壊れてそして | ナノ
■ 身バレ即勝利

「暑い〜」
「暑いね」
「そして重い〜」
額から流れる汗を拭いながら部活動に必要な物を買い込んだビニール袋を二人で持つ。梟谷高校男子バレー部のマネージャーである、白福雪絵と雀田かおりだ。二人とも普段から力仕事はいくつかこなしているもののやはり重いものは重いようで、暑さもあいまってクタクタの様子だった。すると雪絵が移動式車で販売されているアイスクリーム屋を見つけ、そうだと手を叩いた。
「ねぇ!アイス食べようアイス〜!」
「えぇ早く帰ろうよ…っていつもなら言うところだけど、正直大賛成…!」
「やった〜!」
「休憩がてら、影でも探してそこで休もっか」
そう言って二人は顔を合わせてニッと笑い、足を進めた。このアイスクリーム屋は学生、主に女性から人気として有名であった。商品の種類が豊富なのは勿論、車自体は薄い紫で店員が立っている販売口のあちこちに星やハートのデコレーション、クマやネコのぬいぐるみがくっついている。全体的にパステルカラーで彩られていて、要するに女心をくすぐる可愛い見た目なのである。二人はどれにしようかとメニュー表を覗き込む。
「いらっしゃいませ!期間限定のマンゴーアップルシャーベットはいかがでしょうか。御注文お決まりでしたらお受け致します」
「美味しそ…!私サッパリしたのが食べたいわ」
「私は〜チョコチップオレオクリームとチーズストロベリーのダブルで〜」
「かしこまりました、こちらコーンかカップ、プラス料金でコーンの味がチョコ、ストロベリー、バニラにお変え出来ます」
「じゃあバニラのコーンでお願いします〜」
「あんた凄い濃い組み合わせ選ぶね…」
「いいじゃな〜い。かおりは決めたの?」
「ん〜、じゃあ私は期間限定のやつと、レモンシャーベットのダブル。普通のコーンでお願いします」
「かしこまりました」
「かおりはまたサッパリねぇ」
きゃっきゃっと楽しそうにする2人、店員である女性も微笑ましげにレジを打つ。その女性の隣で、アイスクリームをくり抜くもう一人の店員がいた。美しい丸形をコーンに乗せていく様に流石手慣れているなと感心する。そういえばアイスクリーム屋でバイトをする人はくり抜く作業で腱鞘炎になることがよくあると聞いたことがあるなとぼんやり思い出した。そう考えているうちにその女性が販売口から手を伸ばしてきた。
「お待たせ致しました。こちらがチョコチップオレオクリームとチーズストロベリーのダブルバニラコーンで、こちらがマンゴーアップルシャーベット、レモンシャーベットのダブルで御座います。」
「わぁ〜美味しそう〜ありがとうございます〜」
「ありがとうございます」
手渡してくれた女性はマスクを着用していた為顔はしっかりと見えなかったが、黒縁のメガネの奥から見える瞳を縁取るまつ毛の長さが印象に残った。指も長くほっそりとしていて、マスクとメガネを取れば美人だったりするんじゃないかと思った。しかしその興味はすぐに手元にあるアイスへとうつる。二人はすぐ近くに設置されているパラソル付きのテーブルに袋を置いて、イスに座った。
「はぁ〜なんか、疲れたね〜」
「ほんと。アイス食べたなんて木兎達には内緒にしなきゃ」
「うっしっしっ、そうだねぇ」
それでは、と二人は各々アイスにかぶり付く。途端口に広がる冷たさと甘味、若干歯にしみてキツイがそれも引っくるめて「生き返る」の一言だった。30分までには出発しようかと決め、二人はしばしお互いの話に盛り上がった。バレー部の話、趣味の話、学校での話、自分・友人の好きな人の話。仲の良さが他人から見てすぐ分かるくらい二人は話に花を咲かせる。

すると、雪絵の後ろに三人の男子生徒がニヤニヤとしながら近付いてきた。かおりは思わず顔をしかめ、その様にどうしたのと雪絵も後ろを振り向いた。
「おねーさん達、今暇?」
その男子は半袖の学生シャツのボタンを全部開け、中から派手な柄のタンクトップ。下がり過ぎてはないかと思う腰パンに、真っ赤な髪色をしていた。他の二人も金髪ツイストパーマ、何個も開けられたピアス穴と、所謂不良生徒。その上この制服はヤンキー校として有名な所のものであったのでその見た目と中身は一致してしまう。
「暇じゃないです…」
「嘘でしょー!今アイス食べてんじゃん!暇っしょ?」
「俺達もお供していい?」
「っ、これ食べたらすぐ帰る予定なんです」
「お、じゃあ送ってってあげるよ〜。なぁ?」
「いや…」
「そうそう!で、どこに送る?俺ん家?」
「ばっかお前!!」
「それどのコースか分かっちゃうから!」
ゲラゲラと下品に笑う男達に、かおりは思わずきも…と小さな声で呟いてしまう。しまったと思う時にはもう遅く、赤髪の彼の顔から笑いが消える。
「今なんつった?あ?」
「……………」
「だぁれがきもいって?」
は、そんなこと言ってんの?と他2人も怒りの表情に変わる。短気かと雪絵もかおりも思ったが流石にそれは言えない。
「あの、私達もう帰りますので…」
「は?まず謝罪してくんね?俺めっちゃ傷付いたんすけどぉ」
「そんでぇまじで俺ん家行こうぜ」
「いたっ」
雪絵とかおりが荷物を持って立ち上がり、その場を離れようとした。しかし雪絵の手首が掴まれる。ギチギチと音がして鈍い痛みが手首に走った。
(泣きそう)
ギュッと目を瞑ったその時、目の前の男が急に悲鳴をあげた。へ、と雪絵はすぐ目を開く。
「いったったたたいってぇ!!」
「いらっしゃいませ。期間限定のマンゴーアップルシャーベットはいかがですか?」
「いってぇええ離せこんのっ!!!」
男のもう片方の腕を後ろに捻る女性ーー、マスクに黒縁メガネの先程の店員だった。男がパッと雪絵の手を離すのを確認するとその店員も男の腕を離す。男はしゃがみ込み痛みの余韻に呻いた。
「おいなんだてめぇ」
「しゃしゃりでてくんじゃねーぞクソが」
「シャリシャリの舌触りをお求めですか?それではやはり期間限定のマンゴーアップルシャーベットがオススメでございます」
「ふざけてんじゃねえぶっ殺すぞ」
淡々と商売文句を口にする女性に、二人の男性が詰め寄る。額には筋が浮かんでいた。
「お前はお呼びじゃねぇわ。それともなに?混ざりたいの?」
「あぁ3対3で丁度いいじゃねぇか、それがしたかったわけ?」
「3、つまりトリプルをお求めでしょうか。トリプルを御注文なさると500円引きクーポン券がもれなくついてきます」
「こいつ頭おかしいんじゃねぇの」
相手にされてないような返しに男達の拳に力が入る。危ない、そう思うと同時にしゃがみ込んでいた男が物凄い勢いで、
「あっ!!!」
その女性店員の頬を殴りつけた。雪絵もかおりも思わず自分の口を手でおさえる。警察、警察を呼ばなきゃと頭ではそう言うが動けない。ーーーだが次にはすぐにおかしいと思った。何故なら殴られたはずの女性はその拍子にメガネが外れてしまったものの、ビクとも動じていない。やれやれとマスクを取る。あ、やっぱり美人だとのん気に思ってしまったのだが、
「あ………お……ま…」
最もおかしいのは問題の発端である男衆が目をこれでもかというくらいに見開き、固まっていること。三人とも店員の素顔を見て驚愕しているのだ。何が起こっているのだと雪絵とかおりはその状況を見守る。
「ーーーお前等その制服岬んとこの生徒だろ」
迫力ある声に驚いてしまうのも無理はなかった。殴られた頬を摩りながら痛いなコラと吐き捨てるように言う。確信、そんな顔で赤髪の男が叫んだ。
「貴田春瀬……!!!」
「そうですけどぉ」
「まじかよ……!」
「ど、どうしよ」
メガネを拾うと顔をしかめる彼女、どうやら落とした拍子にレンズに傷がついたらしい。チッと舌打ちすると男達がビクッと肩を揺らした。
「なに。君達の中では女ナンパして女殴るのが習慣づいていらっしゃるの?そりゃあ随分と偉い奉仕活動を行っておりますね」
「ちが……あんたが貴田だっで知ってたら、」
「殴りませんでしたか。しかし残念ながら私はこの通り貴田春瀬でございます。マスクとメガネ着けてたら案外バレないもんなんだなってあんた等が証明してくれたよ、どーもありがとうございます」
「ひっ…」
赤髪の男の胸倉を掴む彼女。それに怯えを隠すことなくすみません!すみません!と謝罪を始めた。
「私もうそういうの辞めたんだけど、あんたお客さんの手首掴んだし私の頬も殴ったしでマジ何したか分かってます?は?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「三人ともマジでその股にぶら下がってる息子使いもんに出来なくしてやろうかおい顔上げろや」
「ごめんなさいもうしませんごめんなさい」
怖い。助けてもらっているとは分かっているが、怖い。男達は先程の威勢が嘘のように大人しくなり、真っ青になって彼女にひたすら謝罪の言葉を口にする。こっちに謝んならお客さんにも謝れと言われると雪絵とかおりにも物凄い勢いで謝ってきた。怖い。それを確認すると、店員の女性はニコリと笑い手を離した。三人とも身を寄せ合う。
「顔覚えたからな」
一言、そう落とした途端猛ダッシュでその場から逃げ出した三人。漫画であれば砂ぼこりが吹き飛び、最後に葉っぱが一枚ヒラリと落ちてくるだろう。

ポカンとその様子を一部始終見ていた2人の後ろから、すみませんねぇと女性の声がする。レジ打ちをやっていた店員だ。
「あの子不良さん達の間でちょっと有名な子だから、こういう時役立つのよ。お二人とも怪我はありませんでしたか?」
「あれちょっとではないですよね…?」
「大丈夫です〜」
振り向くと、春瀬と呼ばれたあの女性はいつの間にか車の中にいて、何やら飲み物を入れていた。そして二つのドリンクカップを持ってくると、雪絵とかおりに手渡す。
「すいません私もうちょい早く行けばよかったです。これ私の奢りです、タピオカミルクティー。店長後で金払いますねん」
「いいよいいよ。私からもお願い、二人とも貰ってって」
「いや、でも助けてもらったのはこっちなんで」
「申し訳ないです〜」
「嫌な思い出のままだったら嫌ですもん」
ねぇ店長〜と同意を求めれば、店長と呼ばれる女性もにこやかに頷く。二人はおずおずと、そのドリンクを受け取った。
「ありがとうございます…!」
「いえいえ〜またお越しくださいませ」
何度もお礼を述べた後、二人はそのアイスクリーム屋を後にする。時間を見ると案外そんなにも経っていないのだが、二人にすればとても長く感じられた所謂プチ事件であった。
「びっくりしたね…!」
「ね!まさかこんなことがあるなんて…」
「でも美人なかっこいいお姉さんだったね〜」
「それね、ちょっと怖かったけど。この辺の学校通ってる学生さんなのかな?」
「あの名前もう忘れられないよね〜。赤葦とか知ってそ〜聞いてみよ」
「そうだね」
そう話しながら、二人は駅の階段を登ったのだった。
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