壊れてそして | ナノ
■ いつもみたいに笑ってさ

早いもので合宿もあっという間に最終日になった。これまで通り春瀬は早い時間に起きて、朝の用意をする。毎日朝食を提供し選手等と顔を合わせていると、誰が何を食べるのか、だいたいどのくらいの量がいいのかなど分かってくるもので、顔と名前を知っているメンバーでいえば、極端に少食なのは月島と研磨だった。そして席に着けば同じ学校の先輩達にもっと食えと皿におかずを盛り付けられ、こんなに食べきれるわけがないとげっそり嫌な顔を見せる、ここまでがテンプレだ。
食べ終えた皿を無心に洗っている間に、いよいよ最後の練習が始まる。最終日の昼はバーベキューでしめるようなので、普通に昼食を作るよりは用意する時間が短くすぐにその準備は終えることができた。春瀬は後は自分に任せてマネージャー業をしてきて大丈夫だと清水等に伝え、食堂の掃除を始める。箒で机の下等を履いているとここにいるのも今日で終わりかと改めてしみじみとし、あっという間だったなぁとポソリと呟いた。もうここに来ることもないだろうなと思うとほんの少しだけ寂しさを感じるが、きっといつもの日常に戻ればそれはなくなるだろう。ーーひとつだけ、いつもの日常≠ノ戻る事が出来るか心配なことがあるのだが。机を拭いていると、貴田さん、と男性の声が聞こえた。烏野の武田監督だ。この1週間何度か顔を合わせてお世話になった先生の一人である。
「1週間お疲れ様でした!毎日美味しいご飯を有難う御座います」
「こちらこそ色々とサポートして頂き感謝ですー」
「いえいえ、慣れないお仕事大変だったでしょう。ここの片付けを終えたら、体育館のギャラリーで練習試合の観戦でもしてどうぞ休んで下さいね」
それは流石に悪いのでマネージャー業務手伝いますよ、そう言おうとしたがやめた。一度もしたことのない業務を素人が手伝ってもただ邪魔するだけだろうと思ったからだ。武田監督に礼を言った後掃除を終わらせて、お言葉に甘え体育館に向かった。


キュキュッとシューズが床を滑る音、ボールが弾かれる音、色んな音が体育館中にビリビリと響き渡る。上から全体を眺めることが出来るのは何だか少しだけ優越感を感じたりもした。我が高校はどこだと春瀬は探す、そしてすぐに見つかった。考えてみれば金髪に銀髪(その上巨人)、モヒカンという目立つ頭をしている選手が多い故、見つけやすいのは当たり前だ。丁度各校試合が始まったようで、普段のおちゃらけた姿ではない真剣な表情の彼等は、春瀬には素直に魅力的に映った。男子がしか出せることがないであろう腕力で、高速のサーブが繰り出される。それを難なくレシーブ。何度か大会で彼等の試合を見ているのだが、その安定した守備力には毎度のことながら感心する。と、相手の強烈なスパイクに研磨が怪訝な顔をしてブロックを飛んだのが目に見えた。本当は手に当てたくないのだろう。しかしあれは確かに痛そうだと当たった時のことを想像して、思わず自分の手を摩る。そしてまた相手からの強打がくると、それを夜久が気持ちの良い音を立てて拾った。音駒にチャンスボールがきて、研磨がトスを上げて、そして、
(ーーーーーあ、)
黒尾が相手のコートに叩きつけた。
ナイス!そうチームメイトから声をかけられる彼の表情は笑みを携えていて、パンと軽く音を立てて研磨と手をあわせる。春瀬は自分の両手を口の前で合わせて、手すりに肘を置いた。
「いっかーん」
研磨がまたトスを上げる。今度はリエーフが前に出てスパイクを打とうとするが二人のタイミングは合わずそのボールがネットにかかってギリギリ、相手のコートに落ちた。うぉぉラッキー!と声を上げるリエーフに心底嫌そうな顔をする研磨。その表情に愉快気にしつつも、黒尾がプレーの注意をする。そしてまた次にリエーフが打つチャンスが来た時、彼の腕は鞭のようにしなりトスとのタイミングもカチリと綺麗にハマって相手のブロックを打ち抜いた。それだというように、黒尾がリエーフの背中を軽く叩く。大きく息を吐いて、春瀬は呟いた。
「ほんっとに、いかんなぁ」
どうしようと自分以外辺りに誰もいないことを確認して自嘲気味に笑う。1セット目が終わって、監督の元へ集まる選手達。軽いアドバイスを貰った後にそれぞれお互いで何かを話す。監督頼りではなく選手等自身で意見を出し合えるのは素晴らしいことだ。しかしなるべく見ないようにしようとは思いつつも春瀬の目はどうしても、黒尾の方に移ってしまう。その真剣な表情の中にある心底楽しいと感じている様は、昔と何一つ変わってない。
「…………そうだよ」
何一つ、変わってないのだ。

ふと、中学の頃を思い出す。あの黒尾の言葉を貰った後、春瀬は学校に行くようになった。そして残りの中学生活を平和に過ごす為に、心の中では何一つ思ってもいない侘びの言葉を教師等に並べた。春瀬が頭を下げると、彼等は目を潤ませて漸く分かってくれたんだねと彼女の肩を優しく抱いた。チョーウケるわと思ったが、それだけだった。不快感や怒りは、もうあまり感じなかった。その後黒尾にその事を伝えた時、教師等のその態度を聞いて一瞬顔を歪ませたがすぐに笑って、春瀬の髪を優しく撫でた。お前、かっこいいな。そう言って彼は何度も、何度も、撫でてくれた。それはクロでしょと、彼の手の平から伝わる熱に心地良さを感じながら、心の中でそう呟いたのをよく覚えてる。

(昔から。いつだって、クロはかっこいい)

ふと、研磨が顔を上げて僅かに目を見開いた。どうやら春瀬が居ることに気付いたようで、黒尾の肩を叩いてギャラリーの方を指す。笑いながらヒラヒラと手を振ると、二人もまた口元を緩めた。春瀬は小さく息を吐く。そうすると心は少し落ち着いた。
この気持ちに気付いたからと言って、それを告げるつもりは全くなかった。こんな女に好きだと言われても困るわ、ポソリとそう呟く。何もない、いつも通りにすればいい。自分の得意分野ではないか。
黒尾は、小さな頃から春瀬と共に過ごしてきて、いつでも彼女のことを気にかけてくれた。どんなに不安な時でも当たり前のように側に居てくれた。面倒見のいい彼はきっと、自分がハルのことを守らなければいけない、なんて小さな頃から刷り込まれてきたであろうその想いを今でも大事に持ってくれているのだろう。そしてそれは同時に、彼を縛ってしまうものであると春瀬は思っていた。
(いつまでも甘やかされるわけにはいかない)
自分が側にいたらきっと黒尾を縛り続けてしまう、そうしない為にいずれ彼の元を去ろうと決めたのだ。初めて彼の胸に顔を埋めた、あの日に。だからこそ
(だからこそ、好きになっちゃいけなかったはずなのに)
馬鹿みたい、膝の上に置いた手を握る。そもそも自分はずっと、多分ずっと前からーー、
「……………離れなきゃ。」
気付いた時には笛の音が鳴って、試合は音駒の勝利で終わっていた。


「一週間の合宿お疲れ諸君!空腹にこそウマいものは微笑む。ーーー存分に筋肉を修復しなさい」
その言葉を皮切りに、選手等が一斉に肉へと飛び掛る。一週間の疲れを感じさせないその勢いには若干の狂気さえ垣間見える気もするが、肉を口に運ぶ彼等の表情は至極天国といったところだった。それにしてもこうも全員が集まると、殆どの人が高身長なせいか威圧感が凄いと春瀬は谷地が包囲されている姿を見ながらそう思っていた。いや、あれはただあそこにいる人選が厳ついだけか。肉より野菜が食べたくなって、あまり手がつけられてない焼かれたピーマンを皿に盛り付ける。
「貴田さん肉食べないの?」
気付けば梟谷の木葉が春瀬の隣に立っていた。お肉も食べてるよと笑いながらピーマンを齧る。
「自ら進んでこのコーナー食べる奴あんま見ないからさ」
「主役はお肉さんだから野菜コーナーの不人気はしゃーないんじゃないかしら。ところで木葉君ナンパは失敗したの?」
「ゲッ…見てたんスか……」
ヒクリと口を引きつらせる木葉に春瀬はからかうような口調でお疲れ様デースとお辞儀をする。先程木葉ともう一人の梟谷の選手、小見の二人がニヤニヤしながら清水に声をかけようとする姿を目撃していたのだ。しかしそれは山本含む謎の三人衆によって阻まれていた。
「まぁー潔子ちゃんはヤバいよね。あれは私もヤバいと思ったわ。つか思ってるわ今でも」
「結局一回も話すことはなかったけどな…」
「代わりに私がいっぱい話してやったからそう肩を落とすな」
「意味ない…」
木葉はもう春瀬に対しての苦手意識は無くなったようで、むしろ好意的に話しかけてくるようになった。一度殴ってしまった手前関係修復は果たして可能なのだろうかという春瀬の小さな不安は杞憂に終わった。
「でも俺的、貴田さんも可愛いと思う」
顔をニヤつかせながら、木葉が春瀬の顔を覗いてくる。その顔腹立つわーと焼き立てのピーマンを頬に押し付け、ぎゃっと木葉の口が開いた瞬間にポイとそれを放り込んでやる。熱さで涙目になりながら口を押さえ、ゆっくりと咀嚼をし終えて木葉は春瀬からスススと身を引く。
「やっぱり貴田さんコワイ」
「何言ってるのさぁ私は優しいよ〜ほうらコッチニオイデ〜ヤモリのシッポを食べさせてあげよう」
「魔女かよ」
そんな会話をしていると、黒尾がこちらに向かってくるのに木葉は気付いた。やべぇセコムが来たと笑って、じゃあな貴田さんとその場を離れる。春瀬は近付いてくる彼にヒラヒラと手を振った。
「ハルさんなんでこんな端にいんの」
「なんとなく。黒ぴもピーマンどーぞ」
「はいドーモ」
「黒ぴーまんどーぞ」
「俺もそれちょっと思ったけど言い直すな」
二人で並んで食べていると肉も食えよと木葉と同じ事を言われる。思わず吹き出すと俺何か変な事を言ったかと首を傾げられた。
「つかさっき木葉と何話してたんだよ」
「んー?」
「一瞬妙に顔が近くなったように見えましたが」
あぁ、と春瀬が口を尖らせる。
「木葉君がからかってきたんですぅ私悪くないですぅ」
「なんてからかわれたんですかぁ」
「潔子ちゃんの可愛さについて話した後に貴田さんも可愛いぜ〜なんて言ってきたんだよ。嫌味だよ嫌味比べられるレベルじゃないぞぉ。ムカつきしか感じないじゃんかそんなの」
「ほんとだな。殺意を感じるレベルでムカつくな木葉」
「えっそこまでではないかな?」
何手ぇ出そうとしてやがると絶対零度の目つきで木葉の後ろ姿を睨めば彼はブルリと身震いをしていた。ポリポリと相変わらずピーマンを頬張っている春瀬は、ふと思い出したように指を立てた。
「そえば黒たん、やくもん君と海に去年私があげたマカロン手作りって教えたの?」
「あ?あぁ教えた教えた。」
「ブーイングだわー」
「ハルさんはお店のもんと勘違いして食べる二人の様が面白かったと」
「100点満点の回答ですね」
「うぇーい」
「こーなったら来年は逆に市販の物あげて手作りと勘違いさせようかな」
「一体何がお前をそうさせるの」
素直にあげることは出来んのかと呆れられれば手でバッテンを作る。
「つーか懐かしいな、ハル一時期マカロンしか作ってなかったよな」
「それはもう夢に出てくるくらいには何度もあのカラフル悪魔と対戦しましたよ」
「納得いくまで作り続けるところがお前らしーわ」
「だって難しいのは攻略したいじゃん」
野菜をずっと食べ続けていると今度は肉も食べたくなってきたようで、春瀬は向こう側に移動したいと黒尾の方を見る。すると彼は何やら考えながら顎に手を置いて、春瀬をジッと見つめていた。
「……マジ、攻略してぇわ」
「え、マカロンを?今度一緒作る?」
「マカロンじゃなーい」
「じゃあ何を」
「教えなーい」
絶対攻略して自分のもんにするデスヨー、そう言いながら春瀬の額にデコピンをかます。何をするのだと睨めば笑われ、お返しにと黒尾の脛を蹴れば痛いと頬をつままれ、その応酬のし合いを見ていた研磨には何してるのと呆れられた。


彼女が気付いた一つの気持ちと、その自覚がさせたある決意の存在は、誰にも気付かせることはなく


こうして一週間は幕を閉じた。
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