鈍色の歯車

「浦原さんとこは表向き駄菓子屋やってるだろ?なんかこうさ、上手く宥めすかす方法とか知らないか?」

少女に聞こえないようにする為か、小声で耳打ちされた内容にどう返事したものか、と喜助が首を捻る。
そのとき、顔を見合わせる男二人の後ろで静観していたはずの風華が一歩足を踏み出した。

「こんばんは、お嬢さん」

「・・・だれ・・・?」

「大丈夫よ、」

女性だからだろうか、傍らの男が連日呼び掛けても答えなかったらしい少女が恐る恐る泣きじゃくる顔を上げる。
誰、という問いに風華は答えずに、少女の前にしゃがみこんで視線の高さをあわせてそっと手を伸ばす。
少女の細く柔らかな髪を撫でる。
びくり、と身体を僅かに強張らせたものの、数回繰り返されるといくらか落ち着いたのだろう。
目を真っ赤に腫れさせてはいるものの、ようやくその涙を止めてこちらを見る。だが、喜助を見上げるとまたびくりと肩を竦ませた。

「・・・っ」

風華に倣い、喜助もかがみこみ、帽子をとる。

「びっくりさせちゃいましたかね。ごめんね」

見下ろされるのは確かに威圧感もあるだろうし、帽子の陰で表情が分からないことも恐怖心を煽るだけだ。
長身の喜助がしゃがみこんでも、まだ少女には高い位置にあるが、視線が近くなったことと笑いかけたことで、幾らか警戒心は解かれたらしい。元々垂れ目気味でいつも親友に『へらへらするな!』と言われてる顔立ちが幸いした。
その証拠に目付きの鋭い桑折とは視線を合わせようとしない。

「桑折サン、今度整形したらいいんじゃないっスか?」

「無茶いうなよ、旦那」

また彼が渋面を作った為か、少女がきゅっと風華の腕に縋る。彼女がよしよしと頭を撫でてやると、よりぎゅっとしがみついた。

「大丈夫よ、怖い人じゃないから」

「・・・だって、ママが・・・オバケはよるにでるって・・・」

「そうなの?」

「・・・うん、くらいところにでるっていってた・・・」

「そう。でも、今はまだ、暗くないわ」

風華が宥めるようにそう告げるが、少女は固くなに首を振る。

「・・・そのひと、まっくろなかっこうしてる・・・」

そうして最後に「だから、オバケなんでしょ?」と風華に顔を埋めて消え入るような声で少女が呟く。
なるほど、近からず遠からずといったところか。

「へぇ、なかなかいい発想力っスねぇ。お嬢ちゃんは頭がいいね」

喜助がそういって笑うと、少しだけ顔を上げて、頬を染める。あどけないその表情は随分と可愛らしい。
感心、感心と撫でてやる横で桑折が「旦那、昼間のこと根に持ってるんだろ」と睨んでくる。
それを無視して少女の頭を撫でる。

「ママとはぐれちゃったんスね?」

「わたしが・・・」

みるみるうちに、かの少女は目尻に涙を浮かべる。
悪いことをしたかと思ったが、風華は気にした様子もなく、少女の髪を撫でている。

「・・・わるいこだから、・・・おいて、いかれたの・・・」

「そんなことーーーー」

だが、自身は、なんと返せばいいのだろうか。
彼女の母親を知っているわけではない。
子どもが自身を責めるということは、虐待か何かがあったのだろうか。
問い質す訳にもいかず、喜助は途中で口をつぐむ。
なんと言ってあげれば良いのだろう。
それを引き継いだのは他ならぬ風華だった。

「今ね、ママも探してるのよ」

「・・・ほんと?・・・おこってない?」

「本当よ。ただね、ママは少しだけ遠いところにいるの」

「どこ?わたしもそこにいきたい」

少女がぎゅっと握る袖にきつく皺がよる。
彼女はそれさえあやすように、力の入った少女の掌をやんわりとほどいて破顔する。

「あとは、このお兄さんが連れていってくれるわ」

そうでしょう、と視線を向けられた桑折は軽く息を飲み、それから、強く頷いた。

「ああ。おいで、お嬢ちゃん」

少女は驚いたように風華と彼の顔を見比べるように数度見つめ返していたが、しばらくして観念したように桑折に近寄る。

「・・・ママに、あいたい・・・」

「お嬢ちゃんの頑張り次第できっとまた会えるさ」

そう言って彼は柄尻を少女の額にそっと押し当てる。
ふ、っと柔らかな光が辺りを包み込んだ。
瞬きをする合間にその光は収束し、先程の少女は影も形も見当たらなかった。

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