壊れてそして | ナノ
■ ちょっとやそっとじゃ折れません

梅雨も明けて、真夏日。我が出番であると主張でもしているかのように太陽がジリジリとコンクリートを照りつける。こんな暑さだ、きっと殆どの人々はなるべく外に出ずに冷房が効いた快適な部屋で過ごしていることだろう。きっとバイトも暇なはずーーーー、
なんてことはなく、
「番号札21番でお待ちのお客様!お待たせ致しましたチョコクランチクリームでございます!」
「こちら期間限定ですがいかがでしょうか?」
「番号札22番のお客様ー!」
長蛇の列、大忙しだ。春瀬はひたすらに注文された味を円形にくり抜く。その動作は素早くも、ちゃんと綺麗な丸型にしていく辺り流石といえるだろう。並んでいる客の顔を確認しつつ作業する手は休めない。学校で見た事がある女子の集団。話したことはないのでわざわざ声をかけることはしないし春瀬自身相変わらずいつものように黒縁メガネにマスクである為向こうも気付くこともないだろう。後ろで裏作業をしている店長が申し訳なさそうに苦笑する。
「ごめんねぇ春瀬ちゃん今日ほんとは出勤じゃなかったのに」
「全然大丈夫ですよ〜てかこの忙しさは2人ではまわせませんよ。逃亡した子何も連絡ないんですか?」
「聞かないでちょうだい」
「おっふすみません」
普段穏やかな店長が静かに怒っていると春瀬は冷や汗をかく。もし街中でばったり会ったりしたら一体どうするつもりなのかと逃げたバイト生のことを考えていたが、更に増えていく客の数にそんな思考は邪魔だと捨てた。お待たせ致しました〜と小学生くらいの男の子三人に商品を手渡す。
「ありがとうございます!」
「まーす!」
「ます!」
「はぁーいまた来てね〜」
元気溢れる感謝の言葉に心が癒される。よく見ると1人はバレーボールを持っていた、クラブの子達なのだろうか。
(そういえば今頃合宿やってんだよなぁ。頑張ってるかな)
次の注文商品を作りながら、春瀬はマスクの下で笑った。
日が暮れた。今日の春瀬のシフトが13時〜21時、閉店時間が20時でいつも21時までにはクローズ作業を終わらせる。しかし、恐らく今日は今年最高の売り上げだったのであろう。客足が止まることを知らずようやく全部さばいたかと思えば今度はいつもより大量の後片付けや明日の下準備が残っていた。店長ともう一人のバイト生が本来出勤でない春瀬に罪悪感があったのか、もう帰って良いと告げてくれる。が、こんな状態で帰れる程鬼じゃない。春瀬は三人でやった方が早いですよと進んで残業を申し出た。その時の二人の顔といったらまるで女神でも発見したかのようで。残業代ちゃんと出すからね!という店長の言葉には素直に喜びながらも結局全ての作業を終えた頃には22時近くになっていた。


「そらとぉ〜じめんがぁ〜あっるっまっちっだっよぉ〜」
キャップを被り、黒いタンクトップにスキニージーンズというラフな服装に着替えて春瀬がお気に入りの曲を歌いながら自分の家へと向かう。歌っている本人は至極楽しそうであるが、実は音程が何一つ合っていない。音痴だという事は自他共に認めているので1人の時に春瀬はよく歌を歌う。
「そだったぁ〜まちとぉ〜どっお〜ちがうだろぉ〜」
ビニール袋に入っている白い箱を見て、自然と笑みが溢れる。アイスクリームのトッピングに乗せるブラウニーが明日の早朝で賞味期限が過ぎてしまうらしく、残ってくれたお礼にと店長が彼女にくれたのだ。今日の夜はブラックコーヒーとこれを一緒に食べようとご機嫌な気分で歩く。
「ちっがいがぁ〜みえるのはぁどっおっしてっだろぉ〜〜…」
ふと、何か違和感を感じた。ずっと誰かに見られている気がする。靴紐を結ぶフリをしてしゃがみ込み、後ろを流し見すれば少し離れた所に2人組の男の姿を確認した。
「…こっこっへきってからーおそわったんだよぉ〜」
とりあえず歌い続けるという誰かがいればツッコまれるであろう謎の選択をするものの、自分が歩けば付いてくるし止まれば向こうも止まる。どうしたものかと春瀬は思案する。こういう時は電話をかけるフリをしたり、人通りの多い所に出た方がいいよなとは思うのだが。しかし一つ引っかかることといえば、
(その後ろにまた一人いる気がする…ふむ)
ひとつ心当たりを見つけ、そう思うや否や
「なっ」
背後で驚きの声を上げる男。それもそのはず、春瀬が突然走り出したのだ。今日スニーカー履いててよかったぁなんてぼんやり考えながら彼女は角を曲がる。
「くそっ」
見逃すまいと追いかけて、その角を曲がった瞬間、男二人はぎゃあっと声を上げた。その角にドーンと、春瀬が立ってたからだ。
「いぇーい、びっくりしたぁ?」
手には何故かバイトで使用する使い捨ての手袋を嵌めていて、ぴーすぴーすと二人の男に呑気な声で笑いかける。体格で男と認識しただけでその全貌までは見えなかったが、近くで見てみると二人とも顔が見えないように深くキャップを被りマスクを装着していた。
「よくそれで不審者として捕まらなかったねぇ、あ、車で来たとか?いやはや、おつかれ様デス」
「……」
警戒するようにこちらを見る二人。周りを見れば人影は一切なし、路地裏のような狭い場所だ。男が笑った。
「なんでわざわざこんなとこに逃げたんだよ。襲われたいですって言ってるようなものじゃねえか」
「そんなドMじゃないよ」
「チャンスを伺ってたがお前が作ってくれたようだな。ありがとよ」
男がポケットから何かを取り出す。その何かに気付くと春瀬はゲッと苦虫を噛んだ。ナイフだ。
「結構美人だよなぁ……大人しくしとけば酷いようにはしないぜ」
ひひひと下卑たる笑い声を洩らし、もう一人は興奮したようにソワソワしている。
「何か中学思い出すなぁ…」
「あ?何言って、」
その言葉を最後まで言える間もなく、春瀬がナイフを持つ男の手を蹴り上げる。後ろにいた男は急に弧を描いて宙に浮く刃物をポカンと見つめ、その視線は最終的に春瀬の手の中に落ちた。
「げっちゅ」
「っ、返せこの野郎!!」
途端殴りかかってくるが、春瀬はその拳をヒラリと躱し後ろに回り込んで背中を押す。耳元でヒュンと風を切る音が聞こえてしゃがみ、その頭上を通るもう一人の男の蹴りを片手で受け止めそのまま横にぶん投げた。ガシャンと大きな音を立て、地面に尻をつけた2人は何が起こったか分からないというように唖然とする。春瀬は雑魚いぜと心の中で鼻笑いし、さてと自分の手に持つ物を相手に見せた。
「なっ、それ?!」
「スリった〜。ダメだよ〜ポケットに入れたまんまで襲いかかっちゃったら。男の人ってほんっと何かとポケット入れる人多いよねぇ」
春瀬の右手には財布と携帯。彼女のものではなく最初に襲いかかってきた男の物であり、どうやら後ろに回り込んだ時に盗ったようだ。返せ!と激昂し再度襲いかかろうとするが、される前に春瀬は回し蹴りを返した。容易く男は吹っ飛ぶ。信じられないという目でもう一人はずっと座ったままだ。
「ちょっとそこで座っててほしいです」
失礼します〜と財布を遠慮なしに開く。やめろと呻く声が聞こえるがお構いなしだ。
「はい学生証。」
「!!!」
「わぉ、この高校名門のとこでしょ。しかもけっこーイケメンなのねあなた」
春瀬が名前を読み上げる。良い名前だねと笑うが相手から何も反応はない。わざわざ身バレを防ぐ為に顔を隠していたのに、もうその意味は果たさない。
「よし。これは覚えた。次に聞きたいのはねぇ〜携帯のパスワードなんだけどぉ〜」
「誰が教えるかよっ…」
「そ。じゃあこの2つは返せない。ああ、あとこれも」
そう言ってナイフをチラつかせる春瀬。
「みてみて〜私手袋つけてるの。指紋これでつかないね、いぇい!」
「………」
「だからこの財布と携帯とナイフを警察にでも提出すれば、色々やばいよねぇ。あ、あそこにねぇ監視カメラあるの気付いてたぁ?こっち側多分モロ映ってると思うの〜」
「は!?」
「嘘だろ…!!」
「そー。だから二人が私に襲いかかるのも見えてるよねぇ。」
私が対抗したのは正当防衛になるよねぇと笑う春瀬。その笑いが裏表のない普通の笑顔で、それが更に恐怖を助長させる。男二人は自分の手が震えていることに気付いた。
「パスワード教えて欲しいデス」
「………………………………0365」
「おっけーありがとね。教えてくれたからちゃんと返すよ、不安だったら後でパスワード変えなね。0365って誕生日?あっ65日ってねぇや」
たははーと笑っているが、笑えない。二人とも最早抵抗する気もないようで、彼女のする事を静かに見ていた。携帯が無事開いたのを確認し、春瀬はその画面を見ながら声を上げた。
「で、後ろでずっと見てる貴方は誰ですかねぇ」
ハッと息を呑む音が聞こえる。
「とか言って、誰も居なかったら春瀬ちゃんただのイタい人……。ねぇもう一人隠れてる?」
気付いていたのかと二人は驚き目を見開いている。もう一度春瀬が答えを促すと、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ居る前提で話すけど、最近私にネチネチいじめっぽいことしてくる人と同じ子?」
「……………」
「まぁ答えないよね。別に隠れたままでいいんだけどさぁ、私の予想で、ちみとこの男の子二人、LINEとか電話でやり取りしたと思うわけ。財布見たら何か凄い万札入ってるからお金で私を襲ってほしいって頼んだのかな?まぁ知らないけど。とりあえず今この男の子の携帯いじれる状態だから、ちみとのやり取り見れるわけよ。電話番号とかおさえられるなぁ今だったら。それってヤバイよね。」
プラプラと携帯を見せびらかすように揺らす。自分の全プライベートが彼女の手にある、今回の犯行の過程が全てバレる、そう思うと男は怖くてたまらなくなった。
「ま、いいやめんどくさいし。今日は見逃してあげるけど、次はないからね」
何も返事はしないが、向こう側からザリと地面を踏む音が聞こえた。やはり居るんだなと確信して春瀬は続ける。
「さっきも言ったけど、監視カメラあるから全部撮られてると思うよ。もし今君達三人が私フルボッコ作戦成功したとしても、全部パァですよ。ま、それ以前に私のほーが強かったけどねーるねるねーるねー」
春瀬が二人の男の前にしゃがむと、ヒィッと怯えた声を出して後退りする。
「私中学の時色々やっちゃちゃーだったからさ、それなりに不良達の間では貴田春瀬って名前知られてるって思うのね。自慢じゃないよ?黒歴史。できれば消したい…しくしく」
「………」
「だから君達二人がそーゆーの関係ない普通の頭良い高校生で、勉強とか色々、なんかストレスで日頃の鬱憤を今回発散しよーとしたのかなぁなんて予想シテマス。でもダメだよ女の子にこんなことしたら。あ、私も女の子だよ?だめですよ!」
「…………」
ベラベラとよくもまぁ口が動くものだと自分でも思うのだから、相手もそう思っているだろうなと春瀬は笑う。もういいやと財布とナイフを投げる。携帯は投げたら間違って落ちて傷ついちゃうかもしれないからね!とちゃんと手渡す。変なところで気遣いはしっかりしている。
「これに懲りたらもう二度とこんなことをしないこと。今日のことは綺麗さっぱり忘れてあげる。もしまた他の人にこういうことしようとしたら、わかるよね?」
「はい…っ」
コクコクと涙目になりながら頷く二人。よしとニッコリ笑いかけるとみるみる内に青ざめていく。まだ何かあるのかと勘繰っているようだ。
「こわい?」
「…………」
「こわいよねぇ私もこわいもん〜だって普通さ、角曲がった瞬間に指紋隠すため手袋なんてする?まぁポケットに入ってたの気付いたから着けただけなんだけど。でもどんなだよって感じだよねぇ」
立ち上がって、地面に置いてあったカバンとブラウニーが入っている袋を持ち、キャップを被り直した。
「私それなりに強いとは自覚してるけど、やっぱり男の人に力で勝てるわけはないって知ったの。だから頭で考えながら喧嘩してた。あっそんなしょっちゅう喧嘩はしてなかったよ?でも気付いたら怖い女って思われてたウケるよねぇ」
笑みは絶やさぬまま腕を組み、壁に背中を預ける。
「だからそこの隠れてる貴方にワンポイントアドバイス!私にこんな風に直接ボコってくるよりも、ほら、あの上履きに画鋲とか?ああいう裏でコソコソやってた方がいいよ。その方がダメージでかいもん」
そう言って二人の男に角の向こうを顎でクイ、と指す。行けという事だろう、もう堪えられないと言わんばかり男二人はすぐにその場からダッシュする。待ちなさいよっ!向こう側から焦ったような女の声。
「やっぱり一緒だろなぁ」
肩にぶつかってきた女性の後ろ姿を思いだ………思い…思い出せない。どこまで興味がないのだと春瀬は自分に呆れた。こういう事をしてくるのはいつも、女だ。それにしても我ながら嘘が上手であると自嘲するように春瀬は笑う。監視カメラがあるというのは、嘘だ。というか、もしかしたらあるのかもしれないがとりあえず適当に言ってみただけ。カメラに撮られたという事実を突き付ければ相手が動揺することを知ってのことだった。まさか今中学に培った悪知恵を使う時がくるなんて。
「疲れた。………黒たんに会いたい」
妙に長い1日だったと深い深い溜息をつくと、カバンからバイブ音が聞こえた。まさかと思い確認すると、今しがた会いたいと思った相手の名前。ナイスタイミングと嬉しさで疲れが吹き飛び、すぐに画面をスライドしてその電話を取った。


「なんだよあの女!!」
あの場所から一目散に逃げ、息を切らしながらどこかの公園のベンチに腰掛ける二人の男。その前には同じく顔を見えないようにマスクとサングラスを装着している黒髪の女性の姿があった。
「もう二度とやんねぇ。おいお前!今言った通り俺達の電話履歴とか全部消しただろうな!?」
「ええ…」
「ちくしょう…!これで進学取り消しになったらシャレになんねぇぞ!!」
「金はそのまま貰うからな!」
「勿論よ」
今後一切関わらないと約束を交わし、男二人はその場を去る。その背中を見届け、残された女は下唇を強く噛んでベンチに座り込んだ。
「ムカつく………ムカつく……!!!」
怒りはあるが、それ以上に感じてしまった恐怖に悔しさを感じずにはいられなかった。まるで今までこんなこと何度もあったというような、あの余裕。春瀬の言う通り、今日のような方法では勝てないと女は拳を握った。
「絶対に、あいつが、傷付くことをしてやるんだから。黒尾君と関われなくなるような、酷いことを…」
ブルブルと震える身体を抱き締める、その瞳は狂気が灯っていた。
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