壊れてそして | ナノ
■ 小さな接触

生徒達がちらほら眠そうに登校してくる中、春瀬もまた欠伸をしながら歩いていた。今日からまた月曜日、一週間が始まると思ったら憂鬱でしょうがない。学校は好きだが勉強は嫌いだ。めんどくさいなーと春瀬は自分の靴箱を開く。彼女の上履きの踵の方には、左足側に3-6貴田ちゃん=A右足側に3-6春瀬ちゃん≠ニマーカーでやる気なさそうな字体で書かれている。ちゃんとしろと先生に叱られたものの、あまり直す気はないようでずっとそのままだ。右手でスマホを持ちラインを開きながら、もう片方の手で自分の上履きを手に取る。しかし持ち上げた瞬間、ジャラジャラと聞き慣れない音が耳に入る。なんだと不思議に思って上履きの中を覗いてその音の原因に気付くと、春瀬は大爆笑した。


「うっそ春瀬、あんたいじめられてんの?チョーウケるんですけど〜」
「ほんとだよトラウマなりそーマイティーソー」
「なにそれぇ」
「アメコミですよ知らない?ていうか上履きに大量の画鋲ってなんて古典的な手口って思うのですがどう思いますかね、はい、ゆっこ大佐」
「ゆっこ軍曹はねぇ」
「勝手に階級変えたよこの子は」
「図々しいな」
「昨日携帯小説で、イケメン総長に気に入られたヒロインが嫉妬に燃えた女達にそれされてんの読んだわ。その調子だったら春瀬アレよ?トイレ行ったら上から水かけられる〜」
「やだぁそれどんなクールビズ。ドア開けてトイレ入るしかないじゃんか〜」
「痴女かよぉ」
昼休み。久しぶりに登校してきた友人2人と廊下を歩きながら、のろのろと朝の出来事を話す。まさかこんなありがちないびり方をされるとは思わなかった為、春瀬の心は可笑しさでいっぱいだった。ショック以前の問題である。初め画鋲が入ってたと聞かされた時は驚いたものの、春瀬があまりにも気にしていないので2人も一緒になってふざけていた。
「まぁでもあれよ春瀬〜。あんたが気にしてないならいいけどさ、悪化してきたらうちらに言いなよぉ?」
「そうだよ探し出して髪の毛引きちぎってやるからさぁ」
「こっわいな!?でもまぁありがとね」
「………ところでさ、あんた何してるなう?」
「芸術家なう」
プリントが張り出されている掲示板の前で春瀬が急に立ち止まって何かを始め出す。彼女の手を覗くと、大量の画鋲。上履きに入ってたやつかと聞けばイエスとの答え。それを一個ずつ掲示板に刺し始める。何やら画鋲で文字を作ろうとしているようだ。2人は何という字だろうかと見つめる。
「……………く」
「…………………ろ」
「……………お」
「………つ?」
「……………………ぱ、……い」
「………くろおっぱい?」
「正解!」
「ブッ」
途端堰を切ったように腹を抱えて笑い出す。やってることは大分小学生なのだがいかんせん笑いのツボが小学生レベルな三人である。面白くて堪らないというように涙を流して笑った。
「これっ、これっ、どうすんのっ…!!」
「残す!」
「黒尾君まじ流れ弾じゃん!!」
「おっぱいと融合されて、てちゅもきっと喜ぶでしょう」
「喜びませんねぇ」
「んボエッ」
不意に春瀬の頭上から低い声が聞こえたと思えば同時に鈍痛が走る。げんこつされたと気付くまでに時間はかからなかった。頭を押さえながら上を向けば、ポケットに手を突っ込んで呆れたように春瀬を見下ろす黒尾鉄朗本人の姿があった。
「うっせぇ声が聞こえんなぁって思ったら何くだらないことしてんだ」
「くだらないですって?!クロならこのくだらなさこそが最強に面白いということを知っているでしょう?!」
「否定したいところだが、俺じゃなく別の奴が標的だったら仲間に加わっていたことでしょう!」
「黒尾君なまかじゃんなまか〜」
「いぇ〜いなまか〜」
「いぇ〜い…ってちみ達とあんま絡んだことないんだけど僕チンこんな馴れ馴れしくしちゃってダイジョブですか?」
「ダイジョブダイジョブ!うちら黒尾君のこと男版春瀬って思ってるから」
「えぇやだー」
「俺のセリフを取るな」
自分の後ろにすぐ黒尾がいると気付くや否や、春瀬は全体重を彼の胸に預けて凭れかかる。
「ゆっこ、みーちゃん、これが人という字さっ!」
「まじだ!支え合ったら人になるーってやつだ!」
「タメになるわ〜」
「お馬鹿な会話だな?!ハルさんも重いからやめて?!」
「うぇーい」
ゲラゲラ笑いながら春瀬は普通の体制に戻る。苦笑しながら、黒尾は再度掲示板にやられた自分とおっぱいの融合文字を指した。
「これちゃんと外してくださいネ?」
「えー」
「えーじゃない。お前こんな大量の画鋲、どっから貰ってきたの」
「教室から盗んできた〜」
「なにゆえだよ。……ていうかそうだ俺トイレに行きたかったんだった」
直せよと言いながら三人に手を振る。ばいばーいと間延びした声で手を振り返し、黒尾の背中が小さくなっていくのを見送る。
「あんた嘘つくの上手ねぇ…」
「んー?」
「春瀬、黙ってて良かったの?」
「ん?」
「画鋲のことよぉ〜。黒尾君ならなんとかしてくれるっしょ絶対」
「ああそれ。いいよいいよ。」
先程刺した画鋲を弄りながら、春瀬は何でもないように笑い飛ばす。
「なんでよ?」
「今は春高のことでキャプテンきゅんは色々考えなきゃいけない時期だろうし。余計な心配はかけさせたくないハルちゃんの心なのです」
「健気ぇ」
「睫毛ぇ」
「え?のるべき?えっとえっと、胸毛ぇ」
予鈴が鳴り、教室戻ろうかと三人は歩き出す。次の時間は英語かと怠そうに歩いていると
「って、」
急にドンと誰かが春瀬の肩にぶつかってきた。結構な当たりに思わず振り向くと相手はこちらを見もせず、何も言わず足早にその場を去っていく。その後ろ姿を見て、春瀬は眼を細める。
「どした春瀬?」
「んーん」
何となく、朝の上履きの犯人だろうなと勘付く。今のぶつかり方も間違ってではない、どう考えてもわざとだ。さて、どうしたものかと春瀬は苦笑した。


「春瀬さん」
「なんでしょ黒尾さん」
「画鋲直せと僕チン言いましたよね?」
「そうでしたかね」
「くろおしりに変化してたんですけど」
「そうでしたかね」
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