイ奴じゃん」
なんでこんな事言わされてるんだろうかと恥ずかしくなってくる。でも本音だった。それに、いくら本人でも自分の友人の事を否定されるのは何だか、嫌だった。俺は好きなのに。そこで「あ、」って気が付いた。
「多分そーゆーもんだと思うよ」
ハルが笑いながら、俺の顔を覗き込む
「研磨がいくら自分が嫌いだからってさ、私は研磨ぴっぴのこと好きだからなー」
だからそんなこと言わないで!とほっぺをムニョンと抓られれば、終わったー!!とクロが駆け寄ってきた。



クロとハルの中学校入学式、要するに俺は小学6年生。新品の制服を着ている二人の姿を見て、なんとなく嫌な気持ちになった。何で俺は一つ下に生まれたんだろう。
(下校、今日から1人だ)
二人と帰りたい。絶対に言わないけど。いつからかその言葉が口癖になっていた気がする。

相変わらず学校で友達と呼べる人はいない。そういえば、ハルもクロと俺以外あまり誰かとつるまないタイプだった。彼女の場合友人はいる。でも深く関わろうとはしなかった。それを気付かせない程度に距離を取るのが上手だった。人の目ばっかり見てる俺は直ぐに気付いちゃったけど。
先生にさよならの挨拶をして、直ぐに教室を出る。早く中学生になりたいなって思った。1年なんてあっという間よって母さんは言ったけど、365日を短いと思えるわけがない。きっとクロは部活で帰りが遅くなる。ハルだって他の部活を見るに違いない、さっさと家に帰ってクエストの続きをしようと思った。
(……………あれ?)
でも校門を出ると中学の制服を身を包んだ見慣れた人物。長い黒髪をポニーテールに纏めていて、ボケーっと突っ立っている。ハルだ。ビックリして、俺は直ぐに駆け寄った。
「っハル、」
「わ、会えた会えたー。もう帰ってたらどーしよかなーって考えてたとこだよ」
「………どうしたの?部活は?」
「んー」
あんま入る気がしないんだよねーと俺の頭を撫でてくる。やめてよと身動げばごめんごめんと笑われた。
「金曜日は5時間授業で15時半に終わるからさ。その日は一緒に帰ろっぜー」
「…………でも、」
「黒ぴも部活ない日は一緒帰るーって言ってたよ。早く研磨ぴっぴとバレーしたいって叫んでた」
「……………俺、中学部活入るなんて一言も言ってない」
「入るよ研磨は。バレー部。入る入る。」
「なにそれ…」
「予言。がはは」
「…………」
意外だった。部活、入らないのか。ハルは5年生の頃から空手をしていた。少しだけ道場にいる彼女の姿を見た事があったけど、かっこよかったし、何より本人がキラキラしてて楽しそうで。それなのに小学校終わりに突然ぱったりと辞めてしまったのだ。空手嫌になったの?って聞けば、好きだよって困ったように笑っていた。好きなのに辞めるのって続けて聞こうとしたけど、なんとなく駄目な気がしてそこで話は終わった。それでも運動神経の良さは目立ってたからてっきり何か他のスポーツをするのかと思っていたのに。
(でも、嬉しい)
毎日ではなくなったけど、一緒に帰れる日が1週間に1日はある。それだけでその時の俺の気持ちは随分と楽になったのだ。学校も頑張って通おう、週の終わりにハルのお話が聞けるんだから。
そう思っていた。



6年の、小学校生活残り3ヶ月くらいだっただろうか。ハルが来なくなった。というより学校に行くことがあまりなくなったらしい。いつ学校に行くか自分でも分からないから一緒に帰れなくなると、申し訳なさそうに本人が直接そう言ってきた。ごめんねと笑う覇気のないハルのあの姿は今でもハッキリと覚えている。何かあったのって聞きたかったけど、俺は小さく頷いただけだった。
その後クロの家を訪ねてハルに聞けなかった事を聞いた。驚いた事に彼女は向かいのアパートに一人引っ越したのだという。そしてクロにもまた、理由らしき事は話さなかったらしい。
「………何もないわけ、ないのにな。」
平気そうにしていて結構堪えた様子の幼馴染に、俺は黙ってしまった。



近所のおばさん達が、俺の家の前でヒソヒソと何やら話している。どうでもいいがもっと別の所で噂話に花を咲かせて欲しい。そう思って家へ入っていこうとしたけど、その話に出てくる人物の名を聞いて動きを止めてしまった
「黒尾さんの家にいた春瀬ちゃん、髪の毛金色になってたの見た?」
「見た見た。それに学校でも問題ばっか起こしてるんでしょう?喧嘩ばっかだって」
「前までは大人しかったのに……。やっぱり親が二人ともいないせいかしらねぇある意味可哀想だけど……ウチの子とは関わって欲しくないわ」
「そう思っちゃうわよね」
(……金髪?喧嘩?)
何の事だろうと思って陰に隠れてコッソリ聞いていたら急に話し声が止んで、不思議に思って輪になってた場を見てみた。彼女達は気まずそうに会釈し合って自分の家に戻っていたーー話題の主が、来たからだ。黒かった長い髪は金色に染められていて、制服の着方も随分と変わっていて。口の端が切れていて血が滲んでいたけど、どうでも良さそうにカーディガンのポケットに手を突っ込んで歩いてる。その姿を見るのは初めてで俺は凝視してしまい、視線に気付いたのかハルは顔を上げた。その瞬間何故か、自分の家の鍵を急いで開けて中に入ってしまった。逃げて≠オまった。
(どうしよう、どうしよう、ハル、)
勢いよくドアを閉めて、直ぐに襲い掛かってきた後悔の念。
(何で俺、逃げたの、)
何で、と呟いてもその場から動けなくて。ドアは開けれなかった。



中学生になった。少し大きめのサイズの制服は、着られてる感が否めなくて恥ずかしい。きっとこの姿を見れば誰でも新入生だと察する事ができるだろう。そのまま上がってきた生徒、他校から来た顔の知らない生徒等が目をキラキラさせながら浮き足立っていてその雰囲気がとても苦手だった。クラス表を見ると、3組。席は後ろがいいなと思いながらその教室へと向かう
「貴田!!!!!」
その時鼓膜を爆発させる勢いの怒号が廊下に響いて、その場にいた全員が目を見開いて固まった。同時に物凄いスピードで走ってくる金髪の女生徒。その後ろを必死に追いかける生徒指導の教員。
(ハル、)
暫く会話を交わさなかった彼女の姿を、久しぶりに見る。だけど目をギラつかせて苛立っている彼女は自分の知ってるその人じゃないみたいだった。ハルは窓を開けてそのまま飛び出した。ここは三階、下手したら大怪我だ。でもそのまま地上に落ちていくわけではなく、窓の縁に手をかけて一階下にある窓へと身体を滑らせたのが目に入った。周りにいる生徒がすげぇ、人間技?と騒ついてるのが耳に入ってくる。
「今の人2年?」
「貴田春瀬でしょ。何かにーちゃんがヤバイって言ってた」
「何が?」
「喧嘩強いって。あと怖いんだって」
「…まぁさっきの顔も怖かったもんな」
「思った」
(…………優しいよ)
何でそれを言葉に出来ないのって悲しくなって、自分が嫌で嫌でしょうがなくて。チクチクと痛くなる胸を押さえて俺は教室に入った。



休み時間。運悪く廊下で担任に出くわして、頼まれた器材を職員室に運ばなければならなくなった。かなり面倒臭いと嫌な顔を表に出しながら運ぶ。階段を降りる途中で、派手な格好をした男子生徒が通り道を塞ぎ固まって座っていた。何て邪魔なんだろう。というか、何故わざわざこんな所に居るのだろうかと心底疑問に思う。チラッと俺を一瞥するもそこを退く様子はない。しょうがなくもう一個向こうにある階段から降りようと踵を返した
「邪魔っすよ」
振り向けば人がいて、肩を震わせて驚いてしまう。顔を上げれば、呆れたように首をかたむけて見下ろしてるハルがいて。俺は目を瞬かせる
「貴田ちゃんだ。久しぶりじゃん学校来んの」
「ちわ」
「つか邪魔とかヒデーなー」
「いやいや邪魔ですよまじまじ。先輩達たたでさえタッパあんだから一人辺り面積がデカいんだよ?ほい散らばって〜どいて〜」
「面積って久しぶりにきーた」
「勉強してくだぱーい」
「おっぱい?」
「貴田ちゃんの揉ませて〜」
「自分の揉んどけ」
笑顔でシュッと親指を下に向けるハルにゲラゲラと爆笑しながら、言われた通り男子生徒達は散らばっていく。ポカンとその光景を見ていれば、けんまぴっぴ、と自分を呼ぶ声が耳に入る
「久しぶりー」
ーー本当に、こうやって目の前にいるのは久しぶりだった。
うん、久しぶり
そう答えればいいだけの話だったけど、その時俺の脳内は軽くパニックに陥っていた。
(ハルと、どうやって話してたっけ)
何か言いたいけど、分からない。返事をしない俺を不思議に思ったのか、ありゃ?と頓狂な声が聞こえた。
(……………わかんない)
彼女の顔が見れなくて、怖くて=A俺はありがとうとだけ言って階段を駆け下りた。
(怖い?ハルが?)
優しいと知っている癖に。
その後ずっと、話さなかった。その代わり頻繁に彼女のことをクロに聞くようになった。直接話せよと怒られもしたが、それでもその状況を変えることが出来なかった。



「…………元気?」
寒い寒い冬。両手に息を吐いて擦りながら、俺はクロにそう尋ねる。ボールを弄りながら、苦笑いして答える
「主語どこいった。まぁどうせハルんことだろ」
「……………」
「元気だよ」
オーバーハンドでボールを高く上げて、手の中に収める。
「…………やっと。」
「………?」
「……………最近は、俺も会ってなかったよ」
俺が座ってる横にクロも座った。
「マジで、家から出なくなってた。」
「………クロに、会わなかったの?」
「ほんとそれな!?俺がどんだけショックだったと思ってんだ!!」
キーッと金切り声を上げる幼馴染に若干引きながら、その口ぶりかるすると解決はしたんだろう。
「…………でもさ。話さねぇと分かんない事って、いっぱいあるぜ」
シュルリと指先でボールを回して、そう言葉を溢す。それはハルか、クロ自身に対して言ったのか、それとも、
「なにか引っかかってんならくすぶってないで動かなきゃいけねーなって、思った。…なかなか難しいことだけどな」



授業が終わってカバンを背負う。ビュウと廊下の窓から冷たい風が吹き込んできて、閉めようと手をかけた。そしてふと、考える。
(そもそも何で俺はハルを怖いと思ってるんだろ)
ボーッと、外を眺める。
クロが家に連れてきてくれたあの日から、一緒にいる内に着実に心を開いて気付けばよく隣にくっ付いていた。あの緩い空気が落ち着いたからだ。やっぱり見た目が変わったからか、喧嘩をする姿を見たりしたからか。
ーー人間、本質が変わる事はあるのだろうか。
彼女の事を考えれば思い出すのは柔和な笑みで、どの記憶にも怖かった事なんてない。
(怖い≠フは、ハルじゃなくて、)

「孤爪、血出てる」

いつの間に隣にいたのだろう。同じバレー部の仲間が俺の指をさして声をかけてきた。え、とその指した方を見ると乾燥で指の間が切れている
「辛いよなー冬って。保健室行って絆創膏貰ってくれば?」
「…………面倒くさいからいい」
「いや練習きちーだろー」
「………今日休みでしょ。体育館使えないって」
「……まじ?」
どうやら忘れていたらしい。よっしゃぁーっ遊べる!とガッツポーズをしながら、じゃあなと笑って去って行った。喧しいが悪い奴ではない。
(小学校と違って少しだけ、………ほんとに少しだけ、人と話せるようになった)
その事を、伝えたい人がいる

自覚すればジクジクと指が痛くなってくる。どうせもう帰るだけだし家に帰って処置すればいいやと思って靴箱を開けた。のだが、自分の靴の上に何か横になって置かれている物がある事に気付く。一瞬誰かと間違ったと思ったが正真正銘自分の靴箱だ。恐る恐る、それを手に取って確かめてみる
「……………え、」
保湿クリームと、二枚程の絆創膏。ピリと痛む自分の手と交互に見て、誰が、と小さく呟いた。何の気なしに絆創膏を裏返す。そして目を見開いた

普通の絆創膏に、
マジックで描かれた、

走った。柄にもなく走った。先程の会話を聞いてこれを俺の靴箱に置いてくれたんだとしたら、もしかしたらまだ近くを歩いてるのかもしれない。今考えたら間抜けだなと思う、携帯電話の存在がすっかり頭から抜け落ちていたのだから。とにかく走って走って、探して、外はかなり冷えていて口から白い息が出るくらいなのに走れば走るほど体温は上がっていく。マフラーが邪魔で解いてカバンに突っ込んだ。
会ったら、何を言えばいい?
これありがとう
避けてごめん
本当はずっと話したかった
ーーー何から、言えばいい?
鼻の奥がツンとして、ホロリと一つだけ涙が溢れた。泣くぐらいならもっと早く動けば良かったのだ、もっと早くに



「ーーーハル!」

そうして見つけた、後ろ姿。
自分の名を呼ばれビクンと肩を震わせて、目を瞬かせながら振り向いた
「…………え?!研磨ぴっぴ?!」
まさか俺がこんな声量を出すとも思わなかったのだろう、ハルは驚愕というように手で口を押さえていた。とりあえず見つけた事に安心したのかドッと体力消耗を身体全体に感じて、俺はその場でしゃがみ込む。膝に自分の顔を埋めて息を整えた。大丈夫?!とハルが焦って近付いてくる気配を感じる
「あらあらなぁーんでまたこんな息ゼーゼーして。ビックリだよ」
「………」
「てかマフラーは?こんな寒いのにお馬鹿さんか!」
「…………カバン…に…」
「カバンだとぅ?!貸せぃっ」
バッと俺のカバンを奪いマフラーを取り出して、いそいそと俺の首に掛けてくれる。
「……んで、どした?」
ハルの少しだけ気まずそうな声が頭上から振ってくる。そりゃ驚くだろう、ずっと避けられてきた人から追いかけられれば。
「…………」
漸く、呼吸がまともに出来るようになれば今度は焦りが出てくる。追いかけてきたはいいけど何を伝えればいいのだ。そもそも自分は話すのが苦手で、自分の気持ちを言うなんてハードルが高いにも程がある。だけど、今言わなきゃもうずっとこのままな気がする
「………俺、」
なんか、涙出てきた。カッコ悪い、恥ずかしい。絶対顔は上げない
「俺、………………変化が怖い」
「………」
(そう、だ)
怖いのはハルじゃなくて、変化だった。
「昔から、クラス替えとか、大嫌いだった。また新しく、が凄い……嫌で。周りの目ばっか気にして、」
「ふふ、知ってる」
「うん、そう。………ハル達が中学に上がって、……凄い置いてかれた気分になった。どうせ俺と、クロとハルとの関係も変わるんだって」
環境が変化すれば人の思いも変わる。そう察したのは一体いつの頃だっただろうか
「誰が何を考えてるのかとか、今この人、ホントは笑ってないんだろうなとか、観察し過ぎて」
もっと楽に生きたいって何度も思う。人の気持ちを考えて話すのが良しとされても、人の気持ちを考え過ぎて話そうともしないのは駄目なことだろう
「ハルが………変わった時、髪の毛とか、喧嘩して傷だらけになってたりとか、すごい………先生の前とかで、冷たい顔するようになって」
「………うん」
「分かんなくなって」
もしかしたらもう、俺のこともどうでも良くなったのかもしれないって。
「だから階段で話し掛けてくれた時、すごく、混乱した。……もうハルは違う人で、今まで通りの話し方じゃなくて、とか」
「……ごめんね」
「ちがう……謝って欲しいわけじゃない…」
他者と関わる事をこんなに重く受け止めてしまう自分が嫌だった。人の顔色を伺う自分が嫌だった。
「……………」
ハルは、覚えているだろうか。小学校5年生の時、あの靴箱で、俺に言ってくれた言葉。あれにどれだけ救われたか。知らないだろう。俺だけしか、知らない。
鼻をすすって直ぐに咳をして誤魔化す。泣くのなんていつぶりだろうか、お前試合に負けても涙なんか流さない癖にってクロに怒られる気がした。

「………………ハルの話、聞きたい」

本人にも誰にも言った事はなかったけど、お姉ちゃんがいるってきっとこんな感じだろうなって思ってた。クロが前にいたら、俺は真ん中にいて、ハルはいつも後ろから見てくれた。たまに俺が落ち込んでたら、気が済むまで一緒に居てくれた。
「俺、このままは、無理。」
大事だった。絶対に言ってやらないけど。クロもハルも、俺にとって本当に大きい存在だった。絶対に、絶対に言わないけど。
膝に顔を埋めながら、疲れて、もうそれ以上何も言う気がなくなった。俺にしては珍しいくらい饒舌だったと思う。
急に温かい腕が回ってきて気付けばハルもしゃがんでて、俺の事を抱き締めていた。
「……なんもいえねぇー!」
「……………」
「うそうそ。でもホントに、……はぁ」
ごめんねと、声が聞こえる。だから謝って欲しいわけではない、そう意思表示するかのように溜息を吐けばクスクス笑われる
「大馬鹿野郎だなぁ」
「………俺の事?」
「違う私…………いや、私と研磨二人ともだね」
馬鹿コンビ結成やと言われて間髪入れずに解散しようと返せば早いな?!と爆笑された。
(…………何も変わってない)
自然と口元が緩む。言う通り、やっぱり馬鹿だ。もっと早くに話せば良かったのだ。
「……明日からちゃんと学校行くことにしたよ」
「………ほんと?」
「うん」
「…………そう」
「てことで私の今日までの話、すげー長いしすげー面白くないけど、」
聞いてくれる?
ギュウと抱き締める力が強くなって、その手が少し震えてるのに気付いて、

(いつだって、俺はハルの話を聞きたいよ)

そう答える代わりに、ハルの袖をギュッと握った。






「………カッターで指切った。ハル、絆創膏もってる?」
「げ、ちゃんと傷口洗った?」
「うん」
「よしよし授けよう」
「?春瀬さん、これ何が描かれてるんですか?タコですか?」
「馬鹿かリエーフ!これはイカだろ!ですよね貴田先輩っ」
「犬だよ」
「「犬?!?!」」
「コロス」
「よく分かりましたね研磨さん…!!」
「どう見てもタコだよね」
「え」
「研磨ぴっぴ絆創膏返しな」
「やだ」
「お、画伯ハルさんなー。これイカだよな」
「タコだよ!じゃねえよ犬だよ!」
「本人が間違った!!」
「研磨さんがめっちゃ笑ってる……!」





(幸せになって欲しいって、)
(思うんだよ)

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