愛を教えて、


虚を切り伏せて、落ちていく風華を抱き止めた。
彼女は薄目を開いてはいるものの、焦点が定まらない。
風華はなんとか口を開いたがひゅうひゅうと乾いた空気が漏れる。
肺をやられているのか、と察した喜助は、風華の体を横抱きにしたまま、袂から薬を取り出す。

「喋らないで!今、薬を」

「あの、子、っは・・・?」

どこにそんな力があったのか、風華は首を振って喜助の羽織を強く掴む。
この期に及んで少年を助けるのが先だとでもいうのだろうか。喜助は苦悶に顔を歪ませて、彼女を見下ろす。
無理に口を開いたせいか、彼女は咳き込んだ。その拍子に血を吐き出して、彼女の黒衣と、喜助の白羽織に朱が滲む。

「ねぇちゃん!オレなら無事だぜ!!」

「・・良かっ、た・・」

その声に安堵したように微かに微笑んだ風華の手が、ぱたりと、喜助の羽織から離れて地面に落ちた。

「風華サン!?風華サン!」

「ねーちゃん!?」

両脇から呼ばれても彼女は目を開かなかった。
顔から血の気が引いていき、見る間に蝋人形のような青白さを増していく。

「確りしろ!風華!!」

彼女が重傷だということも忘れて、喜助は肩を強く掴んで何度も何度も呼び掛けた。
ぎりっと唇を強く噛み締めたせいで血が滲む。
懐から薬液を損傷の酷い足と腕に振り掛けて、自身の羽織を引き裂くとそれで覆った。これで出血は収まるはずだ。
しかし本当に酷いのは外傷ではないことは喜助にも理解できている。
瞬歩で連れて帰ろうにも、この距離、しかも瞬歩の衝撃に耐えきれるかがわからない。
故に内臓の損傷をいくらか抑える為にも風華に薬を飲ませたいのだが、意識がないどころか、呼吸が止まっている。

逝くな。
まだ、逝かないでくれ。


そう、彼が強く願ったときだった。


「たすけて、くれる?」


突然、耳に響いた場違いな愛らしい声に顔をあげると、見たこともない少女がいた。

「キミ、は・・・」

白い肌に白い髪。玉虫色の瞳。
それに白い着物に濃緑の帯を纏い、ひどく人形めいた少女が、じっとこちらを見上げている。

気配すら感じなかった。傍らの少年も同じようで、ぽかんと口を開けている。


「ねえ、この子を、たすけてくれる?」

「・・・ボクの、命に代えても」


なぜか真剣に答えなければならないと思った喜助が、そう答えると、満足したのか少女はにこりと笑った。

「ありがとう、きすけさん」

少女は微笑みを称えたまま、風華の額にそっと口づけをした。
途端、風華が咳き込んだ。
息をしている。
ほんの少しだが、唇の青さも引いている。


「風華サン、聞こえますか!?風華サン!」


呼吸をしており、瞼が動いているが、まだ意識は朦朧としているようだ。
はらはらとした様子で、しかし、余計な口は出さずにじっと此方を見つめている少年にちらりと一瞥をくれてから。

「ごめんね、風華」

聞き届けられない一方的な謝罪を言葉にしてから、喜助は薬を口に含んだ。
そうして風華の頤を掴んで、まだ紫がかった色をしている唇に自身の唇を重ねる。閉じられたそれを舌で割り開き、そのまま舌を奥へ差し入れる。
何度か吐血していたせいか、薬の味の他に血の味がする。
鉄錆びたその味は、同じ血であるはずなのに、喜助には、なぜか仄かに甘く感じられた。
そうして液体を流し込んで、無理矢理喉の奥へ通らせる。
ごくり、と喉を鳴らして、意識はなくとも、なんとか飲み下したのを確認すると喜助は漸く唇を離した。

「・・・・」

と、そこで、顔を真っ赤にしてまじまじとこちらを見ている少年と目があった。
目があった途端、しまった、という顔をしてから気まずそうに口を開いた。
小さな声で「あんたら、そーゆー仲かよ」と呟くのが聞こえた。随分とマセた子供のようだ。

ふと見渡すと先程の少女が居なくなっていた。

「さっきの女の子は?」

「え、あ!もういねぇな。誰だったんだ?」

なぜ喜助の名前を知っていたのだろうか。
不思議な少女だった。
風華の命を繋ぎ止めることができたのは、おそらく彼女のお陰だろう。
特殊な鬼道でも使ったのだろうか。あの年頃では、俄に信じがたいものだが、目の前で起きたことを信じない訳にはいかない。
あとで時間をみつけて、夜一にでも話をしてみようと算段する。

そうしてから、喜助は今度は少年に向き合った。

「キミ、名前は?」

「なんだよ、自分から名乗るもんだろ。大人だからっとズリーぞ!つか、ねーちゃん、助かる、よな?」

「大丈夫ですよ、ほら、少し顔色がよくなったでしょ?」

そういって喜助が見下ろした風華の顔は幾分まだ青白いものの、頬や唇には赤みが戻ってきている。
新薬の利き目はばっちりだ。まさか彼女と開発した薬を一番に彼女に試すことになるとは思ってもみなかったが。薬が完全に利くまで大体五分程度。もうしばらくだ。

「そっか」

ほっとしたように胸を撫で下ろす少年。
初対面であったであろうに、それでも本気で案じてくれていたようだ。
本当に彼女は多くの人から好かれるようだ。

「ボクは、浦原喜助と言います。」

突然名乗った喜助に驚いた様子だったが、少年はすぐに破顔した。

「オレはジン太だ!花刈ジン太」

つり目で生意気な態度が多少気になるものの、笑うと年相応で、喜助は悪くないなと思った。

「なぁ、本当にねーちゃん助かるよな?」

「絶対、助けます」

「そっか。頼むぜ、にーちゃん」

「ええ。言ったでしょう、ボクの命に代えても助けます」

「男の約束だぞ!」

ジン太は喜助に向かって拳を付き出す。
喜助はその小さな拳に自身の大きな拳を付き合わせた。
そうして、お互いににやりと笑ってから、喜助は風華を抱え直すと瞬歩で四番隊へと、慎重に、けれど急いで戻る。



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