壊れてそして | ナノ
■ 中学の話@

母が亡くなって、誰が私を引き取るかという話になった時手を挙げたのは親戚の叔母や叔父でもなく、全く血の繋がりがない女の人だった。「私が、」と凛とした姿勢と良く通る声で申し出た彼女の姿は今でもはっきりと記憶に残っている。どうやら母と高校・大学が一緒でとても仲が良く、親友という関係にあったらしい。しかしある時から私の母から一方的に連絡を切られたようで、ずっと会わなかったことを後悔しているのかその目に涙をいっぱい溜めていたのがとても印象的だった。一方私はというと、まるで他人事みたいに大人達の事を観察していた。だから縁側に男の子が座っていたことに最初全く気付かなくて。隣に座るかと尋ねられて目が合うと、手を掴まれた。
それが、クロとの出会い。


話し合いの結果、やはり赤の他人に身内を引き取らせるわけにはいかないと思ったのか、母方の叔母が私を書類上は引き取る形になった。けれど住む家はその叔母の所ではなくて、最初に進んで申し出てくれた人、ーークロのお母さんの家に居候という形になった。その為引っ越しと転校は当たり前付いてきて、でも離れた街で暮らすことが出来るのは有難かった。生まれた地は、思い出が多過ぎるから。
母の遺書によれば貯めたお金の全ては私に使って欲しいとのことで、通帳を確認してみるとそこには莫大の金額が記されていたようだ。朝、昼、晩、ほとんど休むことなく毎日気が狂ったように働き、将来私を養えるであろう金額を推定してそれを貯めることが出来た時に死ぬと、母は決めていたようだった。
クロのお母さんは明るくてサバサバした人で、お父さんは大人しく控えめな人、二人とも私をとても可愛がってくれた。そしてその一人息子であるクロは、
「春瀬だからぁ、……ハル!ハルって呼んでいい?」
「うん」
「ハル!」
「……うん」
「俺鉄朗ってゆーんだけど、クロって呼ばれてる。ハルもそう呼んでいいぜ」
「………クロ?」
「おお!!」
こんな感じ。自分の家に他人が入ってくることをまるで躊躇せず、すぐに受け入れてくれた。お父さんとお母さんを取られたとか思わないのかなと子供ながらに考えたが、彼はそんな様子を全く見せず、太陽のように笑いながら迎え入れてくれた。
「隣にさ、研磨ってゆー友達が住んでんだ。今度紹介する!」
「え、いいよ、だいじょうぶ」
「めっちゃ大人しくてあんま喋んない奴だけど、すげー頭良いんだよなぁ。すごい奴なんだよ!研磨と一緒にバレーして優勝するのが夢!」
「(聞いてない…)」
小学生の頃のクロは今より少し強引な性格だった。でも基本的には変わらない、面倒見の良い気さくな子。必ず何かをする時には私のことを気にかけてくれたし、どこかへ行くとなったら一緒に連れてってくれた。クロと研磨と私は、三人で毎日のように遊んだものだ。おかげで私は学校にすぐ馴染むことが出来たし、何不自由なく暮らす事が出来た。
だけど。
「お前と黒尾、何で一緒の家に住んでんの?」
「他人同士なんだろ?」
悪びれもなくそう聞いてくる同級生のこの言葉は、呪いのように、


小学5.6年の間クロと研磨がバレーのクラブチームに入ってたから私もなにかしてみたくて、空手というものを習ってみた。でも小学校を卒業すると同時に辞めた。5年生までは他の子達同様厳しく指導してくれた空手の先生が私の家庭の事を詳しく知った途端、優しくなったから。それなりに楽しかったけど、あの哀れみを含む目に耐える事が出来なくなって、中学で新しい部活動を始めたいからという嘘っぱちの理由で辞めた。クロにも、研磨にも、クロの両親にもその本当の理由は誰にも言わずに心の中に隠した。


中学生になった。初めて制服というものに袖を通した時、心の奥がムズムズして、少し浮かれた。
「俺は絶対バレー部。ハルは?」
「んーわかんない」
「バレーはどーよ!男バレのマネでもあり!」
「のぅてんきゅぅ!」
「んでだよ」
桜がヒラヒラ舞い散る中新入生である私達が部活の話をしていると、クロのお母さんが二人で並んだ写真を撮ろうと言ってくれて、お互い恥ずかしいと文句をぶーたれながらも桜の木の下で撮った。この時の初々しい写真は恐らく、今も残ってる。張り出されている新入生のクラス分けを見ると、残念ながらクロと私は離れ離れ。沢山の人がいる中で、ハルいねぇじゃん!と叫ばれた時は流石に恥ずかしくて彼のほっぺたを抓った。
そして、始めは浮き足立つ小学校上がりたての新入生達も、数ヶ月と時が経つとその環境に慣れてくる。勉強はまぁ、授業をちゃんと聞いていれば出来た。いつも10番以内には入っていたくらいだからそれなりに優秀だったと思う。クロは宣言通りバレー部に入部。私はというとあの瞳が未だに忘れられなくて部活に入るという考えがあまり頭になく、日々を淡々と過ごしていたものだ。でも、それがある時から一変した。
中学1年の後半、下校時刻。帰るかと学校を出ようとすると、一人の男の子が二人の男、恐らく先輩に囲まれて何やらお金をせびられている様で。まるで漫画みたいだなとぼんやり頭でそう思いながら、まぁ成り行きというか、そうしなければいけないという使命感からか、私はその二人を完膚なきまでにやっつけてしまった。するとどうやらこの二人の内一人の親が、所謂モンスターペアレントという部類の奴だったらしい。その母親が職員室に乗り込んできたのである。偶然その場に遭遇してしまった私は入り口のドアに身を潜めて教師とモンスターの会話を静かに聞いてみることにした。その母親はもう許せないとばかりに自分の息子の非なんかそっちのけで私のことを責めているようだった。うちの子が何をしたというのか(カツアゲだよ)、うちの子に限ってそんなことをするはずがない(したんだよ)、こんな子がいる学校に息子を通わせるのが恐ろしい(お前の息子の方が恐ろしいわ)、私はその親の言う言葉に一つ一つ丁寧に心の中で返答。すると、私の担任の口からとんでもない言葉が飛び出てきたのだ。
「許してあげてくれないでしょうか。あの子は、父親はーーーーで、母親が自殺してしまった子なんです。物事の良し悪しが、恐らくあまり理解出来てないのだと思います」
担任教師が、声を震わせてそう言ったのだ。他の教師が慌ててそれは言うべきではないことだろうと口を挟むのが聞こえたが、騒がしさは一層強くなった。
私のその時の気持ちを例えるなら、心臓をキンキンに冷えた氷水に漬けられた感じ。何を言っているんだろう、って。許してくれとはなんだろう。それとこれの何が関係あるのか全く分からなくて。同時にその時思い出したのは可哀想と言っていたあの瞳。急に吐き気を催して、私は誰にも何も言わず教室から自分のカバンを引っ掴んで帰った。考えてみたらあれが初めてのサボりだったかもしれない。
走って家に辿り着くと、感じる違和感。今まで家だと思っていたものが急にそうではないと脳内で信号を出し始める。これは私の家ではない、他人の家。同級生に言われた時何でもないという顔をして見て見ぬ振りをしていたあの呪いが、また私の心を蝕んでいく。私はクロの家で立ち尽くしてしまった。入れない。元々、私が入っていい場所ではなかった。
あの子は、父親がーーーで、母親が自殺した子なんです
じゃあなんだ、そんな私は何をしても許されてしまうのか。
「痛い……」
胸をギュって抑えて、その場で蹲る。目を閉じ瞼の裏を見つめて暗闇に心を落ち着かせようと深呼吸をした。
次に目を開けた時はベッドの上で、側に付いてくれていたらしいクロのお母さんがとても安心したような顔で私の髪を撫でた。
「春瀬ちゃん…よかった…!心配して私、あぁ…ほんとに、ほんとによかった。玄関で倒れてたのよ?覚えてる?どうしたの?」
ずっと汗を拭ってくれていたのか、タオルを握り締めている。全部忘れてたら良かったのに、起きても全部覚えてて。私はこの人が嫌いじゃない、大好きだった。感謝してもしきれなくて、本当に素敵な女性。だけど多分その時はもう、上手に感情をコントロールすることが出来なくなっていたのだと思う。私は横になったまま、一人で暮らしたいとクロのお母さんに告げてしまったのである。


黒尾家のすぐ向かいにあるアパートに、私は住むことになった。最初クロのお母さんからは反対されていたが、私が一番したいようにさせてあげなさいと言ってくれたクロのお父さんの一言で彼女が折れた。引っ越し作業は距離が近い為に業者は呼ばず全て自分達で。クロは自らすすんで重たいダンボール等を運んでくれた。
「なぁー」
「んー」
「俺のせい?」
「…何が?」
「家出て行くの」
「そんなわけないじゃん。ただ早い内から一人暮らし始めようとは思ってたんだよーん」
「………ふーん。」
多分納得はしていなかったようだけど、それ以上何も言わずにクロは静かに手伝ってくれた。アパートは少し狭かったけど、綺麗で日当たりの良いところ。自分の服や小物を整理してると、その後ろでクロが口を開いた。
「よっしゃ俺ここ入り浸ろ」
「ええー乙女の部屋に?」
「誰の部屋?もっかい言って」
「ツッコめよ」
「もう一つの別荘が出来た気分だな。ここをアパート黒尾と名付けよう!」
「アパートサンシャインですけど」
「ツッコめよ」
クロとは昔からこんなくだらない会話ばっか。でも私がこの他愛もないお喋りに救われていたのは確かだった。
学校は、もう前のように戻る事は出来なくなった。サボった翌日が土日だったから、月曜日。早速生徒指導室で担任、生徒指導と向かい合って話をした。何があった?先生が力になれることがあればと。薄っぺらい笑みを顔に貼り付けてそう言ってきたけれど、その心の中に住んでいるものを知っている。色んな素敵な′セ葉をかけられた。先生方はお前の味方だから、辛いことがあれば何でも相談してくれ。イライラした。気持ち悪かった。だから机を蹴った。驚く二人を冷めた目で見つめて、私はドアへ向かう。
「物事の良し悪しが分からないので」
そう言ってピシャリとドアを閉めた。


髪を染めた。我ながらムシャクシャしてやったことが単純過ぎる。校則が厳しかった中学ではその髪の色はすぐに指導の的だったけど、そのことを触れられるものなら先生を突き飛ばして学校中を猛ダッシュして逃亡。後ろから叫び声が聞こえてくるのが滑稽で面白かった。足が速いとは得なものだ。捕まった時は親の呼び出しを叔母かクロのお母さんかで先生方の間で揉めていて、クロのお母さんに迷惑をかけたくなかったから私が叔母を勧めた。我ながら最低である。しかし結局叔母は呼ばれても来なかったし、クロのお母さんを呼ぶのは黒尾君に迷惑がかかるからとかで呼ばず(まぁ良かったけど)。結局毎回、死んだお母さんが悲しむやらなんやらの説教。気付けば教師という生き物が大嫌いになっていた。こうして瞬く間に私はその学校の問題児達の仲間入り。席次10位以内の優等生が急に髪を染めて先生達に追われるようになったから、不良達も何だこいつはと面白そうにしていた。でもお互い別に仲間とは思ってなかったから付かず離れずの関係でいた。喧嘩を吹っ掛けられれば返り討ちにしたし、たまにやられてしまいそうになった時は駆け足ダッシュ。その辺りから悪知恵が働くようになり、以降あまり負けるということがなくなった。そんな変化があってもクロとは変わらず話はした。初めて私の頭の色を見た時はめちゃくちゃ笑われたものだ。
「なんだお前その髪!!ぶひゃひゃひゃ!!」
「まっきんきんでしょ〜ぴっかぴかぴーっつって」
「そりゃ学校でも目立つなおい!ひゃひゃひゃ!」
「黒ぴっぴの髪人のこと言える?」
「やかましいわ」
クロは私の髪を指で掬ってはサラサラと滑らせた。
「でも、似合うなぁこっちの方が」
「………からかってるです?」
「ガチですぅ。綺麗だっつってんの」
そう言って先程の笑いとは違う類の優しい笑みを浮かべた。その言葉が嬉しかったから高校生になっても髪の色を変えていないということは、秘密。
この頃から研磨とはあまり話さなくなった。学年も学校も違うからというのはあるが、なんとなく会わなくなってしまった。後から聞けば研磨はこの時の私が怖かったらしい。反省。黒尾家にもたまに顔を出すようにして、髪の色の変化以外は特に何も変わってない風を装った。多分何らかの形で私の話は広まっていたと思うけど、クロのお母さんとお父さんは何も変わらず接してくれた。ーーたまに、迷うように瞳が揺れることがあったけれど。
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