壊れてそして | ナノ
■ 夜久衛輔との出会い

「なんて読むの?」

音駒高校に合格した俺は入学式も無事終えて初顔合わせのクラスに少しドキドキしながら、着慣れない制服のネクタイを緩めていた。1-4。浮き足立つクラスメイト達。その中でも異様に目立っていたそいつは俺の隣の席で、長い金髪を机に散らばせ伏せていて。初登校早々、もしかして体調でも悪いのだろうかと少し心配になったが、わざわざ起こすのは野暮だろうと大人しく先生が教室に来るのを待っていた。からの、冒頭の言葉だ。
「…………え?」
「漢字」
いつの間に起きていたのか、伏せた状態のまま首はこちらを向いていてチョイチョイと俺の机を指してくる。その指された位置を目で追ってみれば、右端右上に貼られている出席番号と名前。
「よー……よー…よるひさえいすけ?」
「すけしか合ってない。やく。やくもりすけ」
「やくもりすけ」
「おう」
やくって読むんだーすげぇすげぇと本当に感心しているのかしていないのかよく分からないような賛辞を貰う。そしてその金髪女子は、漸く上体を起こして腕を上げ伸びをした。垂れた目を長い睫毛が囲んでいて全体的に細い。美人に分類されるようなタイプだろう。しかし髪色を含め制服の着方といい色々と派手目であることも確かだ。
「え、なになに私の名前が知りたいだって?」
「いや聞いてないけど」
「つれない。貴田春瀬ちゃんです」
「貴田ね。よろしくな」
「よろしく」
何だか随分緩い奴が隣になったものだと、とりあえず初めて会話を交わしたクラスメイトの名前を暗記した。

貴田春瀬と名乗ったその女子は、見た目と違わず問題児であるらしかった。よく生徒指導室に連行されていたり、遅刻常習犯だったりと何かと注目されがちな生徒。でも悪いことをするわけではなかったし、実際会話を交わしてみるとただなアホなことが分かった。
「でも成績はたまにめちゃくちゃ良いのがムカつくからグーパンしてぇ〜」
「はっはっ過激派だねやくもり君」
俺はというと、友達はすぐ出来た。元来人見知りなわけでもなかった為、孤立するという心配は自分でいうのもアレだがあまりなかった。一方貴田は、別に友達がいないという訳ではないが基本的にはいつも一人。時が経てば自然といくつか気の合う同士の女子グループが形成されていくものだが、不思議とこいつはその中には入っていかず席に座って外を見ながらポケッとしているタイプだった。クラスの奴等とも普通に話をして笑うし、別に孤立しているという訳でもない。でも基本的には一人でいるのが好きなようだ。そして俺にとっては、ぶっちゃっけ女子の中では一番楽に話せる奴だった。恋バナや噂話に花を咲かせる女子特有のあの感じが全くなくて、それが結構合っていた。
「そいや、やくぴーバレー部だっけか?」
「おー」
「じゃあ黒ぴと一緒やね」
「黒ぴ?………黒尾?」
「そ、身長高い奴。幼馴染なの〜……って、ごめん身長の話しちゃった!やっくんの地雷なのに!!」
「シャーペンで目ぇ刺すぞ」
「おお怖」
俺のコンプレックスである身長を弄ってくる貴田との身長差は僅かピーーー、センチ(敢えて伏せておく)。きっとまだ成長期の段階だと祈るように呟けば、ウンウンそうだねやっくんそうだねと生暖かい瞳で見つめられ肩を優しく叩かれたものだから、シャーペンとまではいかずとも肩に置かれた手に爪を立て刺した。ぎょえっと女らしさの欠片もない声が上がった。


「夜久のクラスに貴田春瀬っているだろ」
「…………お前と幼馴染の?」
「え、当たり。なんで知ってんの」
「まさに今日同じことを貴田にも聞かれた」
「まじ」
同じ日に両側から尋ねられるとは思わなかったと言えば、ほんとソーネと嬉しそうに口元を緩ませる。
「なにニヤニヤしてんだよきもいなっ」
「酷いですね。あいつあったま緩いだろ」
「緩い。でも脳みそスッカラカンと思えばたまにテスト高得点叩き出してくるのが腹立つ」
「わからんでもない。ハルさんクラス馴染んでるか?」
「あー………普通に友達はいると思うけど。愛想良いし。でも割と一人でいるな、つか一人が好きっぽい」
「ふぅん」
さして驚いた様子もない辺り、昔からあんな感じなのかと聞いてみる。
「たまに集まったりたまに一人になれたりって交互に出来る関係がベストって本人は言ってたぜ。でも女子ってそれ割と不可能に近いだろ。」
「確かに。……あぁ、だから最初から一人でぽけっとしてんの?」
「だと思う。でもハルさん、夜久と話すんのは楽しいつってたぜ。」
「おぉそれは素直に嬉しい」
「好きになるのは禁止な」
「……………お?」
突然の禁止事項に思わず黒尾の顔を見ると、ニヤリと笑みを浮かべられる。その言葉が意味することは、つまり、
「………お前貴田のこと好きなの?」
「そうなんです」
「…………付き合って、」
「ないでーす」
「告白するとか」
「しませーん」
「意味わかんねぇ」
していないならまだしも、しませんとはどういうことか。そう聞いてみれば、今はまだしないと返される。
「色々あるのよ」
「ビシッと言っちゃえばいいんじゃねーの」
「ビシッと言えない理由があるんデス」
「ふーん。ま、ボチボチ頑張れ」
「うぇーい」
この時はまだ貴田と黒尾があそこまで仲が良いなんて知らなかった為付き合ってないと聞いてもそこまで驚かなかったのだが、実際二人が話してるところを目の当たりにするといや逆にこれで何で付き合わねぇんだこいつらと心底疑問に思ったものだ。今でも思っている。


試合に負けた。
俺達は一年生で殆どが控え選手。ギャラリーやベンチから応援するメンバーも多かった、俺もその一人。正直言って俺や黒尾、海の方が先輩よりも実力とやる気はあると思う。そう思ってしまうほどには、上の代は控え目に言っても酷かった。俺ならああした、俺達ならこう出来た、そんなフラストレーションを抱えながら先輩達の試合を見つめていた。そして音駒高校は絶対勝てたその日の試合に、負けたのだ。
翌日登校した時、何とも言えないやるせなさがモヤモヤと腹の中に溜まっており無意識の内に話しかけるなオーラを出してしまっていたようで、クラスメイトは気を遣って話しかけてこなかった。貴田は違ったが。
「やくぴ、試合お疲れちゃん」
いつもより少し早めに登校してきた貴田はカバンを机に置いて椅子を引く。さんきゅ、と一言だけ返す。
「今年のおっきい大会はこれで終わりなんだっけ」
「……………おお」
「そかそか。次はいつあるの?」
「関係ないだろ」
言った瞬間直ぐにハッとなる。今自分は何と口にしたのか、こんなの唯の八つ当たりだ。貴田の方を見れば俯いており、俺は慌てて肩を掴んだ。
「悪い!」
「えっ何が」
「えっ」
「えっ」
顔を上げればキョトンとされ、手の中にあったのはスマホ。俯いていたのは落ち込んでいた訳ではなくアプリゲームをしていたようである。
「いや、俺今感じ凄い悪かっただろ」
「…………どれ?」
「関係ないだろとか冷たいこと言ったじゃん」
「あぁ」
そのことか〜と貴田はケタケタ笑いながら俺の背中を叩く。
「やっくん律儀ねぇ〜。でもその通りホントに関係ないじゃん私に」
「律儀どーのこーのじゃなくて、言い方悪かった。ごめん」
「別に、疲れてんだなーってしか思ってなかったのに。」
カバンをごそごそ探って、食べる?と小さなカップケーキが数個入っている袋を差し出す。食う、と一つ貰えばバニラの香りがして優しい味がする。どこで買った奴だろうか。あぁでも、と貴田が言う。
「それは別にいいんだけど、許さんことが一つある」
「なに」
「さっきやくぴが私の肩叩いたからビックリしてゲームオーバーになったんだよね。最高記録更新中だったのに。謝れ」
「謝らん」


1年生も後半を迎えた頃、俺のクラスにいる三井と唯川という二人の派手な女子に、あらぬ噂が立っていた。彼女達が援助交際、男と遊びまくっているという噂だ。入学当初からこの二人は壁を作っていて誰とも関わろうとはしてこなかった為、必要最低限の事しか話したことがなかった。だから俺はどういう人物なのか知らなかったし、正直その噂を耳にした時はあまり意外だとも思わなかったクチだった。
昼休み。数名のクラスメイトが教室にいる中で、端で明るい染髪にピアスやらアクセサリーをチャラチャラ身につけている男子達が固まって笑い声を上げていた。そいつらの声のボリュームは話している内容が嫌でも耳に入ってくるほど大きくて、下品な話ばかりでよくもまぁそんな話が出来るものだと呆れていた。そしてついには例の噂についても触れていて、おっさんに金貰ってまでやるのか、見たまんまだ、気持ち悪いと不快感を露わにしながらどんどん言葉を並べていく。その時、怒号が教室に響いた。渦中の二人の内の、一人。彼女は男子達の所まで早足で向かい、バンと机を叩いて声を荒げた。
「ありもしない話勝手にしてんじゃねえよ!!」
「はぁ?」
途端眉間に皺を寄せ、男が席を立つ。もう一人のギャルも嫌そうな顔をしながらその席に近付いてきた。
「してんじゃねえの?股緩そうじゃん」
「してないし。そっちこそ汚い顔して下ネタばっか喋ってるともっと汚い顔になるんじゃない」
「調子乗ってんじゃねぇぞブス。言っとくけどお前等相手に誰もそんな気少しも起きねーからな」
「そんな噂信じるとかあたし等の見た目で判断してるからでしょ?見た目で何もかも決めれるんなら貴田さんとかも当てはまるんじゃないわけ。身体売ってそうってさ!」
急に騒がしくなった教室で、その騒がしさの火種達は興奮して自分が思い付く限りの言葉をただ吐いているように見えた。そしてまさか己の友人の名前が飛び出してくるとはと驚きと同時に怒りも湧いてきて、俺は声を上げようとする。しかし
「おはようございます、っつって。もう昼だぜーっつって」
12時過ぎに登校という社長出勤を仕出かした貴田がドアを開けて入ってくる。タイミングが良いのか悪いのか、思わず男達もギャル達も、というかむしろクラス全員が動きを止めて貴田を見つめた。その只ならぬ様子に目を見開いて「なに?!」と貴田は焦る。
「何これ珍百景やくぴこれどういう状況」
「………」
俺に聞くのかと頭を抱えたくなるが、周りは誰も話そうとはせず俺をちらちら見てくる。勘弁してくれと叫びたくなるのを抑え、今しがた行われていた会話をぼそぼそと説明すると貴田がえぇ!!と声を上げた。
「私処女なんだけど!!!」
「馬鹿か!!!」
大声でそんなカミングアウトをしてきたこいつに、思わず間髪入れず頭を引っ叩いた俺を誰も非難しない筈だ。言った本人さえもヤベェと口を押さえていた。ざわつく教室に貴田はオイオイと手をプラプラさせた。
「なんだなんだこのクラスは私がとうの昔にヴァージンを」
「もっぺん叩かれたいかお前は!!」
「………ヴァッ、ヴァージニア州をだな」
それでどう修正していくつもりだとツッコミたいが最早胃が痛くなってきて、俺は深い溜息をつく。ごめんごめんと苦笑して、貴田はカーディガンのポケットに手を突っ込んでノロノロとその火種に声をかける。
「そこのお二人さんホントに援助交際してるの?」
「してないって言ってんじゃん」
「してないらしーよ」
「………それそのまま信じろっつーのか」
「じゃああんた等が信じた根拠は何なのだい」
「………」
「見た目だよ見た目。証拠何もなしにあたし等のこと勝手にビッチ扱いしてるだけでしょ。」
「見た目か。でも見た目は割としゃーなくね」
「………喧嘩売ってんのあんた」
あいつはあの状況を悪化させる為に話をしにいったのかと心配になってくる。でも貴田はケロリとした表情で続けた。
「人は見た目が9割っていうじゃん。私もよく勝手なイメージつけられるし。今みたいにヴァ、…ヴァージニア州をこう……渡りきってないのに渡りきったみたいな扱いされてさ……やば、オブラートに包むのうま。」
「……………」
「この空気つら。……でも私は見た目と違って歌も絵も下手なんですよ。ほら意外性」
「別に」
「えぇ」
「……結局何が言いたいわけ?」
「見た目で判断するのを一段階目としたら二段階目の中身を知ることも大事だよって話」
男達が小馬鹿にしたように鼻で笑う。説教でも始めるのかと彼女から視線を外す。
「説教とかじゃなくて一意見だよ良いとこ探した方が絶対楽しいって。………えっと名前なんでしたっけ」
「……三井だけど」
「三井さん。この前外国人の方にめっちゃ頑張って道教えてたでしょ」
「え」
「横断歩道の向こう側にいてたまたま見かけたんだけどさ。その外国人のイケメン困った感じでキョロキョロしてたじゃん。皆話しかけられたくなさそうにしてその人避けてたけど、三井さん直ぐ声かけたでしょ。英語話せるの?」
「見てたわけ……話せないけど。ジェスチャーとスマホ地図で頑張った」
「ほらー男子諸君どうよどうよ」
「何がだよ」
「で、ごめんもう一人の貴方は」
「唯川」
「唯川さんは何も知らないから分かんない。がはは」
「ちょっと!何かあると思うじゃん!」
そんで君、と貴田が男を指差す。
「私あんたの第一印象、見た目チャラチャラして強そうに見せてるけど実は根暗なゲームオタクって所だったんだけど」
「第一印象でそこまで掘り下げる?!」
「でもピアノめっちゃ上手いっしょ」
「なっ」
「え、お前そうなの」
「誰もいないとでも思ったか。甘いな、貴田春瀬は音楽室に備品を取りに行った時に貴様が一人で月の光を弾いていたのを目の当たりにしたぞ。ちなみに備品を取りに行ったのは先生によるパシリだよ」
「それは別にいいけどなんだお前ピアノ弾くキャラかよ!」
「〜〜っうるせぇ!」
「ウケる!でも聞きてぇ!」
「弾かねーわ!」
「それは別にいいというこの扱いの酷さ。いいけどさ。まぁでも、素人目からしても凄い綺麗な音色だなーって思ったよ。こんな音出せる人素敵だーってなった。他の奴等は知らん。がはは」
「…………」
完全に貴田のペースである。ギラつかせていた彼等の瞳がみるみるうちに毒気が抜かれていくのが見て取れた。嘘偽りがなく、本当に思った通りの言葉を口にしている、それは誰の目から見てもそうだと分かった。それくらい淡々と、感情を剥き出しにすることなく、貴田は穏やかに話していた。
「援助交際してないんだったらしてないで終わりでええやん。してないんでしょ?」
「……うん」
「で、私もヴァージニア州を渡りきっておりませんので認識を改めて下さい」
「あくまでもそのヴァージニア州使い続けんのね」
「ちょっと気に入ったわ。メンズの君達も変な噂で盛り上がるよりは楽しい噂で盛り上がってよ。春瀬ちゃんはこの制服の下に天使の羽を隠しているとか」
「そんなんでいいのかよ…」
「自分で言ってなんだけど嫌やわ…」
予鈴が鳴る。外で昼食を食べていた生徒達が戻ってきて教室に人が増えていくのを見て、まぁ席に着きましょと三井と唯川の背中を押す。口論を荒げていた火種達は、お互い謝りはしなかったがそれ以上何も言わなかった。三井と唯川が貴田に謝っている姿が見える。じゃあ謝罪金として一人500円払ってくださーいと現実的な金額を冗談めかして要求し、それに対し彼女等の顔にも笑顔が浮かんでいた。そして、登校した時と全く変わらぬ表情で欠伸をしながら俺の隣に戻ってきた。
「……………お前凄いな」
「へっなにが」
「ああいうの沈静できるの、フツー出来ないと思う」
「そうかな。やっくん出来そうだよ」
「自信ないわ」
担当教師がまだ来ない為、クラスは未だにざわついたままだ。二方向からチラチラと貴田を見てくる視線に、本人は全く気付いていない。
「………ろくに中身も知らない癖に外部の情報だけで判断されるのは、確かに耐え切れない時はあるよね」
頬杖をつきながらポツリと貴田がそう呟く。長い髪が邪魔をして表情は見えなかったがその声色はほんの少しだけ悲しさを纏っていた、ような気がした。
「ま、分かって欲しい人にだけ分かって貰えればいいんじゃないかと思いますわ」
俺の方を見て、口元を緩ませる貴田。悲しさなんて微塵も感じられなかったその微笑みに、気のせいだったかと思い直す。
「しかしお前、偶然とは言えよく見てるな人のこと。そしてよく覚えてんな」
「うふふ」
「きも」
「ひどい。あ、私が持ってたやっくんの第一印象と、実際話して感じたやくぴのこと教えてやろーか」
「恥ずっ!……でも聞く」
「第一印象はチビ」
「コロス」
「うそうそ。入学初日に私が伏せてるの見て、体調悪いのかなって心配そーに呟いてくれたでしょ」
「は?………覚えてない。俺そんなこと言ってたの?」
「無意識だったのかね。でもその瞬間何こいつイイ奴って思って、よるひさ君の名前聞いたの」
「懐かしいそれは覚えてる。すけしか合ってなかったよなお前」
「読めんかったわぁ」
「……………で、実際話してどうよ」
「むっふふ」
ニッと笑って、貴田は親指を立てた。

「めっちゃイイ奴!!」
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