壊れてそして | ナノ
■ 中学の話A

学年が上がって、二年生。恐らく私の心が一番ガキンチョだった時期。この辺りはもう私の教師への態度は最悪だった、ていうか、あまり学校に行っていなかった。先生達も諦めたようで、一番最後に生徒指導室に行った時の言葉はこうだ
「そういう家庭で育ってしまったから、お前はそういう子にしかなれなかったんだろうな」
私はその場で手を叩いて爆笑だ。そういう子ってどういう子だよと。まともに貴田春瀬≠見てくれたことなんかないクセに。
外に行けば他校の不良に絡まれる。以前私に喧嘩をふっかけてやられた男が、今度は人数を増やして五人連れてきたらしい。知るかよ。暇かよ。とりあえず襲いかかってくる一人の男にわざと殴られて油断させた後そのまま後ろから羽交い締めにし、首を絞めるフリをした。近付いたらガチでやると脅せば四人は怯えたように私を見た。ほんとにやるわけないのに。私の真顔はそんなに怖いか。
この頃は本当に、今思い出しても最低な日々だった。ほとんど家で生活して、気が向いたら学校に行って、喧嘩して、寝て、起きての繰り返し。その中で一つだけ心を軽くするものと言えばクロが私の家に来てくれる時。お前が滅多に学校来ないから会えねぇだろ登校しろと毎度怒られた。絶対知ってる筈なのに、クロは私について何も聞いてこなかった。私も聞かれたくなかった。ただ、隣で馬鹿みたいな会話を一緒にして欲しかった。唯一、私が私で居られる時間だった。


夕方、自炊が面倒臭くてコンビニの弁当を買って帰っている時だった。目の前に同じ中学の男子バレー部らしき集団がいて、その中に紅一点、マネージャーの姿もあった。別に友達でもないけど、悪い意味で有名になってしまったから私は帽子を目深に下げフードを被り少し距離を置いて歩いていた。まるで不審者だ。しかし元気が有り余っているのか、騒がしい彼等の会話は丸聞こえで、
「そういえば私、黒尾君と付き合うことになったの」
そんな、いらない事まで耳に入ってきてしまった。まじかよ!、黒尾抜け駆けじゃんか!、そんな男子達の声。
「……………そうなんだ」
別に悪いことじゃないし、クロの自由なのに。クロが優しくする女の人は自分だけじゃないという当然の事実を突きつけられて。そうだよなぁ誰も私が居なくても大丈夫だよなぁと思った瞬間、最後までギリギリ保っていた何かが音を立てて崩れ落ちた。
誰からも必要とされていない人間。
家に帰って、買ってきた弁当を捨てた。


クロが家に来てくれても、私はドアを開けることをしなくなり布団に包まってインターホンの音を聞こえないフリをした。何度もメールや電話が来たけど、電話は取らずメールだけ返した。会いたくないと。それでも毎日、彼は部活が終わったであろう時間帯に私のとこにきた。彼女のこと構ってあげないとダメじゃんって布団の中でそんなことを思ってた。もう自分が何をしたいのか、よく分からなかった。馬鹿みたいに先生に反抗して色んな人と喧嘩して、ずっと気にかけてくれた幼馴染の両親と幼馴染を遠ざけて。きっと自分の価値なんて何もないのだと、死にたいと何度も思った。けど死のうとは思わなかった。母が、私が生きていられるように死ぬまで働いて残してくれたお金があったから。それは私にとって証だった。こんなに早く私が死んでしまったら、母の生きた証が無駄になってしまうと思ったのだ。
「わからない、」
辛くて、苦しくて、死にたくて、死ねなくて。ベッドの中で自分の事を考えることが多くなった。


その日は結構冷え込んでいて、温かいものが食べたくなって私はコンビニで肉まんを買った。あとホットコーヒーも。食欲はあまりなかったから、それが夕飯。白い息をハァッと吐きながら歩いていると、目の前にあの五人の男子高校生達がいるではないか。またかと思えば、その手には金属バット。武器を持てば自信がついたのか、それを持つ男が馬鹿にしたように笑いながら口を開いた。
「よう貴田#、会いたかったぜ」
「ふぉーんぐんぐ」
「俺等凄いこと聞いちゃったから、今日お前にそれが本当か確認しにきたんだよ」
「聞いていいかー?」
「ふぁひぃふぉ」
「……」
「ング……、ふぅ。うまかったごちそうさま。なにを」
「お前の母親、自殺したって本当かよ」
ピタリと私の動きは止まる。その様子を見て本当なんだな!と可笑しそうに笑い出す。
「春瀬ちゃんはちゃんと泣けまちたかぁ?」
「つーかお前泣くことあんの?冷めた奴っぽいもんなぁ」
「あぁ〜だから死んだんじゃねーの?こんな子もう嫌っ!みたいな?」
ゲラゲラと笑う男達。私はジッと、笑わずに彼等を見つめる。
「そしてなんだっけぇ?父親は、」
その言葉を最後まで聞きたくなかったから、私は男の顔面を潰した。

身体のあちこちが痛い。口が血の味しかしないし、片目が開きにくい。この日の喧嘩で多分貴田春瀬はヤバい≠ニいう不名誉な説が広まったと思う。後から知ったことだがあの男達はここ周辺でも近付いてはいけないと言われてた集団だったらしく(過去二度勝ってしまっているのだが)、その集団を動けなくなるまでボコボコにしてしまったのは不良界ではかなりの衝撃だったらしい。いや、不良界ってなんだよ。
「あー………もう。寒いし」
空は既に真っ暗で。痛さと比例するように寒さが骨に沁みてきつかった。なんでこんなんでも足動くんだろーすげーなと乾いた笑いを洩らしながら、どうにかアパートの階段を上って、鍵をポケットから取り出した。でも、そのドアの前に誰かが座り込んでいて。黒いネックウォーマーに顔を埋めてポケットに手を突っ込んで、ドアに背を凭れている人。クロだ。何でいるの、と呟けば彼は私の姿に気付いたようで、これでもかというくらい目を大きく見開いた。あぁそりゃこんなボロボロだったらビビるかなんて思ってお互いしばらく沈黙していれば、彼は立ち上がって私の手から鍵を奪った。もう片方の手で、私の手をギュッと固く握って乱暴に部屋に入れられる。怪我してるんだけどと思いつつもとりあえずされるがままになってみた。掴んだ手の力はとても強くて、痛くて、温かかった。
私の家の救急箱の中身は豊富だった、よくお世話になったから。クロは私をソファに座らせ向かい合うようにして、身体のあちこちについてる傷を消毒し絆創膏や包帯を巻いてくれた。その間何も喋らず、無言。久しぶりに見た彼の顔をチラリと見れば、眉間に皺を寄せたまま私の傷を見ている。怒っていた。そりゃ怒るか、急に会いたくないって言われてずっと無視されてきたんだから。一通り手当てが終わるとクロは深い溜息をつく。ありがとうとごめんなさい、どっちから言うべきなんだろうと考えていると、
「ちゃんと飯食ってねーだろ」
手首を掴まれて低い声で、そう言われる。首を傾げると、痩せ過ぎと言われた。
「馬鹿かよ」
「………」
「この馬鹿」
ペチンッと額を軽く叩かれる。いて、と思わず口に出せばあと500回は叩いてやりてーわと返された。
「ごめんなさい」
「…………」
呆れてるんだろーなーとか、もうとうとう見捨てられるんだろーなーとか、ああでもやっぱりこの人の声落ち着くなーとか、色んなことをグルグル考える。ていうか、
「黒たん、怒られない?」
「………なにが」
「他の女の子の家にあがって。彼女に怒られるよ」
「……………何の話」
「へ」
「彼女なんていねーよ」
こりゃ驚いた、という小並感な台詞しか述べられないくらいには、驚いた。しかしあれは聞き間違いじゃなかったはずだ。恐る恐る確認してみると、告白はされたが付き合ってはないないとの返事。なんだそれ、女子って怖いと引いた。
「ていうかなに、お前それで気ぃ遣って俺と会うのやめたわけ?」
「えー、んー、やー、まぁ、うん、そうだね」
「馬鹿かよ!」
「いたたたっ!!!ちょっとそこ傷口!!」
ギリギリと包帯が巻かれている手首に爪を立てられる。声を上げて身を捩ると、パッとその爪は離れた。
「ハル」
「っ、うん?」
久しぶりにその名で呼ばれるとじわじわと色んな想いが込み上げてきて、息が詰まってしまう。それをどうにか隠して私は笑いながら首を傾げた。
「今までハルが聞かれたくなさそうにしてたから、お前がそうして欲しいんならと思って何も聞かなかった。」
「…………」
「俺は変わらずに軽口叩いてお前の隣にいようって思ってた。ハルが言える時がくるまで待とうと思ってたよ。でも間違ってたわ」
「間違ってなんか、」
「間違ってた。何でこんな怪我してんの、何でそんな痩せてんだよ、何で、ーー俺と会わなくなるわけ」
最後の声は、掠れていた。
「……ごめん」
「謝られたいわけじゃねーし。」
「………」
「教えろよ」
「……………」
「お前のこと責めてるわけじゃない。ただもう全部言って欲しい。何も理由知らないで、突然拒否されたのが割とっていうか超トラウマになってる」
「ごめ、」
「春瀬」
「…………」
有無を言わせないその口調に負けてしまう。寧ろこれに勝てる人っているのか。そう思って1つ、息を吐き出して。私は今まであったこと、考えてきたことを話した。小学校の頃に言われた他人≠ニいう発言をずっと引きずっていること、空手の先生の目、中学にあがって言われてきた教師からの言葉、孤独感、ーー死にたいけど死のうとは思わなかった気持ち。長ったらしくて惨めで、退屈な話をクロはずっと手を握ってくれたまま聞いてくれた。一度も私から目を離さなかった。言いたいことを全部言った時点で時計は何時をまわっていただろう。
「…………俺はさ、」
ずっと話し続けてた私の言葉が途絶えると、クロが静かに口を開く。何を言われるんだろうって怖くなって、俯いて、私の心臓がドクンドクンと煩くなる。
「ハルが、貴田春瀬がどういう奴か知ってる」
思わず顔を上げる。クロが真っ直ぐ私を見る。
「困ってたり何か辛い目にあってる人がいたら放っておけずに助けようとする奴。人の話はめちゃくちゃ親身に聞いてくれんのに、自分の事になると殻に閉じこもるマヌケ」
「ええ…」
「でも俺はそんなマヌケの側にいたいって思ったよ」
「……………」
「話聞いててそいつらブン殴りたくなるくらいクソムカついた。こんな嫌な気持ちになんのは俺がお前のことを知ってるから。俺はお前のことちゃんと見てる。他のどんな奴がハルのことを決めつけても、俺は絶対にそんなことしない。」
「……絶対」
「絶対。」
こんなにはっきりと約束されたこと、今までなかった。絶対≠ニいう言葉程不確かなものはないと思ってたけど、その時彼が言ったこの二文字の力はそれはもう凄まじく私に働きかけて。
許してやって下さい。この子は、
死んだお母さんがどれだけ悲しむか
そういう家庭で育ってしまったから
言われてきた言葉を脳内で再生しても、今のクロの言葉がある限り跳ね返せるようになった気がした。少なくともこの世に一人は、貴田春瀬≠見てくれる人がいる。こんな真っ直ぐな瞳で、私を見つめてくれる人がいるのだ。
「………私が、」
「ん」
「私が、私のこと知って欲しいって思った人に、知っててもらえば。それで、……いっか」
「いいんじゃねえの。俺と、母さんと父さん。あぁあと研磨も。」
「研磨、長いこと話してない。多分もう嫌われてる」
「馬鹿言え。あんなにハルにベッタリだった奴がそう簡単に嫌うか。お前の変わり方に戸惑ってるだけだよ。俺と二人ん時必ずお前のこと聞いてくるんだぞ、元気かって。」
「………まじ」
「大まじ。俺はお前らの架け橋じゃねえぞー」
「栄光の…」
「架け橋じゃねえぞー」
その掛け合いも久しぶり。堪らなくなって、私は思わずクロの胸に頭を押し付けた。この頃は今みたいにこの距離でクロと密着したことがなかったから、彼は突然の私の行動に驚いて暫しの間固まった。ぎこちない右手が私の髪を撫でて、それに思わず吹き出す。
「笑うな」
「ふっふふっ」
「………馬鹿ハル」
撫でていた手がゴツンと私の頭を殴った。
「あと、死にたいと思った時は俺んとこ来いよ。それか呼べ馬鹿。ラリアットかましてやるわ馬鹿」
「一体今日何回馬鹿って言ったの黒ぴ…。あとラリアットかまされるのやだぁ」
「うじうじするよりはマシだろ。……不謹慎かもしんねぇけど、ハルの母さんの証があって良かったよ。お前が今生きてんだから」
「……そうだねぇ。」
「……俺と会わなくなったのは、」
「さっき言った通りでっすよ。彼女が出来たと思って、もう私のとこに来ちゃダメって思ったの。勘違いみたいだったけど。ごめんね」
「それならそうと言ってから引きこもれよ。まぁ言われたら引きこもらせなかったけど」
「あははは」
「笑うな」
一つだけ、言わなかったことがあった。彼女が出来たと勘違いした時、自分がもう誰からも必要とはされなくなってしまったと思ってしまった事。きっとこれを言ってしまえばクロは優しいから、じゃあ俺はお前にそう思わせないように彼女を作らない、なんて言いかねない。ただでさえ私に振り回されてしまっているのだ。そんな言葉で、クロを縛ってしまうのは嫌だった。ーー将来、クロと付き合って結婚する人はどんな人だろうと彼の胸の中で考えた。こんなにかっこよくて良い奴には最高に素敵な女性じゃないと許せない。私みたいな面倒臭い奴じゃなくて、暗い気持ちになんかなる事なく彼がずっと笑顔でいられるような女性。でも出来れば、その人とはもうちょっと大人になってから出会って欲しい。その時までのほんの少しの間だけ、私を側に置かせて欲しい。せめて、高校生を卒業するくらいまで。きっとそのくらいになれば私の心ももう少し大人になっていて、クロに彼女が出来ても笑って祝福出来るはず。誰からも必要とされなくなったなんて思わないくらい心は成長していて、たとえ思ってしまってもそれを隠すことが出来るようになっているはずだ。だから今は、
「あと、他人っつったな。」
「………うん」
「そりゃ他人だろ。お前と俺血ぃ繋がってねぇもん。母さんと父さんもな。でもよ、」
今だけは、

「大事な奴に対して身内とか他人とか、そんなくくり必要ねぇよ」

私はこの人と、一緒に居たかった。

それだけだった。
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