愛を教えて、

そうして、二人で茶屋を出てからそのまま街をぶらぶらした。

風華の話題になってから、落ち着いたと思われていたひよ里の機嫌はやはり悪いままで「今日はとことんサボったる!アンタも付き合いや!」と命じられてしまったからだ。

途中、喜助との関係について改めて聞かれたが、それについては、書類を持っていったときに夜一へ取り次ぎをお願いした、と説明した。
酒の席に呼ばれたことは伝えていない。
あえて、彼女を怒らせるようなことは言う必要もないだろう。


着物問屋や雑貨などを見て巡っているうちに、少しは怒りが収まってきたようで、普通に買い物を楽しんでいる。
もうそろそろ隊舍に戻ってもいいかもしれない。

「あ、鈴蘭!」

花屋の前を通るときに、風華は思わず足を止めて、鉢植えの前に屈みこむ。


「それ、風華のヤツやんな」

「うん、そう。だから一番好きな花なの」

その名の通り、小ぶりの白い花が鈴なりに連なっているそれはそよ風にゆらゆらと揺れている。

彼女の刀である君影とは鈴蘭の別称、君影草が由来である。

小柄で愛らしい見かけによらず、毒性の強い香りを放つその花と同様、能力として切りつけた者の神経を侵す毒を秘めている。
四番隊に属していながら、毒性の強い技を得意とする刀もどうかと思っていた。
一時、それで異動も考えていたのだが、卯の花から『毒を以て毒を制す。毒の危険性が分かっているのなら、解毒への理解も容易いでしょう。貴女ほどの適任者はおりませんよ。ですから、これからも私の元にいなさい』と言いきられてしまったので、気にしていない。かえって誇りになったほどだ。


「買っていかれる?」

「え、ああ、すみません、見てただけで」


奥から店主らしき老婦人が出てきて、慌てて両手を振る。

「それは残念ねぇ。じゃあこちらはいかが?この時期は薔薇も綺麗よ?小さい花が好きなら、姫薔薇なんてどう?」

「いえ、あの、本当に」

「例えばほら、同じ白なら雪姫なんかも可愛らしいわよ。色違いの紅姫も素敵だけれどねぇ」

「え?」

「風華、いくで!」

「待って!」

老婦人の押しに負けると思ったのだろう、ひよ里が彼女の腕を掴んだときだった。
ある花の名前に、気づけば彼女は友の手を振り払っていた。

「奥様、今、その赤い姫薔薇の名前、なんて仰ったの?」

「これかしら?これは紅姫ですよ」


「紅、姫」


赤い花が、風を受けて揺れている。
この花が、あの。


「奥様、これ、いただけますか」

「ありがとうございます」

「なんや、風華。新しい花欲しかったん?」

「ん、そんなとこかな」


自身でも、驚いていた。
どうして、花なんか。

でも、名前を聞いたときに、彼の姿がちらついてしまって、気付いたときには財布を取り出していた。

部屋に戻ってから、陽当たりの良さそうな縁側に鉢植えを置いた。

幾輪かは咲いているが、まだ蕾のものも多い。
よく生い茂る薔薇程に強い赤でもなく、優しく花弁を開かせる薔薇程に綺麗な桃色でもない。
濃い朱とも、濃い桃ともとれる、艶やかで鮮やかな色合い。
例えるならば、輪とした女性、というよりは、少し背伸びをしたがる年頃の娘といったところか。
確かに我が儘そうな印象を受ける。
彼の言葉を思い返して風華は笑みを浮かべる。

気付かない振りを、するつもりだったのに。
これでは、より彼を求めてしまいそうだ。
いや、もう求めてしまっているのかもしれない。

だが、今一歩踏み切れない。
別に彼がそうだとは思っていない。
けれど、今まで今まで付き合ってきた男達の存在が、彼女に陰を落とす。

家柄だとか、容姿だとか。
そんなものは関係ないと。
掛け値なしに愛して欲しかった。

人は失敗し続けると、新たに挑戦することをやめて、諦めてしまうのだろう。

「もう、私には、無理なのかな」

誰かと共にある未来なんて。
彼女にはもう、ただの夢物語にしか思えなかった。



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