壊れてそして | ナノ
■ 馬鹿野郎嫉妬野郎

学校の制服に身を包み忘れ物はないかと考えながら家を出る。まぁ最低でも携帯・財布・鍵があればどうにか生きていけるかと思いながら施錠をした。お前は一体何をしに学校に来ているのだと生徒指導の怒鳴り声が聞こえるようで春瀬は笑いながらアパートを後にする。黒尾や研磨達は丁度今朝練が終わったころかなと思うと、よくもまぁ早朝から身体を動かせることが出来るものだと感心する。早起きは得意なものの、出来ることならば朝の動作は怠惰でいきたい(常日頃から割と怠惰であるのだが)。自分ももし何かしら熱中できる部活に入っていたらと思ったところで有り得ないなと頭を振った、そもそも皆で協力して何かをすることが苦手分野なのだ。マイペースにその時の自分の心の思うまま生きていたい、もし興味のある物が目につけば特に何も考えずゆったりとそれに追いかけていくようなーー。そんなことをぼんやり考えている時だった。ニャアーーッ!という猫の鳴き声が聞こえ、下を向けば彼女の足の間を猫がスルリ。そして一目散に全力で前方へと走って行った。
「ああ〜!逃げられた!!」
また声がして今度は何だと振り返れば、自分の身体を覆いかぶさるような影。ギョッとして思わず後ずさる。同じ学校の制服で、銀髪、緑瞳。
「今日は捕まえられると思ったのに!……って、あれ、どうしたんですか」
「…………」
人は驚くと何を言葉にすればいいのか分からなくなるものなのだなということを身を以て知る。いや、言いたいことが色々あり過ぎるのだ。それ故何から言えばいいのか分からない。
「大丈夫っ!?…あっ先輩!?大丈夫ですか!?なんかボーッとしてますけど!」
「で…………」
「で!?」
「でっっっっか!!!」
まずはこれだと春瀬は思わず人差し指を立てた。

「初対面なのに大変失礼をいたしました」
「いやいやいいですよ〜言われ慣れてますし」
「あ、やっぱり慣れてるんだ…」
何やかんやで共に登校することになった二人。お互い自己紹介をすると、銀髪の彼はどうやら一年次のようで、ロシア人と日本のハーフ、灰羽リエーフと言うらしい。身長の高さはハーフ故なのかと春瀬は外国の血の凄さに脱帽していた。
「音駒でクロよりでかい人いんのね……。びっくりしたよ…」
「あっ黒尾さん!てことは貴方はやっぱり貴田春瀬さんっすね?!」
「えっうんっさっき自己紹介したからね」
「そういうことじゃなくて〜」
目を細めてケラケラと笑うリエーフ。その人懐っこい笑顔に春瀬も思わず破顔する。
「俺バレー部なんです!」
「えっそうなの?!」
「はい!しかもエースです!」
「そうなの?!?!」
「未来の!!」
「未来かい!」
少し頭のゆるい子なのかなと春瀬は目を瞬かせる。かくいう彼女も人のことは言えない。
「んで、俺は今秘蔵っ子スーパーエースとして日々れんしゅーに励んでいて!」
「ほうほう」
「そうなんです!って俺、何の話してましたっけ?」
「えっあ、私のこと知ってたの?」
「あ〜そうだった!そうですそうです、貴田春瀬さん!有名人ですよね〜」
「私が?よせやい……サインは遠慮すっぜ……」
「サインあるんですか??」
「ないよちょっと恥ずかしいでしょ。先輩のボケもちゃんとレシーブ出来るようにならないと駄目だよ灰羽君」
「?ッス」
ニコニコしながら全くその意図が分かってないようで、春瀬は苦笑しつつも見た目の割りに真っ直ぐで可愛い子だなと思った。
「あれ、てことは朝練あるんじゃないの?」
「ぎくぅっ」
「ぎくって口で言うものなのか……?」
あからさまな顔をするリエーフに、春瀬は図星だなと確信する。
「遅刻かよ〜カッカッカッ」
「今日はちょっと遅くに起きちゃって急いで学校に向かってました!」
「けど?」
「けど………ニャンコが」
ニャンコ。
意外な登場人物が出てきたものだ。もしや先程春瀬の足の間を通っていった猫のことだろうか、彼女はまさか…とリエーフに尋ねた。
「…………ネコ追っかけて?」
「そうなんですよー!!あのネコすばしっこくてー!!」
「当たるのかい!!」
これはドがつくマイペースだ。恐らく彼は夢中になればそこにしか集中出来なくなるタイプの子だろう。これはバレー部も大層手を焼いていることだろうなと幼馴染の顔を思い出して春瀬は思わず声をあげて笑った。何か面白いことありました?!とキョロキョロし始める隣の巨体が更に笑いを誘う。
「はー……、で、灰羽君はこのまま部室に行くの?」
「うー、はい。怖いけど……。また夜久さんに怒られるんだ」
「あぁ…やくもん君怖そうだね…」
「夜久さんとも仲良いんですね!」
「バレー部とは割と面識あるよ。てことで、私もついでに顔出していい?」
「一緒に怒られてくれるんですね!ありがとうございますー!春瀬さんいい人だ!」
「ん!?」
もしやこの子はロシア語を喋っているのだろうか、話が通じていないのかと春瀬は頭を抱えた。

「…………」
「…………」
「ってなるよね、知ってた」
「うへぇ……おはざーっす…」
それはそれは奇妙な光景だった。金髪の見た目ヤンキー女子の背中に、銀髪の見た目外人男子が隠れてこちらを見てくるではないか。正直隠れ切れるサイズではないのだが。夜久はメラメラと目に炎を宿しており、それに他の部員は恐がるものや苦笑するものと様々だった。
「り〜〜え〜〜ぇ〜〜ふぅ〜〜」
「さーっせん、ネコが!!ネコがぁ〜!!」
「言い訳は聞かねー!!」
そこに直れ!と怒鳴られるリエーフを横目に、夜久の後ろで呆れ顔をする黒尾に春瀬はヒラヒラと手を振った。
「おはよ」
「はよーさん。なぁんでお前リエーフと登校してんのよ」
「なんか私もよく分からん」
ある程度彼女と話をしたことがあるにも関わらず、女子という生物と話すことが苦手な山本が挨拶をしようとチラチラ春瀬の方を見る。それに山本君久しぶりと声をかければ彼の顔は真っ赤に染まりロッカーに頭を打ち付けていた。研磨がそれを見てドン引きしていた。
「クロ、どうせだから一緒に教室行こ〜」
「あいよ。じゃあ「春瀬さん助けて!!」
急に背後から腕が回ってきたと思えば、のしかかる重み。フワリと香るものがいつもと違う他人の匂いで春瀬は少しドキリとする。
「春瀬さん一緒に怒られてくれるって言ってたじゃないですか!!怒られましょう!」
「いや、そんなこと一言も言ってない…」
「ばっばかやろぉリエーフ!!てめぇ何羨ま……失礼なことしてんだぁ!!先輩だぞ!!」
先程まであんなに春瀬に対しては大人しかった山本が鼻息を荒くしてリエーフに抗議する。山本さんも助けて下さいよー!と頭上から声がする。どうでもいいが重いと春瀬はため息をついた。すると目の前から逞しい腕がヌッと伸びてきて、なんだなんだと目線をあげれば
「うごっ」
「り、え〜、ふ?」
黒尾がそれはそれは満面の笑みで、しかし口元は引きつりながら、リエーフの頬を片手で挟み込んでいた。自然と春瀬の目の前は黒尾になる。
「明日から遅刻気をつけろよ?」
「ふぁ、ふぁい」
「猫がいても無視しろ。猫もお前を無視するだろう」
「ふぁい…」
「よぉーし。じゃあお前の腕の中にいる春瀬さんを解放しようぜ?」
「ふぉい!」
黒尾がパッと手を離したと同時にすいませんでした!とリエーフも腕を上げる。夜久もやれやれと自分のロッカーに戻って行った。
「すいません春瀬さん!苦しかったっすか!?重かったっすか!?」
「強いて言うなら、187cmと190cmに挟まれる圧迫感に僅かながらスリルを感じました」
「俺先行くぞーお疲れっーした」
着替えも済んでいた黒尾がカバンを持って声をかける。お疲れーっす!と返ってくる声を聞いてるのか聞いてないのか、足早に部室を出て行った。春瀬が慌ててその後を追いかけていく。二人が去った後、研磨がなにも言わずにリエーフの背中を叩いていた。

「クロまって」
一歩一歩が長いのは、やはり手足の長さの違いなんだろうかと思いながら春瀬は黒尾の背中を追う。彼は何も言わずスタスタと足早に歩いていた。なんだか機嫌が悪いぞと察した春瀬は彼の横について、そして顔を覗き込む。
「……………」
「……………」
「……………」
「…………見んな」
「なんで」
「…………なんでだと思う?」
「えぇ……」
「………」
「………」
「かっこよすぎるから?」
「あ?……あぁー……はぁ…」
予想外の返答に溜息をつくと、黒尾が絶えず動かしていた足を止めた。春瀬も一緒に止まる。
「お前ね、」
「?はい」
「…………男に抱き着かれたら、それなりに抵抗しなさい」
「う?……あ、灰羽君?」
「そ。」
そうは言われてもそれが何故黒尾の機嫌の悪さに繋がるのか、春瀬はよく分からなかった。そして黒尾もまた、彼女が分かっていないことを分かっていた。
「あーなんか、むっかつくわ」
「えぇ、怒ってるの?私クロと喧嘩やだよ」
「……俺だってやだし、別にお前に怒ってるわけじゃない」
彼女の髪をそっと撫でる。染められて傷んでいるのかと思えばそうでもなく、サラサラと指通りがいい髪質に触り心地の良さを感じた。少し和らいだその表情に春瀬は安心して、黒尾の手を取った。そしてその手を自分の頬にあて、私ほんとこの手がお気に入りなんですよと微笑んだ。
「……………」
「ふぉっ」
すると彼のもう片方の手で、彼女の頬は挟まれる。先程のリエーフと同じ仕打ちだと非難する為に見上げると、黒尾は困ったように顔を赤くしながら明後日の方を向いていたのだった。
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