壊れてそして | ナノ
■ いざ森然合宿へ

寝坊しないようにと昨夜音量をマックスにしておいた携帯電話から、けたたましくアラームが鳴り響く。もう少し離れた所に置いてあったはずなのだが寝ている時に己の寝相のせいで移動したのかその距離は近くなっていた。大音量を間近で聞けたおかげか多少眠くも目は覚める。
「………」
ゆっくり上体を起こし、ベッドから足を出す。ボリボリと背中を掻きながら黒尾はLINEを開き、メッセージを送信した。

『ハルおはや』
『おはよう』
『おきてまふ』
『おきねますか』
『おきてますかー』

散々誤字をかました後漸く目的の言葉を送ればすぐに既読がついて、爆笑しているキャラクターのスタンプが返ってくる。

『おはよー』
『起きてますかってもうそれ凄いこっちの台詞ですよね』
『てちゅ〜おきてまふか〜??』

『おきてれ』
『おきてる』

『説得力が迷子ですよ〜』
『お家出る時LINEして〜』

親指を立てているスタンプをポポポッと三度ほど連打して、くぁと大きく欠伸する。今日から森然高校での合宿が始まる。


「あっ!春瀬さんほんとに来た!春瀬さぁーん!!おはざす!!」
おはざーす、はよーす、おはようございますと赤いジャージ集団が挨拶を交わしている中で、頭一つ飛び抜いてでかいリエーフが春瀬の姿を見て飛び跳ねる。彼のその一言で春瀬の存在に気付き、オオ〜と謎の感嘆詞を述べる一同。毎度のことながらリエーフに絡まれると注目の的になって恥ずかしいことがよく起こる気がすると、春瀬は黒尾の背後に半分隠れた。
「えっ、睨まれてる!!なんでっすか!!」
「わたくし、春瀬にゃんはリエにゃんの声のボリュームをもう少し下げて欲しいとご所望である…」
「おらリエにゃん。春瀬にゃんがそう仰っておられるぞ。ボリューム下げたまえ」
「謎のおことばづかい……!黒尾さんにゃんがにゃんにゃん言っても全く可愛くないです…」
「んだとこのヤロー無礼を働いた者には死刑あるのみであるーゆけ研磨にゃん」
「朝からやめてくれない二人とも……」
眠さ故あまり目が開かず頭も働かない上に、幼馴染達のいつもの茶番が始まったと研磨が嫌な顔をする。対してはーいと返事だけはご立派な二名。その姿にやれやれと呆れる夜久と、ニコニコ顔の海が近づいて来る。
「朝早いのによく通常テンションでいられるよな。はよ。」
「おはよーやくもん君。春瀬ちゃんだよ〜嬉しいか〜い?」
「うれしーうれしー」
「くぅ〜この雑な扱いたまんねーな!海ぴーもおはよ。春瀬ちゃんだよー」
「嬉しいよ。おはよう貴田」
「えっ……海ぴー…。貴田はとぅきめいたよ」
「はい解散解散〜。お前らそろそろバス乗る準備しろよー」
「…心狭い」
「研磨にゃんうるせぇですよ〜」
「解散…海さんなだけに…」
ボソリと聞こえた最後の言葉にえっ今誰が言ったの?!と一同はキョロキョロする。自分は何も関係ないような顔をしている福永の後ろで、出発するぞーとコーチが声を上げた。

バスの中。春瀬の隣は黒尾でも研磨でも、はたまた夜久でも海でもなく、
「大丈夫?山本君息止まってない?」
「多分大丈夫だろ」
「多分?」
まさかの山本である。何故そのような席になったのか、順を追って説明すると、
ステップ1: リエーフが春瀬の隣に座りたいと手を挙げる
ステップ2: 身の程わきまえろ!!と山本が怒る
ステップ3: じゃあハルは山本の隣座ればと黒尾が提案
ステップ4: 私どこでも良いよ〜と春瀬も特にこだわることなく了承
「ステップ5、山本の死」
「やっぱ死んでんじゃん!山本君戻ってきて!!」
ゆさゆさと彼の身体を揺すれば、嬉しさや緊張やら感情が大渋滞したのか本人は悟りきったような目で微動だにしない。その姿に黒尾がプルプル肩を震わせる。
「黒尾お前楽しんでんだろ」
「ふっ……ぶふふ…っ」
「隣が女子っていうのは、山本には少しハードルが高かったかもね…」
「少しじゃねーよ高過ぎだわ」
三年組がそんな会話をしている後ろの席で春瀬は、山本君!山本ぉー!へいっやまもとぅ!もっとぅへいっ!もっちゃんへいっ!と呼び掛けに変化をつけ始めていた。こちらもどんどん楽しんできているようだ。
「貴田先輩!ポッキー食べますか!」
「ありがっとぅっやまもっとぅ!じゃないじゃない、ありがと犬岡君」
「うぃす!」
「俺もポッキー食べたいです春瀬さん!」
「落ち着くのよ灰羽君。ポッキー持ってるの犬岡君だから。それとも私が今しがた貰ったポッキー奪う気?なーんて」
「えー!!奪っていいんですか!」
「これもうアホなのか高度テクなのか分かんなくなってきたわ助けて研磨ぴっぴ」
「俺寝てるよ……」
「あれ?返事したよね?」
いつの間にあんな仲良くなってんのあいつらと、涙が出る程笑ったらしい黒尾は指で目の縁を拭いながら言う。
「なんかぼちぼち偶然会うーっつってたぞ。特にリエーフ」
「貴田は後輩受け良いからね」
「そういえば年下に舐められ傾向があるって自分でよく言ってたわ」
「あー…基本的に貴田って誰とでも壁作んねぇからなぁ」
そろそろ真面目に合宿の話をするかと黒尾が資料を捲り、流れを打ち合わせする。参加メンバーが記されているページに臨時調理補助 音駒高校 貴田春瀬≠ニいう名を見つけ思わず口元を緩ませると、隣にいた夜久にきもいと引かれた。ちなみに改めて説明をしておくと、臨時調理補助は砕けて言えば選手等のご飯を作る係である。森然高校には食堂があり、その調理場は合宿時に自由に使っていいことになっているらしい。いつもは主にマネージャー達がその仕事を任されているのだが、如何せん体育館に赴き選手達のサポートもしなければならない上に、今回は烏野が加わった。故に調理の人手が欲しかったとのことだ。今回春瀬はご飯を作ることのみに専念することになっているので、中々に有難い存在となっているようである。
「貴田ってそんなに料理上手なわけ?」
夜久が意外だというような顔で聞く。海もまた気になるようで黒尾の答えを待っていた。
「まぁあいつちっさい頃から自分で飯作ってたから」
「そうなんだ。……あ、そういえば親はいない、んだったっけ」
「そー。つーかお前ら食べたことあるだろあいつの作ったもの」
「えぇ、ねぇよ」
「俺も覚えがないぞ」
「いやいや。1.2年のバレンタインデーに思っくそ貰ってたじゃないの」
その黒尾の一言を聞き、何のことだと思案する。1.2年のバレンタインデー、貴田、手作りーーー。そしてそのキーワードがまとまった瞬間、海と夜久は声を張り上げた。その音量が思いの外大きかった為、一瞬バス内がシーンと静まり返りる。ごめん、なんでもないと二人は慌てて謝った。
「うっそ…あれ手作りだったわけ……俺ずっーーーと、どっかの店ん奴かと思ってた……」
「俺もだよ……。前はミルフィーユで、その前は確か、」
「マカロン。見た目も綺麗だったしすげぇ美味かったぞあれ」
「梱包も凄く丁寧にされてたから作ったなんて考えもしなかったなぁ…」
「え、ハル何も言わなかったの?」
「どこのお店の奴なんだって聞いたらニコニコ笑って誤魔化された」
「楽しんでんじゃねぇかあいつ。手作りって思われなかったのが嬉しかったんだろうよ」
瞬間、ドッと後ろで笑い声が上がる。盛り上がってんなぁと振り返れば、春瀬がすぐ気付いてニコニコしながら手を振ってきた。
「………………とりあえず、今回のご飯が俄然楽しみにはなったきたな」
「そうだね。」
三人で顔を見合わせ、クスリと笑う。もうすぐで目的地に到着だ。


ミンミンミンと夏の風物詩ともいえるあの虫の声が、バスを降りると同時に耳に入ってきた。何名かが先に合宿所に入っていく中、暑いなと春瀬は手を頭にあてて影を作りながら、物珍しげに辺りを見渡す。彼女にとって森然高校を訪れたのはこれが初めてである。
「クロ、虎がまだ菩薩ってるんだけど」
「放っとけ。烏野もうすぐで着くってよ」
そんな会話が耳に入ってくるものの、それ以上に少しそわそわしてしまう。すると夜久が彼女の背中を叩いた。
「そわそわ虫でも付いてんのか。落ち着け」
「ソーワソワソワソー。ちょっとキンチョーしてきたよやくもん」
「蝉っていう字を手の平に三回書いて飲み込めばおさまるんじゃね」
「まって?一回書くのもまぁ時間かかる上になんか気持ち的に飲み込みたくない」
「残念だなぁ」
「雑ぅ〜!毎度のことながらやくもん君の私への扱い雑ぅ〜!」
「あ!お前のご飯楽しみにしてる!」
「いきなり?!」
もうやだこの子〜と泣き真似をしながら黒尾の元へ行き、その広い背中にピッタリとくっつく。新たにバスが到着したのを確認し、どちたのハルちゃん悲ちぃの〜?と黒尾が後ろを振り向かずに声をかける。
「ところで今来たバスはどこのガッコ?」
「おま、スッと戻るな俺が恥ずかしいだろ。烏野だよ。」
からすの、例の宮城の所かと思い出すと春瀬は背中からにょろりと顔を出しそのバスの方向を見つめる。選手達のほとんどが何故か欠伸をしながら降りてくる、そりゃ宮城からだったら深夜出発になって眠くもなるかとすぐに納得した。
「うぇーい、長旅おっつー」
「おす。今回も宜しくな」
黒尾と烏野の主将らしき人物が挨拶を交わした途端、次々と体育会系の挨拶が飛び交う。その中で、研磨を発見するとすぐに駆け寄ってくるオレンジ頭の子がいて、他校に友達いるのか研磨ぴっぴ…!と春瀬は密かに猛感動していた。すると、烏野の主将が黒尾の背中にくっついている金髪女子の存在に気付く。
「お、もしかして例の」
「そだよ、例の。」
「ちょ、そんな危険なシャブみたいな扱いしないで…」
例のとは何て言い草だと春瀬が黒尾の横に立つ。するとその姿を確認した烏野の二名が何故か声を張り上げて、彼女は思わずビクリと肩を震わせた。
「すまん。あの二人は気にしないでくれ」
「えっまじですか。あいっす。」
「烏野の主将してる澤村大地です。」
「えっと、貴田春瀬です…?」
「何で疑問系だよ。お前貴田春瀬じゃねえのか」
「いや、確かに貴田春瀬です。宜しく」
「ははっ。貴田さんの話は聞いてるぞー、今回俺等のご飯作ってくれるんだってな!よろしく!」
「うん」
「柄にもなくキンチョーしているハルさんなのであった」
「黒ぴちょっと黙って」
「ウチにはマネージャーが二人いるから、紹介するな」
そう言って澤村がその二人の名を呼ぶ。無意識なのか春瀬の右手は黒尾のジャージの裾を握っていて、それに密かに萌えている黒尾がいるのはここだけの話だ。すると烏野の男集団から眼鏡をかけた黒髪女子が現れ、ニコリと微笑んでこちらに駆け寄ってくる。その姿を目にした瞬間春瀬がカッと目を見開いて黒尾を揺さぶる。
「ちょちょちょちょっと待ってよ黒ぴ!!!!どういうこと?!?!」
「まてまてこっちの台詞だわ、震度何だよってくらい俺揺れてるんだけど。やめっ、ちょやめてほんとに、ハルさーん」
「激マブじゃね!??!超美しいんだけど!??激マブ!!!あーゆーのを激マブって言うんだね!!」
「それ死語過ぎるし男子かよお前は。あと心配すんなハルちゃんも可愛いぜ…って痛っ!??何で俺殴られました?!」
「今そういうフォローほんっっっとにいらないの虚しくなるだけだから!って、待って後ろの子も可愛い……可愛いねぇ…可愛いよぉ……」
「怖い」
二人の会話が面白かったのか澤村が口を抑えてブルブル震えている。そんなやり取りをしている間に春瀬の前に二名の烏野マネージャーが立っていた。
「初めまして。私、清水潔子。貴田さんだったよね?」
「美人やなぁ……」
「え?」
「あ、ごめんね。うん、貴田です。春瀬でいいよ〜」
「じゃあ春瀬ちゃんで」
「ぐはっハートをやられた」
「いちいち面白いけど話進まないから耐えろハル」
「うぃす。えっと、そっちの子も名前教え…かわ……。可愛いなぁ…」
「ハルさん」
「ごめんなさい。」
「はひひはははじめまして!!!谷地ひちょかと申します!!」
「(噛んだ)」
「(噛んだ)」
「(噛んだ)」
「(ヒチョカ…?ハーフ…?)」
「はっ!(自分の名前すらまともに言えない、会社でも噛みに噛みまくって上司に怒られ、終いには)クビ……!!」
「落ち着いて」
「ハーフの谷地ヒチョカ・ハックビさん?」
「ハル?」
「ごめんなさい。」
「谷地仁花でふ!!よろしくお願いします!!」
ガバッと頭を下げられると、こちらこそ〜仁花ちゃん〜と春瀬ものろのろお辞儀をする。
「じゃあマネージャー同士で一旦集まって色々決めなきゃいけないから、私達先に入っとくね。この話し合いで何日に誰が調理場つくとかも決めるから春瀬ちゃんも一緒に行こっか」
「りょーかい。いっぱい質問しちゃうかもしれないけどよろしくね」
「勿論」
また後でと澤村と黒尾に合図して、清水と谷地、そして春瀬の三人は合宿所の方へと向かう。その後ろ姿を見送って、澤村がぶふっと吹き出した。
「噂には聞いてたが本当に面白いな黒尾と貴田さんの会話」
「俺じゃなくてあいつがちょっと頭緩すぎるのよ」
「それにしても息が合うというか、いやぁ面白かった。見てて飽きないだろうな」
「夜久には疲れるってよく言われるけどな」
笑いながら二人で歩いていると、目の前にいる日向が鉄塔を指差して、東京ツリー?!とキラキラした目で研磨に尋ねる。その姿に宮城には鉄塔無いの?と黒尾が二ヤニヤしながら澤村に言えば、地方人には東京の鉄塔は東京タワーに見えるんだよと怒られた。
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