『最愛』
「なんでって、四楓院さんに定期報告せなアカンやろ」
リサはそう語りながら、黒いカーディガンの下にきっちりと着込んだブラウスの胸元から手品のような早業で掌サイズの小型カメラと手帳を取り出して、それを風華の目の前でひらひらと振って見せた。
「な、なにを?」
意外な名前が出てきて、風華は目を丸くしてリサを見詰める。
「せやから、アンタと浦原さんの仲を、や」
「なんでそんなこと、」
「アンタら二人とも、何かあっても、『大丈夫』ってしか答えへんからやろ」
確かにリサの言う通りかもしれない。
心配を掛けることではないと思うし、それ以外に為すべきことがある。
あくまで風華は、部外者であったところを着いてきているだけなので、口を挟める立場ではない。
だからこそ、もし何か気にかかっても口にすべきではないと思っている。余計な問題は増やすべきではない。
喜助のことなら気にしてもらいたいが、彼もそういうことを素直に話す性格ではない。親友である夜一にさえ、話さないことも多いそうだ。よく『あやつが何を考えおるのか、さっぱり分からぬ』と愚痴を溢している。
のらりくらりと交わして、話をはぐらかせてしまうだろう。はぐらかせる、という辺りで隠し事があることを暗に示しているから、ある意味分かりやすいのかもしれないが。
「でも、なんで、リサに?」
「違うよ、皆で観察してるんだよ」
「え?」
白の言葉にも驚いて、今度はそちらに視線振りかけるが、リサが「ちゃう、ちゃう」と手帳を持った手を左右に振る。
「勘違いしなや、単に側に居られへんから気にかけたってくれって話や」
「そーだっけ?」
「そうや」
先にクリームソーダを飲み終えた白が、ストローを咥えて遊びながら首を傾げている。
「そうだったんだ」
「そういうわけで、観察日記に書くためにやな、」
「ごめんね、リサ、今の話は理解できたけど、どうしてそれが下着の話になるのか、まったく分からないのだけど」
はああ、と盛大な溜め息を吐いて、リサはがしっと風華の肩を掴んできた。
びくりとしてリサを見返すと、彼女は眼鏡の奥の黒曜石の瞳をきらりと光らせている。
「慢心したらアカンで、風華」
「慢心?」
「浦原さんがどこぞの現世の女に引っ掛からんとも限らんやろ?」
「・・・それは」
考えたくないし、信じたくもないけれど、可能性は0じゃない。そもそも、ことあるごとに『ボクには風華サンしか見えてないですから』と公言していたにも関わらず、それでも喜助に言い寄ってくる女は後を絶たなかったぐらいだ。
「せやから、もっともっとオンナ磨いて骨抜きにさせたらなアカンねん!」
「は、はい」
「せっかくこんなエエ武器持ってんねんから」
勢いに呑まれて思わず頷いた風華に満足した様子で、リサは、肩にあった手を下に滑らせた。
「ひゃぁ!?ちょ、リサ!!」
「男なんて皆おっぱい星人やねんから」
「や、もう分かったから!」
胸を鷲掴まれて顔を赤くしながら、リサの手を振り払う。
「風華」
「なに?」
「オンナは、追い掛けさせてなんぼや」
いくらか警戒して少し身を離している風華に、彼女はいつになく真面目な様子で語る。
「何でもええから、浦原さんに言われへんような秘密事を一つは絶対持っとき」
「秘密事?」
秘密なんて作れるだろうか、彼を相手に。
そもそも何でも知り尽くしてしまいたい、と思う人なのだから。
けれど、確かに知り"尽くして"しまったらどうなるのだろう。
彼の知識欲が満たされてしまったら?
その先は、あるのだろうか。
「そうや。オンナは常に違う自分を持っとかなアカン。いつも同じ自分を見せとったら、男は飽きてまう」
「へー、そうなの?」
「白、アンタはちょっと黙っとき」
「えー」
リサはそこで言葉をきって珈琲を飲み干した。
もう話に飽き始めている白は買ったばかりの戦利品を眺めて「似合うといいなー」と一人ごちている。おそらく拳西に、と彼女が選んだ愛らしい熊のイラスト入のTシャツのことだろう。
選んだ理由がいつも顰めっ面をしているから、らしいが、顰めっ面をさせている張本人からそれを渡すとはなんたる皮肉だろうか。それを素でやってのけるのが白らしいといえば白らしい。
彼が受けとるはずもないのだが、分かっていてリサがそれを止めなかったので、風華は口を挟まなかった。
「せやから、何でもええ。容姿を変えるんが一番楽や。困ったらそれでもええ」
「うん、分かった。ありがとね、リサ」
「なら、今日にでもアレ着て浦原さんに夜這いでもしとき」
「それは遠慮させて」
苦笑しつつ、風華も珈琲を最後の一口を飲み干した。
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