壊れてそして | ナノ
■ 側にいること

「用意はいいかお前ら」
「合点承知の助」
「俺は三連敗中だからさすがに今日こそは勝ちたいな…」
「次も海ぴっぴが負けますよーに」
「こら」
「よし、いくぞ」
さぁーいしょはぐー!と、廊下で4人が円になってジャンケンを始める。その表情は至って真剣。今日も今日とてこの高校生等は些細な争い事にもガチであった。
「じゃーんけーんほいっ!!!…………負けたぁぁぁ!!!!」
「んなぁ!!この黒尾鉄朗様の5連勝が阻まれるとはっ……!!」
いぇーいと夜久と海がハイタッチする。購買パン選手権はこの2人の勝利で決まったようだ。それをキーッと妬ましげに見る黒尾と春瀬。ハンカチがあれば噛んでる勢いである。
「しゃーないわ黒ぴっぴ潔く行きまひょか〜」
「せやなハルぴっぴ、ぼちぼち行こかぁ〜」
「誰なんだよお前等は」
口を尖らせて猫背で歩ていく2人に、夜久は呆れたように、海はニコニコとその背中を見送った。

「そーいえばクロぴ、」
「ん〜?」
約190の男と160の金髪女子が一緒に並んでいるとそれはそれは目立つものである。加えて黒尾と春瀬はこの学校では割と有名人である為何名かの人達がその二人にすれ違うと思わず振り向いていた。春瀬は、少し気まずそうに目を泳がせながら言葉を続けた。
「昨日ごめんね」
昨日、とは。春瀬母の命日で、黒尾が彼女の家に泊まりにきてくれた日だ。着いて早々出迎えもせずに眠っていて、それに加え変な姿を見せてしまった。きっと昨日の自分はさぞかし扱い辛かったことだろうと春瀬は申し訳ない気持ちだった。すると黒尾はその彼女の言葉を聞き、しばし考えた後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「許さないって言ったら?」
「うへぇ…どうしよう…」
「でもひとつ俺の頼みを聞いてくれたら、許してあげるって言ったらぁ〜?」
「ぐぬぅっ」
幼馴染の表情を見て春瀬は嫌な予感と顔を引き攣らせる。黒尾がこういう顔をする時は大抵、何かを企んでいる時だ。およそ30センチ分の高さにある彼を見上げて春瀬は続きを促した。黒尾はニッと笑い1つの提案を出す。
「合宿で部員達の飯作ってくんね?」
「ん?!」
「っと、危ねぇな」
思わず階段を一段、踏み外してしまうと黒尾が彼女の腕を掴む。
「細ぇ二の腕」
「……二の腕はおっぱいの柔らかさと同じっていうよね」
「それを今言うのはちょっとやめてください」
アウトだわとパッと手を離す黒尾。春瀬は笑いながらも、先程の言葉を頭で反芻させる。合宿、料理。それはつまり、
「……マネージャーやってってこと?」
「あーマネージャーっつーか。ほら、毎年やってる梟んとこのグループでやる合宿あんだろ?今回宮城の烏野も加わるわけ」
「へぇ。わざわざ宮城から来るんだ」
「そ。で、お前にマネージャーっつーよりご飯作って欲しい。人数増える分人手も欲しくてさ。今でもどうにかなるっちゃあなるけど、監督に1人音駒から飯係出せねぇかって頼まれたわけ」
「ほー……で、それが私?」
「お願いできねぇか。お前絵とか音楽は下手くそだけど料理はプロじゃん」
「ねぇその2つ今言う意味あった?」
黒尾の横腹をギューとつねると悪い悪いと身をよじらせて痛がる。
「要するに、マネージャー業ってよりは調理業務して欲しいって感じですかね」
「なるほどね……そういうことか」
次第に周囲がザワザワと煩くなってくる。生徒達が皆その日限定の購買パンを買いに来ており、毎度ながら人だかりが出来るからだ。黒尾も春瀬も気合を入れるぞと腕まくりをする。ちなみに本日の限定はオレオ入りクリームパン、レアチーズミルフィーユパン、アボカドハムエッグサンドである。
「いいよ」
春瀬が言う。その承諾の返事に黒尾は、ほへっ?と素っ頓狂な声を上げ、なんて声を出してるのだと春瀬は笑った。
「いや、あっさり過ぎてビビる。……お前散々マネージャーやんの嫌がってたじゃん」
「いつもなら断るけど……昨日いっぱい迷惑かけたから」
春瀬が申し訳なさげに笑うと、そういえば許す代わりになんて話だったかと黒尾は思い出す。
「ばーか冗談に決まってんだろさっきのは。前から頼もうと思ってたんだよ」
「でも迷惑かけたのには変わりないもん」
「あのねハルさん」
黒尾が春瀬の肩を掴み、向かい合わせるようにする。その真剣な顔に、春瀬は少しドキリとした。
「俺は面倒臭いと思ったことはしない、自分がやりたいと思った事をする。お前と一緒に居て面倒くせぇと思ったことはない、迷惑をかけられたと思わない。どぅーゆーあんだーすたん?」
「あい、どん、のぉー」
「ゆー、しゅどぅ、のー。とにかく、」
ムイと彼女の両頬を摘む。
「黒尾さんは春瀬さんと一緒にいたいからいるんですよ。……ずっとな。」
パッと手を離すと照れ臭くなったのか、売り切れたら夜久達に怒られるぜと人混みへと足を進めていく。ほんの少しだけヒリヒリする頬を押さえながら、春瀬はその大きな背中をジッと見つめる。ざわめく周りの喧騒は全く耳に入ってこない。ただ彼女の頭はずっと、今の言葉を繰り返していた。昨日のことが迷惑ではないと言われても、やはりどうしても罪悪感があった。でも彼が側にいてくれたことが本当に嬉しくて、助けられたのも事実だった。
(ずっと、一緒にいれるなら、)
その言葉が、春瀬には。


「何ボーッとしてんのかねこの子は。ほれ」
我に返ると、先に行ってた筈の黒尾が目の前にいて、春瀬の方へと手を伸ばす。
「行くぞ」
大きな手が彼女の手を包むと、また人だかりの方へと歩いて行き、彼女を引っ張っていく。掴むその力はとても優しい。
一人で居ることができない時、すぐに駆け付けてくれる人。戸惑って立ち止まっていれば、いつも振り返って探しにきて、見つけてくれる人。
(誰かとずっと一緒に居るなんてそんな奇跡みたいなこと、あるのかな。)
握り締められたその手を見ながら、春瀬は小さく、息を吐いた。
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