愛を教えて、

あれから、二週間。
彼に会うことも、会いに行くこともなく、風華はいつも通りの日々を過ごしていた。

甘えて、だなんて。

あんなことを言っていたが、彼だって自身に会いに来ることもないのだから、言いなれた口上なのだろう。そう割り切っていた。

暴れすぎた斑目に薬を調合してやったり、仕事を放って昼間から呑みに行かないかと誘う京楽をあしらったり、追い掛けてきたのか同じように仕事を放り出してきたのか判らないリサと白にお茶に誘われたり(丁度休憩時間だったので二つ返事で出掛けた)、病弱な浮竹に卯の花特製の薬を持っていって何故か大量の茶菓子を持って帰る羽目になったり、そんなことも含めていつも通りだったのだ。


その日までは。


「風華ーッ!!」 

「どうしたの、ひよ里ちゃん」


四番隊の詰所に駆け込んでくるなり、小柄な娘に抱き付かれて振り返る。
ぎゅうぎゅう抱きついて離れない。明るい金髪のツインテールがゆらゆらしている。

彼女とは霊術院時代の同期であり、一番付き合いの長い友人、謂わば親友である。

性格は全く違うはずだが、お互い腹を割って話せる仲だ。
家柄から能力に恵まれ、更に容姿にも恵まれた風華は、同世代からは格好の妬みの的で、事ある毎に同性から憂さ晴らしなのかなんなのか嫌がらせを受けていた。

別段彼女自身は気にしておらず、言わせておけばいいと相手にしなかったのだが、お陰で霊術院のときは友人には恵まれなかった。
当事、既に親代わりであった卯の花からはかなり心配されていたことも知っていた。
だからといってそれに甘んじるつもりもなかった風華は、あの家で一人で寝起きし、死神になるべく励んでいた。
そんな折、班分けで偶然彼女と一緒になり、大抵のことをこなしてしまった風華をみて「アンタ、すごいやん!それどうやったん?教えてや!」と裏表のない笑顔で差し出された手を取ってからの付き合いだ。

今でこそ彼女の方が副隊長という地位にいるが、それでも何かあるとこうして風華のところにやってくる。
立場が変わっても、変わらず接してくれる友の存在にはいつも感謝しているし、いつも快活な彼女といるとこちらも元気になれるから、どんな話でも歓迎している。


だが、今回はいつもの話とは少し違うようだ。

こうも離れないところを見ると余程の事があったのだろう。
しかも朝一番に来るなんて。

ちらりと、卯の花を見ると、彼女は穏やかに頷いてくれた。
どうやら「聞いてあげなさい」と言うことらしい。
急ぎの用事もないからだろう。

「ひよ里ちゃん、とりあえず、場所変えよ?ね?」

「・・・、せやな」



そうして彼女と二人連れ立ってきたのは、馴染みの茶屋。
ひよ里の大好物である餡蜜が名物であるその茶屋は、そこそこの老舗であり、馴染みの店だ。
大通りに面しているものの、竹でぐるりと覆われていて、一歩入れば、喧騒に悩まされることもない。
漆喰の壁にいくつかの水墨画が飾られている。

いつものように、彼女が餡蜜を、風華は蕨餅と抹茶を注文してから向かいに座るひよ里に話をふる。


「それで、どうしたの?」

「・・・今日な、新しい、隊長が来てん」

「良かったじゃない。曳舟隊長の後任、やっと決まったのね」

「ちゃうねん!そいつが最っ悪やねん!!」

食卓をだん、っと勢いよく叩き付ける音にびくりとした。

「え?なに?変な人なの?もしかして何かされたの?」

まさか幼女趣味の変態でも配属されたのだろうか、とあらぬ心配をし出す風華に、ひよ里は思いきり顔をしかめてみせた。

「ちゃうわ!そんなヤツやったらウチがシバき倒しとるわ!」

「それもそうか。じゃあどんな人なの?」

「どんな、て。獄卒や、獄卒。しかも、へらへら、へらへら、しおって。何やねん、ほんまに!」

不機嫌さ全開のひよ里の様子に引き気味に、中居が品を於いて去っていく。
そこまで引くほどではないと思うが。
しかし、獄卒とは。単語からつい、あの父のような、どこか懐かしく穏やかな笑みを称えた人を思い浮かべる。
そういえば、自身も初めは「随分へらへらした調子のいい軽そうな男」となかなか酷な評価をしていた気がする。


餡蜜を掻き込むようにして食べながら、合間にも「誰が認めたんや、あんなヤツ!ぜぇったい追い出したる!」と拳を突き上げるひよ里をひたりと見据える。

「・・・ひよ里ちゃん、その人、名前は?」

「へ?ああ、確か...浦原、喜助とかゆうとったけど」

「やっぱり・・・」

思わず苦笑いを浮かべた風華を、今度はひよ里が真っ向から見据える。

「やっぱり、って、なんや、風華、知り合いなんか?」

「知り合いっていうか、まあ・・・」

どうにも歯切れの悪い言い回しに、ひよ里は何やら勘違いをしたらしい。

「風華、何かされたんか!?あの阿呆に!」

「え?あ、違う違う!大丈夫だから!」

「それやったらええけど。変な男ばーっかりホイホイ寄ってくるし、アンタ鈍くて気ィ使へんし、見てて不安になんねん」󾌹

「それは・・・ごめんなさい」

ひよ里の視線から逃げるようにして、風華は下を向いた。

「なぁ、風華。誰かとちゃんと付き合ってみぃひんか?勿体ないで。・・・ウチがとやかく言う話じゃないのは分かってんねんけど」


確かに友人の言うとおりなのだ。

家柄とか容姿とか、そんなものばかりに釣られて言い寄ってくる男が後を立たず。
当然恋仲になったこともあるが、どの男とも大して長続きするはずもなく、苦い思いでばかりが積み上がっていった。
そんなことを繰り返す内に、誰かと恋仲になること自体に疲れてしまっていた。

そんな風華を支えてくれたのは、ひよ里で。
だからこそ、彼女の言う言葉は最もなことだった。

もしかしたら、亡き母もこんなことがあったのかもしれない。
母は、父と出会うことが出来たけれど、自身にもそんな人が現れてくれるのだろうか。
胸の奥が微かに傷んだ、気がした。
 
「ありがと。そうね、私もいい人見つけないと、あの家、勿体無いもんね」

「ホンマや。まあ、誰もおらんかったら、ウチが住んだるわ」

「え、ほんとに?だったら相手いらないかなぁ」

「ひよ里ちゃんがいてくれたら、十分よ」と笑いかけると、「言うといたるけど、最終手段やからな!」と顔を赤くして怒鳴られてしまった。
そんな顔で言われても凄みも何もなくて。
可愛い友人だ、と風華は笑うだけだった。


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