壊れてそして | ナノ
■ 決意に一撃カウンター

学生にとって、最大の敵であるテスト。その最終日の最後の科目が終わった時、毎度のことながら歓喜の声が教室のそこら中に溢れる。この瞬間に感じる解放感ってたまらないよなぁと若き日の自分を思い出し、先生方もその生徒達の様子を楽しげに眺めていた。
さて、場所は変わって放課後の職員室前。二人の男子生徒と一人の女子生徒がバレー部の監督である猫又と向かい合っている。
「ーーーっつうわけだ。これが合宿の日程表と、資料。念の為黒尾と海、お前等二人に一部ずつ渡しとくぞ」
「ありがとうございます」
「で、春瀬ちゃん。はじましてじゃあねぇなぁ。体育館で何度か顔合わせたことあるね」
「うん!」
「はい、だハル」
「あい!」
「はっはっは!いやぁ今回だけって言うのが残念でならないねぇ。なんで今までやってくれなかったんだ?ええ?」
「真相は藪の中っスね…」
「わけわかんねぇなぁ」
面白い子だ!そうっすか!と大口開けて笑う両名に、黒尾と海は苦笑いだ。
「森然の時に参加してくれるんだってな。これが日程表と、メニュー表だ」
「はいです。プチバイキング形式みたいな感じなんですね」
「ああ。当日は他校のマネージャーもいるから、力合わせて頑張ってくれ」
「うん、あ、はい。他校かぁ…クロ、私人見知りしたらどうしよう」
「ねぇな」
「あいてぃんくそーとぅー…」
紙をパラパラ捲り案外作るの少ないもんなんだなぁと思っていると、入り口近くに座っていた教師何名かが笑いながら春瀬に声をかける。
「貴田が怒られない理由で職員室前にいるなんて珍しいな」
「ビックリしますねぇ」
「ほんとだよね私もびっくりだよ」
「なんだ、問題児か春瀬ちゃんは」
「やだなぁもうこの見た目からそうじゃないですかぁ」
「自分で言うな」
バシリと後ろから頭を叩かれ振り向くと、あの生徒指導の山平が出席簿を持ちながら呆れた顔をして立っていた。
「ちわす」
「ちわ」
「よぉ黒尾と海。猫又先生も、お久しぶりです」
「久しぶりだなぁ山平」
「はい。今度の合宿この馬鹿連れて行くんですよね?俺の代わりにこのふわふわした頭叩き直してきてやってください」
「山ちゃんじゃ荷が重いんだってぇ生徒指導なのにねぇうふふっうぶふふ」
「貴田。この話し合いが終わったら次は俺の机ん前で話し合い始めるか」
「嘘です!山ちゃん最高生徒指導!!」
サッと猫又監督の後ろに隠れ、汗を垂らす春瀬。盾にされた本人は楽しそうにはっはっはっと笑う。黒尾も海も、監督にこんなこと出来るのはこいつだけだろうなとちょっとだけ感心していた。
「ったく……くれぐれも迷惑はかけるんじゃないぞ。仕事もサボらずに身なりも整えて行けよ」
「へいへいほ〜」
そう言って山平は猫又監督に会釈をし、職員室の中へと入っていく。それを確認して春瀬はホッとする。
「監督、こいつこんなんですけど責務はちゃんと果たす奴なんで安心して下さい」
「酷い言われよう。クロたんめ」
「お前等の推薦だ、全く心配してねぇよ。それに春瀬ちゃんとは前から話してみたかったからねぇ」
「わーい!宜しくお願いします!」
にっぱーと太陽の様に笑う春瀬と、愉快そうに微笑む監督。まぁ仲良くなったようで何よりだと黒尾と海も一緒になって笑った。


帰り道。明日から始まる合宿に必要な物を買う為に黒尾と春瀬はショッピングモールにいた。
「このピアスかあいー」
「でけぇな」
「シンプルな服が好きだからさぁ小物はジャラジャラつけたい」
「なるほどな。そういえばお前耳いくつあいてたっけ」
「54個」
「耳消滅だわ」
「左2に、右3だよ〜」
「トラガスもあいてんの?」
「うん。右に」
「痛そーだな」
「そーなの、開けた時痛くて泣いて謝った」
「耳に?」
「うん」
細かい柄が施されているゴールドの盤に、ターコイズブルーの石が付いていてゆらゆら揺れている。大きいとは思ったが、確かに綺麗だし春瀬には似合うだろうなと黒尾は思った。しかし彼女はしばし眺めた後、それを置いた。
「?買わねぇのか」
「んーこの前およふく買っちゃったから、散財したくないので我慢」
「偉いでちゅ」
「そうでちゅ」
でちゅでちゅと言いながら、そのアクセサリーショップのすぐ隣にあるスポーツショップに寄った。元はと言えば用があるのはこっちだ。いらっしゃいませーと聞こえた後にでかっと小さく呟く店員の声が耳に入って、春瀬はプルプル笑いを堪えて黒尾の背中に顔を埋める。背中に僅かな重みを感じながらも放っておこうとテーピングやら必要な物を黒尾は次々とカゴに入れていく。
「あぁそうだ部着あと2着ぐらい買いてぇんだよな」
「黒ぴっぴ大量に持ってそうだけど」
「僕毎年でかくなるから着れなくなったのが何枚かあるの」
「なるほど。毎年雄っぱいが」
「お前はこの間から何故俺と乳を繋げたがるんだ」
上着を何枚か見ながら、これでいーやと即効で決める黒尾。もっとこだわらないでいいのかと問えば別にいんじゃねと返される。男性と女性の違いはこういう時に現れるなと思う、服に対して割と適当だ。勿論男性全員がそうと言ってる訳ではない、例外もいるだろう。春瀬は自分の物も一応見とくかとレディースの方を物色した。彼女は中学高校と何も部活はしておらず、強いて言うなら小学校5.6年の間空手を習っていたくらいだ。黒尾がそのことを思い出した様に話題に出す。
「いいじゃねえかハル空手着着てこいよ」
「バレー部共を殴り込みじゃあって馬鹿かよ」
「ぶひゃひゃひゃ」
「でも滅多にこーゆーの着ないから買うの勿体無いなぁ………。そうだ黒さんや!」
「なんじゃろかハルさんや」
「クロのちっちゃくなった洋服貸して!」
「………」
「えっだめ」
「だめじゃねぇけどメンズとレディースは同じMでも大きさちげーから絶対でかいぞ」
「……そっか」
じゃあやっぱり買おうと春瀬は上下がセットになってる紺のジャージを手に取る。銀のラインが入っていてシンプルだ。
「……俺の服着てる姿想像したらクるものがあるな」
「は?なに」
「なんでお前紺選ぶんだよそこは赤にしろよ」
「すごい話逸らされたね?いーじゃん紺無難だしそれにこれ気に入ったし。クロのそれも一緒に買ってくるよ」
「お金渡しとく」
「おっけ。ちょっと行ってくるね」
持っていたカゴに商品を入れて春瀬はレジへと向かう。その後ろ姿を見ながらいつもは部活に無関係な春瀬が今回合宿に関わる事を、黒尾は浮かれてはいけないと思いつつ改めて楽しみになった。彼女の作る料理はお世辞抜きで、美味い。列が出来てその最後尾に並ぶ春瀬を見て、黒尾は隣の店へと足を運んだ。


「朝は早いの?」
「あぁ、それに研磨起こしに行かねーといけねぇから。ハルはバイトか」
「そぉ。バイト生一人逃亡しちゃったからどうしてもシフト代われなかった」
「その逃げた奴にはアイスの呪いがかかるであろー」
「全くですだ」
軽い荷物を春瀬、重い荷物は黒尾が持つ。私そんなヤワじゃないよといくつか彼の分を持とうとしたが、俺もヤワじゃねぇよとやんわり断られた。
「まぁあれだ。慣れない環境だから戸惑うこともあるかもしんねーけど何かあったら俺とか音駒の連中にでも聞けよ」
「うん、あんがとぅー」
お互いの家の近くまで着く。話をしながら歩いていると目的地にはあっという間に辿り着くものだ。春瀬はじゃあそっちは明日から頑張ってねと手を振りながら自分のアパートへと向かおうとする。
「すとっぷ、ハル」
黒尾がポケットに手を入れて茶色い小さな紙袋を取り出す。貸してたものでもあったかと不思議に思って春瀬は大人しく待った。
「目ぇつむってみ」
「そして目を開けたらそこには誰もいなかった、的な展開になる?」
「ならん。いいから」
なんだろうかと大人しく目を閉じる。失礼しまーすと黒尾が彼女の耳元へと手を伸ばし、耳たぶを優しく掴む。若干の冷たさを感じ、その感触を知ってる春瀬は、え、と呟く。もう片方の耳にも同じ感覚を感じ、黒尾は楽しげに口を開いた。
「イイよー」
言われた瞬間パッと目を開ける。黒尾が携帯をいじってカメラを開き、それを内カメモードにして春瀬に渡す。
「………これ」
「ん、さっきの。ハルに似合うだろーなって思った瞬間お前それ置いたからよ。買った」
やっぱり良い感じだなと微笑みながら黒尾は満足そうに彼女の耳に揺れるピアスを触れる。これを着けている春瀬を見たかったのは勿論、喜ぶ反応見たさというのも購入した理由のひとつだ。
「どーだどーだハルさんやー。さぞ嬉し…………」
春瀬の表情を見ようと彼女の顔に視線を移すと、黒尾は大きく目を見開く。
「………お前なんでそんな顔赤くなってんの」
「げっ」
なってるの?!と顔を両手で押さえれば、コクリと頷く黒尾に更に悲鳴をあげる。
「いやいやだってさ、なんかこんな感じされたの初めてでし、でし?ですし!サプライズ的な?だからそのなんかこうめっちゃ嬉しくてたまらんのですだけど、なんかね、あっありがとうね」
絶賛大混乱しているのだろうか、黒尾の手を取ってブンブン振り回しながらベラベラと喋り続ける春瀬。そしてピタッと動きを止め、口を尖らせた。
「て、照れたぜー」
はははと笑いながら誤魔化す。驚きはしたものの、このピアスに対して実は未練を感じていたようでその心は本当に嬉しさでいっぱいだった。耳に感じる小さな重さがその嬉しさを助長させ、大事にするねと微笑む。ーーが、しかし。相手の反応が全く何もない。もしかして気を悪くしたか、折角貰ったのに素直に喜べって感じかと春瀬は顔を上げた。すると、掴んでいたはずの黒尾の両手が急に彼女の手の平から抜け出し、その手は春瀬の両頬を包む。そのままグッと顔が近付いてきて何が何だか分からぬまま春瀬は目を見開いていると、
「…………ぶぁーか」
そのままゴン!!と。なかなかの強さで頭突きをされる。突然の痛みに黒尾から離れて春瀬は自分の額を涙目になりながらおさえた。
「???!!!?!」
「ぶひゃひゃひゃ!馬鹿面してっからですぅ〜」
「理由雑だね!ていうか痛い!」
「はいはいごめんねぇぷっぷくぷー」
「あしらいも雑だね?!」
ギャーギャーと喚けば、笑いながら謝ってくる黒尾。一通り非難しても笑い続ける彼に、もぉいいやと春瀬はため息をついた。
「でも、ほんとにありがと。嬉しい。大切に使う!」
「おー」
「マジでガチでチョー大事にするね」
「マジでガチでチョー大事にしてやって」
それじゃあ今度こそバイバイとお互い手を振って自分の家へと向かう。まだ少し痛む額を摩りながら、春瀬は自分の胸がずっと煩いことに気付く。
「………ビックリしたぶー」
あんな顔の近さは初めてだったことに加えて、今まで見た事のない黒尾の表情。ほんとに何だったんだろうとドキドキが止まらない春瀬だった。


一方、黒尾家では。片方の靴は脱ぎ掛け、もう片方の靴は履かれたまま、玄関で大の字になって倒れている黒尾鉄朗の姿があった。母親がその息子の姿を見つけ、何してんのあんたと呆れている。
「……可愛すぎたなんだあれ!!!意味がわからんわ!!!」
あんな反応をされるとは全く予想していなかった。先程の春瀬の表情を思い出してまた黒尾はああーとため息を吐く。
(危うくちゅーしかけたわ)
寸前のところで我に返った自分に賛辞を送りたい。春高が終わってから言うと決めたのだ。その決意が予選すら始まってないのに崩れるところだった。
「ちょっと、そんなとこで寝てないで早く着替えなさい。」
「母上様、そんな関係になってないのに好きな子に手を出そうとした男をどう思いますか」
「あらなにあんたのことなの?」
「ぶーひひぶひぶー」
「とりあえず何があっても女を傷付けない男になりなさい。父さんみたいになっちゃだめよ…」
ボッと目に炎が灯る自分の母に、黒尾は苦笑する。
「どしたの」
「あの人ね!また連絡なしに会社の飲み会に行ったのよ!?私もう夕飯3人分作っちゃったわよ!いっつもなんだからほんとにイライラするわ」
「俺が父さんの分まで食べるって…」
「いい子に育ったわね鉄朗。あ、そうだわ春瀬ちゃん呼ぼうか」
「今日はやめて」
「あら」
はぁーと何度目かの深い溜息をついて、黒尾は靴を脱いだ。
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