十二季生誕歌
*卯月『麝香連理草』*

「ハッピーバースディ、風華サン♪」

そう言って彼は朝一番にまあるい風船を投げて寄越した。
ほわん、ふわん、とさ迷いながら風華の元に届いたそれの中には柔らかな色合いの花びらが大量に詰め込まれていた。

「有り難う、喜助さん。・・・これは、スイートピー?」

「そっス」

この時期が一番綺麗で品種も多いって花屋さんに勧められて、と目尻を下げた彼は嬉しそうに両腕を広げて待っている。今は帽子を被っていない彼のその優しげに微笑む目元がよく見えて、つい釣られたように自身も目尻を下げてしまう。
風華はふわりと微笑んで、それから手元のそれと夫の顔を見比べて、そっとそれを投げ返した。

「ちなみに、別名って知ってます?」

いくらもない距離をふわん、ふわんと頼りなく漂ったそれは胡座をかいた喜助の足元に到着する。彼はそれを持ち上げてまたこちらへ投げてきた。

「麝香豆、だったかしら。スイートピーって豆科でしたよね」

香りが強いことから"麝香"という肩書きを持たされた花の風船は、またふわん、ほわん、と風華の手元に舞い戻る。
意図は分からないものの、こんな風に過ごす時間も悪くはないのかもしれない、と風華は会話と風船のキャッチボールを続ける。

「ご名答。さぁっすが風華サン♪料理教室もいいけどさ、今年から活け花教室も始めてみたら?」

春は新しいことを始めるのにいい季節だし、と投げ返されたそれはふわん、ふわん、と宙を舞う。それは春先の蝶が蜜を求めてさ迷う様子にも見える。
確かスイートピーは蝶が羽ばたく様にもにも似ていることから"門出"という花言葉もあったはずだと思い出した。

「そうね、考えてみようかしら」

「うん、それがいいよ」

ぼんやりと投げ返す風華に、彼は名案だとばかりに頻りに首を上下させている。
喜助は殊更に目尻を緩ませて「あとね、」と風船を天井高く放り投げた。

「麝香連理草て名前もあるんスよ」

「麝香連理草・・・花が連なってるからかしら」

ふわり、ふわり、と天井付近からゆっくりと降りてくるそれを待ちつつ、風船の中で転がる花の元の形状を思い浮かべる。

「おそらくね」

彼女の手元まであと少しのそれを掴まえようと両腕を伸ばす。
半透明の風船の中で、白、桃、藤と淡い色合いの花びら達が踊っているのが見える。

「でも、ボクとしては、そっちじゃない方の連理がいいんスけど」

「"そっちじゃない"?」

キャッチボールに飽きたのか、喜助は鸚鵡返しに首を傾げる風華に這い寄って今しがた掴まえたばかりの風船ごと彼女を抱えて自身の膝に座らせた。

「ほら、よく夫婦仲に例える言葉として使われるじゃないっスか」

視線が高くなり、ぐっと近くなった瞳と見つめ合う。
遠浅の海のような明緑の瞳が、愉しげに細められた。

「近所じゃ町一番の仲睦まじい夫婦って評判みたいっスけど、いっそ世界で一番って噂されてみたいと思いません?」

今でも十分過ぎるほど愛妻家として名を馳せている夫は、それでもまだ満足していないらしい。

「ふふ、素敵ね」

「でしょう?でもね、それも夢じゃないと思うんスよ」

喜助の唇が、彼女のそれに触れた熱を残さないほど一瞬だけ重なってすぐに離れる。
額をこつん、と合わせてきた彼の唇がゆるりと三日月を描く。

ーーー今みたいに、こんな些細な時間でさえ幸せだと思わせてくれる貴女となら。ね?

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麝香連理草
門出、至福の喜び
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