道外れの機械人形

ーーーーー強く、在りたい。

そう思ったのは何も彼女だけではない。
母のように、姉のように慕う女性の力になりたいと。この家を第二の我が家と認識した雨が、そう告げてきたのは再び言葉を取り戻してそれから間もない頃だった。

「本当に、いいんですね?」

「はい・・・今度は、わたしが、風華さんを守りたい」

「分かりました」

戦闘用として、人形でもいい。
命を救ってくれた彼女に恩を返したいと。
それを風華にどう話すべきか、喜助が頭を捻っているうちに、話は済んでいたらしい。

その日、彼女と酌み交わした酒が妙に苦く感じられたのは、気のせいだろうか。
自身から戦いの場に身を置くことを志願した少女の決意を、最後まで止めることが出来なかった、と風華はこちらを向いて寂しそうに微笑む。

「あんなに真剣に言われたら、私にはもう止める権利がないもの」

ふいと視線を手元の杯に落として、彼女はそう告げた。

「・・・やっぱり止めたかった?」

「ええ。戦場なんて知らずに過ごして欲しかった。でも、それは私がそう思っていただけだから。雨ちゃんは、自分の意思で戦うことを決めていた。だったらもう、私に止める権利なんてないわ」

風華は「私だって、そうだったもの」と自嘲気味に口元を緩める。
"置いて行かれるぐらいなら、命を奪って欲しい"と言われたときのことは、今でもよく覚えている。

「無理は、させないようにします」

寒さにか、打ち震えるように肩を竦めた風華を抱き寄せると、彼女はぽつりと謝罪を述べた。

「・・・ごめんなさい」

「どうしてアナタが謝るんです?」

月光を跳ね返し緩やかに波打つその髪に手を置いた。
夜の空気に触れたそれは、ひんやりとしていた。

「だって、私のせいで、貴方の負担を増やしてしまったでしょう?」

「負担だなんて。むしろ、アナタを守る手段が増えたと思ってますよ。なにせ手駒は多い方がいい」

誤魔化されてくれることを願いつつ「これでボクの負担も減るかな」と口角を上げてみても、思った通り、彼女には通じなかった。

「・・・喜助さん、お願い。そんなに貴方を貶めないで」

「ボクは別に、」

咄嗟に話を逸らそうとしたものの、舌が上手く廻らない。
どのようにして声帯を使ってきたのかを忘れたように、言葉がつかえた。
言葉を発することを諦め、口を閉ざす。
しゅるり、しゅるりと彼女の髪を鋤く。数回それを繰り返したあとに、また彼女の肩を抱き寄せる。
風華はされるがまま、喜助にその身を預けて呟いた。

「・・・喜助さんは、責められたいの?」

「え?」

「貴方のせいだ、貴方に巻き込まれたからだ、って。そう責めてほしいんですか?・・・それは、何から逃げているの?」

「・・・さあて、どうなのかな」

ーーーーー逃げている、か。
そうなのかもしれない。
非難されることで、言い訳をして、謝罪をして、それで終わりにしたいのかもしれない。
自身の戦いだなんだと言いながら、逃げ回ったまま、何もかもうやむやにしたまま終わることを心の何処かで望んでいるのかもしれない。
そんなことが出来る訳がないと、知りながら。

「私は絶対に、貴方を責めないわ」

「風華、」

「私は、貴方の選んだ道を信じます。例えそれが、どんな蕀の道であろうとも、どれだけ人道から外れた道であろうとも。私はただ、貴方に付き従うだけ」

肩を抱き寄せていた掌に、そっと彼女の手が重ねられた。
重なった掌から、じわりじわりと熱が伝わってくる。

「私が信じる貴方を、どうか、信じてください」


ーーーーー信じる、か。

言葉にすればこんなにも短いのに、どうしてこんなにも為し難いことなのだろうか。

「僕はいつも"これでいいのか"、"これで良かったのか"、って考えるんです」

他に道はなかったのか。
避けられる手筈はなかったのか。
まだ考える余地はあったのではないか。
進むべき道を誤っていないか。
そうして、考えに考え抜いたとしても。

「でも、結局、そのどれか一つしか、選べないんスよね」

入り口が多岐に亘ろうとも、一つの道を選んだ時点で、他の選択肢を棄ててしまうのだ。
選んだ先に、同じような分岐があるかもしれない。
けれど、まったく同じではない。
もう、初めの分岐に戻ることは、有り得ないのだから。

誰もが皆、迷いながら一つの選択肢を選びとって進むしかない。
風華が雨を庇う為に、刀を抜かなかったことも、
雨が風華の力になる為に、進んで強化を望んだことも、
すべて、数多ある選択肢の中から、彼女達が"最善"と思って選びとったモノなのだ。

「それが、今に繋がってるんですよね」

そっと風華の体を抱き起こせば、琥珀の双眸がこちらを見上げてくる。

「信じますよ、僕も。貴女を、貴女に信頼されているらしい、僕自身を、ね」

"されているらしい"のところを強調して言えば、途端に風華はその綺麗な顔に皺を寄せる。

「喜助さん、」

「そんな顔しないでくださいな」

「貴方がそういうことを言うからでしょう?」

「スイマセンね、そういう生き方をしてきたもんだから」

咎めるようなその視線に苦笑すれば、彼女は呆れたように嘆息した。
皮肉めいて揶揄するような言い方になってしまったが、そういう男なのだ。そんな男に掴まってしまったのだ、と諦めてほしい。
もう一度だけ、ごめんね、と耳元で囁く。
こんな男の言い分を、彼女はどうやら赦してくれたらしい。

ーーーーーぽすり。

彼女の小さな頭が、喜助の胸板に預けられた音がして、夜はひっそり、ひっそりと更けていったのだった。



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