『最愛』
大量の荷物を抱えてようやく扉を開けて、どさりとそれらを床に下ろす。
ふう、と一息ついていると、奥から鉄裁が姿を見せる。

「む、風華殿。お帰りなさいませ」

「ただいま、テッサイさん。お夕飯、今日は私が準備しますね」

買ってきた食材の袋を抱え上げると、彼は大きく頷いた。

「ええ、頼みましたぞ」

「喜助さんは?」

風華が買い出しから帰ってくると、いつも真っ先に姿を見せるはずなのに、今日に限ってどうしたのだろうか、と首を傾げていると、「彼なら先ほど買い物があると、どこかへ行かれましたぞ」と返された。
珍しいこともあるものだ。そもそも買い物なら出掛ける前に言ってくれれば良かったのに。

「すぐ戻るとは言っておりましたし、夕飯までには戻るでしょう。今日は風華殿が作られるのですからな」

「ふふ、そうですね」

「私めは、風呂の支度をして参りますぞ」

「お願いします」

家に上がり、衣類の入った袋はとりあえず部屋の隅にまとめておく。

袋から取り出した肉や野菜達を並べて、手際よく準備していく。以前夜一の邸で教わった甲斐もあり、無駄がないと思う。
じゃがいもはそのままだが、せっかくなので人参には飾り切りを施してみた。
今日はこれぐらいしてもいいだろう。

「あ、そっか。喜助さん、お花買いに行ったんだわ」

花の形になるように人参に包丁を入れながら思い出した。
今日は、二人が恋仲になった日で、つまり毎年恒例の花をもらう日なのだ。
ここ数日出掛けていた様子もなかったし、生花は傷むのも早い。だから先ほど出掛けたのだろう。

そうこうする内に下準備が終り、そこで鉄裁が台所へ顔を出した。

「風華殿、湯の準備が出来ましたぞ。たまには先に湯に浸かられては?」

「ありがとう、鉄裁さん。じゃあお言葉に甘えようかしら」

いつもは遠慮して風華が最後に浸かり、片付けも行うのだが、家主が外出している上、丁度一段落ついたところで、あとは煮込むだけだ。
弱火にかけて、火の番を彼に任せると、風華は部屋に戻った。

放置していた衣服の山が目に留まる。
リサの言葉が耳の奥で谺していた。
別に彼女の言葉に発破を掛けられた訳ではない、と思いたい。
現世に来てからずっと、彼は研究に費やしており、三日どころか、一週間姿を見せないことも珍しいことではなかった。
夜になろうと、褥さえ共にしないことが増えた彼に、󾆓口にはしないものの、彼女は一抹の寂しさを感じていた。
同じ屋根の下にいるはずなのに、その距離は余りに遠く、時折『一人にしないで』と言ってしまいたくなる。
けれど、そんなことはただの我が儘でしかない。
すべて承知で無理矢理に着いてきたのは風華だ。
だから、喜助にも話していないし、ひよ里やリサ達にさえ溢していない。
誰かに言えることではない。

ただ、こんなもので彼が喜んでくれるなら、もっと彼と過ごせる時間が増えるなら、着てみてもいい、とそう思った。

意を決して、箪笥の奥底に隠した紙袋を掴んで風呂場へ向かう。
そこまでは、良かったのだが。


「・・・なに、これ?」

湯からあがり、濡れた体をタオルでくるんだ風華は、紙袋から出てきた三つ目の布を広げて呆然としていた。

『三枚セットで着るんやで!』

ご丁寧に添えられた手紙には一言そう書かれていた。
ブラとショーツ、それから、揃いの薄いベールのような透ける生地で仕立てられたそれ。
試着させられたときも、無理矢理押し付けられたときも、まさかこんなものまであるなんて気付かなかった。
 
衣服には罪はない。
もう買ってしまっているのだし、一度は着てみなければ勿体無い。
そう考えて、すぐに脱ぐつもりで袖を通してみた。
そもそも今日これを着てどうこうする訳ではない。
今だけで、また後日改めて着てみるつもりだ。

鏡の前には、湯上がりの火照った艶やかな白い肌に、赤い鮮やかな下着を身につけた女が立っていた。

細い肩紐には刺繍糸で作られた蝶のモチーフが右肩にだけつけられており、まるで彼女の鎖骨で羽を休めているかのようだ。
前開きのそれは、胸元を細いリボンで止めるデザインで、その胸元の下から腰の辺りまで、ひらりと半円を描くように裾が広がっていて、臍が見え隠れしている。見れば左腰の辺りにも蝶のモチーフが揺れている。

「・・・これは、どう、なの」

確かに可愛いが、これは着る意味があるのか。
いや、どう考えても意味などない。まさしく飾りである。

「風華殿ー!いい具合に煮えてきましたぞ!」

「あ、はい!すぐ行きます!」

脱ごう、と決めたときに鉄裁から呼ばれ、慌てて上から寝間着用のワンピースを着た。

これは後で脱げばいい、と風華はその時、安易に考えてた。
だが、その後帰ってきた喜助を出迎えたり、受け取った一輪のバラを食卓に活けたりしているうちに気にならなくなってしまい、揃って夕飯を済ませている頃には、すっかりその存在を忘れてしまっていたのだった。



4/10


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -