鈍色の歯車

今また、夕陽に照らされた彼女の横顔が余りにも綺麗で。
二の句を告げずにさらに足を止めてしまった喜助の手を、風華がぐいと引いた。

「・・・喜助さん?」

立ち止まった喜助を見上げ、行かないのか、と首を傾げる彼女に「行くよ」と取り繕って足を動かす。

「仕事だからね」

からん、ころんと何度暮れなずむ陽の中に音を弾ませただろうか。
件の墓地が見えてくる。
その墓地の入り口で立ち竦む黒衣の男に一瞥を呉れてやる。
視線に気づいたのか彼が此方を振り返る。

「おや、ご両人。こんなところまで来るとは律儀だねぇ」

「それはお互い様でしょう?」

風華の指摘に「違いない、」と男は破顔する。

三人とも、先程騒いでいた子ども達の会話から推測したのだ。ここに霊がいると。それが整か虚かは分からないが、どちらにしろ、それを処理するのが本来の死神の仕事である。
故に桑折が様子見に来ることは当然と言えば当然だった。
ただ、彼からすれば、不思議でしかないだろう。
死神ではないはずの二人がこんなところまで訪れているのだから。
けれど、それを面に出すことなく、彼はいつもの調子で「出張サービスまでやってたとは思わなくてさ」と笑っている。
なるほど、ただの新米と思っていたが、なかなかどうして。上手くたち振る舞うものだ。

それに限らず、戦闘能力こそ、いくらか危うさを残すものの、実際彼はよくやっていると思う。
虚退治だけに関わらず、定期的な見廻りに加え、時間があれば遺された人間の様子見にまで伺っているらしい。
指示されたこと以外を率先して自ら行い、当然その報告も怠ることはないようだった。ただ、その際に自身の独断で魂葬を遅らせたり、一時的に見逃したりしたことは上手く誤魔化しているようだった。
もしも喜助の部下であったのなら、新人であろうとなかろうと、間違いなく重用していたであろう。
新人だからと必ずしも、上司の命に絶対服従である必要はない。与えられた指示の中で、如何に効率よく、どのようにして負担を掛けずに処理をするか。それを自ら考えて行動に移せる者が後に実力をつけてゆく。
おそらく、それを彼の上司も早々に把握して、現世派遣に赴かせたのだろう。

「でさ、是非とも出張サービスを利用したいんだけど、いいかい?旦那」

「いいっスよ。但し、営業時間外の出張サービスなんで、ばっちり手数料はいただきますよン♪」

「っとに、あんたは足元見るよな。まあいい。こっちだ」

着いてきてくれ、と彼が墓地に足を踏み入れる。
その後ろに喜助、風華と続く。

大小様々な墓石がひしめき合うように並べられた墓地の中を進む。その墓石の下には骨壷と言われるものが格納されているはずだ。

「意味あるんスかね、こんなもの」

こんなもの、と彼が称したのは墓石に添えられたモノ。
霊園に並んだ墓石の前に、花や菓子、酒などが置かれている。それぞれ故人が好んでいたものなのだろう。骨になってしまった故人に供えても、全くもって意味はない。当然だ。その相手はまた輪廻の輪に戻り、新たに現世に来る日に備えているのだから。

「そりゃあ、意味はあるさ。相手というより、遺された者にとって、だろうけどな。・・・っと、着いたぜ、ご両人」

桑折はそう言って、ある墓石の前で踞る少女の前でしゃがみこむ。
因果の鎖が、じゃらり、と鈍く重い音を立てる。
少しずつ蝕まれていくそれに、あまり猶予はない。

「こんばんは、お嬢ちゃん」

踞ったまま、ぐすぐすと泣いている娘の肩に手を置く。
だが、少女はびくりと肩を揺らしただけで、顔をあげようとしない。
実は数日前からこの調子でさ、と彼は肩を竦めてみせた。
どうやら、彼は先刻の子ども達の話を聞く前に、この少女の存在に気付いていたらしい。よく見廻りをしている成果だろう。喜助も風華も、虚にしろ整にしろ、基本的には気付いてはいても必要以上の関与は避けている。今回は同時に聞いていたから、様子を見に来たのだ。死神相手の商売を続けている、と嘯いて、すっかり強欲商人としての地位を築いているのだから、見過ごすのも不自然だ。

「そろそろ時間もないんだけどよ、無理に送るのも違うだろ?」

「あれ?額にぽんって押すだけデショ?」

「それがそうでもないんだよなぁ。詳しくは言えねぇが。・・・で、どう思うよ?」

「捕って喰うと思われてるんじゃないっスか」

「おいおい、そんな風に見えるか?」

さも心外だと言わんばかりに彼は眉根を寄せる。
それに取り合っているのか居ないのか、何でもないことのように、喜助は首を振るだけだ。

「さあ?でも、現にこの子は怖がってるでしょ」

「・・・まあ、確かに」

これでもかと眉根を寄せてを渋面を作る男に肩を竦めて見せる。喜助とて、子供の相手が得意な訳ではないが、こんなに警戒されたことはないと思う。



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