壊れてそして | ナノ
■ 人間キラー

授業が終わると、今までの拘束感に解放されるように生徒達の話し声は大きくなる。部活一筋の者は真っ直ぐ部室へと向かい、黒尾もまたその中の1人だった。同じクラスである夜久と隣のクラスである海、三人は一緒に部室のドアをくぐった。
「ちわー」
「ぉいーっす!」
「ちわ!」
もう既に一二年の何名かが着替えていて、三年生である彼等も自分達のロッカーの前に立つ。今日のやるべき練習メニューを頭で組み立てながら黒尾はネクタイをシュルリとほどいた。そういえばと思い出したように、海が黒尾に声をかける。
「さっき会った時猫又監督が部活始める前に黒尾に話したいことがことがあるって言ってたぞ」
「マジ?何のことか言ってたか?」
「いや、でも随分と楽しそうにしてた」
「なんだなんだ」
笑ったら猫のように目が細まる自分の監督の楽しそうな様子は、簡単に想像が出来た。
「テストでひでぇ点取ったわけでもねぇぜ俺は、…ぶふっ」
「え、どうした」
「気にすんな海。今日貴田のせいでこいつのツボキーワードがテスト∞ひどい点∞ガニ股≠ネだけだ」
「ぶひゃひゃひゃ!!」
「相変わらず仲良いなお前等は」
あの芸術的な鶴の姿を思い出し、再び黒尾は肩を震わせる。それに呆れたようにする夜久と、微笑む海。
「貴田って……3年の貴田春瀬先輩のことですか?!」
話を聞いてたらしい犬岡がパアッと顔を輝かせる。その反応に黒尾の笑いが止まった。
「なんだ?犬岡は貴田と面識あったか?」
「あ、俺が直接話したわけではないです!ていうかぶっちゃけそんなに関係ないんですけど、俺のクラスではちょっとした有名人というか、ヒーローですよ!!」
あれは確か三週間程前のことでした……!と犬岡は部員に話し始める。


昼休みのことだった。それぞれ自分達の仲の良い友人で輪を囲み、食べる用意を始める。犬岡もまた、クラスで仲の良い友人と机に座って弁当を開いた。昨夜見たテレビの話、爆笑した友人とのエピソード、好きな歌手、他愛もない会話が教室に溢れていた。
「田宮さーんまたこんなの描いてるのー?」
すると、教室の廊下側の席から、馬鹿にしたような声色でクスクス笑う声がした。犬岡や彼以外のクラスメイト達も思わずその声の主を見る。真っ赤なリップに脱色されたパーマのあたった髪、乱れた服装の2人。このクラスでも問題児とされていた所謂ヤンキー生徒であった。その2人が一枚の紙を見ながら、ニヤニヤと1人の女生徒を見下ろす。その女生徒はまた二人とは対照的で品行方正な見た目をし、メガネをかけていた。大人しいと言われていて、友達と一緒にいる姿をあまり見たことがない子、犬岡もまた話したことがなかった。
「か、返して」
「これまじヤバいでしょ。あんた見た目もオタクなのに中身もちゃんとオタクちゃんなんだね〜。期待を裏切らないっていうかぁ」
「正直こんなの描いてる時点でだいぶキモいよ?知ってた?」
女生徒が持っている紙はどうやら田宮と呼ばれるその子のもので、何かのキャラクターが描かれているらしい。返して!と懇願するその子の言葉を全く聞かず、笑いながらその紙を破ろうと手にかけた。すると、
「春瀬先輩!!」
紙を持ってないもう一人の方が、廊下を歩いていたある女生徒に気付いたらしく、急に嬉しそうな声をあげた。声をかけられた本人はといえば、どうやら欠伸をしている途中に声をかけられたらしく大きな口を開けたまま、ほぇい?と目をパチパチさせていた。
「先輩覚えてます!?あたし美奈です!」
「まじ春瀬先輩だ!めちゃくちゃヤバイんですけど!なんで1年んとこにいるんですか!!」
会えて本当に嬉しいというように、問題児二人組は春瀬と呼ばれる女性にこっち入ってきてくださいよー!と誘い入れる。春瀬、と犬岡は少し頭を働かせた。タレ目で金髪の長い髪に、緩く結ばれた学校指定のネクタイ、女子の割りにはまぁ高い部類に入るであろう身長と細い身体。
(確かクロ先輩とよく一緒にいるような…)
何度か己の部活の主将の横にいるのを見かけたことがあった。教室に招き入れられ、若干気まずそうにするものの春瀬はンーと笑いながら中に入ってくる。
「なになに?私に何か用です?」
「春瀬先輩ちょーど良かった!先輩も見てくださいよこれぇ」
憧れの先輩なのだろうか、先程よりも更に楽しげに二人はからかいの対象を指差した。顔を伏せるもう一人の女生徒。
「ヤバくないっすかぁ?」
キャハハハと笑いながら、春瀬に男性のキャラクターが描かれている紙を見せる。ん、と目を細めて、しばし沈黙した後彼女は答えた。
「ヤバイね…」
その言葉にビクリと肩を震わせる絵の持ち主の少女。犬岡はショックだった。自分の憧れの主将ととても仲が良い友人が、一緒になって他人の物を馬鹿にするような人物だったのかと。もう我慢出来ないと立ち上がったその時、
「ねぇねぇ、あたしの似顔絵もかけたりする?」
春瀬は机に座る女生徒の側に屈んで、彼女の顔を覗き込んだ。
「えっ…」
驚いたのは一人じゃない。二人組も、周りにいたクラスメイトも、犬岡も目を瞬かせて春瀬を見た。
「ヤバいねちょー絵が上手なんだね。いいなー私もねーこんな絵書けるようになりたいんだけど、出来上がるのがいっつも、こいつだけには抱かれたくないなって顔のブサメンなんだよ」
ぶっと誰かが吹き出すのが聞こえた。
「てことでおねがい!わたくし春瀬さんを書いてみて!デフォルメ化でいいから!」
「えっ、あっ……はい」
「デフォルメ…?なんすかそれ春瀬先輩」
「こう、ミニマム化されたチビチビ〜とした……ってわお、可愛い、二人とも爪自分でやったの?」
「爪…?あ、」
「あっこれ私がやりました、」
「ジェルネイルだ、市販の機械ちょっとお高くなかった?」
「……そうなんす学生には厳しい!!」
「わかるわかる。いいね〜可愛い。爪塗るの苦手なんだよー美術的センス皆無だから」
「……ちなみにこのピアスはあたしが作りましたー!」
「嘘だろなんだお前等」
春瀬は驚愕というように3人の顔を交互に見る。
「ヤバくない?絵がめちゃくちゃ上手くて、ネイルちょー上手で、ハンドメイドでピアス作れるというこの貴方方のポテンシャル!?私何もできないよクズじゃん!!」
「まって春瀬先輩言い方っ…!まじすいません笑う…!」
「春瀬先輩クズじゃないっすよー!めっちゃウケるけど!」
「ふぁっーー!あ、書けた?」
手を叩いて爆笑する二人組に中指を立てると、春瀬は座る女生徒に声をかけた。
「はい……えっと、こんな感じです」
「ぎゃー!!写メっていい?LINEのアイコンにしていい?ちょっとおまいらも自分の顔書いてもらえ」
「えっ、あたしらは別に…」
「いいっすよ…」
「すっごく書いてほしいんだって」
「ええー!?」
あたしらの話聞いてませんよね!?と笑い、もういいや先輩もこう言ってるしあたしらも描いてみせてよと、最初の意地の悪い表情が嘘のように変わって、大人しいその子に言った。
その後も、何度か春瀬は犬岡のクラスに来てその三人と一緒に最初と変わらずのテンションで話をしていた。そして数週間が経ちーーー、

「今ではその問題児二人組と、大人しい田宮さん、一緒につるんでます!!」
「マジで」
犬岡の話にいつの間にか全員が耳を傾け、驚きや感心やらが入り混じった表情になっていた。
「なんつーか、すげーかっこいいなって!だってあんなスマートな仲裁あります!?」
「スマートっていうか多分ハルは何も考えてないと思うよ」
「そうなんですか!?って、そっか研磨さんも春瀬さんと仲良いんですよね!」
騒ぐ後輩達。
その一方三年生組はというと
「貴田らしいっちゃ貴田らしい話だな」
「人を馬鹿にすることがないからね」
「お前のポテンシャルはその能力だよって言いてぇ」
そのエピソードに特に驚くことはない夜久と海、これ以上は人望の規模拡大を阻止したい複雑な黒尾なのであった。
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