十二季生誕歌
五月『菖蒲』

庭に集う雀の声が騒がしい。目映く白い光にゆるゆると瞼を持ち上げる。
ぱちり、ぱちりと数回瞬きをした風華は、もう一度だけその長い睫毛を瞬かせた。
横向きに寝転がっている風華の視界に写るのは敷布と、その向こうの本棚だけ。珍しく喜助の方が先に起きたらしい。
いつもなら、体にずっしりと腕の重みを感じるのに。
もしかしたら、その違和感に目が覚めたのかもしれない。

ゆっくりと風華が身を起こすと、枕元に何やら小さな手紙が置かれている。

「・・・何かしら?」

白い便箋の中央に『愛しの君へ』と書かれているものの、裏面には何もない。けれど、それでも喜助から風華へ充てたものだということだけは確かだ。
彼女は一度手を離して、敷布の横に脱け殻のように投げ捨てられていた羽織に袖を通す。
時計を見ればまだ六時を回ったところだ。もう五月とはいえ、体温の下がっている起き抜けに何も身に纏っていないのは些か寒い。

『風華へ。
お誕生日おめでとう。
貴女の過ごす日々が、より輝きますように。
願わくば、共に。』

長く共に過ごしてきたが、互いに手紙でやり取りをした記憶は殆んどない。
けれど、こうして形の残る手紙にしたためられたそれからは、短い文面ながらも喜助の想いが溢れてくるように感じられた。長く共に過ごしてきたけれど、出会った頃から、彼の愛情は変わらない。寧ろ年々増しているようにさえ思う。
そんな想いがじわりじわりと、熱を持って伝わってくるかのように。
風華は瞼を閉じてそっとそれを胸に抱く。
心の中で、『ありがとう』と呟いて。

「あら?」

おそらく目の前でこれを読まれることが照れ臭く居間かどこかへ逃げてしまったらしい夫へちゃんと礼を告げる為に、着替えようと風華が立ち上がったときだった。
ひらり、と何か細長いものが二枚舞い落ちた。
どうやら手紙の裏側にくっついていたらしい。
拾い上げると、何かの入場券のようだ。

「植物園・・・?」

券面に印字されているのは、青紫の花が咲き乱れる園内の写真。
それは去年の年明けに隣街に開園した植物園のチケットだった。
通年イベントを催しており、五月は一面の菖蒲がメインの月らしい、ということを知ったのはその十月で。
一面に咲き乱れる菖蒲の花はさぞや圧巻だろう、と想像するだけで楽しくなる。今年こそは、と考えていたがそれを喜助に、いや、家の中で誰にも話したことはない。
一月ほど前に『誕生日の日は空けておいてね』と言われていたが、そのときも何処へ行くのかと問うても、『さぁ、どこにしましょうかねぇ?』なんてのらりくらりとはぐらかされていたのだが、その時から彼の中では決まっていたのかもしれない。

「ふふ、喜助さんたら」

風華の口許が柔らかな春風のようにふわりと綻ぶ。
いつも風華の為に先回りして、なんでもない風に、こうして幸せを探してきてくれる。
それなのに、照れ屋なところは相変わらずでこんな仕掛けをしないと誘えないのだろうか。
二つ返事で、風華が笑顔を向けると分かっていても。

嗚呼なんて可愛い人だろう、と思わずにはいられない。
それを口にすると、また彼がそっぽを向いてしまうから言わないけれど。

「さ、今日は何を着てお出掛けしようかしら」

一面の菖蒲畑の中で映えるような服がいいだろうか。
誘ってくれた彼は、きっと花よりも、花に囲まれて破顔する風華を見つめてくれているのだろうから。


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『菖蒲』
良き便り/愛/あなたを大切にします
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