鈍色の歯車

「でたな!ようかいなまけぼうし!」

何度聞いても、酷い呼び名である。

風華は笑ってしまわないように奥歯をぎゅっと噛み締めた。
喜助に店番を頼むと、彼はいつも店先でだらだらと寛いでいることが多いせいか、そんなあだ名がつけられているらしい。
真面目な印象を与えてしまうと、日夜あらゆる場所を徘徊しづらい。普段働き者の亭主が夜な夜な事故現場や墓場などに出向こうものならより怪しまれるだけだ。だが、元々怠けていて放浪癖のありそうな人物として現世の人々に捉えてもらえれば、『あの人ならやりかねない』と流してもらえる。
隊長業務をこなし、局長として築いていた地位。
そんな過去の栄光にしがみついたところでなんの足しにもならない。それ故に、あえて自ら全てを放棄し、過去の己を亡き者として扱った。

それを知っているから、笑ってはいけない、というよりも笑うべきところでもないのだが。

しかし、やはり、なんというか。
子どもたちからの、この扱いについては失笑を禁じ得ない。

喜助の背後で桑折も口許を抑えている。肩が震えていて、笑っているのは明らかだ。
そんな二人の様子に、喜助は帽子の奥の目を僅かに細めて、なんでもない風に少年たちを取り成す。
こんな風に言われてしまうのも一度や二度の話ではない上に、元来何事も笑って受け流してしまえる性格故に、気にも止めていないはずだ。

「人をそんな風に呼ぶ、躾のなってない子にあげるお菓子はないっスよ?」

それでもいいんスか?と喜助が口許を開いた扇子で隠しながら、くつくつと見下げる。
どうにも人をからかう性格は生来のものであるらしく、楽しんでいるようだ。気晴らしになるのなら、まあ、それも悪くないのかもしれない、と風華は成り行きを見守る。

「な、なんてひきょうなやつだ!」

「ど、どうしよう、こーちゃん。せっかく、ふくせんちょうがでたのに」

「あきらめるな!これをあいつにうばわれるわけにはいかねぇ!」

「おんやぁ?レアキャラが当たったんスか?それ、ちょっと見せてくださいよ」

喜助はにたにたと厭らしく口角を上げたまま、後ずさる少年達に手を伸ばす。
さすがにからかいすぎだ、と咎めようとした風華の声を、彼女より数段高い声が遮った。

「ちょっとぉ!いいカゲンにしなさいよ!」

「いや、お嬢サンたちに言った訳じゃ、」

「ママがいってたもん!いいわけばっかりするオトコはダメだって!」

「・・・・・・え、」

「それに、てんちょうさんはきっと"ヒモ"だってうちのママもいってた・・・ねぇ、ミカちゃん。ヒモってなに?」

「ヒモっいうのはたしか、オンナをあてにしてる、わるいオトコよ!」

ママのドラマでみたんだから!と息巻いている少女の発言に堪えきれなかったのか、桑折が腹を抱えて笑い出した。子どもたちには見えないから、とひいひいと息をしながら腹を捩っている。いくらなんでも笑いすぎではないだろうか。
かといって、それを咎めることもできない。
そんなことをしたら『壁にむかって独り言をいう娘』というレッテルを貼られてしまう。

「まじかよ!それってサイテーだな、おっさん!」

「やっぱり、だがしやさんって、おしごとないんだ」

「そ、そんなことないわよ?」

「わかった!今からでもおそくないから、おねえちゃんのあたらしいおむこさん、さがしてあげる!わたしにまかせて!」

「え?」

「わあ!それがいいよ!」

「あ、あのね?」

「そうだぜ!このおっさんといることないじゃん!」

話があらぬ方向に進み出し「そうだ、そうだ」と口々に喚きはじめた子どもたちを前に、なんと言ったものかと風華が顔をしかめる横で、喜助は平然と宣った。

「勘違いしてるようだけど、風華の方がアタシに惚れてるんスよ?」

「えー、うそだー」「しんじられない」とまた騒ぎ出した子どもたちに向かって、風華は一つ溜め息を吐いてから、笑顔で頷いた。

「そうなの。私、この店長さんが大好きなの。どんなにだらしなくて、怠けてて、おじさんで、ヒモに見えても、ね」

子どもたちはぽかんと口を開けていて。
ミカと呼ばれていた少女が一言「おねえちゃん、だまされてるよ、それ」と告げたあと、憐れむような表情を浮かべて踵を返した。それに続くように残った三人の子どもたちも同様の表情を浮かべつつ帰っていった。
子どもたちに、あんな心配をされてしまう大人というのも如何なものか。
風華は頭を振って切り替える。詳細はわからないが、一つ気になることを彼らは話していたから。



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