壊れてそして | ナノ
■ 林檎の香りと橙色

どんなに大きな大会があっても、大事な合宿があっても、そんなこと関係なしにやってくるものといえばテストである。部活生にとって最大の敵は赤点だ。もし基準点より下回れば追試が自動的に付いて回る。それをどうにか回避すべく、音駒高校男子バレー部もまたテスト勉強に必死であった。土曜日、今日は午前練のみであった為、部活動終了後に1.2年生はファミレスで各々教科書やノートを広げていた。芝山がリエーフと犬岡の間に座り、ノートに羅列している数字の説明をしている。向かいには窓際から福永、山本、研磨が座っていた。
「で、このあとこのxをこの元の式に代入すれば、答えが出るよ」
「うう〜俺今回こそやばいかもしれない!」
「だっはっはっ!!確かに犬岡お前脳筋っぽいもんなぁ〜!」
「その言葉、1番虎に言われたくないと思うけど」
「んなっ…!!研磨ァァッッ!!」
「うるさい…」
「あっ!研磨さんゲームしてるー!!俺もやりたいです!!」
「リエーフはちゃんと芝山の説明聞きなよ」
「でも研磨さんだって勉強してないじゃないですかー!」
「俺は別に……。勉強しなくても点取れるから」
「ぎぃーえー!!ムカツく奴だぜ!!」
「だから虎うるさいってば…」
山本が騒いでいる横で、福永は黙々とノートに書き込んで勉強していた。隣で喚く同級生を気にもせずによく集中が出来るものだ。やばいやばいと頭を唸らせうつ伏せになる犬岡、研磨のゲーム画面を身を乗り出して覗き見るリエーフ。完全に集中力が切れちゃったなぁと芝山は苦笑する。自分も少し休憩しようとドリンクを飲み、一息つく。梅雨はもう明けたのだろうか、今日は随分と天気が良い。窓の外を見て通り行く人々の姿をなんとなく眺める。するとその中で一際目立つ女性がいて、芝山は思わずその姿を見つめてしまう。白いワイシャツにスキニージーンズ、黒のポインテッドトゥを履いていて、何の飾り気もないシンプルな格好。ミラーサングラスをかけて金色の髪をアップにしてお団子にしている。それが凄く様になってかっこいい。金髪と言えば、黒尾さんと一緒にいる貴田さんを思い出すなぁと芝山はその姿を見ながらぼんやりとする。すると、その女性がパッと顔を上げて芝山の方を見た。慌てて彼は視線をそらせる。
「ん?どうした芝山」
「いっ、いえ!何でもないです!」
人を凝視するなんて失礼な事をしてしまったと芝山は反省し、教科書は再度開いた。一通り今回の範囲に目は通したが、油断はしてはいけない。そう思うものの、チラリと先程の女性がいた場所に視線をやる。しかしそこにはもうその人は居なくなっていて、ホッとする反面何故か残念という気もした。とりあえず気持ちを切り替えて、勉強だ!そう意気込んだ時だった。
「やほやほ、皆お揃いで」
女性の声がする、その方向を見ると
「ええっ?!?!」
テーブルの側に先程見つめていた女性の姿があるではないか。皆驚いて固まっていたが中でも山本は一番衝撃を受けたようで、顔を赤くして口が開いたまま一時停止している。すると、端にいた研磨が呆れたように口を開いた。
「なにそのサングラス…。どこのなんちゃって海外セレブ」
「なんちゃって付けないでよくない?外暑いんだもん」
そう言ってサングラスを頭にかける。研磨以外の皆が「あ」と一同に声を上げた。
「春瀬さんじゃないっすか!!!!」
リエーフが立ち上がり、大きな声で名前を呼ぶ。当の本人は恥ずかしいわ!とその場にしゃがみ込んだ。


「ふんふん、皆でテスト勉強か〜感心感心」
研磨の隣に座って、ストローで飲み物をぐるぐるかき混ぜながら春瀬は笑う。
「春瀬さんも一緒にやりましょーよ!頭悪そうじゃないっすか!!」
「リエェェェフゥ!!てめぇ失礼なこと言ってんじゃねぇ!!」
「そうだよ!!見た目で人を判断しちゃいけないよ!!」
「いくら春瀬さんが普段遊んでばかりに見えてもそんなこと言っちゃダメだよ!」
「犬岡君と芝山君酷いな?」
酷いという言葉に対して頭にはてなマークを浮かべる彼等。無自覚ってなんて恐ろしいと春瀬はホホホと笑った。ゲーム機から目は離さずに研磨は口を開く。
「ハル、頭は悪くないよね。やればできるけどやらないだけで」
「そーなんですか!!」
「意外過ぎるっス!!」
「失礼だなほんとに!山本君、叱ってやって!」
「ヒェッ!!」
「山本君?!」
突然声をかけられ驚きやら嬉しさやらで再度顔を赤くする山本。プシューと煙が出てきそうだ。春瀬はなんかすみませんと思わず謝ってしまう。そんな山本とは対照的に、リエーフはニコニコしながら尋ねる。
「春瀬さんは今日どこか出掛けてたんすか?」
「今日は午前中バイトだったから、その帰りだよ」
「バイトしてるんですか?!」
「そこの駅前の、移動式車のアイスクリーム屋さんだよ〜。わかる?」
「分かります!あの女子にすっげー人気なとこ!」
「僕達あそこ行ってみたかったんです、今度食べに行きますね!」
「わーい、ありがとぉ」
キラキラと目を輝かせて話をしてくる一年生三人組。大して歳は変わらないのになんだろうこの若さの違いはと春瀬は研磨の肩を叩く。
「なに。」
「なんでもないにょ〜」
そのクールな返しにまた笑いがこみ上げてくる。そういえばと春瀬は先日黒尾と決めた事を思い出す。
「今度の合宿、私ご飯作る係として出動するから宜しくね」
「まっまじですかぁ?!?!」
「わー!!僕達のとこから初のマネージャーだぁ!!」
「うぉおおおおおおおおお」
「いやマネージャーって程ではなくてただご飯作りに行くだけなんだけど……ねえ研磨ぴっぴ、なんで山本君泣いてるの?」
「気にしないでいいんじゃない」
「いいの……?」
「俺ぶぁっ、いばぁっ、ぼうれづにっがんどーじでいう!!!」
「ほんとに大丈夫なの」
「いいんじゃない」
滝のように涙を流されるといよいよ心配になってくる。慣れているのか周りはあまり動じない。
「梟谷の時はもうシフト入っちゃってて、二回目の森然ん時に行くことになったからね。とりあえずよろしくぴっぴ」
「はい!」
「っしゃーす!」
楽しみが増えたというように元気良く返事を返される。頑張って美味しいご飯作らなきゃなと春瀬は笑った。


夕暮れになり、各々解散する。明日もまた朝から部活だ。帰宅ルートが全く同じな研磨と春瀬は他のメンバーと途中で別れる。さよーならー!と皆手を振ってくれる中、春瀬さんまた会いましょーねー!と特に大きな声を上げて手を振り回すリエーフの姿がかなり目立っていて、研磨が嫌そうにしていた。随分と懐かれたものである。
「研磨ぴっぴと一緒に帰るの久しぶりだね」
「そうだね」
「嬉しいねぇ」
るんるんと、その言葉通り本当に嬉しそうな春瀬。そんな彼女の様子をチラリと見て、研磨は手に持っていたゲーム機をカバンにしまう。仕事帰りの大人達や、これから飲みに行くのかテンションが高い大学生らしき人達が通り過ぎて行く。まだほんのり明るいこの時間帯が研磨は嫌いじゃなかった。春瀬が不意に、ちょっと待っててと小さなお店に寄る。なんだろうとその看板を見てみると、昔からあるのか、なかなか年季の入った焼き菓子屋のようだ。
「あら春瀬ちゃん、今帰りなの?」
研磨がボーッとその看板を見ていると、穏やかな優しい声がする。どうやら店主のようで、春瀬と知り合いのようだ。
「うん、バイト帰り。おばちゃんアップルパイちょーだい」
「はいはい、お持ち帰りかしら?」
「うん、二個お願い!」
「いつもありがとねぇ。ちょっと待っててね」
アップルパイ。自分の好物である単語が出てきたと、研磨はジッと春瀬の方を見つめる。
「ここのアップルパイ、生地がサクサクしてて凄く美味しいの。研磨にも食べさせたくて。今日ちょうどよかったよ」
ふふふーと研磨の髪を撫でる。毎度のことながら男の頭を触って何が楽しいんだろうかと思った、しかしそれ以上にこの店のアップルパイの味が楽しみでまだかとソワソワしてしまう。
「はい、おまちどおさまぁ。」
先程の店主が戻ってきて、帰りながら食べることを知っていたように(きっと春瀬がいつもそうしているのだろう)持ち易いような袋の包み方をしてくれていた。熱いから気をつけてねと春瀬に手渡す。店主に礼を言った後、研磨に一つ渡す。
「お金……」
「いーよこんくらい。それに私今日給料日だったからね。春瀬ちゃん大金もちもち〜」
「………ありがと」
ほのかな林檎の香りと生地の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。これはとても期待出来そうだ。研磨はふー、ふー、と何度か息を吹き冷まして、かぶり付いた。ザクリと小気味良い音を立て、少しだけ酸味の効いた林檎の甘さが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
「でしょー!アップルパイニスト研磨ぴっぴも認めるこの美味しさっ」
「アップルパイ二ストってなに…。でもほんとに、美味しい」
今まで全くこんなお店があるとは気付かなかった。隠れた穴場だ。そう思って二口目、かぶり付く。やはり美味しい。二人がモグモグと幸せそうにしていると、その様子を見ていた店主が可笑しそうにしていた。
「なぁに春瀬ちゃん、弟さん?」
「そうです!」
「違うでしょ…なんで嘘つくの」
「あら違うの〜。二人とも髪の色も同じだし、可愛いし、姉弟かと思ったわぁ」
研磨は私と違ってプリンちゃんになってるけどねーと笑う。うるさいなと口にはせずにジロッと見ると、春瀬は笑った。
ご馳走様でしたと店主に挨拶して、また2人は歩き出す。
「美味しかったねぇ」
「うん。ありがと」
「いえいえ」
ニコニコと研磨の頭をまた撫でる。無口な自分と居るのはそんなに楽しいかと研磨はいつも不思議に思う。
(……そういえばこの間、お母さんの命日だったんだよね)
いつも一緒に帰る黒尾が、素早く帰る準備を終えて一番最初に部室を出た日を思い出す。事前に聞かされていたことだからそんな彼の姿に何も驚きはしなかったが、黒尾さんと喧嘩したのか!と山本達が大層騒ぎ立てていた。チラリと彼女の顔を盗み見る。春瀬は鼻歌を歌いながら楽しそうに、沈みゆく太陽を見ていた。その瞳の中がキラキラしていて、素直に綺麗だなと思った。
姉弟かと思ったわぁ
先程の店主の言葉を思い出す。ほんのりと口に残るアップルパイの名残。研磨も彼女と同じ方を見る。
「……ほんとにお姉ちゃんだったら良かったのに」
「ん?研磨ぴっぴ何か言った?」
「ううん」
太陽が完全に沈んだのを確認して、下を向いて小さく微笑む。春瀬との久しぶりの帰路を、研磨もまた密かに喜んでいた。
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