壊れてそして | ナノ
■ 言えない言わない

今日も疲れた、そう呟いて研磨は一人のろのろ歩く。自主練として日向に少しでいいからトスを上げて欲しいとせがまれ、その少し≠ニいう言葉を信じてみたものの「あっこれ少しじゃない」とすぐに察し、そそくさと逃げてきた。渡り廊下を歩いてる途中、腕にチクリと痒みを感じてもう片方の手ですかさずパンッとその部位を叩く。しかし仕留め損ねたようで、目の前をふよふよ飛んでいく蚊。よく見てみればもう既に一箇所血を吸われていたらしく、プクリと丸く膨れている。自覚した瞬間一気にむず痒くなり、研磨は親指の爪をその箇所に立ててバッテンを作った。そうすると少し痒みがおさまる気がした。さっさと風呂に入って部屋で数クエストをクリアしてから寝ようと、ズボンに両手を突っ込み背を丸めて歩く。
(……あ、)
すると黒尾ではない方の彼の幼馴染が、タオルを頭に被せて自動販売機横のベンチに座っているのを見つける。その手にはペットボトル。風呂上がりついでに飲み物を買ったというところか。タオルによって顔は見えないが、自分と同じ金髪ですぐ彼女だと分かる。
ーー分かるのだが、
(…………なんか、)
買ったであろうペットボトルに口もつけず、ただ壁に背を凭れかけさせて、座っているだけ。微動だにしないその姿はまるで人形みたいで、若干の違和感を感じる。まさか寝てるわけではないだろう、そう思って研磨は彼女の側へと近付いた。
「………ハル?」
恐る恐る声をかけると、ん、と小さく声を洩らして、春瀬はその呼び掛けに顔を上げた。
「お、研磨にゃんじゃないかぁ」
「…………やめてよそれ」
「なんでよう可愛いじゃんかよう」
研磨の存在に気付くとすぐに目を垂らして笑う春瀬。いつもと何ら変わりのない様子に、研磨は密かにホッとした。何してるのと聞けば、お風呂が気持ち良かったからつい長風呂し過ぎて軽く逆上せたのだという。その為ここで休憩していたようだ。良い湯だったぜと中身が入っているペットボトルをカシャカシャと振りながら、春瀬は口を開けて笑う。
「あっ!!!!」
「え…なに……」
「これ炭酸水だった……振っちゃった…」
「……………」
「……研磨ぴっぴ喉乾いてない?」
「いらないよ」
なんちゅーもんを人にあげようとしているのだと研磨は嫌な顔をする。キャップを開ければ大噴火なのが目に見えているではないか。春瀬はというと彼の反応見たさにわざとそう言ったようで、予想通りの表情を見せてくれた事にまた笑う。はぁと溜息をついて研磨はボリボリと腕を掻いた。今度は二回目に刺されたところが腫れてきたらしい。
「刺されてんねぇ」
「うん。多いよねここ」
そう答えてから、また二箇所目に爪を立てる。
「やるやるそれ」
「………これさ、少しの間だけど痒みが和らぐじゃん。なんでだろうね」
「説明しよう!痛みと痒みの神経は別々で同時にこの二つは互いに影響を及ぼしやすいのだ!そして痛みのほうが痒みよりも強くて神経も伝わりやすい性質を持っている!要するに爪を立てて痛みを与えることによって痒みを抑えているんだよ!」
「え…気持ち悪…」
「てめ」
折角教えてやったのになんて言い草だーとぎゅむと研磨の頬っぺたを両手で挟む。う≠フ形になった唇に可愛い!と叫ぶとベシリとその手を弾かれた。
「即答されたら引くでしょ……。なんでそんなに詳しいわけ」
「いやー実は大変面白いことに、」
春瀬は自分の右腕を見せる。肌白いなぁなんて思っていると、その白さの中に赤く腫れた部分が一つ。更にその膨らみにはバッテン。あ、と思わず声を洩らす。
「実はほんとについさっきね、これでなんで痒み緩和されんのかなってスマホで調べたばっか」
同じタイミングで蚊に刺されて同じ事するってウケるね、そう言って春瀬は研磨の腕を指で突く。
「ん?ていうか何で研磨ぴっぴ今練習終えてんの?………まさか自主練?!研磨ぴっぴが?!」
「あぁー…なんていうか、」
翔陽に、そう言いかけた時だった。誰かが走ってくる音が聞こえたのは。バタバタバタと渡り廊下から聞こえてくる足音に、春瀬と研磨は出入り口からニョロリと顔を出すと、そこには額に青筋を立てた夜久の姿があった。ヨッと手を上げると向こうもこちらに気付いて、おおと手を振り返した。
「どちたのやくもん君。顔怖いよ」
「あー……貴田か研磨、リエーフ見なかったか?」
「灰羽君?」
「…………またレシーブ練逃げたの?」
「そうっなっんっだっよっっあんのっヤロー!!見つけたらケツ蹴り上げてやる!!」
「超おこじゃん。灰羽君のお尻を二つに割らんばかりの勢いだね」
「逆に今は二つに割れてねぇのかっていう話になるわ。とりあえず見かけたら夜久さんはお前を蹴る為にキックの練習してるって言っといて」
「おっけー。ほんとにするの?キックの練習」
「しない。ただの脅し」
「ヒェ」
じゃっお疲れと手を振って夜久は部屋に戻る。ああ見えて音駒三年生の中で一番ジャイアン気質である半面、後輩に対しては面倒見も良く尊敬と共に慕われているのも確かだ。
その背中を追うように、俺ももう寝るねと研磨が言う。
「おやすみ、お疲れ様ね」
優しく彼の髪を撫でながら、春瀬は研磨に笑いかける。
(……………いつも通り、だよね)
違和感を感じたのはあの一瞬だけ。こうして話してみると別になんてことはない、いつもの春瀬だ。何もないよねと彼女の笑い顔をジッと見つめて、研磨は恐る恐る手を伸ばした。
「おっ。なんだなんだ、珍ぴーじゃん」
「………」
滅多にすることない、彼女の頭を撫で返してみる。撫でると言っても手を頭に置いてるだけ。端から見てこの光景はどう映っているんだろうと思うと恥ずかしくなって、すぐにその手を引っ込めた。おやすみ、ボソリとそう呟いて逃げるように小走りで研磨はその場を後にした。その後ろ姿を笑いながら見送って、春瀬はひとつ息を吐く。そして先程の夜久の言葉を思い出した。
リエーフを見なかったか?
「ま、実は見たんだなぁこれが」
とりあえず声はかけとくかと、春瀬は腰を上げた。


「もうっいっぽーん!!」
その声の後すぐに、床を叩きつける音が体育館中に響き渡る。かと思えばその次にはへいへーい!とテンションの高い声がビリビリと壁を揺らす。
「声でけぇよ木兎」
「いんやっーだってよぉ!ストレートが決まるとこう!!テンション上がんだよなぁ!!」
ネット向こうでピョンピョンと飛び跳ねる木兎を見て、体力お化けめと黒尾は苦笑する。隣でトスを上げている赤葦の首から流れ落ちてくる汗の量が半端じゃない。
「一旦休憩とろーぜ。チビちゃんもだ」
「俺っ!まだ動けます!」
「俺もまだまだだ!!」
「身体は水分欲しがってるだろーよ。せめて5分くらいは休め。そして木兎お前は赤葦の汗の量に気付け」
「えっ?!うぉ!!あかーし!!すごい汗だな?!少し休むか??!!」
「休みます」
「(即答した……)」
先に黒尾から水分補給を促されていた月島とリエーフは、壁に凭れてペットボトルに口を付けていた。日向がテテテと走ってその横に並ぶ。
「それにしても今日の俺チョーシいいな〜!」
「自主練の時以外にもそのお言葉もっと聞きたいですね」
「あかーしたまには素直に褒めて?!」
うわーん!と木兎が適当にボールを叩く。何気なくやっただけの強打だったのだが、そのボールはまさかの支柱に当たり角度を変え、物凄い勢いで入り口へと飛び出していく
「アーーッッッ!!!!!」
途端日向が入り口に人がいることに気付いて大声を上げた。月島やリエーフもヤバいと察知する、が。パアンッと弾く音と共に、そのボールは空中で動きを止めた。
「…………お、おぉ…」
「す、すごい……!!」
「……………」
「………ナイスキャッチ…って言えばいいのか…ハルさん」
「いや一番戸惑ってるの私だからね……!」
突然飛んできた高速スピードのボールを咄嗟に片手で受け止め、尚且つ身体はブレることなく平然と立っていた。反射神経の良さからくるものなのだろう、興奮したように木兎は春瀬の元へ駆け寄った。
「春瀬ちゃんじゃねーか!!つかどうしたここに来るなんて!!」
「木兎さん先に言うことは」
「あー!!そうだ!!ごめんなぁ!今の俺が打ったボール!でもすげー余裕でキャッチしたなぁ!!」
「余裕?!余裕ぶっこいてるだけですけど?!今手の平じわじわチョー痛いんですけど?!」
「真っ赤ですね…」
見れば彼女がボールを受け止めた手の平は、明らかに熱を持っていた。肌が白いせいもありその色の違いははっきりと分かる。春瀬はボールを持つ手を代えてよろよろと移動し、痛む手の平で支柱を掴んだ。
「これ鉄で出来てるから冷たい…保冷剤代わりになる…」
「そしてボクの名前は鉄朗」
「わぁ鉄繋がりだね〜ってなるかーい」
そう言いながら黒尾にチョップをかまそうとするがそれはヒラリと避けられる。
「んで、何しに来たのお前」
「あ、そうそう。灰羽ぁ〜灰羽リエーフ君はいらしゃるでしょうか〜」
「えぇ!春瀬さん俺に用があって来たんですかー!」
なんだろー!とワクワク顔で近付いてくるリエーフ。もし彼に尻尾が生えていたら全力で振っているところだろう。何か褒められたりするのかと楽しみにしながら耳を傾けていたが、口を開いて出てきた言葉にリエーフのテンションは逆転する。
「やくもん君に灰羽君見かけたら言っといてって言われたんだけど、夜久さんはお前を蹴る為にキックの練習してる≠セって。」
「ギャーーー!!!」
そう伝えただけですぐに悲鳴をあげるものだから心当たりはバッチリあるらしい。なにお前ほんとに逃げてきたわけと黒尾が苦笑すればリエーフは目を泳がせた。その様子にガハハと笑いながら、春瀬は持っていたバレーボールを宙に投げる。真上に投げられたその球は真っ直ぐに彼女の所に落ちてきて、それを手首をしならせてまたあげる。つまり、立派なオーバーハンドだった。ボールが違う方向へと飛んでいくわけでもなく綺麗に春瀬の両の手の平へと落ちていく。ほー!と木兎が楽しそうに声をあげた。
「うめーな春瀬ちゃん!経験者か?!」
「いやぁー最近体育の時間にバレーしてるんだけど、持ち前の最強運動神経がパワフルに稼働しててぇーちょちょいのちょいだったっていうかぁー」
「そういうことを自分で言う奴だからあんま褒めない方がいいぞ木兎ー」
「くらえハルアタック!!」
黒尾のその言葉を聞いた瞬間、春瀬は手に落ちてきたボールを利き手で強く彼の方へと叩いた。うぇーいと呑気な声でそれをレシーブして真上へ上げ、黒尾はボールを手に取った。
「スパイクも普通にうめぇ……!」
「わっはっは……って、あら。日向君だ」
「おおおぼえててくれたんですか!!」
「おおおぼえていますよー」
オレンジ頭の髪をくしゃくしゃにかき混ぜれば頬を染めてピンと背筋を伸ばされる。
「よぉし!春瀬ちゃんも一緒にやるか!」
「いやいくら天才運動神経貴田春瀬さんでも現役男子バレー部員とは出来ませんがな」
「あんなこと言うんだぜ?」
「ビックマウスですね」
「そこの黒髪二名、聞こえてるですよ」
その後も更に続く木兎の申し出に無理だよと断るも、練習ではなく遊ぶだけ、休憩の間だけと騒がれる。終いには木兎だけではなく日向とリエーフも目をキラキラさせていた。その視線に最早抵抗が出来ず、じゃあお風呂も入ったから5分だけねと苦笑すればワーッ!と3人の歓声が上がった。春瀬がボールを受け取りに黒尾の元へ行く。
「お〜いそこのブラックトサカヘッド〜」
「ぶふっ」
「よぉーし俺もお前のこと最強長髪金太郎って呼んでいいか」
「すげぇ嫌…すげぇ馬鹿っぽい……」
日向に宣言した通りそのあだ名で呼んでみれば黒尾と春瀬以外のメンバーが吹き出す。口元を引き攣らせながら黒尾がそう言い返すと苦虫を噛み潰したように春瀬は拒否した。もう言いませんと告げ、なら宜しいとボールを渡される。その際二人の手が少し触れる。
「ありがとっぷー」
眉を八の字にして、ヘニャリと春瀬が笑う。以前ビデオ通話をした時も思ったが、優しい笑顔を作る人だと隣にいた赤葦は心の中で密かに思う。すると春瀬は、あら!と明るい声を上げて壁に凭れ座っている人物に手を振った。
「月島君もいたんだねーはぁ〜い」
「………………ドーモ」
「私のこと覚えてる?」
「花子さんでしたっけ」
「あぁ……覚えてはいるぅ……」
音駒の春瀬さんですよ〜とあの日のように名を告げれば、嘲笑気味に知ってますよと返される。その態度に怒ることもなく額をペシーンッと叩いて「カーッこりゃ参ったっ」と春瀬は口をへの字にする。すると日向がコートの向こう側からこちらに手を振って叫んだ。
「月島ーっ!お前も混ざれよ!」
「嫌に決まってるデショ。休む時に休まないとか頭おかしいわけ」
「なぁなぁ日向、月島って、もしかして体力あんまりないのか?」
「なぁんだよー!草食系ってやつかぁ!?」
「…………………」
ヒソヒソと話しているつもりらしいが、そのリエーフの言葉はバッチリこちら側の耳にまで入ってきたし、追い打ちをかけるように木兎の大声も聞こえた。沈黙しているがビキリと月島の額に青筋が立ったのを春瀬は見逃さなかった。彼は眼鏡をかけ直して、ゆっくり立ち上がる。そして怠そうに日向達の元へ足を進めるも、途中でチラと春瀬を見た。
「………………やらないんですか」
「あ、はーい」
一応気にはしてくれてんのねと心の中で喜び、春瀬は月島の横に並んだ。赤葦と黒尾もやろーぜー!と声をかけられたが二人口を揃え草食系デースと棒読み気味で言い、頭の上でバッテンを作った。


あんなに無理だ無理だと言っておきながら、あのメンバーの中にいるにも関わらず割とボールを返せている春瀬に赤葦は少し驚く。口だけではなく本当に運動能力の高い人物なのだなと感心した。己の主将である木兎は勿論、コミュ力が高めの日向とリエーフが彼女に懐くのは安易に予想は出来たが、まさかあの月島までも心を開いているとは(ほんの少しかもしれないが)。貴田さんって友達多そうですねと隣に立っている黒尾に言おうとすると、彼は腕を組みながら首を傾げていた。
「……………どうかしたんですか?」
「あ?あぁ……いや、」
声をかけるも明確な返事を返すわけではなく、黒尾は目を細めてコートの中の彼等を見る。いや、彼等というよりはーー、
「(…………貴田さんを見てるのか)」
黒尾と研磨、そして春瀬が幼馴染だという情報を思い出す。先程の軽口といい日頃の会話といい、きっと仲は相当良いのだろう。赤葦もつられるように金色の髪を揺らす彼女の姿を見つめる。

すると黒尾が「なぁ、」と口を開いた。
「あそこにいる金髪の姉ちゃんさ」
「え…貴田さんの事ですよね」
「そー。あいつさ、」
元気に見える?
その言葉に、え、と驚き、前を向き直し改めて春瀬を見れば、彼女がパァンッと気持ちの良い音を立ててレシーブをした瞬間だった。チョー痛い!と爆笑しながらボールを返した腕を摩っている。
元気に見える、どころか
「すげぇ元気くないですか」
「ね。」
「は」
どっちだよと非難めいた瞳で黒尾を見れば、悪ぃ悪ぃと軽く笑われる。そして困ったように溜息をついた。
「春瀬さん、感情隠すのが上手過ぎるからしばしば俺は悩んでいる」
「……と、言いますと」
「基本的に何かあっても全く表に出してくんない」
木兎の強烈スパイクに悲鳴を上げて春瀬が避ける。一応素人で女子なのだから多少なりとも手は抜いてやれよと苦笑する。
「さっきボール渡した時ほんの一瞬だけ変な感じがしたんだけどな」
「あの時ですか。俺は優しい笑い方するなって思ってました」
「なぁ〜。俺あの笑い方超好きなんだよ」
「……………前から思ってたんですけど、黒尾さんって貴田さんのこと」
「ソウデスヨ」
切れ長の瞳を赤葦に向け、口元を緩めて人差し指を立てる。誰にも言うつもりはないが気付く人は気付くと思う、そう告げればケラケラと笑い声を上げた。
「やっぱり幼馴染ともなれば元気がないとかすぐ分かるもんなんですか」
「そんな少女漫画みたいなチートな能力があったら欲しいっつーの」
「だけど今変な感じしたって言ったじゃないっすか」
「しただけ。ほんとに一瞬な」
あと1分!そう春瀬が叫べばええ〜と非難の声が上がる。もう私の腕は限界に近いっと無表情の月島を盾にして三人に拳を振り上げる彼女。やはりどこをどう見ても元気じゃないようには見えない。
「普通ならキレたり落ち込んだりすることがあっても何も言わないで普通にしやがるから、後になってそんなことあったのかとか、そんなこと言われてたのかとか、要は事後報告されることが多い。」
「それは心配……ですね」
「あぁ」
そしてそれが発動されるのは自分≠フことに対してだけ。黒尾はそこまでは赤葦に言わなかった。春瀬は、彼女の親しい人がもし何か酷い目にあえば怒りを露わにする。悲しいことがあれば辛そうにして、自分に出来ることはないかと一緒に打開策を見つけようとしてくれる。だが自身のこととなれば顔や行動に見せることは殆どせず、自分の中で感情を抑え込んで、一人で無理矢理解決する。そんな傾向が彼女にはあった。
そのような行動の起因は何か。
黒尾はそれを知っていた。
(…自己嫌悪、)
ーー恐らく、本人はどこか無意識の内に自分という存在を否定している。そう思い始めたのは中学の時。そして月日が経つにつれそれは確信へと変わりつつあった。自分の事が嫌いだから、周りを巻き込まず自分の中で全て終わらせるーーーその選択が、春瀬自身の本意に合わないとしても。その感情を隠すという技は、年々上手くなってしまっている。
「いつも目ぇ光らせて見てんだけど、まぁたまに当たったりする」
「たまに」
「そしてマジでなんもない時もあったりする」
「難しいですね………告白はしないんですか?」
「とりあえず春高終わってからだな」
集中すべきところを終えてからちゃんと向き合いたい。そう言えば、何もしないけど応援はしてますよと返され、彼らしいその言葉に黒尾は笑った。すると、春瀬が両手を挙げ降参のポーズをしたのが見えた。残念そうな声を一蹴して、引き続き自主練がんばって〜と床に置いていたタオルを拾い上げる。
「春瀬ちゃんまた来いよ!」
「ぼくとぅーのボール痛いからやだ!全然私のこと女の子扱いしてくれない球速だからやだ!」
「女の子なんかいましたか」
「月島君眼鏡の度あってマスカー」
ワーワーギャーギャー、よくもこう騒げるものだと赤葦は苦笑する。
「俺飲み物買うついでにちょっとハルと話してくるわ」
「分かりました」
つーか暑ぃとTシャツの裾を掴みハタハタ揺らす。話してくる、というのは感じたという一瞬の違和感が気になっているからだろう。赤葦は少しからかうような口調で言う。
「黒尾さん、好きな女の子には尽くすタイプなんすね」
彼の性格上、そういう言葉に対して照れる反応はしないだろう。どういう冗談が返ってくるか返事を待っていると、黒尾はニヤリと笑った。
「ハルさんだけに尽くすタイプなの」



四人にバイバイと手を振って、春瀬は第3体育館を後にする。自動販売機まで着いて行くと言って、黒尾はその横についた。
「二人でちゃんと話すの久しぶりな感じすんな」
「37年振りくらいですかね」
「ボケたにしても何でその数値にした?」
ていうか37年後って俺等いくつだと言えば肉体は衰えようと心は永遠のティーンエイジャーよっとガッツポーズされる。その掲げられた腕に出来ている小さな異変に気付いて黒尾は指をさす。
「両腕赤いプツプツできてる」
「灰羽君とかぼくとぅーのボール受けてたらこんななった。日向君と月島君はちょっとは手加減してくれたのにあの二匹は全くのっとじぇんとるめん」
「全くのっとじぇんとるめんってリズムよく言ったらなんか楽しいな」
「まったくのっとじぇんとるめんっ」
「まったくのっとじぇんとるめんっ」
はいっはいっと手拍子しながらその言葉を繰り返す二人。ただのアホじゃねえかと夜久の声が聞こえてくるようだ。
ケラケラ笑って話をすればすぐに自販機の前まで着いてしまう。黒尾が何を買おうか迷っている間、春瀬は空を見上げた。今日も星が沢山出ていて、綺麗だ。
「昔さ、黒ぴん家の屋上で星見たよね」
「懐かしいな。ナントカ流星群の時だろ」
「そうそう。そんで、星がいっぱい出る日の翌日は天気が良くなるって教えてくれたの」
「俺は昔から知的な男の子だったんだな」
「あ、今日満月だ」
「シカトかおっけー」
ガコン、とペットボトルが落ちる音が聞こえる。黒尾は商品口からそれを取り出そうとしながら、空を見上げている彼女の姿を横目で見た。その顔に映っているのは微笑みで、やっぱり何かあったようには見えない。
それでも、
「ハル、今日何かあったか」
そう聞けば、へ、と素っ頓狂な声が上がる。彼女がこちらに顔を向けたのが視界の端で分かった。よっこらせ、と年寄りじみた言葉を吐いて腰を上げ、目を真ん丸くしている彼女と向き合う。
「……なしてや」
「なんとなく」
勘だよと蓋を捻ればパキと音がする。クルクルとそれを回して一口それを口にした。春瀬は黒尾から視線を逸らす。
「………何もなかったわけではないかなー」
「……どうしたよ」
その答えを聞いてあの一瞬の違和感を逃さなかった自分に心底賛辞の拍手を送りたくなる。うーんと春瀬は困ったように頭を掻いた。
「気付いてしまったことがあるっていうか、気付かされたというか」
「何を」
片手にペットボトル、もう片方の手はポケットに突っ込んで、黒尾は彼女の横に並んだ。
「うーん」
「とりあえず言ってみ」
力になれるかもしれねぇだろと加えると、相槌は返ってこなかった。すると春瀬は携帯を取り出して、指で何やら操作を始める。何をしているのかと見ていれば、黒尾の目の前に携帯を向け、その画面を見せた。その内容は着信履歴。
「みて」
「なに…………って、にっにじゅう?!27件?!?!はぁっ!?!」
「全部ヤーさんからなのぉぉぉおおお」
「げっ!何やったんだよお前……っ」
表示されているその数の異常さに黒尾は声を上げ、更にその掛かってきた相手を知って驚愕する。ヤーさんとは、春瀬のクラスの担任だ。本名にヤ≠ネど一文字も入ってないのだがそのゴツい体と強面、怒ると尋常じゃないくらい怖いと恐れられていることから、ヤクザもといヤーさんというあだ名がついていた。春瀬のクラスは彼女含め問題児が多いことから、この担任がついたのだろう。説明はここまでとして、何故こんなに着信が入っているのかと問えば、春瀬が顔を手で覆いながらボソリと呟いた。
「…………………さんしゃめんだん」
「は」
「きょう………さんしゃめんだんなのすっかりわすれてて………」
「………………………」
馬鹿過ぎるだろ…と言えば帰ってくる嘆き声。怖いよぉぉぉやだよぉぉと黒尾の服の裾を引っ張る。
「黒ぴ力になれるかもって言ったよね!!一緒に電話しよ!!」
「そーゆーことの力になるつもりはありません離しなさい」
「人でなしー!ヒノアラシー!」
「誰が火属性ポケモンだ」
されるがままに身体を揺らされながら、何かあったってほんとにそんなことかと尋ねれば、そんなことじゃないわ大事件だわ!とキレられた。
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