壊れてそして | ナノ
■ 否定して、自覚して

朝食の用意の為起きる時間は早いものの、毎日5時半に起きる春瀬にとってそれはあまり苦ではなかった。目を開けると見慣れない天井が広がっており、そういえば合宿だったやと理解するまで数秒。ゆっくりと上体を起こしてカーテンが薄っすら明るい様ををぼんやり見つめる。瞬間、自分の携帯のアラームが鳴った。相変わらずアラームよりも早く目が覚めるのは変わらない。
ご飯を炊いて味噌汁を作り、揚げたてのトンカツやオムレツ等を大量に並べて丁度朝食の用意をし終えると、ちらほらやってくる選手達。その中に研磨の姿があったことに、春瀬は少し驚く。朝の苦手な彼がこんなにすぐに食堂を訪れるとは。しかしその眠そうな彼の背中をポンポン押して、けーんま!起きろー!と楽しそうにする烏野のオレンジ頭の子、更にその後ろにいるリエーフがルンルンと歩いてるのをを見て納得した。無理矢理起こされたのだろう。誰かが寝て良いよと言うものならすぐその場で眠るだろうなと苦笑していると、バチンと研磨と目が合う。彼はポヤポヤした頭をどうにか起動させたのか、それはもうゆったりと、かつ猫背で春瀬のところに近付いてきた。
「おはよ研磨ぴっぴ」
「…………………………………………ん」
「すごい間あけたな?」
これはもう半分寝ているだろうと笑いつつそれでも自分の姿に気付くと近づいてきてくれたことにキュンとする。可愛い奴めとプリン頭を撫でると小さく身動ぎされた。ぼそぼそと食べたい物を頼まれ、言われた通りの品をお皿に載せトレイに置くと、ありがとうとプラプラ手を振られる。
「春瀬さんおっはよーございます!」
「灰羽君はまた随分と元気だにゃー」
「俺はご飯大盛りで!」
「かしこまりー」
その後ろにいたリエーフが春瀬を見つけるや否やその名を大きな声で呼び、やはり周りの視線が突き刺さる。もう慣れたわと乾いた笑いを溢して彼に指示されるがままご飯を盛る。
「そこのオレンジ君は?」
「うぇっ?!」
リエーフの横にいる、頬を赤らめて緊張した様子の烏野の子に春瀬は声をかける。するとその子は突然の呼びかけに驚いたようで、奇声を発してカチーンと固まった。
「えっと、烏野のー」
「あっ、えっえっと、日向です!!」
「ああ!変人コンビの!」
クロが言ってた子は君かぁと笑う。
「クロって………あっトサカヘッド…じゃなくて音駒の主将ですよね!(やべぇトサカヘッドって言っちまった…!この人確か仲良かったよな…!)」
先輩、ましてや他校の人に口を滑らせてしまったと日向が慌てて訂正する。が、
「トサカ?!トサッ…んんっ!ふぶふっ…ひんっ…」
「(めっちゃ笑ってる…?!)」
友人に失礼な事を言うなと怒られるか、嫌な顔をされるかと思っていたら、春瀬本人は後ろを向いてブルブル肩を震わせている。リエーフが大丈夫っすかー?とツンツン彼女を指で突いた。
「とひゃっ…トサカヘッド……!センス…!!」
「あああごめんなさいすいません!!忘れてください!」
「覚えましたし、使わせてもらいまふふはひっ」
発する言葉の端々で吹き出しながらも日向の朝食を用意する。朝から沢山笑わせてもらったと橙色の頭をわしゃわしゃと撫で、いっぱい食べてねーと笑いかけると彼はヒャイ!ありがひょうございす!と顔を真っ赤にさせてお礼を述べた。それを見たリエーフが屈んで春瀬の目線に頭を向けてきたものだから、とりあえず彼の頭も撫でておいた。
選手や先生方全員が朝食を終えた事を確認すると、使用された食器を洗って今度は昼食の用意をする。今日は森然の大滝真子と烏野の谷地が一緒だ。マネージャー達とはすぐに打ち解け気軽に何かを頼んだり頼まれたりする仲になれた。こういう場が交友関係を広げていくのだろうなと春瀬は包丁を研ぎながらしみじみとする。ふと、大滝が入口で誰かと楽しそうに話していることに気付く。
「やったゃあん、真子ちゃん誰と喋ってるのかなぁ」
「どーやら大人の方と話していると思われますっ」
「そっかぁ。それにしてもやったゃあん今日も可愛いね」
「え?!めめめめっ滅相もございません!」
凄まじい勢いで手をブンブン振る谷地を癒されるなぁと見ていると、大滝が来客に頭を下げてパタパタ足音を立てこちらに向かってきた。その手には立派なスイカ。
「森然の父兄さんから頂いちゃった!これ切って皆に配ってこよ!」
「こいさーだねー」
今しがた研ぎ終えた包丁の出番だと春瀬は目を光らせた。

「スイカの差し入れでーす!」
生川のマネージャー、宮ノ下のその一声で選手等の顔がパッと明るくなる。ビッショリと汗をかいてる時に食べるスイカは、甘さと水分がたっぷりでさぞ美味いことだろう。カットされたスイカを皿に載せて、マネージャー達がそれぞれ選手達に配ってまわる。
「はいどーぞ」
「あざす!」
「熱中症にお気をつけてねー」
「ありがとうございます!」
春瀬も一人一人に声をかけながら渡す。顔と高校はなんとなく一致するのだが、こんなに大勢いると名前を覚えることが難しい。
ーーそう思いながら配っていたのだが、
「あ、君は分かる」
「えっ」
「………思わず声に出しちゃった」
目の下に泣きボクロがある烏野出身の三年生、菅原に対して春瀬は無意識に言葉を溢してしまう。彼は目を丸くして彼女を見る。
「えと、確かー……音駒の貴田さんだ」
「おおーピンポンピンポン。」
「清水から聞いてるよ。貴田さんが来てから調理業務がかなりスムーズになったって」
「そう言われると来た甲斐があるよー。あっ、どぞどぞ」
「どもども」
絡みやすい雰囲気の人物だなと思いながらスイカを渡す。一方菅原もまた、柔らかい雰囲気の女子だなぁと思いながらそれを受け取る。
「そんで、何で俺のこと知ってたの?話したことないべ」
シャリと真っ赤な果実の先っちょを一口齧って、彼は春瀬に聞いた。
「澤村君がよくスガァッスガァッて言ってたから、クロ…あ、音駒の主将ね。クロに、あの鳴き声なに?って聞いたの」
「鳴き声」
「そしたらアレは烏の鳴き声だとかテキトーなこと抜かしてきやがって」
「ぶっ」
「そうそう。笑うしかないじゃんね。で、蓋を開けてみれば菅原君だからスガァッスガァッだったということが分かって」
「貴田さんその言い方ちょっと気に入ってる?」
「ちょっとね…。そしたら菅原っつったら菅原道真じゃーんフゥフゥってなって覚えたの」
「あぁ太宰府の……」
「ぴんぽーん流石三年生」
ぱちぱちーと口でそういう春瀬に菅原は笑う。
「貴田さんは音駒の主将とセッター二人と幼馴染なんだっけ?」
「うん。でもクロと研磨ぴっぴの方が先に出会ってるから付き合い長いよ。私は小4で会ったから」
「それでも長いなー。」
チラリと黒尾の方を見れば何やら烏野の面子と話をしており、研磨の方を見れば日向、リエーフという朝見た三人で固まっていた。
「菅原君の所の日向君、あの研磨ぴっぴが簡単に心開くくらいだからすごいコミュ力なんだねぇ」
「日向はなぁ〜基本的に誰とでも仲良くなるから。まぁ影山とか月島とはよく喧嘩してるけど」
「出た月島君」
「え?!話したことあるの?!」
「ちびっとだけね。めっちゃウケた」
「………何か失礼なこと言われなかった?」
「ううん、めっちゃウケた」
「ええー」
月島が他校の女子と話したことも気になるが、そもそも彼に対してウケるという感想を持つ春瀬自体が珍しいというかなんというか。
「大地も言ってたけど貴田さんホントにちょっと変わってるね。あ、良い意味で」
「良い意味で変わってるってどんなだ」
「それもそうだ」
わっはっはっと二人で笑い合い、ミンミンと夏の風物詩である虫の声を聴きながら、夏の風物詩である果物を存分に味わった。


「今日もお疲れ様でしたー!」
「お疲れ〜」
「暑かったねぇ」
1日の終わり。マネージャー等は全ての業務を終え、それぞれ自分達の布団を敷いてリラックスタイムに突入する。既にゴロゴロしている人も数名。そしてその数名の中に春瀬も入っていた。
「ここ設備が整ってるのはいいけど虫の多さだけはホントに嫌。蚊も多いし」
「蚊はよくO型の血を吸うっていうよね〜」
「あ、それ聞いた事ある。私も蚊にしょっちゅう噛まれるの」
「え、春瀬ちゃんO型なの?意外」
「んにゃA型」
「あれ?!」
クスクス枕に顔を埋めながら笑うと、なんだよ〜と頭をぐりぐりされる。
皆がそれぞれ話に花を咲かせる中、突然思い付いたように雪絵が手を叩いた。
「恋バナしよ〜!」
「あんたはホントに突拍子もないわね…」
「いいねいいね!」
女の子はほんとそういう話好きダナーと春瀬は微笑む。黒尾か夜久がいればお前も女子だろと突っ込まれるところだ。あまりその手の話が得意ではないことと、少し眠たいのもあり、春瀬は横になりながら参加することにした。
「彼氏いる人〜」
「はーい!」
生川の宮ノ下がニコニコ笑いながら手を挙げる。おお〜と皆自然にパチパチと手を叩き、いやなんで拍手よ!とドッと笑いがおこる。
「同い年?」
「ううん、一個上だよ〜」
「先輩なの!素敵!」
「えへへ〜。ていうか、潔子ちゃんいないの?絶対男子共誰も放っとかないでしょ!」
「それ思う」
「思うわ」
「思います」
「え……やめてよ皆」
いないよと頬を赤らめ否定する清水。いやー私が男なら求婚するわと言うと春瀬ちゃん!とムニッと軽く頬っぺたを抓られた。
「でも告白とかされるでしょ絶対」
「んー……まぁ、うん」
「やっぱり!!良い人いなかったの?」
「そうだね……今はあんまり誰とも付き合おうって思わないなぁ…」
「そっかぁー」
「(大人の女性トークだ……!)」
春瀬が寝ている頭上で、ドキドキしながら彼女達の話を聞いてる谷地の姿。無意識なのか正座をしているのが面白い。ふふと笑うと、春瀬ちゃん!!と急に名を叫ばれたビクッとする。
「えっ、なんすか」
「正直私等は春瀬ちゃんの話を一番聞きたいの!」
「わたし?」
全員の視線がこちらに向かっている事、そして若干ワクワクそわそわしている事に、春瀬は戸惑う。自分は何かそのような甘酸っぱいネタは持っていたかと脳内を働かせる。するとかおりが興奮したように身を乗り出した。
「黒尾よ黒尾!!」
「は?黒ぴ?」
「春瀬さん、音駒の主将さんとめっちゃ仲良いですよね!」
「あ、う、うん。そうね」
「付き合わないの?!?!」
正に聞く事はこれだ!と皆春瀬の返事を待つ。その勢いに圧倒されるも、あぁいつものかとよく聞かれるその問いに苦笑して答える。
「まさか」
「えー、なんで〜?お似合いよ〜?」
「まさかまさかー」
モゾモゾ動いて布団に包まり、寝る体制に入ろうとする。しかしまさかの清水によってその布団は剥がされる、どうやら彼女も相当気になっているらしい。なんでだと思いながら春瀬はしぶしぶ上体を起こし、谷地の肩に頭を乗せた。
「いやーほんとに何もないよー。ねぇ?やったゃあん」
「うえっ?!」
「わははは」
「春瀬ちゃんは黒尾のことどう思ってるの?」
「えぇー。うーん。」
「大事な人?」
「あ、うん。そんなとこ」
その言葉にふぅー!と盛り上がる彼女達。これ何ノリ?と思わずツッコむ。
「それってさ、好きってことじゃないの?!」
「いやー。ていうか好きっていう感情が全く分からなくて」
「やばい盛り上がってきた」
「ほんとですね」
「そうか?!」
出番よ〜!と雪絵に背中を押され、宮ノ下が任せてと話し始める。
「好きっていうのはね春瀬ちゃん」
「恋の伝道師宮ノ下先生のドキドキレッスン……」
「それすごい面白いんだけど」
「乙女ゲームにありそうね」
「レッスン1、出会いは突然曲がり角で」
「もぉー!聞いてよー!」
春瀬がふざけると宮ノ下がペチペチ頭を叩く。そのお怒りに、はぁーいすいやっせーんとのんびり返事を返した。
「まず、いつも相手のことが気になる!」
「ほぉ」
「今あの人は何してるかな〜、どこにいるのかな〜ってなる!」
「ふむ」
「悲しい時とか疲れた時とか会いたくなっちゃう!」
「ああそれ分かるわぁ。私も元彼と付き合ってた時よくあった」
「距離が近いとドキドキしてやばい!特に顔!」
「まぁ異性であれば割と誰でもドキドキしちゃうけどね」
「木兎はそんなにかなぁ〜…」
「それは言わないであげて…」
次々と出てくる好き≠ニいう感情の特徴。春瀬はその言葉一つ一つになるほどと微笑みながら頷く。時たま、やったゃあんもそう?と聞いてみるといいえ私はワカリマセン!と慌てる姿を見て楽しんでいた。
「あとは、そうね!女の子と話してる姿を見たら、嫌な気持ちになる!」
それは鉄板〜と皆コクコク頷く。春瀬はワハハと笑った。
「多過ぎてわっかんねー」
「そう!分からないのが恋なの!」
「宮ノ下ちゃんエンジンかかってきたね」
「んーでもとりあえず、付き合う予定はないよ」
ここまで話させといてアレだけどもと笑うと、えぇ〜と残念そうな声を上げられる。
「そっかぁ……。じゃあ何かあったら教えてね」
「わっはっはっおっけー」
「それじゃあお次は……春瀬ちゃんの頭を支え続けている仁花ちゃん!」
「わわわたしですか?!私何もないデス!誓って!なにも!」
「やったゃあんの誓い」
「チャングムか」
逃がさないぞーと次は谷地が標的になり、彼女は助けを求めるように春瀬と清水を交互に見る。
「うっしゃぁっ私便所行ってくるぁっ」
ポンと谷地の肩を叩いて親指を立てる。がんば!という心の声が聞こえてくるようだ。春瀬さぁん!と叫ぶ声に爆笑しながら彼女は部屋を出た。
「便所って……」
「春瀬ちゃん綺麗なのに発言割とワイルドだよね」
「ホントに」
その背中を見つめた後、さて仁花ちゃんと彼女達はニヤリと笑った。




髪をかき上げてアップにし、くるくると捻って頭のてっぺんにお団子を作る。女子トイレと表記されている場所に入り、そこに誰もいないのを確認し、春瀬は鏡と向かい合った。先程まで笑っていたのが嘘みたいに、酷い顔をしていると溜め息をつく。好きではないのか、今まで何度も問い掛けられたその言葉。違うと言ってはその話題を避けてきた。
「…………何でこんな疲れてんの私。生理前か?」
乾いた笑いを洩らすも、その顔は笑っていない。
違うからだ。違うから。誰かを好きになるという気持ちなんて分からないというのは本当だった。それにどうせ、いずれは誰も
「……………居なくなるしなぁ」

先程の彼女達の言葉が頭で何度も反芻する。同時に思い出すのは。

ーーー優しくする女の子は自分だけじゃない

ーーー私の心ももう少し大人になっていて、

ーーー高校生を卒業するまで

ーーーやっぱりクロとは一日一回は話さないと変な感じ



ーーー何で俺?

「……………………」
鏡に映る自分が目を見開いて、後退りする。バンッと音を立ててドアを開け、すぐにその鍵を閉めた。両手で自分の顔を覆う。その手が震えていることに気付いて顔を歪める。
「……………馬鹿じゃないの、」
壁に背中を凭れさせ、そのままズルズルとしゃがみ込む。
「馬鹿じゃないのわたし、馬鹿じゃないの」
それは好き≠ナはない。自分が黒尾に抱いている感情はそうではない。そうでないと
「そうでないと、駄目でしょ。」


苦しい、そう呟けば会いたくなった。
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