愛を教えて、

重傷を負った怪我人なのだから、と一週間の暇を言い渡されて四日目。

確かに重傷だったのだろうけれど、あの浦原喜助と開発した新薬の効果で命はおろか外傷すら遺すことなく済んだ風華は、二日目には完全に元通りになっていた。

そんな訳で詰所に顔を出してみたのだが、「休みだ、といいませんでしたか」と卯の花に有無を言わせぬ笑みで言われてすごすご帰宅したのが昨日の話。
帰りにひよ里に会えたので、数冊の本を借りた。
だが、それももう読み終えてしまった。
また明日いくつか貸してもらう予定だが、それまですることもなく、手持ち無沙汰に仕方なく部屋の片付けに精を出してみたが、これもすぐに終わってしまった。


「はぁ...退屈」


庭先に下りて、紅姫の鉢植えに水を遣りながら呟く。春から秋が咲きどきなのだろう、今は殆ど花が
なく、一輪残っているだけだ。それは色鮮やかに咲き誇っている。
けれど、それもこの数日で枯れゆく。ここ数日の合間にめっきり空気が冷たくなった。日が暮れると足先が冷えてしまうほどに。
季節は移り変わり、冬を迎えようとしている。


本当はすぐにでも、喜助に会いに行きたかった。

今ここに居られるのは紛れもなく彼のお陰で。
それなのに、まだお礼すら伝えられていないのだ。

けれども、卯の花から暇を言われている以上、詰所に行くわけにはいかない。
私邸に赴くという方法もあったが、隊長と局長の二つの肩書きをもつ喜助の多忙さは多少なりとも理解しているし、ひよ里からもよく仕事が午前様になっているという話も聞いていて、行ったところで会える確率の方が少ないだろう。


「喜助さん...会いたいな」


本人に言えない代わりに、彼を想って買った花に言ってみた。
返事などあるわけもないのに。
けれども彼への想いばかりが募っていく。
無駄だと分かっていても、一度伝えておきたい。
伝えたところで、きっと、彼は困ったような笑顔で感謝と、それから謝罪とを口にするのだろう。
それでももう構わなかった。

ただ、会いたい。
この先側に居られなくてもいい。
それでもいい。
今、あの人に会いたい。


花に願った想いが届く訳はないのだが。
いったい何がどうなったのか。
その夜、喜助が訪れたのだった。


「調子は如何ですか」

「お陰様でこの通りです。本当にありがとうございました」

風華は深く頭を下げると、「風華サンが無事で何よりです」とぽんぽんとその頭をなぜられた。

「で、これ、快気祝いにドーゾ」

「え、そんな・・こんな上等なお酒、いいんですか」

勿論、と笑顔で渡されて、風華は「ありがとうございます」と重ねて感謝の意を告げてから彼を見上げる。

「あの、浦原さん、」

「ん?」

「良かったら、お茶でもどうですか」

「いいんスか」

「ええ。話し相手も欲しかったところなので」

そういって彼を促した。
もうあの時のような想いはしたくない。
叶わなくとも、今夜、想いを伝えよう。

「開けてもいいですか」と一言断ってから、喜助が持ってきてくれた酒を縁側で二人酌み交わす。
空気もきりりと冷たく澄み渡り、満月に近い月が煌々と輝いていて、夜だというのに明るかった。


「風華サン、お花好きなんスね」


開いた盃に酒を継ぎ足しながら、喜助が庭先に視線を向ける。両手が塞がっている彼の視線の先にあったのは、一輪だけ残った紅い花。
夜のためか花弁を閉じ気味に咲いている。

「え?ああ、あれは」

「あれは?」


今言うべきか否か。
少し迷ってから、風華はおずおずと口を開いた。


「私の、大切な人を想って」

緊張しているせいか、口内で舌が縺れたような気がする。
彼はあの花に込められた意味に気付いているだろうか、と隣に座る喜助をちらりと見やってから、視線を庭先に戻して微笑んだ。

少し、顔が熱いのは気のせいではないだろう。

「大切な人、ですか」

「はい」

「...ご両親ですか」

「いいえ。恋慕う方です」

そこで風華は一息ついて、目を瞑って深く息を吸い込んだ。想いを口にする為に。
そうして意を決した風華が喜助の方を向いたときだった。

「...妬けますね」

「え?」

「アナタに、そんな風に想われる人が居るなんて」

低い声でそう告げ、手首を取られる。
盃がかしゃんと小さな音を立てて庭先に転がる。
ぐっと体重をかけられて、背中に鈍い衝撃が走り、手首が縁側の木の板に押し付けられた。
そうして、押し倒された、と気付いたのは彼の背の向こうに屋根と明るい月が見えてからだ。

「浦原、さん?」

「風華サン、」

突然のことに思考が追い付かず、風華は抵抗するでもなく、ただ喜助を見上げた。
何かに耐えるように寄せられた眉。
翳りを帯びた瞳。
どうして、と彼女が口を開く前にそれは彼の唇によって塞がれる。初めて重ねたはずの唇なのに、何故か知っている気がした。
だが、今はそれどころではない。

「んっ!んん」

思わず顔を捩って唇を離すが、体を押さえ付けられたままでは逃れられるはずもない。


「今だけ、今だけでいい」


ボクだけを見て、そう告げて何度も唇を合わせられる。


15/17


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -