2015/12月
まさかホテルまで手配しているなんて思わなかった。
ずっと聴いてみたかった楽団の演奏、その後に豪華なディナーと続き、そして、今二人はスイートルームの大きな浴槽に身を委ねていた。
広いバスルームに浮かべられた薔薇を指先でつつきながら、風華はほうと、息を吐いた。
「どうしたの?」
その吐息を聞き咎めた喜助が、背後から覗きこんでくる。
彼女は軽く頭を振って、顔を後ろへ向ける。
「ううん、贅沢し過ぎてる気がして。やっぱり皆に悪いわ」
「まーだそんなこと言ってるんスか、ウチの奥サンは」
「だって、・・・あ、やっ、もう!しないって、言ったのに、」
ほらやっぱり。『バスルームでは手を出さない』という条件で一緒に入ることを許可したというのに。
ふにゅふにゅと胸を揉み始めた手を引き剥がそうとする。
けれど、当然離れるはずはなく、むしろより強く指が食い込んでくる。
「んんっ、」
「"つい"ね」
彼はそう悪びれもせずに笑っているが、最初からするつもりだったのだろう。風華とて今の状況に思い至らなかった訳ではない。
けれど、ここまで色々してくれた喜助の頼みを無下にすることも出来なかった。おそらく彼はこういったところも見越しているのだろうけれど。
斜め後ろを向いていた顎を掴まれて、唇が重ねられる。
「ん・・・っ、」
「お酒の味がするね、」
交わした口付けの後に彼はそんなことをいいながら、喜助は体をまさぐる。風華が動く度に、乳白色の湯がぱしゃ、ぱしゃと跳ねる。
「あ、んっ、やっ、」
「お湯が中に入っちゃいそうだから、ちょっとあがって?」
いつの間にか風華の中心を擽っていた喜助は、一旦その淫らな手の動きを止めると、湯からあがる。促されるまま風華が浴槽の縁に腰掛けると、彼は足を掴んで開かせて、その足許に屈みこんだ。
「舐めるよ?」
「・・・っ、好きにして、」
いちいち、宣言なんてしないでほしい。
彼は「そう?」なんて言いながらじっとその熱い視線を注いでくる。見つめられるだけで体の奥が火照る。
その火照りは、先程まで湯に浸かっていたからではないことは明らかだった。
「んっ、」
しかし舐めるといった彼は息を吹き掛けて眺めるだけでそれ以上は何もしてこない。
「ねぇ、風華。舐めてもいい?」
ちらりと彼がこちらを伺うように視線を合わせてくる。細められた緑柱色の瞳がどろりとした欲の色に染まっている。
訊いている振りをしながら、彼は風華に言わせようとしているのだ。『舐めてほしい』と。
舐め廻すようにねっとりと注がれる視線。
時折感じる熱い吐息。
喜助は脚を開くために彼女の太股に置いた掌すら、指先一本動かすことなく、じっと見つめている。
堪らなくなって、彼女は根をあげた。
「お願い、」
「何のお願いですか」
「舐めて、ほしいの」
「ふふ、イイ子」
喜助はにたりと口角を上げて、花弁にちゅっと吸い付いた。たったそれだけのことで、体が跳ねて、奥からどろりと蜜が溢れたのが分かる。
「ふぁ、あああっ!!んっ、やぁあっ!!」
生暖かい舌が秘所をねっとりと舐め回していく。
爪先が跳ね、内腿が自然に閉じられる。だが、それをものともせずに彼はより風華の脚を広げてしゃぶるように蜜を啜り出す。
「もしかして、もうイきそうなんじゃない?」
「あ、ああ、やだっ、喜助さん、だめ、」
「ふふ、可愛い」
抗いようのない快楽を呼び起こす喜助の熱い舌の動きに腰が揺れる。
逃れようとしているのか、はたまた押し付けようとしているのか。もはや、彼女自身にも分からない。
ただ、びちゃぴちゃと彼が舌を這わせる音と、自身の猫のような啼き声が浴室内に反響する。
「いや。ぁ、っん、んん、」
かり、と鋭敏なそこを噛まれて全身が痙攣する。
脚がびくん、と高く跳ねあがろうとするのを、抑え込まれた。
「はぁああっ」
「今日はいつもより感じやすいみたいだけど、どうしたの?酔っちゃった?」
まさかね、と彼は風華を下から覗きこんでいる。
情事のときの彼女を追い詰めるような、獲物を狩るような瞳ではなく、本当に気にかけてくれているようだった。
「・・・そう、なのかも」
「え?そんなに呑んでなかったでしょ?」
彼は心底驚いた様子で、「もしかして、今日、つらい?」と珍しく体の調子を伺ってくる。最近体調を崩しがちだからかもしれない。
風華はくすりと笑って、そんな喜助を濡れた一瞥を送る。
「違うわ・・・貴方に酔わされたの」
「はぁ・・・、またそんな可愛いこと言ってくれちゃって」
彼は安堵したせいか、僅かに視線を逸らして、それから見上げる瞳を細めてすっと流し目を作る。
「なら、遠慮しなくていいね?」
「ひっ、や、だめ、」
達したばかりのそこに指が潜り込む。
くちくちと濡れた音を響かせて掻き乱される。
「待って、んっ、喜助さん、ぁ、お願い、もう・・・っ!」
「もう欲しいの?」
こくりと風華が頷くと、彼は嬉しそうに口許を緩める。
「おねだりされちゃ、仕方ないっスね」
「んっ、」
ずるりと指が抜けていき、代わりに熱いモノが入口に触れる。軽いキスをするようにそっと触れる。
「はぁっ、ん、焦らさないで・・・!」
「今日は積極的っスねぇ、」
けれど、彼は楔を前後させて擦り付けるだけ。
肉芽をその先端で刺激される。
「あ、あんっ、」
腰が自然に揺れ動くのが自身でも分かる。
早く、早く。
その熱いもので満たして。
「そんなに欲しいんなら、自分で入れてごらん?」
風華の手を熱く猛るそれに触れさせて、喜助は口の端を吊り上げた。
掌の中で、びくびくと脈打つように跳ねる熱い塊。
そう、これが欲しい。
彼でなければならない。
彼だから、欲しい。
「んっ、ふぁ、ああ、」
「・・・っ、ぁ、・・・風華っ、ん、・・・すごく、いいよっ」
彼のものを掴み、もう片方の掌を自身の濡れそぼった秘所へ這わす。指でそこを大きく押し広げて、腰を下ろす。
ぐちゅ、ぬちゅと湿った音とともに、熱い塊が奥へと突き進んでくる。
体重をかければすぐに入るのだけれど、内臓を押し上げるような圧迫感に体を慣らす為にも徐々に入れていく。
何度も彼だけを受け入れ、彼のためだけに作り替えられたこの体をもってしても、だ。
すべてを飲み込むと同時に激しい律動に翻弄されていた。
「んっ、あ、ああっ!」
「風華っ、・・・ぁ、中、いいね・・・っ!」
ずくずくと疼いていた奥を好き勝手に抉られる。
脳の奥まで痺れるような快感に背が仰け反る。
腰がびくついて、脚が跳ね上がる。
口の端から唾液が伝う。
桃色の胸の飾りがその存在を主張する。
快楽に呑まれる意識の中、彼の瞳に、狂気にも似た欲が見えた気がした。
「あ、あぁあッ!!」
「もっと、ドロドロになろう・・・二人で」
腰を廻し入れては突き刺し、突き刺しては肉芽を愛撫する喜助の腕に強く抱かれる。
ずちゅずちゅと濡れた蜜壷を穿つ楔の音、男の獣じみた吐息、盛りのついた雌のような嬌声が欲室内に何度も反響し、不協和音を奏でていた。
「ぅ、・・・っく!!」
「あぁああっ!!」
奥に彼の熱い液体をその身に受けると同時に果てた。
全身から汗が噴き出している気がする。
ああ、ほら。
また体を洗う羽目になってしまった。
風華は小さく嘆息して、それを悟られないように彼の首に腕を回した。
********
スプリングの効いたベッドの上。
生まれた姿のまま、二人はその柔らかな羽毛布団の中で身を寄せあっていた。
「喜助さん、あの、・・・私、貴方に大事な話があるの」
「ん?なぁに?」
「でも、今はまだ話せなくて・・・もう少し、待っててもらえますか?」
真っ直ぐに見据えた視線の先にある深緑の瞳が、緩く弧を描く。
「分かりました。・・・どんな話かわかりませんが、アナタが待てというのなら、いつまでだって待ちますよ。ボクは」
「ふふ、ありがとう、喜助さん」
彼の胸板に摩り寄るようにして目を瞑る。
きっと今夜も、素敵な夢が見られるだろうと信じて。
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