壊れてそして | ナノ
■ 容量が無くなりそうです

「研磨さん研磨さん、」
「………なに」
「今日黒尾さん機嫌悪くないですか?」
「リエーフそういうの気付けるタイプなんだね。」
「どういうことですか?!」
夏休みを終えて登校日初日。学校が始まり未だ休みモードが抜けない学生等がいる一方で、毎日のように体育館で部活だった男子バレー部はいつもと変わらず練習をしていた。基礎練、スパイク練、サーブ練、日々行っているメニューをこなしていく。そんな中で一際凄まじい雰囲気を放つ男がいた。主将である。
(………あれは機嫌が悪い、というか)
バレー部の中で一番彼と付き合いの長い研磨は、リエーフに耳打ちされた後横目でその話題の主を見た。八つ当たりをしたり声を荒げる事はないのだが妙に、ピリピリしている。他の思考を一切捨て、バレーに全て集中を注いでいるという感じだ。リエーフが気付くくらいだ、他のメンバーも黒尾がいつもと違う事を察しているだろうと研磨は溜息を吐く。
「貴田が今日熱出して帰ったんだよ」
いつの間にか夜久が後ろに立っていて思わず肩をビクリと震わせた。驚かせてごめんと謝られ、首を横に振る。
「ハル、風邪?」
「みたいだぜ。黒尾のやつ昼休みに顔出しにいってからずっとあんな感じ。そりゃ心配するのも分かるけどさぁ」
「……………」
別に春瀬が体調を崩す事なんてそこまで珍しい事でもない。頻繁にある訳でもないが、それでも今まで人並みには風邪を引いて学校を休んだ事はあったはずだ。その度に黒尾も心配はしていたものの(勿論研磨自身も)、それが理由であんな状態になった事はなかった。
(………昼休み、何かあったのかな)
幼馴染の勘というやつか。しかしピンときたからといってそれを尋ねようとは思わない、面倒臭い。それが孤爪研磨である。


帰り道。いつものように部員達と一緒に帰路を辿り、途中で分かれる。家が近所の黒尾とはルートが全く同じな為何も言わずともお互い行動を共にする。帰宅中も話す事があれば話す、なければ話さない。この何の気兼ねもない関係はとても楽だった。ゲームに没頭しながら歩いているとよく人にぶつかって黒尾に怒られた事があった為、それ以降人通りの多い所では黒尾の少し後ろを歩いて彼を盾にしながらプレイしていた。注意されても辞めない事にまた怒られたが、帰り道の楽しみを取られるなんて堪ったものではないと研磨も抵抗し、最近では黒尾が折れていた。ボタンを連打しながらチラリと黒尾の顔を見てみる。無表情。何を考えているか読み取れない。まぁいいやとそのままゲームを続けていれば、あっという間に家の目の前にいた。画面から目を離すことはなく、じゃあ明日ねと片手でヒラヒラ手を振って黒尾と別れた

はずだった。

「……………は?」
鍵をまわしてドアを開ければ、お邪魔しまーすと黒尾が研磨の横を通り過ぎて彼より先に彼の家に入っていった。そのまま靴を脱ぎ出す黒尾にポカンと突っ立ってしまう。
「こんばんは鉄朗君。今日お泊りなのよね?連絡来てたわよ〜」
「こんばんはっス。泊まっていいすか?」
「いいに決まってるじゃない」
「いや良くないでしょ」
「あらどうしてよ」
「どうしてなのよ研磨君」
「きも…」
どう考えてもおかしいと嫌な顔を隠す事なく表情に出せば指されてケタケタ笑われたのでその指を叩いてやる。しかしそんな行動も虚しく、黒尾は靴をキチンと並べてからおばさん夕飯の準備手伝うよと研磨母の隣に立っていた。その行儀の良さが妙に腹立たしくて、研磨も靴を脱いだ後揃えて並べ、ついでに黒尾の靴を左右逆にしておいた。


汗臭かった身体を洗い流して夕飯の豚カツを食べ終えれば食後のデザートにケーキが出てきた。黒尾が孤爪家に泊りに来る時は必ずと言って良いほどケーキを買ってくる。研磨にとって唯一有難いと思うポイントだ。後片付けをしてテレビを少し見た後、二人は階段をのぼった。自分の部屋のドアを開けて、研磨はしょうがないと重い口を開いた。
「で。何かあったわけ」
そう言うや否や黒尾は研磨の部屋にズカズカと入っていき奇声を上げてベッドにダイブした。予想外過ぎる行動に研磨も思わずひぃっと声を上げる
「なに……ほんとになんなの……」
「あーーーーーいーーーーうえおーーーやらかした俺イズ馬鹿野郎ほんとにやらかしたあーーいうえおーー」
「馬鹿野郎なのは知ってるしうるさいんだけど。50音言いに来たんだったら自分の家でやって」
「冷た過ぎる」
深いため息をつきながらドアを閉め、クッションを抱き締めて地べたに座る。そしてスマホのゲームアプリを開いた。
「聞いて欲しいの聞かないで欲しいの」
「………………」
「………………」
冷たい態度は取ってはいるものの段々気になってきた自分が腹立たしいと、研磨は心の中で毒づいた。急に黒尾が静かになってゲームの音だけが部屋に響く。まさか寝てないだろうなと見てみれば、真顔で仰向けになった状態で天井を見上げていた。
「………………俺今日さ」
「うん」
「ハルにチューした」
「うん…………………うん?」
ゲームオーバー!と画面からミッション失敗の声が流れる。それに憤ることもなく、研磨は固まった。頭の中で黒尾の言葉を反芻させる。チューとは、キス、接吻、口付け、と関連用語を次々と頭に浮かべていき、ハル、春瀬、貴田春瀬と名を連ねてみる。そして漸くピースがカチリと合った時、研磨は目を見開いて顔を上げた。
「付き合ったの!?」
「うおっビックリした!!お前そんな大きい声出せんのかよ!!」
滅多に出さない大きなボリュームに思わず黒尾も同じ音量で返事を返してしまう。しかしそんな事はどうでもいいと研磨がジッと見つめてくるものだから「あー…」と目を泳がせた。
「……………つきあっては、ない」
「は?」
「そういう反応がくると思ってました」
「……無理矢理とかそういう」
「ちげーわ。ハルが寝てる時にまぁプッツンして、した」
「それもどうかと思う」
「俺もそう思う」
「で、起きたの」
「寝てた」
再度謎の50音を叫びながら、うつ伏せになって枕に顔を埋める。
「でもボクは頑張ったんだ」
「はぁ」
「ピアスつけてやった時も照れた顔が可愛くてヤバかったけどギリ我慢したし祭り行った時も冷静にやめとけ鉄朗と荒ぶらなかった。他にも色々我慢をし続けてきた。すごいぞ俺。よくやった」
「シカトしていい?」
「でも無理じゃね。病人とは言えあんな声出されてあんな顔されて指絡められたらもう無理じゃね。寧ろこれで我慢出来る男っていんの?不能か!」
「……………」
「いやだってハル可愛いじゃん正直チョー可愛いじゃん。見た目だけじゃなくて中身も可愛い。可愛過ぎて辛い。なぁ研磨?」
「知らない」
「やーほんと……どんな顔して会えばいいかわかんね…」
深い深い溜め息を吐いて、黒尾は枕から顔を上げる。
「もしかして今日泊りにきたのって…」
「ハルさん今俺ん家来てて、母さんが看てる。」
「逃げてきたんだ」
「そうです」
「チキン」
「グサグサくるわー」
「ヘタレ。凶悪目付き。鶏のトサカ。」
枕が投げられてきてボフッと研磨の顔左半分に当たる。八つ当たりしないでよねと口を尖らせれば後半ほぼ文句だったろと睨まれた。
「もう限界でしょ。春高終わってからなんて変な意地張らないで言えば」
「これでフラれたら絶対練習手に付かなくなる気がする。フラれても諦めるつもり毛頭ないけど絶対凹む。」
「何でフラれる前提なの」
「プラスを前提にして結果がマイナスになるよりかはマシだろ」
黒尾が上体を起こして、ハァーと頭を掻く。どうでもいいけど、と研磨がピコピコとゲーム音を鳴らしながら口を開いた。
「クロに避けられてるってハルが勘付く前に帰ってあげなよ。もしかしたら今風邪に苦しみながら一人で悩んでるかもよ」
「ぐっ」
「勝手にキスしといて勝手に焦って勝手に避けるとかいくらなんでもハルが可哀想」
「ぐう正論だけどお前ほんと俺に辛辣よね」
「………クロだから言ってやってるの」
研磨がポソリと発した言葉に、黒尾は目を見開く。
「……………デレですか研磨クン」
「早く帰れ」
「………………うぃっす」
何やかんや話を聞いてくれてハッキリと意見を突き刺してくるこの幼馴染に黒尾は感謝する。今度何か奢るわと礼を言えば、アップルパイとすかさず要望が返ってきた。
「あの穴場のやつ」
「穴場?」
「…………今度教えるからそこのアップルパイ奢って」
「?おお。了解」
その場所が話題の中心人物である春瀬から教えてもらった店だということは、秘密にしておいた。あの時、彼女がわざわざ自分に教えてくれた事が研磨は素直に嬉しかったからだ。
(どうせクロとハルが付き合い始めたら二人の秘密が増えていくんだろうし。)
そう思って直ぐ、己が二人にヤキモチを焼いてるようで癪に触ったので思考を切り替えた。じゃさよーならと適当に黒尾を部屋から追い出せばグシャグシャに髪をかき混ぜられて、ありがとなと微笑まれる。トン、トン、と階段を降りる音が小さくなっていく。下で黒尾と研磨の母が言葉を交わしているのが微かに聞こえた。
(……卒業したら、段々二人と話す機会も減っちゃうのかな)
別にいいけど、と小さく呟いて黒尾が居なくなったベットに横になる。時計を見てみればもう直ぐで23時。歯磨きでもして、もう寝ようと決めた。

急に階段を駆け上がる音が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。
「おい研磨」
「…………なに」
「お前俺の靴左右逆にしたな?」
「あ。」
「普通に気付かんで履いたわ。履き心地クソ悪ぃな思って足元見たら両足ガニ股なっててビックリしたわ。」
「ふっ」
研磨は吹き出した。


研磨母に挨拶をしてすぐ近所である我が家へ帰宅すれば、もう既に消灯していることに苦笑いした。まだ23時だぞと引き攣ったが、両親の仕事が早朝出勤な事が多い為この光景は珍しくも何ともない。とりあえず大きな音を立てないよう静かに靴を脱いでゆっくり廊下を踏み締める。春瀬は恐らく客間に布団を敷いてそこで寝ているだろうと予想する。とりあえず水でも飲もうとキッチンへ向かった。
「うお」
「わ」
寝ていると思っていた彼女は、冷蔵庫の前でボーッと立っていた。額には冷えピタシート、顎に引っ掛けられたマスク、手に持っているのはコップで、同じく水分を取ろうとしていたようだ。
「黒ぴ、研磨製石器の家でお泊りじゃなかったの?」
「その呼び方止めて差し上げろ。……ちょっと話すことあっただけ。泊りじゃねーよ」
俺が入れるとコップを受け取って、黒尾は水を、春瀬のコップにはポカリスウェットを注いだ。ほいと手渡せば春瀬は鼻をズビズビさせながら有難うと受け取った。
「…………ハスキーボイスになってんなぁ」
「がっはっはっセクシー路線に変更しか」
「…………」
「つっこめ」
ノリ悪いな〜とブーブーしながらポカリを口に含む。飲み込む時少し苦しそうな顔をする様から見て、きっと喉が痛いのだろう。
「ハル客間で寝てんの?」
「うん。最初は普通に私ん家で寝てたんだけどせんせーが連絡してくれたみたいで、黒ぴママがお迎えにきてくれた。………有難いよ」
熱も大分下がったしと続ける春瀬の表情を見て、黒尾は少し沈黙した後口を開く。
「頼る、イコール迷惑じゃないんだからな」
「……………ぶひ」
「ぶひぶひ。ほれ、戻って寝ろ」
ポンと優しく背中を叩き、なるべく自然に振る舞ったつもりで黒尾も部屋に戻ろうとする。しかしその彼を見ていた春瀬が首を傾げた
「……なんか今日、元気ない?」
こういう時に限って何故目敏いんだと黒尾は白目を剥きそうになる。いや別にと返してみるが、クンッとシャツの裾を握られストップ温暖化!と意味不明な呼び声で止められた。この瞬間「はい謎〜〜好き〜〜〜」と心の中で叫んでいたりもする。
「ベリー視線スイミングよ。これは黒ぴに何かあったとディテクティブハルさんは推理してる」
「何でちょこちょこ英語挟む?何でもない。あいむべりーはぴー」
「いっつらぁい、いっつらぁい」
「嘘じゃねーよ」
補足しておくがここまでの会話は全て小声で行われていたりする。一応二人とも、寝ている黒尾父母を起こさないように配慮はしているようだ。
「その髪型似合ってるよ?大丈夫だよ?」
「きっとそうやってネタにされ続けたら凄く悩んじゃうと思います」
「目付き?一重を生かすアイメイクがあるよ?」
「しません。俺はこのクールアイズと共に生きていきます」
「………冗談抜きに、本当に何もない?」
だから、と振り返って否定をしようとするが春瀬の顔を見てウッと息詰まる。心配そうにこちらを覗いてくる目が今の黒尾にはとても毒だ。
「………………」
言ってしまおうか、一瞬そんな誘惑が頭を過った。直ぐにそれは泡となって消えていったがそれでも春瀬から視線を外す事が出来ずにいた。
(…………好きだわ)
何かもう全部、好きだ。ハァと小さく溜め息を吐いて、後ろ首をボリボリ掻く。
「………春瀬、」
「うお。え、はい」
「抱き締めていい?」
「えやだ」
「なんで」
「そういう事前申告制は大変恥ずかしくて」
「問答無用ならオッケーてことか」
「いや、」
グイッと引っ張り半ば無理矢理春瀬を腕の中へ閉じ込める。少し間をあけた後離して、春瀬の口にいそいそとマスクをかけてからまた引き寄せる。
「なに」
「(キス予防)風邪予防」
「あぁ移るとあかんからね…ってこのゼロ距離も割と危ないと思うのだけれど……」
いつもよりも体温が少し高い彼女の身体をギュッと抱き締める。恐る恐る春瀬が黒尾の背中に手を伸ばして、ゆっくりとあやすように叩いた。
「どうしたの」
「…………ん、なんか。部活。」
「そっか。お疲れ黒ぴ?」
「ん」
大嘘だ。原因は今目の前にいる彼女だというのに。でも何かあって元気を無くしていたり、落ち込んでいるのかと気付けば無条件でこうして受け入れてくれるのは昔から変わらない。昔から
(好きだ)
目を閉じて、じわりじわりと湧き上がってくる熱情をどうにか抑える。この先こいつ以外の人を好きになる事なんてないんだろうなぁ、俺って一途と口元を緩めた。
「………クロ、これいつまで?」
「メンタルリセーット!って俺が叫んだら終わり。」
「それお正月のアレじゃん」
「せやで」


ーーーいっしょに、いたいのに


保健室で溢した彼女の言葉が、ずっと頭から離れずにいる。
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