道外れの機械人形

あれからしばらく。

月末になると風華と雨の二人は揃って必ずひよ里に会うようになった。

「お帰んなさい。風華、雨」

「ただいま、喜助さん」

「・・・ただいま、です・・・」

居間に顔を出すなり風華はどさり、と大きな鞄を下ろして座る。重そうな音をさせて下ろされたそれは、数日もの間、旅行にでも出ていたような大量の荷物である。 
ひよ里に付き合ってもらってまた鍛練に行っていたのだろう。元々副隊長であったひよ里と彼女ではかなりの力量差があり、まさしく付き合ってもらっている、といった具合だが、前線に出る予定はないからと鍛練を怠る訳にもいかない。それは先日のことでも分かる通りだ。
ほう、と一息ついて荷物を下ろした風華は傍らに佇む少女を振り返る。

「雨ちゃん、先にお風呂いってらっしゃい」

「・・・風華さんは?」

「私もすぐに行くわ」

風華が僅かに首を傾げてふわりと微笑むと、雨は頬を赤くしてぱたぱたと風呂場へと向かう。
それを視界の端で見送りつつ、向かいに座り鞄の中から洗濯するべき着替えを取り出している風華へと視線を向ける。

「今日の成果は?」

「10本中1本、でした」

「まずまず、ってとこですかね」

風華は眉尻を下げて「だといいのだけど、」と笑っている。
力量差を考えれば充分な戦績である。
仮にも元副隊長相手にそう何本も討ち取れてしまっては問題だ。多少は加減してもらっているのだろうが、それでも階級に数段の差があったにも関わらず、一本取れただけでも良好と言えよう。

「ちなみに雨は?」

「どうだったと思いますか?」

「風華サーン、質問してるのはアタシなんスけど?」

「ふふ、ごめんなさい」

言葉では謝りつつも、くすくすと笑う彼女を見据えて喜助はやれやれと肩を竦めた。

「三本、でしたよ」

「へ?」

「雨ちゃん。ひよ里ちゃんから三本取ってましたよ」

「へぇ!早いっスねぇ。こりゃ先が楽しみだ」

「ええ、本当に頼りになるわね」

口許を緩めた風華の睫毛が、寂しげに臥せられた。
ーーー仕方ない。
歳の離れた妹のように。
保護対象のように思っていた相手に、いつの間にか護られる立場になっていなるなんて。
微塵も想定していなかったに違いない。

そんな中で、著しい少女の成長を見せ付けられて、尚複雑な想いでいるだろうことは、容易に察しがつく。

彼女に限らず喜助とて鉄裁や真子、それからたまにふらりと訪れる親友相手に組手をすることもある。
長らく前線を退いていたことを理由に、命を懸ける戦場の感覚を忘れない為に。
風華の鍛練にも付き合ってやればいいのだろうが、鍛練でも何でも、彼女に手をあげることが出来ないのだ。
情けないだのなんだのと親友に散々笑われたが、無理なものは無理だ。


ひよ里と向かい合っていたときの彼女を思い出す。
地下の勉強部屋で、何度も引き摺り倒されて。
喜助が事ある毎に、いや事無くとも常に魅了されている容姿を、ぼろぼろの泥だらけにして。

『なぁ風華・・・、今日はもう終わりにせえへん?』

『もう一本・・・もう一本、お願いします』

『まだかいな。アンタのその打たれ強さには参るわ』

『・・・お願いします』

それでも尚、その瞳に宿した光は曇ることもなく。
何をそこまで頑張るのか。
何がそこまで彼女を突き動かすのか。
聞けば『貴方との約束を違えぬ為に』だと宣った。

『ーーー約束?』

『はい。これをいただいたときに、貴方に言われたわ。生き延びて、と』

木漏れ陽を宿した琥珀の瞳は、惑うことなく、真っ直ぐにこちらを見ていた。

『でも、私はその約束を違えそうになってしまった・・・だから、せめて私自身の身は守れるぐらいになりたいの』

『・・・そう』

付き合ってもらってるひよ里ちゃんには悪いのだけれど、と笑う彼女に、なんと返事をすればいいのかが分からなかった。
けれど、止めてはいけない、と。
それだけは、分かっていた。

風華の意のままにさせてやりたいと。
強くなってほしいと。

誰よりも強く願っていたのは他ならぬ、喜助なのだから。



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