鈍色の歯車

ぼんやりと物思いに耽りつつ、風華の存在を忘れたかのようにどちらが先に買うかで揉め出した少年たちを暫く眺めていたが、どうにも収拾がつかなくなりそうなので、諌めるように笑いかける。

「ほらほら、喧嘩しないの」

風華が笑って二人の前に掌を差し出すと、取っ組み合いの喧嘩に発展しそうになっていた少年たちはぴたりと動きを止めて、それぞれ茶色の硬貨を二枚と、銀色の硬貨を一枚置いた。ずっと握り締めていたのだろう、硬貨は少し温くなっていた。

「うん、ちょうどね。ありがとう」

もらった小銭をスカートのポケットにしまい、少年の頭を撫でると、一人は照れたように笑っていたが、玩具つきの菓子を買った少年は「こども扱いすんなよな!おれは海の男になるんだぞ!」と息巻いている。

「そう、頼もしいわね」

目線を合わせるために屈みこんでから、笑いかけると、ふいと視線を逸らされた。怒らせてしまっただろうか。風華には兄弟どころか姉妹さえいなかったら、幼い子どもと接する機会がなかった。それ故に、どう接していいかが分からない。
記憶の片隅に遺された母との想い出を手繰り寄せながら、振る舞ってみてはいるものの、やはり違うのだろうか。

そのとき、くいっと袖を引かれた。
振り返るとゼリーを握っていた方の少年が、風華の袖を引いている。

「それよりさ、おねーちゃん、しってる?」

「何を?」

瞳を輝かせてこちらを見る少年に首を傾げてみせると、彼は得意気に胸を張って語りだした。

「さんちょうめのぼちに"でる"んだって」

聞き咎める単語に全神経で反応する。
だが、それをおくびにも出さずに風華は不安げな表情で問い詰める。

「・・・"でる"って、何が?」

「あ、おねーちゃん、こわいの?」

「へーきだぜ!おれたちがいるからな!」

「・・・本当に?」

「もちろん!」

「うん、ぼくもやくそくするよ!」

「分かったわ。じゃあ、何が"でる"のか教えて?」

「ここだけのはなしなんだけど、じつはさ、」

喜助に報告しておく事象かどうか見定める為、彼女は内心気を引き締め直す。
にやにやと歯を見せて笑う少年の動きに全神経を集中しようとしたときだった。


「ちょっと男子!」

「・・・げ」

「・・・うぇ、なんでここに」

「あら、いらっしゃい」


腕組みをして仁王立ちした少女が、こちらを睨むような顔付きで見据えている。その後ろに二人の少女が付き従うように寄り添っており、一人の少女が小さく「こんにちは、」と風華に頭を下げていた。
彼女たちは、この二人の少年の同級生だ。
同じ学校で、同じ道を使っているのだから当然出くわしてもなんら不思議はないのだが、彼女たちが姿を見せることは彼らにしてみると想定外のことだったらしい。

「きもだめしなんか勝手にやればいいでしょ!?おねえさんをまきこむとかサイテー!」

「な!まきこんでねぇよ!」

「そうだよ!ちょっとはなしをしただけじゃんか!」

「それがまきこむってことよ!"セキニン"もとれないのに、勝手なことしたらダメなんだから!」

どうやら、風華を誘って肝試しをしたかったらしい。
刺激に飢えているのだろう。それと、身近な大人を連れ立っていくことで、自分達の成長を見せたかったのかもしれない。死神である風華には、現世の人々と同じように死霊に対する恐怖はない。だからこれは憶測でしかないが、彼女たち死神が虚に対峙するときと同じような恐怖を覚えるのだろうと思っている。学術院で、力をひけらかしたがる者も、風華の記憶に有る限りでは異性が多かったような気がする。

ぴしっと、少年に指を突き付けるリーダー格の少女の頼もしさに心の中で拍手喝采を送る。女子の方が精神的に成長が早いとはいうが、なるほど、その通りかもしれない。

ぎゃあぎゃあと口々に騒ぎ出した子どもたちの動きを止めたのは、間延びした男の声だった。

「おやおや、なーんの騒ぎっスか」

「喜助さん、」

振り返り、仕事はいいの?と目線で尋ねる前に、喜助の背後で片手を挙げた黒髪の男が視界に写る。
どうやら仕事は終わったらしい。


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